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信奉少女は捧げたい  作者: ゆのみのゆみ
5章 双極と境界
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第72話 れせるぴん

 気づけば私は宿の外にいた。

 雨が降っている。雪ではなく。

 もう雪は降らない季節だからだろうか。

 

 久しぶりに独りになった。

 孤独で、群衆の中。

 私は立ちすくしていたのだけれど。


 そんな私を助けてくれる人はいない。

 声をかけてくれる人はいない。

 手を引っ張ってくれる人は。


 彼女はいない。

 リナはもう、いない。


 私が。

 私のせいで。

 リナは傷つき。

 私を嫌った。


 また孤独へと逆戻り。

 折角、リナが私を好きだと言ってくれたのに。

 その想いすら、壊してしまった。

 

 上手くやれる……なんて。

 そんな風に思っていたわけではないけれど。

 リナに嫌われるなんて。

 そんな風になるなんて。

 想像なんて、したことはなくて。


 やっぱり、あんなことを言うべきではなかったのかもしれない。

 別れようなんて。

 少なくとも私からは。


 でも、そうしなければ、リナは死んでいたかもしれない。

 それを避けれただけでも、多分良しとしなくてはいけないのだと思うけれど、そう簡単に割り切れるものでもない。


 私は独りでずっと立っているわけにもいかず。

 雨にうたれながら、歩き出した。


 私の中にある思考は、ただ離れないとというものだった。

 リナから離れないと。

 そうしないと、彼女が巻き込まれるから。


 けれど、列車という足もなければ、私の身体能力はそこまで高いものでもない。移動できる距離は高が知れている。

 それでも、とにかく歩いてみた。

 雨の中、傘もささずに独りで歩いているというのは、どうにも不思議にみられるのか、なんだか視線を感じる。


 錯覚かもしれない。

 とにかく心細かった。

 周りが敵ばかりのような気がする。


 多分、リナがいないから。

 彼女がいないから。

 こんなに怖い。


 リナがいなければ、私はこの世界から弾きだされるだけの存在なのだから。

 みんなが私を睨んでいる気がする。

 私を敵視している気がする。


 私は独り。

 もう完全に独り。


 この広い世界で。

 怖い現実で。

 ただ独り。


 もう私を好いてくれる人はいない。

 だから。


 泣いていたのだと思う。

 私は気づけば泣いていて。

 歩くこともやめて。


 知らない公園の腰掛に座っていた。

 雨が酷くなり。

 夜も濃くなり。

 人も減った頃。


「ミューリだな。諦めたのか?」


 その男は現れた。

 彼を見たのは、これで3度目になる。

 名前は……なんだったか。

 前と違うのは、隣に男を連れていたこと。

 男には足に大きな怪我があった。高度な回復魔法でもなければ、治らないような大きな怪我が。


「まぁ……良い。アセト、やれ」

「なぁ、ちょっと可哀想じゃないか? こんなに弱ってる女の子を、そんな」


 アセト。

 その名前はどこかで聞いたような気がする。

 どこだっただろう。


 なんだか思考が鈍い。

 あまり考えたくない。


「いいからやれ。もう俺は帰りたいんだ。それに元はと言えば、お前が良いようにやられたせいだろ」

「あー、はいはい……わかったよ。ほんと、人使いが荒いぜ。だけど、これで貸し借りはなしだからな。おいあんた。何か言いたいことはあるかい?」


 それが私にかけられた言葉であるのはわかった。

 けれど、答える気は全く起きない。

 でも、勝手に口は動いていた。


「リナには、手を出さないで……」

「……あぁ。わかったよ」


 そこで私の思考は途切れた。

 

 次に目が覚めたときは、どこかの列車の中で。

 私は個室の中だった。


 見渡してもリナがいない。

 当然なのだけれど。

 私が拒絶したのだから、当然なのかもしれないけれど。

 その事実が私の心を崩れさせる。


 多分……これが私にとって1番良い結果なのだと思う。

 リナを守ることができたのだから。


 それでも。

 なんだか。

 なんというか。


 良い結果だと言い聞かせても、あまりそうは思えない。

 結果の中では一番良い結果であっても、良い結果ではなかった。

 多分、最初から悪い結果しか残ってない中の、もっともましな選択だっただけな気がする。


 それは私にとっては頑張ったことであっても、全くもって満足できる結果ではない。

 結局、私は……ただリナを傷つけただけだった気がする。

 こんなことなら、最初から彼女に関わるべきじゃなかった。

 ……そんなことあるはずがないのに。


 でも。

 そういう予感を持ったことは何度もある。

 何度も彼女と関わらないほうが彼女のためなのではないかと思った。

 その予感は……結果的には正しかったのかもしれない。

 そんなこと、思いたくはないけれど。

 リナからの想いを。

 リナへの想いを。

 否定したくはないけれど。


 でも。

 独り、列車の個室で、晴天を眺めていればそんなことを思ってしまう。

 太陽が私を照らして。

 眩しさに目を背ける。


 こんなにも照らされていると。

 どうにも、死んでしまいたくなる。

 この明るい世界に居場所なんてないから。


 死にたいなんて。

 込み上げてくるその思いを否定できないのは。

 随分と久しぶりな気がしてくる。

 リナといる時は、彼女を想えば、そんな思いは霞のように消えてくれたのに。


 いや、別に今も正確に言えば、死にたいわけではなくて。

 消えたいとか、そういうわけでもなくて。


 ただ何もしたくない。

 息もしていたくない。

 してはいけない気がする。


 だから私は生きてはいけない気がして。

 生きていくのが難しくて。

 死にたいという思いをほんのりと抱えるしかなくなる。


 この列車に乗せられて、2度ほど夜が開けた。

 扉の外では見張りの者が2人立っている。私が寝ている間に一度交代したようで、昨日とは別人の誰か。多分、私の見えていないところには、もっとたくさんの見張りがいるのだと思う。


 そんなことをしなくても私は逃げないのに。

 これ以上逃げたって。

 もう逃げたところで。


 もうリナには会えない。

 この列車に乗った時から。

 いや、彼女に別れを切り出した時から。

 私はもう彼女には会えない。


 あの家での風景を思い出すだけで。

 隣にリナのいた記憶が蘇るだけで。

 私はなんだか泣きそうになってしまう。


 この部屋が個室で良かった。

 何度、嗚咽を零したかわからない。


 あの時。

 最後の時。

 彼女の目にこめられた感情はなんだったのかな。

 怒りか、恨みか、憎しみか……それとも。


 私は。

 きっとそれを。

 もう二度と知ることはない。

 知る機会などないほうがいいのだから。


 列車から外を眺めてみる。

 雪景色が広がっている。来た時も雪景色が広がっていたけれど、あの時とは違う。

 ところどころに雪解けが見られて、岩肌や草原が顔を出している。春が来るのだから、当然なのかもしれないけれど。


 なんだか。

 醜い現実が溢れ出てきたような。

 そんな気がしてきた。


 けれど、それは多分。

 あるべき姿に戻るだけなのかもしれない。

 これまでのリナとの旅は、とても幸福な物であったことは疑いようのないことだけれど……でも、どこまで言ってもそれは逃避の一種でしかなかったのかもしれない。


 私は、結局何もしなかった。

 何もできなかった。


 そして最後には。

 ただリナを傷つけることしかできなかった。

 そういう別れ方になってしまった。

 

 たくさんのものをリナはくれたけれど。

 結局、私は自らの欲望を貫いただけだった。

 

 本当は最後までリナに従うべきなのだと思う。

 でもそれは。

 その先にあるのは、リナの死で。


 今でもそれは。 

 想像するだけで身震いが止まらない。


 それは絶対に嫌で。

 だから。

 あんな別れになってしまった。


 私は……リナに嫌われてしまったのかな。

 もしもそうなら。

 私を好いてくれる人はいなくなって。

 完全な天涯孤独な身へと逆戻りというか。

 あるべき姿に戻る。


 この酷く醜い相貌が私のあるべき姿であることは知っている。

 知っている、はずだけれど。

 それならリナが死んでしまったのと同じ結果なのかもしれないけれど。

 でも、不思議と彼女が死んでしまうよりは良い結果だった気がする。


 それでも。

 それなら。

 そうであっても。


 やっぱり生きていい自信はない。

 リナに好かれていないのなら。

 彼女に嫌われているのなら。

 

 この世界で息をする価値など何もない。

 なら、どうして。

 どうして私は、まだ死んでいないのか。


 死にたいのなら、窓でも開けて、飛び降りてしまえばいい。

 それだけで死ぬ。

 私の身体は弱くて、脆いのだから。

 リナを助けられず、足手纏いでしかないほどに。


 けれど、それをしない。

 できない。


「は」


 乾いた笑いが漏れる。

 死ぬこともできない。


 結局。

 私は意場所を失っても。

 生きていくしかない。

 何故か生かされているしかない。


 何かに。

 多分、私の命は。

 私の魔法を持って終わらせるしかない。


 私が死ぬにはやっぱり、この魔法を使わないといけない。

 私が死ぬ時とはつまり、見知らぬ誰かに、この魔法を使って死ぬとき。

 それだけなのかもしれない。

 それ以外に私が命を捨てる手段が思いつかない。


 それとも。

 私はまだ期待を隠せないのかもしれない。


 リナがまだ私を好きでいてくれてるかもしれないと言う可能性への期待。

 そんな淡い期待を。


 そんなことは、あるのかな。

 リナは、泣いていた。

 私のせいで。


 彼女の願いを、無下にしたから。

 私は、リナの命が失われるよりはましだと思ったのだけれど。

 私を好きでいてくれる誰かが消えてしまうよりはましだと思ったのだけれど。


 あんな風に泣いてしまうなら。

 あそこまで悲しまれるのなら。

 リナの願いに乗っておくべきだったのかもしれない。


『一緒に、死んでくれる……?』


 けれど、それはできなかった。

 私は彼女と死にたいわけじゃない。

 

 リナと共にいたい。

 なるべく近くで。

 私の全てをリナにあげたい。


 もしもそれが叶うのなら、死んでもいい。

 死んでしまっても良い。

 

 でも、あの時のリナの死への誘いは、そうじゃない。

 何かに背中を押されて、逃げるように死ぬのなら、リナも死んでしまうのなら、それはどうにも許せなかったのかもしれない。


 だんだんとそんな気がしてきた。

 けれど正直……リナと離れてから自分の想いもよくわからない。

 あれだけ感じていた自らの想いも、気づけば見えなくなってきた。


 彼女が好きだという想いも確実にあるはずなのだけれど。

 それが上手く見つからない。


 それどころか。

 今の私の心もよくわからない。


 悲しいのか。

 辛いのか。

 苦しいのか。


 わからない。

 ただぼんやりと生きてはいけない気がしてくる。

 それだけがわかる。


 それが死にたい、という思いとなっているのかな。

 なんて、ぼんやりと思うけれど。


 気づけば窓の外からは雪が消えていた。

 露出した岩石が創る巨大な山脈が現れる。

 行きは雪に覆われていたのに。 


 あの恐ろしくも美しい白い景色は。

 多分、もう二度と見る機会はない。


 酷い失敗をしてきた気がする。

 私の選択というものは失敗だらけだった気がする。

 一度も正解を選べた気がしない。

 リナに誘われて、流されている時にしか正解へと向かっていなかった気がする。


 私はこれからどこへとゆくのか。

 どこへと逝くのか。

 わからないけれど。

 知りたくもないけれど。


 きっとどこへ行ったとしても。

 この感覚が。


 リナからの想いを失った喪失感が。

 何も為せなかった虚無感が。

 この世界に放り出されてしまった孤独感が。


 消えることはない。

 多分。

 きっと。

 永遠に。


 ……私は。

 もしかしたら。

 本当に何も変わってないのかもしれない。 


 リナを好きになった。

 それで何かが変わった気でいたのに。

 私の想いはどこへ行ったのだろう。


 そして何度か夜を越えた。

 ほんの1回か2回ぐらいだった気もするし、10回程度だった気もする。よくわからない。なんだか記憶も曖昧になっている。


 リナが隣にいてくれないから。

 私は上手く思考することすらできない。

 当然と言えば、当然かもしれない。

 だって、私は彼女がいないと息をすることすら難しいのだから。

 考えることなどできるはずもない。


 自分でもわかるほどに自らの思考は氾濫していて。

 煩雑に私の中で暴れている。

 私の意思はわからなくて。

 多分、そんなものなくて。


 私というものの存在が薄れていくのを感じる。

 自分というものが消えていく。

 上手く言葉が紡げない。

 私は。

 一体、誰なのか。

 そんなことも、あまりうまく思い出せなくて。


 けれど、リナの叫び声と。

 縋るような嗚咽だけが。

 私の耳元で囁かれているから。


 私は泣きたくて。

 でも涙もでなくて。


 そんな夢を見て。


「時間だ。降りろ」


 その声で、私は飛び起きる。

 開かれた扉には、男の姿があった。

 4度目か。私を捕らえた男がいた。

 前とは違い、1人らしい。


 私は鈍い思考で、彼の言葉を咀嚼すれば。

 目的地についたらしい、ということはやっとわかった。


 ゆっくりと列車の外に出れば。

 そこには、快晴に照らされた学校の姿が映っていた。


 魔法学校。

 私が5年間以上閉じ込められた学校。

 私が望んで閉じ込められていた学校。

 どうやらまた、ここに戻ってきたらしい。

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