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信奉少女は捧げたい  作者: ゆのみのゆみ
6章 閉瞼と瞑目
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間話 酔星

 ミューリは私の光。

 私の道標で、私の世界を照らしてくれる。

 それは疑いようがない。今までもこれからも彼女以外には私の世界を明るくすることなどできはしない。


 それはわかっている。

 わかっているからから。

 私の世界はずっと暗いままであることもわかってしまう。


 目を閉じるたびに思い出す。

 いつでも過去を夢に見る。


 真っ白な壁に閉ざされた部屋。

 狭くはなかったけれど、何もない部屋。

 それが私の最初の記憶。

 私はずっとそこにいた。


 幽閉されていたのだろうけれど、でも不満を覚えたことはなかった。というよりもあの部屋が私の世界の全てだった。

 他には毎日出現する簡易固形食と時折運び込まれる計測器だけが私の世界だった。


 他の人の姿を見たことはなかったけれど、声は聴いていた。大抵は「こんな魔法を使え」みたいなつまらない指示ばかりだったけれど、その声は私の最初の指標になった。

 声に従えば嬉しいわけじゃなかったけれど、従わなければ声は明確な落胆と痛みをもたらす罰を用意するから、できる限り指示には従った。魔力を使うのは酷い倦怠感が付きまとったけれど、痛いよりはましだった。

 ついでに言えば、その声でやっと私の名がリナということを知った。


 声の主の正体が父親と呼ばれる存在らしい。

 そう知ったのは、それから随分とした頃になる。

 多分、3歳頃だっただろうか。正確な時期はわからないけれど。


 灰色の日々だった。

 痛みから逃れるために精一杯の魔法を使って。

 魔力欠乏症寸前の状態で眠りにつく。

 魔法の暴発か、試験用戦闘魔導機との戦いで傷を負っても、治療はない。多分それも私が自力で治すようにしたかったからなのかなと今では思う。


 それが変わったのは5歳になったばかりの頃。

 珍しく私は部屋の外に出ていた。

 年に数回ある詳細検査というやつで、ただ無言の研究者達に言われるがままに別室へと移動して、数時間座って、そして元の部屋に戻る。


 それは私が部屋から出る数少ない機会だったのだけれど、嬉しいとは思えなかった。部屋の外に出ても、あるのは同じような白い壁と私を痛めつける大人だけだった。


 実際のところ、大人たちは私をただ痛めつけていたわけじゃないと思う。

 多分、彼らなりに私を育てようとはしていた。……はずだけれど。実際、幽閉されているとはいえ、衣食住は出ていたのだから。


 けれど、私には彼らの意図はよくわからない。今もわからないのだから、子供の頃の私にわかるわけもなくて、私には彼らは敵だった。


 話すこともほとんどない。

 話すのは、「次はこっちにいけ」とか「この魔法を使え」とか。必要最低限だった。というか、それが普通だと思っていた。

 人と言うのは、その程度の会話しかしないんだって。ずっと思っていた。


 酷く灰色な日々だった。

 ずっとこんな孤独で痛いだけの日々というのが人生で。目的もなければ目標も希望もない。ただ時間が過ぎるだけのものだと思っていたけれど。


 けれど、私は彼女に出会った。

 ミューリに、出会った。


 多分それは大きな偶然で、大きな幸運だった。

 ミューリは私に話しかけてくれて。

 私と遊ぼうと言ってくれた。

 座っている私の前に彼女は不意に現れて、私を連れ出した。 

 大人たちは私を止めはしなかった。多分、元より私はあの研究所内であれば、ある程度は動き回れたのだと思う。それをしようとは思わなかっただけで。


 そして私は初めてまともに誰かと話した。

 全部初めてだった。

 初めてのことだった。

 初めて笑っている人を見た。必要のない話をする人を見た。手を繋いでくれた。

 そして私といることを望んでくれた。


 その時、私は初めて誰かと共にいたいと思った。大人たちが「時間だから終わりだ」と言った時に、これで終わってしまうのは嫌だと思った。また会いたいって。

 だから、私は大人達に言葉を絞り出した。


 酷く勇気が必要だったのを覚えている。

 こんなことを言えば、また痛い目に合うかもしれない。

 それでも、私は心中から溢れ出る想いを止められなかった。


「またミューちゃんと会いたい。会ってもいい?」


 私は初めての勇気と共に呟いた。

 大人たちは一瞬動きを止めて、数言相談したあとに許可を出した。

 彼女とは毎日会えるというわけではなかったけれど、それでも私達はたくさん遊んだ。


 私はその時ようやく色々な事を知ることができた。

 全部、ミューリが教えてくれた。

 嬉しいも。幸せも。全部教えてくれた。


 彼女はそれからずっと私の光。

 私の世界は彼女に照らされて、やっと色が付いたのだと思う。


 それからずっとそんな日々が付くと思っていた。

 けれど、ミューリと出会って3年ほどたったある日、幸福な日々を失った。


 どこか大人たちが騒がしい日だった。

 私はそんな大人達につられて、父親と呼ばれる人に出会った。

 今まで声でしか出会ったことはなかったけれど、その時に初めて私は父親と対面した。


「お前は特別に強くできている。その理由がわかるか」


 父は私にそう言ったけれど、私は首を横に振った。

 私が強いと言われてもよくわからなかったから。


「人を守るためだ」


 その言葉に私は何かがかちりとはまる感じがした。

 その後も、父は戦争がどうとかそういう話をしていた気もするけれど、その時の私が思っていたことはミューリのことだけだった。


 私が魔法を使えるのは彼女のため。私の全てはミューリのために在る。

 そんな思考が生まれた瞬間だったと思う。その時はまだ朧げだったけれど。

 それは今でもそう思っている。

 想っていると思う。


 だからやっと自らの力の使い方が決まったのだけれど。

 それから数時間後には私は研究所から輸送されていた。


 これは今だからできる推測だけれど、父は世間での立ち回りを失敗したらしい。そして研究職を追放された。

 私は実験体という認識らしく、いわゆる人体実験の被害者……ということになるのだとか。よくわからなかった。今もあまりわかっていない。


 でも、ミューリと離れてしまうことは分かっていたから、ただ泣いていたと思う。彼女と最後に話す機会はあったけれど、泣いてばかりで上手く話せなかった。

 それでもミューリは言葉をくれた。


「また会おうね」


 そう言ってくれた。

 だから私は、それを目標にして生きていくと決めた。


 色々必要だった。

 その時の私にはミューリが研究所にいる理由はわからなかったけれど、私とは違ってまだ研究所にいるようだったから、実験体ではないということはわかった。

 加えて特異魔法研究所という名からしても、何かしらの魔法関連の研究に関わっているのだろうということはわかったけれど、だからと言ってもうただの孤児でしかない私が国の研究所に入ることなどできるわけがなかった。


 だから準備をしなくちゃいけないと思った。

 必要なのは、お金と力と人脈と情報。

 それらを駆使して、ミューリに出会う。約束したから。

 そう決めた。


 幸い孤児院にはいろいろな人がいて、そこで色々学ぶことができた。

 孤児院でも大人たちは痛みを与えるだけの存在でしかなかったけれど、それでも同世代の友達ができた。


 それに孤児院に白い壁はなかった。

 私は自由だった。

 その自由を何のために使うかは決まっていた。

 

 だから友達と共に探索者になった。

 幸い父に言われた通りに私は強いらしく、探索者なら強ければお金は沢山稼げるから、ちょうどよかった。仲間たちも魔法の才能はあったようで、共にいろいろなところを冒険した。


 もちろんそれはお金を稼ぐためであったけれど、それでも楽しい日々だった。楽しかったけれど……どこか物足りない日々でもあった。

 友達もいて、お金もあって、目標もある。けれど、幸せだとは思わなかった。ミューリがいないと、幸せにはなれない。その時にそう確信したのだと思う。


 だから酷く無理をした。

 冷静に考えてみれば、死んでしまってもおかしくないようなことばかりしていた。分不相応なことをしていた。けれど、ミューリに会うためにはそれ以外に方策が思いつかなかった。


 ミューリと会う方法はいくつか考えたけれど、どれもお金か人脈がなくては難しい。とにかく私は無理をして、それに仲間たちをつき合わせたのだと思う。

 だから皆が死んでしまった。


 今でも後悔している。

 あの時、皆を助けられなかったことを。


 それでも探索者仲間のカーナ達を殺した白棘刃を倒したおかげで、国との接点ができた。


「君の力は驚異的だ。どうだろう。我々の傘下に入らないか?」


 多分その勧誘は、私が実験体であることも理由としてあったのだと思う。けれど、この話にならない手はない。


 私はいくつかの条件と共に、魔法師管理機構の魔法使いとして登録された。そして、ミューリに出会った。


 久しぶりに会った彼女は随分と変わっていたけれど、それでも私の思い描いた通りの……いや、それ以上に私の求めた光だった。


 彼女と再会してから、私の生活はとても幸せだった。

 最初は久しぶりに会った興奮と緊張もあったけれど、そんなことを忘れるぐらいミューリと話しているのは楽しくて、今までの辛いことも、彼女と出会うためなら許せてしまうほどに、幸せだった。


 ただ共にいるだけで、同じ部屋にいるだけで、私の世界は鮮やかに照らされていた。

 最初はそれだけで良かった。共にいるだけで。

 けれど、段々とそれだけじゃ満足できなかった。

 ただ私の心の中では少しずつミューリという光を私のものにしたいという欲望が溢れ出てしまいそうになっていた。


 怖かった。ずっと怖かった。

 彼女がまたどこかに行ってしまうのが。

 彼女が死んでしまうのが怖かった。


 私の中で生まれた欲望が求めすぎなことぐらいわかっている。ミューリという光を私のものにするなんて、そんなの分不相応すぎるものだと思う。

 けれど、彼女は私の願いを受け入れてくれた。


 何故かはわからない。

 ただ幸運だったのだと思う。


 再会したころのミューリはどこか儚げで、他者との関わりが薄かったからなのも要因としてはあるのかなと思うけれど、本当のところはただ幸運だった。

 多分彼女にも色々な事があったのだと思う。だって7年も会ってなかったのだから。その間にミューリにすり寄る誰かがいなかったのは、明らかな幸運でしかない。


 幸運のおかげで、私の欲望はミューリに受け入れられた。

 酷い失敗もしたけれど、それでも私と彼女は一緒にいることができて、幸せだった。そして幸せと共に段々と私の欲望が強くなるのを感じていた。


 最初はただ会うだけで良かった。

 それが一緒にいたいになって。

 私を見て欲しいになって。

 ずっと私だけを見て欲しいとなってしまうのにそう時間はかからなかった。


 だから、脱走を計画した。

 ミューリが蘇生魔法の使い手で、蘇生魔法に関する様々な思惑の中に在ると知った時から、脱走計画はあった。でも、危険が高いし、そこまで長生きする気もなかったから、彼女が死んでしまうのなら、一緒に死ねば良いと思っていた。

 もちろんミューリが望めば、すぐにでも一緒に逃げようと思っていたけれど、彼女にその様子はなかったから、私は短くても確かな幸せを享受しようと思っていたけれど。


 けれど、欲がでた。

 なるべく一緒にいたい。

 ずっと一緒にいたい。

 もっとずっと長く。

 永遠に。


 だから逃げ出した。

 それからもたくさん失敗した。

 ミューリには酷く迷惑かけた。


 ……きっとこの辺りで察するべきだったのだと思う。満足しておくべきだったのだと思う。

 でも、私はただ彼女に共にいれる幸せに目が眩んで、欲望のままに彼女との自由な生活を過ごした。


 けれど、最後には私はミューリを守り切れなかった。

 そして私は最後まで欲望を我慢できなかった。

 彼女が私のものにならないことが我慢できなくて、私の手の中から零れ落ちてしまうことが許せなくて、別れたくなくて、消えて欲しくなくて、一緒にいて欲しくて、言葉を溢してしまった。

 

 感情が制御できなくて、色々な言葉を口にしてしまった。

 そのほとんど本心だったけれど、最後には思わず嘘をついてしまった。

 ミューリが嫌いって、言ってしまった。

 そんなのあるわけがないのに。

 私の世界は彼女のおかげで色づいているのに。


 そして私はミューリを失った。

 最後は私の言葉で彼女の想いすら壊してしまって。


 私の力は人を守るために在ると父は言ったけれど、結局何も守れていない。

 友達も、ミューリも結局守り切れなかった。私の小さな手のひらじゃ、何も掴めず零れ落ちていく。


 何も成し遂げられなかった。

 これからも何も成し遂げられない。

 こんな私じゃミューリの傍にいる資格はない。


 私の光を失って4年。

 片時も彼女のことを忘れたことはない。

 けれど、今はもうミューリがどこでなにをしているかはわからない。酷い失言をして、冷静になって急いで探したけれど、少しの手がかりも見つからなかった。

 もう死んでしまっているかもしれない。そんなことを思う日もたくさんある。


 けれど今はもう立ち上がることもできない。

 助けに行くことはできない。

 助けに行く資格もない。

 だから私はこの闇の中で、ただ目を閉じることしかできない。

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