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信奉少女は捧げたい  作者: ゆのみのゆみ
7章 狭視と固執
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第84話 錯視的な視野

「先輩。お久しぶりです」

「久しぶりだね」


 こうやって、ルミと相対して話すのはずいぶん久しぶりな気がする。通信では何度か話したけれど、直接会うのはもう2年ぶりぐらいになるだろうか。


「元気そうでよかったです」

「ルミもね」

「ま、はい。これ、頼まれていたやつです」


 ルミは小さな小包をくれる。

 中身が何かは知っている。私が頼んだものなのだから。


「あ、ありがと。助かるよ」

「いえ、これぐらいは別に。けれどそんなもの何に使うんですか?」

「ちょっとね。必要になって」 

「そうですか……まぁ良いですけれど。えと、先輩は今はもう魔法師管理機構にはいないんですよね」


 ルミの問いに頷く。

 蘇生魔法の完全解析が終わって、私は用済みになった。

 一応、魔法師管理機構に残ることもできたのだけれど、私はあの場所から出ることにした。居心地が悪いというのもあるけれど、人生で初めて自由になってみたかったから。


「もう1年も前だよ」


 1年の間、魔法師管理機構の援助もあって、なんとか独りで暮らしていた。

 自由というやつだったのだと思う。軽い監視が消えたわけではないから、完全な自由とはまた違うのだろうけれど……それでも今までに比べれば、信じられないほどの自由だった。 

 けれど、この一年で私はなにもしていない。


「時間の流れって早いですよね。先輩と別れてからも、もうそろそろ3年になりますし」

「そうだね。ルミは、どう? 最近」


 あれから3年になるということは、リナと別れてからは5年になるということで。

 本当に随分と時が経ったものだと思う。何かをしていれば良かったかもしれない。そんなふうに思う毎日だけれど、同時に何もする気が起きない毎日でもあった。

 対してルミはどうだろうと思ったのだけれど、彼女は水を得た魚のように口を開く。


「それが、聞いてくださいよー。前の任務なんですけれどね」


 前の任務、それはつまり私の護衛の後の任務の話。

 多分、私に話せないこともたくさんなるのだろう。ところどころぼかされていたけれど、彼女はその任務が以下に大変だったかということを語ってくれた。けれど、同時にその任務が無事に終わったということも。


 少しほっとする。

 多分、彼女に与えられた任務は少なからず危険があるようなもので、無事に帰ってこれるかもわからないような任務だったのだと思う。だから、こうして話しているところをみるとほっとする。

 彼女には長生きしてほしいから……というのは勝手すぎるかな……

 

「それで先輩はどうなんですか? 最近は」

「そうだね……ちょっと大変だったよ。あの件で久しぶりに魔法師管理機構にも呼ばれたし」

「あの件って……あぁ、新世代回復魔法の件ですか」


 ルミの言葉に頷く。

 半年ほど前、ふいに新世代回復魔法の術式が世界中に公開された。その術式は、私の蘇生魔法によく似ている……というより、ほとんど一緒だった。一部、変わっている点もあったけれど、それは改変というより改良というものだったし。

 公開したのはラスカ先生だと思う。匿名だったけれど。それ以外にあの術式を描ける人を知らない。


 そんなものが世界中に公開されるというのは、この国からしてみれば大きな損失なのだと思う。蘇生魔法の研究成果も同然なのだから。

 国も先生が怪しいぐらいは分かっていたようだけれど、その頃にはもう先生はどこかへと消えていた。

 消えた先生の足取りを追うために私にも事情聴取的な事が行われた。そこまで大層なものじゃなかったけれど。


「それは、大変でしたね。大丈夫でしたか?」

「まぁ、幸いにもラスカ先生が手を打っててくれたみたいでね。向こうも本気で私が流出させたとりとか、先生の居場所を知ってるとは思ってないみたいだったから。でも、先生はちょっと心配かな」

「たしかに。あんなことしたら、もうこの国にはいられないでしょうね」


 多分、今頃はどこかに潜んでいるのだと思う。

 彼女ぐらい天才なら、どこにいたって研究はできるのだろうし。 

 きっと先生と最後に会った時に言っていた私の定期監視すら無くすというのは、このことだったのだと思う。実際、あの魔法が公開されてから、元々低くなっていた蘇生魔法の価値は致命的に無くなった。

 定期監視が消えたわけじゃないけれど、すごく少なくなったらしい。噂で聞いた程度だから、本当かは知らないけれど。


「他には、ないんですか? 折角、自由になったんですから、どこかに行ったりとか」

「あんまりないかな。なんか行きたいところがなくて」


 色々なところに行きたいと思っていたはずなのに。

 実際に自由になってみれば、いつの間にかそんな願望は消えていた。


「じゃあ、今日はどこかに行きましょうよ。まだ時間はあるんですから」

「え、でも」

「いいじゃないですか。そうですね……ほら、近くに水族館とかあるみたいですよ。行ってみましょうよ」

「あ、ちょっと……」

「はやく行きましょー! 閉まっちゃいますよー!」


 まだ昼にもなってないというのに、ルミは急かすように言う。

 ……なんだか懐かしい。学校でも彼女は私と色々なところへと連れて行ってくれた気がする。もう3年も前のことだけれど、それでも少しは覚えている。


 こうしてルミの後を追っていると、その時のことを思い出す。

 思い出してみれば、彼女とこうして歩いているのは楽しかったのだと思う。今も、昔も。


 それは多分、彼女が私の友達でいてくれたから。

 私との関係を切らずに置いてくれたから。

 

 友達だなんて、二度とできないものだと思っていたし、できることを恐れてもいた蹴れど、ルミと出会えて本当に良かったと思う。多分、とても幸運なことなのだろう。

 

 とても感謝しないといけない。

 彼女にも、その幸運にも。

 やっぱり、ルミと会ってよかった。本当は会うつもりはなかったのだけれど、これで最後になるのだから。最後ぐらい、唯一の友達に会いに来てよかった。


 ルミと巡る水族館はとても楽しいものだった。

 色々な形の生物がいた。大きな魔物も。正確には、現存する生物は全て魔物らしいけれど。綺麗な物や、面白い形をしたもの。

 少し怖かったけれど、ルミははしゃいでいた。まぁ、彼女からしてみれば、大きな魔物もいざとなれば倒せる対象なのだろうから、素直に面白いものとしか捉えていないのかもしれない。


 その後は、店で美味しい食べ物を食べた。

 紫色の料理で、見た目は少しあれだったけれど、美味しかった。昔、同じようなものをリナが食べていた気がする。こんな時まで彼女のことを考えてると知れば、ルミは怒ってしまうのかな。


 お土産というほどのものでもないのだけれど、すこし買い物もした。

 水族館には、ちょうどお土産売り場があって、お菓子とかが売っていたけれど、ルミが買ったのはぬいぐるみだった。


「かわいくないですか?」


 彼女が買ったのは奇異な形をした魔物のぬいぐるみだった。

 正直、あんまり可愛くはないと思う。どちらかと言えば、少しぐろい。


「先輩も何か買いましょう? お揃いにしましょうよ」

「いや、私は……いいかな」

「お金ですか? お金なら出しますけれど」

「ううん、そうじゃなくて。多分、私がもっていても意味ないから」


 お金はまだある。

 魔法師管理機構の援助というのは、そこまで多いものではないけれど、私はこの一年でほとんど嗜好品にお金を使っていない。だから貯金自体はあるけれど。

 でも、もう私がもっていても仕方がない。私はもうすぐ死んでしまうのだから。


「そんなことないですよ。えっとほら、これ、あげます! 贈り物です」

「ルミ、私は……」

「決まりですから! もし、ほんとにいらなかったら捨ててください」


 結局、私はふくよかなぬいぐるみを貰った。ルミと同じものを。

 いらないわけじゃないから、捨てたりはしないけれど……この子も私なんかが持っていても、困るような気がするだけで。


 まぁ、そんなこともあって。

 いつの間にか時は過ぎていた。  


「今日は、楽しかったよ。ありがとう」

「いえいえ。私も楽しかったです。今度は私から誘いますね」


 私はルミの嬉しい言葉に曖昧に笑うしかない。

 多分、その時はもう訪れないのだろうから。

 ……これで最後。そう思えば、言わなくてはいけないことはたくさんある。


「本当に、色々ありがとう。ルミがいなかったら、この3年はすごく寂しかったと思う」


 特にこの1年は彼女からたまに送られてくる通信伝言ぐらいしかまともに人との関わりはなかった。

 彼女にはすごい助けられた。多分、ルミも任務で忙しかっただろうに。

 だから、最後にこの感謝を伝えるべきだと思う。

 せめてそれぐらいが、私にできるルミに対する回答なのかなと。


「ど。どうしたんですか。急に。私のこと、好きになっちゃいましたか?」


 私はその言葉に、上手く答えられない。

 半分冗談であることは分かっているけれど、半分本気だと彼女自身から教えてもらったから。


 気づけばもう日も暮れていて、弱い街灯のみが私達を照らしている。

 これで最後。そう思うと、少し名残惜しいけれど。

 まぁ、誰だって別れはくるものなのだろうし。


「先輩、聞いても良いですか?」

 

 歩き出そうとしたときに、彼女が声をあげる。

 その声は少し震えているようだった。


「何?」

「今日は、どうしたんですか? 突然会おうだなんて」


 答えに詰まる。

 きっと全てを話せば、彼女は私を止めようとするだろうから。


「……久しぶりに会いたくなっただけだよ。それだけじゃ足りない?」


 半分ほどの真実を話す。

 ルミに久しぶりに会いたかったというのは本当だけれど。でも、全てではない。


「いいえ……十分です。十分ですけれど……先輩は私にそんなふうに思わないはずです」


 ルミは少し泣きそうだった。

 こんなふうな彼女を見るのは2度目だろうか。

 前に見たのは学校にいた最後の日、私に告白してくれた時のことを思い出してしまう。


「期待も、ちょっとありました。私を好きになってくれたんじゃないかって……でも、そうじゃないですよね。私を好きになってくれたわけじゃなくて、先輩はまだ過去にいますよね」


 ルミから視線を逸らす。

 彼女の想いを受け止めきれずに。


「何かあったんですか? 何かあって、それで会おうって言ったんですか?」


 何かあった。というよりは、何かある。 

 だからルミと会おうと思った。

 これで最後になるから、友達と会っておこうと。会って感謝を伝えておこうと思った。

 けれど。


「……何もないよ。ただ、元気かなって。思っただけ」

「そう、ですか。それなら、良いんですけれど」


 ルミは酷く傷ついたように目を伏せる。多分、彼女には私が隠し事をしてることはお見通しなのだろうけれど。でも、私は彼女を慰める言葉を持たない。


 今にも泣きそうな彼女の顔を見れば、少し悪いかなと思ってしまう。けれど、友達にこれからのことを言おうとは思わない。

 私がこれから死ぬことを言おうとは思わない。

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