第75話 泥酔
「先輩、私と付き合ってください」
私は固まってしまう。
そんな私を見かねたのか、ルミナリスは言葉を続ける。
「あれ、わかりませんか? 今時の人はこんな風に言うんですよ恋人関係の提案を」
それは、知っている。
小説か何かで見たことある。
それがわからなくて固まったわけじゃない。
私がわからないのは、どうしてルミナリスがそう言ったのか。それも、私なんかにそう言ったのかということであって。
「えっと……」
「まぁ返事は今度でいいですよ。どうせずっと一緒にいるんですから」
「あっ……」
私が何か返事をするよりも先に、彼女は独り納得したように呟いで、先へと進んでしまう。
返答がどうこうよりも、何故そんなことを急に言い出したのか。そちらの方が気になるのだけれど、ルミナリスはそれから特に変わった様子は見せなかった。
まるで何もなかったような。
でも、あれはいわゆる告白というやつなはずで。
……冗談かな。そうかもしれない。
そんな気がする。
だって、私のことを好きになるなんて、ありえない。リナじゃないのだし……リナも、今は私のことを好いてくれてはいないのだから。
なおのこと、出会ったばかりの彼女が私のことが好きなはずがない。
だから冗談でしかないはずなのに。
「先輩、返事は決まりましたか?」
けれど、ルミナリスは次の夜にそう切り出した。
どうやら冗談ではなかったらしい。
でも、それならまたわからなくなる。
「えっと……返事の前に、どうしてか聞いていいかな。どうして恋人になろうなんて」
私の疑問に、ルミナリスは少し考えるように指先を頬に当てる。
「何故……難しいですけど、ルミはあんまり無駄な事って好きじゃないんですよね。ミューリ先輩とは任務とはいえずっと一緒にいることになるみたいですから、折角だから付き合いたいなって。恋人になれたらいいかなって思ったんです」
指先を頬に当てたまま、彼女は答えた。
その返答は、なんというか……私とは違う価値観すぎて、どう答えたらいいかのかわからない。恋人関係というものは、互いに好きだから成立するものだと思っていたけれど……
「あ、それとももう好きな人とかいましたか? それなら、一旦諦めますけれど」
返答しない私に何を勘違いしたのか、彼女はそんなことを言う。
まぁ、あながち間違いというわけではないのだろうけれど……でも、私はリナへの想いを見失ってしまった。あんなに好きだったはずなのに。その記憶も、今は本当か確証が持てない。
「えっと。返事は今すぐじゃないといけない、かな。私、あんまりわからなくて。付き合うとか、恋人とか……」
「先輩、初心ですねー。まぁいいですよ。可愛い後輩が勇気を出した告白を保留にすることを許してあげます」
そう言われると、なんだかすごい悪いことをしてるみたいな。
実際、あまり良いことをしているわけではないのだろうけれど。
「じゃあ、お試しってことにしましょうか。先輩がルミのことを好きになるまで、お試し恋人関係ってことにしましょう」
「え」
あれ。
そういう流れだっけ。
「お試しですから、そんなに気にしないでください。じゃあ、よろしくお願いしますね、先輩」
「あー、えっと」
「よろしく、お願いしますよ?」
「……うん。まぁ、わかったよ」
有無を言わせない感じで、そうして私達は一応、付き合っているということになる。なったらしい。正直、あんまり納得していないけれど。
でも、冷静になってみて考えてみても、別に断る理由もない。
あの時、リナと再会したときに、リナからの好意を拒否しなかったのと同じなのかもしれない。同じように不思議だとは思っているけれど。
もしかして、ルミとも前にあってたりするのかな。流石にそんなことはないと思うけれど……忘れているだけかもしれない。
まぁ、多分だけれどリナとは違う。
ルミのことは知らないけれど、
ルミは私の魔法のことを知っている。
だから、多分そっちが目的なのだと思う。別に私のことなど、特段好きではなくて。嫌われている……とは思いたくないけれど。でも、まぁ、私のことはどうでもよくて、蘇生魔法の方に興味があるのかもしれない。
そちらのほうが話としてはわかりやすい。
まぁ、私も正直どうでもいい。どちらでもいい。ルミに蘇生魔法を使ってもいい。あれだけ嫌だったのに。
なんか、まぁどうせ私は誰かに蘇生魔法をつかうことになるのだから。遅いか早いかぐらいで。それなら、誰に使ったって一緒な気がする。
本当はリナに使いたかった。なんて。
そんなこと言ったら、リナは怒るのだろうけれど。
……まだ、怒ってくれるのかな。
ともかく、ルミの目的は、そう捉えるのがわかりすいから、私はそう捉えることにした。それにそちらの方がルミにとってもいいだろうから。
こんな危険な仕事についてしまったのだから、命の保険ぐらいあったって、誰も文句は言わない。言わせない。
というわけで、私達は付き合うということになったのだけれど。
特に変化があるわけでもなかった。
まぁ、お試しなのだからこんなものなのだろう。
ルミはいつも私を見張っていて。
私はずっと何もしていないまま。
けれど、ルミが同世代の友人ができたらしいことは変化といえば、変化なのだと思う。それをみれば、私もわざわざ部屋から出てきた甲斐があったかなと思わないのでもない。
……やっぱり、学校生活とはああやって友達と過ごすものなのかな。
私にはできなかったことだけれど。
ルミも本当は、ずっと私の監視なんかじゃなくて、友達と遊びたいはずなのに。なんというか、その辺りは申し訳ない。
多分、前までなら護衛といはいえ、私の傍に居続ける必要はなかったのだろうけれど、私が問題を起こしたせいで、直接監視する方式に変わったのだと思う。
だから、ルミが不自由にしているのは私のせいで。
だから、申し訳ないと思う。
なるべく彼女のことは助けてあげたい。私にできることなんてたかが知れてるけれど。少なくとも、なるべく協力的ではいたい。
多分、そんな風に思えるから、私は部屋の外に出たし、何度か学食も食べに行った。夜の廊下も歩いてみたし、久しぶりの模擬演習場にだって、ついて行った。
全部、ルミが行ってみたそうにしていたから。
別に行きたいといったわけじゃないけれど、彼女は結構わかりやすい。
もちろん、まだまだわからないことだらけだけれど。私に告白してきた理由とか。
そんな日々を過ごして、ある程度ルミに付き添う生活にも慣れてきた頃のことだった。
「先輩、明日、暇ですか?」
ルミは、寝る前にそんな問いを投げた。
明日は、休みだから授業はないけれど。
というか、授業がある日も私は自分の授業にでたりはしないのだけれど。
授業がなければ、特にすることはない……でも、どうしてそんなことを聞くのかな。何かあっただろうか……
「なに、どうかしたの?」
「でーと、しましょう!」
……でえと?
「えっと、なにそれ」
「2人でおでかけすることですよ。今時の子はそういう風に言うんです」
そうなんだ。
なんだか変な言葉を使う人もいるらしい。
「良く知ってるね」
「ルミも最近、友達に教えてもらったんです。それで、どうなんですか?」
「まぁ、出かけるぐらいならいいけれど……どこに行くの? 言っておくけれど、私は外には行けないよ?」
「そんなことは知ってますよ」
それもそうか。
ルミは蘇生魔法のことも、リナとこの学校から逃げ出したことも知っているのだし。というか、どちらかと言えば、ルミは私をこの学校に閉じ込める側なのだから。
「そうじゃなくて、知らないんですか? 明日はこれがあるんですよ!」
そう言って、ルミは一枚の紙を見せてくれた。
それはどうやら、何かの宣伝のようで。
「課外活動紹介……」
そう大きく書かれていた。
「そうです! 先輩、部活とかには入ってないですよね? もちろん、ルミも入ってません。何か見に行きませんか?」
ルミは目を輝かせて、私に詰め寄る。
う、断りづらい。
どこかに行くのは別に構わないけれど、どうしてもそこがいいのかな。
「他の場所じゃ、だめなの?」
課外活動。
ここも学校なのだから、そういうものがあることは知っていたけれど、その大抵が魔法が使えることが前提のもの。当然のことだと思う。ここは魔法学校なのだから。
けれど、私は魔法を使えない。
「えー! いいじゃないですか! まだ見てもいないんですよ? 一緒にいきましょうよー!」
「でも……」
「でもじゃあありません! いいですか? ルミと先輩は恋人関係なのですよ。お試しですけれど」
……そういえばそんな設定だった。
正直、半分ぐらい忘れていたのだけれど、それが何か関係あるのだろうか。
「知らないんですか? 恋人からのでーとの誘いを断ることは許されないんですよ?」
そうなの、だろうか?
流石に、ルミの作り出した嘘のような気もするけれど。
まぁでも、そんなに行きたいというのなら、1人で行かせるというのも……新入生に学校のことを案内するのは、同室の者の役目でもあるし……
それに、多分、ルミは1人ではいけないのだろう。私の監視ができなくなってしまうから。そう思えば、私が行かなければ、彼女が学校行事に参加する機会を失わせてしまうということでもある。それはちょっと……
「……まぁ、いいよ。どうせ暇だし」
「ほんとですか? やった!」
「見るだけだからね」
飛び跳ねるほど喜ぶルミに一応釘をさしておく。
私は入ってもなにもできないし。
「それじゃあ明日、楽しみにしててくださいね。先輩にルミのことを好きになってもらいますから!」
「あ、うん。うん?」
あれ、そういう趣旨だっけ。
課外活動を見学しにいくんじゃないのだっけ。
……でも、そう言われても困る。
私は好きって感情を見失ってしまったのだから。
もしも本当にルミのことが好きになれたら……私はリナのことを忘れられるのかな。
そんなことをちらりと考えて、私は目を閉じた。




