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信奉少女は捧げたい  作者: ゆのみのゆみ
6章 閉瞼と瞑目
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第77話 昏酔

 次にルミが行こうと言ったのは、風景画同好会だった。

 美術部とは違うのだろうか。どうしてここに行きたいのだろう。ルミは絵が好きなのかな。

 その疑問が伝わったわけではないだろうけれど、ルミは言葉を追加する。


「多分、ここは魔法力は問われないと思います。私も詳しいことは知りませんけれど、絵を描くのに魔法は使わないでしょう」


 ……やっぱり、気にしているのだろうか。

 私が魔法が使えないことを。


「私のことは気にしてなくて」

「気にしてません! ただ、一緒に楽しめるところのほうが良いと思うんです」


 それを気にしているというのではないだろうか……

 ルミが行きたいところでいい。もう少し同じことを言おうかとも思ったけれど。


「それに……そうしたほうが、先輩もルミのことを好きになってくれると思いますし」


 そんな風に笑顔で言われてしまえば、私は何も言えなくなる。

 好き、って言葉を聞くだけで、私の記憶はもう会えない彼女のことでいっぱいになるから。


「ルミ、私は……」


 そろそろはっきりさせないといけないのかもしれない。

 私は多分、誰も好きにはなれないって。

 私の心はもうそこまでの力はないのだから。


「えっと、こっちですかね」

「あ、ちょ……」


 けれど、私が何か言うよりも早く、ルミは先へと進んでしまう。

 

「先輩? 何か言いました?」

「あ……いや。ううん。なんでもない」


 一度機会を逃せば、喉元まで出かけた言葉はどこかへと消えてしまう。

 本当は、もっと早く言うべきなのに。

 また先延ばしにしてしまう。


 多分、私もちょっと心地が良いから。

 ルミのような人に好きだといってもらえるのは、嬉しいから。それが私ではなく、私の魔法に言ってるものだとしても。

 だから、こんな風に先延ばしにしてしまうのだろう。


 私は誰にも好かれることはないのだから。

 こんな仮初の好意にすら、縋ってしまうのかもしれない。

 

 本当はルミがこんなに私に気を使う必要はない。

 ここまでしなくたって、ルミが死んでしまったら蘇生魔法を使う。まだ発動条件は満たしていないから、今死んでしまっても使えないんだけれど。


「ミューリ先輩! こっちですよー!」

「あ、ごめんごめん」


 考え事をしてたら、随分と遅れてしまっていた。

 私は駆け足でルミへと近づく。

 

「なんか、人減ったね」

「この辺りは隅っこですから、部活の数も少ないみたいですね」


 言われてみたらそうかもしれない。

 空き教室も出てきたし、教室もあまり大きくない。

 多分、あまり人気のない部活がこの辺りに集められているのだろう。ここら辺まで来たら、勧誘もまばらになってきた。

 もちろん熱心に勧誘している部活もあるけれど、看板を立てているだけだったり、何もしていないところもある。

 私達の目的地の風景画同好会は、何もしていないところだった。何もしていないというか、張り紙ぐらいはあるけれど。


「見学者は自由にお入りください……ですって」


 それしか書かれていない。


「入ってみましょうか」

「うん。そうだね」


 私が返事をするよりも先に、ルミは扉を開けていた。

 そこはさっきの教室と違い、小さめの部屋になっていて、長椅子と机がいくつか置かれているばかりのようだったけれど。

 日の光の薄明りだけが、教室に差し込んでいるけれど、中にいたのは1人だけだった。1人の女が隅に座っていた。


 彼女はこちらに気づくと、手を止めて顔をあげる。

 後頭部から垂らされている長い髪がふわりと浮かぶ。ああいうのは、総髪というんだっけ。


「やぁ。見学かな?」

「あ、はい。そうです。なにしてるのかなって」

「まぁ特に何もしてないけれど……一応、説明しておこうか。この部活について、特に説明することもないのだけれどね」


 そう言うと、彼女は立ちあがる。

 手には色鉛筆と紙が濁られている。


「やってることと言えば、まぁこれだね。絵を描いている」


 彼女がぴらりと持っている紙を見せてくれる。

 風景画同好会という名前の通り、風景画を描いているらしい。


「一応、活動方針としては絵を描くだけなのだけれど。まぁ、別に風景画じゃなくてもいいからね。他には……特にないかな。絵が描いてない時も、大抵休憩とかに使っているだけだし。まぁそれだけ。何か質問はある?」


 ちらりとルミと目を合わせる。

 特に質問はない。ないけれど、なんだろう。それだけだとよくわからないというのが実情な気がする。


「どうだろう。気に入ってくれたなら、入ってくれるとありがたい。今はボク以外に部員がいなくてね。一応幽霊部員も含めれば、もう1人いるのだけれど。ともかく、廃部の危機でもあるんだよ」

「廃部、ですか」

「同好会ということになっているから、廃会というべきかな。所属生徒が3年間以上3人以下だと廃会になるんだ。で、今が3年目ってわけ」


 その割には勧誘が弱いというか。あまりやる気は見えなかったけれど。

 絵が好きな人は大抵、先に美術部に行くだろうし、これじゃあ人が少ないのも納得ではある。廃会になることをそこまで危惧しているようには見えない。


「あ、そうだ。自己紹介がまだだったね。ボクはメルティ。君たちは?」

「ルミナリスと言います。こちらはミューリ先輩です」


 私も軽く会釈する。


「うん。よろしくね。多分、ミューリとは会ったことあるよね。同じ授業を受けた気がする」

「そう、だっけ」


 私の記憶にはないけれど。

 でも、私は他の生徒のことなど覚えていないから、そういうこともあるのかもしれない。


「去年一緒だったよ。あれ、たしかリナさんと一緒にいたよね。彼女は今日は来てないの?」


 一瞬、思考が止まる。

 そんなこと急に言われるとは思っていなかったから。


「あ……いや。リナは、ちょっと。今はいないから」


 不自然な沈黙を振り払うように、必死に言葉を絞り出す。

 これで答えになっているかはわからないけれど。


「そっか。じゃあ、えっと。そうだね……ちょっと描いてみる?」


 幸いなことにそれ以上リナに関して、深く聞かれることはなさそうで。

 私はそっと息を吐く。

 そんなことをしてる間にも、メルティとルミの話は進む。 


「え、いいんですか?」

「うん。鉛筆と紙ならあるからね。絵具とかが必要ならちょっと難しいけれど」

「是非、やらせてください! 先輩もやりましょうよ」

「あ、う、うん」


 曖昧に頷いて、ルミに誘われるままに、長椅子に座る。

 同時に、メルティが腕を軽く振る。すると、近くにあった紙と鉛筆がふわりと浮かび、私達の前に置かれる。私には感じ取れなかったけれど、多分魔法を使ったのだろう。

 これぐらいなら、魔法学校に通っている生徒なら誰でもできる。私にはできないけれど。


「ありがとうございます。え、何描きましょうか」

「好きに描いて構わないよ。正解があるわけでもないし」


 鉛筆を手に取る。

 色は黒らしい。

 一応、他の色もあるようだけれど。


 何を描くか。

 正解がないとは言っても、何を描きたいかというのはそう簡単に出てくるものでもない。

 まぁ、なんでもいいというのだから、適当でいいのかな。

 私が風景画と言われて、ぱっと思い浮かぶものはあの頃の景色しかないのだし。


「先輩、上手いですね。絵を描いてたことがあるんですか?」

「まぁ、少しね」


 上手いと言うほどでもないと思うけれど、でも描いたことはある。

 リナとあの家にいたときに、少しだけ描いた。

 捨てられていなければ、今もあの家にあるはずだけれど……リナはもう捨ててしまっただろうか。それとも引っ越しただろうか。


「どうしたら、そんな風に描けるんですか? あまり上手く描けないです」

「最初は上手く描くのは難しいものだから、そこまで気にしなくていいよ。一旦、描きたいものを描いてみることだけ考えてみて」


 悩むルミに、メルティは助言をする。

 別に私も上手く描いているつもりはない。

 それこそメルティの描いたものと比べれば、上手いとは言いづらいものだろうし。


 けれど、絵を描くのは少し楽しい。

 いや、楽しかった。


 あの頃。リナといた頃。

 あの家で、雪景色を共に描くのは、とても楽しかった。

 絵を描いていると、そんなことを思い出すから、少し楽しいのかもしれない。同時に、段々と嫌になってくるけれど。


「やっぱり、難しいです……」


 ルミはぼやく。

 ちらりと見るけれど、そこまで下手には見えない。

 たしかに上手いとは言えないけれど、何を描こうとしているかはわかる。

 多分これは、花畑なのだと思う。それがわかるだけでも上出来というか、風景画としての役目は果たしているように見えるけれど。


「今日は上手く描けなかった?」

「はい……なんだか上手く線が引けなくて。私、向いてないんでしょうか……」


 沈んだ声を出すルミに、メルティが声をかける。


「そうかもしれないね。けれども、その絵が今日の君が見ている景色だよ。それを大切にしてあげて欲しいな」

「これが私の風景……」


 ルミが復唱するように呟く。

 私も自分の絵をみてみる。

 一度描いたことがある景色だけれど、出来はそこまで良くない。短時間だったというのもあるけれど、記憶が朧げになりつつあるから。


 なんだかどんどんと消えていくリナとの記憶のようで。

 あまり見ていたくない。

 あの頃の幸せな記憶さえ、私はまともに持っていられない。

 そんなの、そんな現実を突きつけられているようで。

 今にも紙をぐしゃりとしてしまいそうになるけれど。


「私、ここに入ります!」


 それよりも早く、隣でルミが嬉しそうに宣言していた。

 その声の影に隠れて、私はそっと息を吐いた。

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