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信奉少女は捧げたい  作者: ゆのみのゆみ
6章 閉瞼と瞑目
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第73話 酩酊

 気づいたら、リナがいなくなってから1年ほどが経っていた。 

 私は学校に戻って、ただ日々を無為に貪っていた。リナのいない生活を。

 正直、驚いたことに何も罰されることはなかった。何かあると思っていたのだけれど、少なくとも幽閉ぐらいはされるとおもっていたのだけれど、私には何もなかった。


 ただ学校の中に戻されて、罰も何もない。まるでなにもなかったかのようだった。リナなど初めからいなかったようだった。 

 本当に、夢だったのかな。

 そんな気もしてくる。

 リナは夢のような存在で。

 私に幸せを運んでくれた。


 最後は、私が壊してしまったのだけれど。

 彼女に嫌われて、私はまた独りぼっちに逆戻りしてしまった。

 この広い世界で、何の支えもなくなってしまった。


 前と同じ。

 そこも前と同じで。

 本当にあの1年程度の間にあったことは全てが嘘のような気がしている。


 違うのは。

 リナといたころを思い出してしまうこと。

 学校のどこにいても、彼女との記憶が蘇る。

 もう二度と見ることはない、触れることはできない、想われることはない彼女の存在を思い出してしまう。思い出さずにはいられない。


 だから、ずっと部屋にいた。

 どこにも行きたくない。

 この部屋から出たくない。

 ただ何もしたくない。


 リナが来る前は授業にも一応出席していたのだけれど、今はもうしていない。今は休暇中だから授業などはないけれど、休暇前の授業はひとつも出なかった。

 なんだか、前だって出席したくてしていたわけじゃない。ただ、なんとなくだった。何か目的があったわけじゃない。もしかしたら、小さな期待があったのかもしれないけれど、そんなものはもう泡沫に消えた。

 だからもう、今は出席すらしていない。

 何もしていたくない。


 もう私は知ってしまった。

 誰かに想われて、存在を肯定されることを。

 リナが私を許してくれた。存在を、生きることを許してくれた。

 その心地良さを、安心感を知ってしまって。


 それがなくなったのだから。

 なくなってしまったのだから。

 私は生きていていいと思えない。

 けれど、別に死にたいと思うほどでもなくて。


 だから、ただ何もしたくない。

 何かをすることを許されてはいない気がする。


 私は独りでは何もできない。

 誰かといても何もできない。

 私は何もできないのだから。

 自らの命の扱いすら、自分ではどうともできない。


 私のしてきたことは、なんだったのだろう。

 私の今までの人生は何だったのだろう。

 そんなことを、暗い部屋の中で考えてみても、何もわからない。


 ただ今までしてきたことは、誰かを傷つけることばかりだった気がする。それか、誰かの期待を裏切ることか。そんなことばかりだった気がする。何かを壊してばかりの人生だった気がする。

 

 親や先生の期待を無下にした。

 自分の身がかわいくて、生きたいという願いを無下にした。


 先輩の優しさを否定した。

 その感情を信じ切れなくて、先輩に酷いことを言った。


 友達を失った。

 私が蘇生魔法を使えるせいで、アオイは敵対し、そして自死を選んだ。


 リナからの想いは消え去った。

 私が別れようと言ったから、リナは私を嫌って、そして。


 後悔、しているのかな。

 本当は全部後悔しているのかもしれない。

 今までの人生を全部。


 リナのことだけは後悔なんてしていない。

 そんな風に言えたら、もう少しましだったのかもしれない。

 他のことは、言うまでもない。


 もう誰も私を肯定はしてくれない。

 過去を振り返れば、わかるけれど、それは当然のことで。

 私にはもう誰もいない。


 寒い。

 酷く、冷たい。


 もう春も近づいてきているのに。

 寒くて嫌になる。

 何もかも嫌になる。

 凍え死んでしまいそうになる。


 ほのかな記憶では、あんなに暖かかったのに。

 冬の間に寒さを感じたことなんて、ほとんどなかったのに。

 寒くても、隣に私を暖めてくれる人がいたのに。


 今はもう誰もいないから、こんなにも寒い。

 こんな風になると知っていたら。

 こんなに寒くなるのだと知っていたら、私は。


 私は、リナに別れようなんて言わなかっただろうか。

 ……いや、私は知っていた。独りであることが、ここまで寂しいことであることぐらい。ずっと私は独りだったのだから。

 ただ、リナからの想いがあれば大丈夫だろうなんて……そんな風に信じていただけで。


 彼女に嫌われると知っていたなら、別れようとは言わなかった。

 ……言わなかったのかな。どうだろう。

 彼女が死ぬことを、私は許容できたのかな。


 そうは、思えない。

 リナが死んでしまうことは嫌だから。

 今もそう。

 私への想いは消えてしまったとしても、リナに死んでほしくはない。


 私の幸せな記憶は。

 私を苦しめる幸せな記憶は、彼女と共にあるのだから。

 けれど……あの幸せな記憶を思い出すたびに、私が壊してしまったものの大きさを感じる。


 あの記憶がなければ。

 リナとの幸せな記憶がなければ、私はこの小さな息すらできなくなっているのだろうけれど。でも、その記憶のせいで、今なにもできなくなっているのだから。

 

 どちらが良いのかはわからない。

 結局のところ、私が良くなかったというのが結論なのかもしれない。この結論に至るのも、もう何度目かわからないけれど。


 私にはもう、わからなくなってしまったのだと思う。

 なにもかも。


 何が大切だったのか。

 何を大切にしていたのか。


 たくさんの失敗の果てに。

 私は同じところへと戻ってきただけ。


 残されたものは、深い後悔。

 それとも、小さな灯だろうか。


 リナは、今幸せだろうか。

 遥か彼方。どこにいるのかもわからない。

 もう会うこともないのだろうけれど。


 彼女は、今どうしているのかな。

 この時間は、いつも一緒にいた。どんな時も。

 彼女は、私の前で笑ってくれた。楽しそうに、嬉しそうに、幸せそうにしてくれた。


 今も、同じ顔を浮かべているだろうか。

 誰かの前で。誰かの隣で。


 そうなら。

 もしそうなら……


 私は、喜べばいいのかな。

 それとも悲しめばいいのかな。


 多分、喜ぶべきなのだろう。

 彼女の幸せを、私は祈っているのだから。

 リナが幸せであることを、私は祈っている。


 けれど、そこに私はいない。

 当然だけれど。

 彼女は私が嫌いなのだから。

 それならもう、忘れてくれていればいいのに。

 忘れて幸せになってくれれば良い。


 ……忘れられたら。

 全部、忘れられたら。


 私は。

 こんな淡い期待を捨てられるのかな。


 リナとの幸せな記憶は。

 いつまでたっても色褪せない。

 ずっとそこにあって。

 私の罪を突き付ける。

 私が壊したものの大きさを突き付ける。


 同時に、何の希望もない未来に、小さな希望を持たせる。

 持たせてしまう。

 希望なんて質の悪い毒でしかないのに。


 希望を抱いたって。

 期待したって。

 私の未来は決まっているのに。


 もしもまたリナのような人が現れたって、私はまた同じように失敗するだけだろうから、どうにもならない。私はもう幸せには成れない。そんな予感がする。

 幸せになっても、その幸福を壊してしまうという恐れに苛まれるだけなのだろうから。


 だから、私に許されている未来は、蘇生魔法を使って死ぬ。

 見知らぬ誰かに命を捧げて死ぬ。

 ただそれだけなのに。


 彼女との幸せな記憶のせいで。

 あの家の、雪景色の、温もりの記憶のせいで。

 私は希望を抱くのをやめられない。


 だからもう何度も同じことの繰り返しの思考を止めることもできずに、ただ日々が過ぎるのを待つ。ただ耐えないといけない。

 全てを諦めて、虚無に慣れたら、まだ楽なのかもしれないなんて。

 そんなことすら思ってしまう。


 どっちも苦しいだけだというのに。

 どっちも幸せではないというのに。


 必死に止めどない思考を食い止めるように、身体を丸めて横になる。

 けれど、いくらそうしていても、眠ることもできず。

 夢を見ることも、現をいきることもできず。


 今日も独り。

 この部屋で、夜を待つ。

 そんな日々を繰り返すだけ。


 なはずだったのだけれど。

 

「お邪魔しまーす」


 不意に明るい声と共に扉が開く。

 そこには茶髪の少女がいた。

 私が面食らっているうちに、少女は部屋に入ってきて、私を見つける。


「あ、ルミナリスです。今日から先輩の同室になります」


 え。

 同室。

 私と?

 そんなの聞いてない。


 そんな疑問が口をつきそうになるのだけれど。

 でも、よく考えてみれば当然のことではある。

 新学期が始まるまでもう少し。そして、この学校の量は2人1部屋が原則なのだから、誰かが入ってくるのは当然だった。


「そんなわけなので、よろしくおねがいしますね。ミューリ先輩」


 自らをルミナリスと名乗った少女は、あどけない笑顔で私にそう言った。

 私はそれにどう答えればいいかもわからず、ただ頷くことしかできなかった。

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