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信奉少女は捧げたい  作者: ゆのみのゆみ
5章 双極と境界
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第71話 せるとらりん

「寿命を削った」


 リナは笑顔で言った。

 私はそれにどう答えれば良いかわからなかった。


 それは大丈夫なの。

 なんでそんなこと。

 それでリナは。

 リナはあとどれぐらい生きていられるの。


 とか。

 そんなことが渦巻いて。

 けれど、言葉にはならなくて。

 彼女がまた寝てしまった後も、そのことばかり考えてしまう。

 

 リナは私を助けるために寿命を削った。

 命を削った。

 私のために、命を使った。


 それは、私がすることだったはずなのに。

 私がしなくてはいけないことだったはずなのに。

 リナは命を捧げた。


 それなら。

 このまま何度も同じことが続けば。


 リナはいつか死ぬ。

 いや、人はいつか死ぬものだけれど。

 すぐに死んでしまう。

 それは今の彼女を見ればわかる。


 一度の戦闘でここまで衰弱してしまうのなら、もう一度か二度……同じことがあれば、リナは死んでしまうのではないか。

 そんな気がする。

 私はそんな予感がして。


 その不吉な予感がずっと離れなくなる。

 リナの命が消える。

 それだけは避けないといけない。


 なら、私は……

 私はどうすればいいのか。

 その答えはわかっている。

 ……単純に言えば、私はリナから離れなくちゃいけない。


 自殺行為と変わらないのかもしれないけれど。

 死にたいわけじゃない。

 彼女と別れたい、わけでもない。


 たしかに、あんまり生きることがよくわからないとか。

 そういうことを思うことはあるけれど。

 リナと離れたいと思ったことはない。

 離れなければならないと思ったことはあるけれど。


 今も同じように思っている。

 離れなければいけないって。

 彼女と共にいちゃいけない。


 彼女と離れなくてはいけない。

 そんなことを考えるだけで吐き気がしてくるけれど。

 でも、そうしなくては。

 そうしないといけない。


 理由は単純で。

 私が共にいれば、リナの命が失われるから。

 それだけは避けたい。

 彼女がこの世界からいなくなるのだけは。

 私がこの広い世界で独りになるのだけは。

 避けないと。

 それだけは嫌だから。


 彼女の命の灯は、今にも消えそうになっている。

 それは魔力に疎い私でもわかる。

 それほどまでに、リナの使った力というのは人知を超えたものなのだと思う。それこそ人の身では耐えられないほどに。


 私も考えた。

 彼女が寝てしまっている間。

 彼女が苦しそうにしている間。

 私にできることは彼女の手を握ることぐらいで。

 何もできなかったから。


 その間に考えていた。

 何かできないか。何か他に手段はないか。

 でも、何もできない。何も思いつかない。私の足りない思考では。


 このままなら。

 きっと追手はすぐにくる。


 この宿に閉じこもり、はや数日。

 今にも来てもおかしくない。


 そうなったら、多分リナはまた同じように無理をするだろう。

 自らの寿命を削ってでも、私を守ろうとする。

 それで、リナが死なないのなら、それでもいいのだけれど。


 でも、きっとリナは死んでしまう。

 次の戦闘は大丈夫かもしれない。けれど、その次は? その後は? きっとリナは死んでしまう。

 死んでしまうことを恐れていない。

 それ以上に、私を守ろうとしてくれている。


 ならやっぱり、追手をなんとかしないといけない。

 私だけで。リナの力を借りずに。

 そうしないといけない。


 でも、そんなことができるはずはない。

 リナが寿命を削らないとどうにもできないような人を、私がなんとかできるはずもない。


 けれど。

 追手は、私の追手。

 リナの追手じゃない。

 私が彼女から離れればきっと。


 多分それだけでリナは助かる。

 それだけでいい。


 そういう結論にしか私はいたらない。

 私の足りない思考では、それだけしか思いつかない。


 けれど、もしもそう言えば。

 リナはまた首を切ってしまうかもしれない。

 死を選ぼうとするかもしれない。


 でも、私はこれをリナに伝えないといけない。

 どう伝えれば、この想いを伝えられるだろう。


 考えても。

 結局私が考えても。

 そこまで大した案は思い浮かばない。

 私の思考では。


 私は逃げてばかりの人生で、深く考えることもしてこなかったのだから、急に妙案など思いつくはずもなく。

 結局のところ、私のとれる手段は1つだけ。


 ただ正面から、想いを口にするだけ。

 彼女が死を選ぼうとしても、この距離なら止められるはずだし。

 傷つけることになるかもしれない。

 でも。

 それでも。

 このままだと、きっとリナは死んでしまうから。


 だけれど。


「……ぇ? な、なんて……?」

「別れよう……って。私とリナは別れないといけない、そうでしょ?」


 空も白みきった頃、私が考えを言葉を口にした時、リナは途端に訳が分からないと言う顔で、泣きそうになっていることがわかって。心がずきりと音を立てるけれど、もう口に出してしまったからには止まれない。

 

「え。ぇ。な。あ。そ……な、なんで……?」


 私は息を吸う。

 この想いを伝えなくては。

 この告白に失敗すれば……きっと上手く別れられないだろうから。そうなれば、リナは死んでしまうのだろうから。

 

「リナのことは好きだよ。大好き。ずっと一緒にいたいよ」

「な、なら」

「でも、このまま一緒にいたら、リナは……死んじゃう、よね?」

「そっ」


 リナは顔を歪める。

 否定の言葉はでない。

 いや、出そうとしたのだろうけれど、詰まらせた。

 それは嘘になるから。


「寿命を削るって……そういうことだよね。あと……二度か、一度か。それぐらいあの力を使ったら、死んじゃう……でしょ?」

「そ、そう……かもしれないけれど……でも」


 リナは身を乗り出す。

 私を掴んで、願うように。


「でも、私たちまだ……まだまだしたいことが沢山……魔極光も見れてないし、海も行ったことないよね? そ、それにほら、花火もまた見ようって……」

「……そう、できたら良かったね。でも、それはできないから」


 私のせいで。

 私が蘇生魔法の使い手なせいで。


「できる、できるよっ。私達なら、できる……私が頑張れば」

「けれど……それはリナの命を縮めるんでしょ?」

「そ、そうだけれど……でも、そうしないと一緒にいられないから……私はっ、一緒にいたくて、ミューリと一緒にいたくて、だから……お願い。一緒にいてよ……」


 言葉に詰まる。

 こんなふうにねだられたら。

 一緒にいても良い気がしてくる。

 一緒にいた方が良い気がしてくる。


 でもそれは。

 リナの死を招くだけで。

 だから。


「……だめだよ。だって、リナに死んでほしくないから」


 だから私は拒絶の言葉を口にする。

 それしか道がないのだから。


「私を、ここまで連れてきてくれてありがとう。一緒にいてくれて、私を好きって言ってくれて……嬉しかったよ。すごく、救われた。うん。私はリナに救われたんだと思う」


 涙をこぼすリナに語りかける。

 この想いがきっと伝わると信じて。


「でもね。もう、終わり。終わりにしよ? そうしないと、リナが死んじゃう。私は、リナに生きていてほしい。勝手だけれど……でも、リナがこの世界で私を想ってくれるなら……私も生きていて良いかなって、思えるから。生きていて良かったって……」


 だから。

 ここで終わり。

 私達は別れないといけない。


「そんなのやだ……」

「うん」

「嫌だよ……もっとミューリと一緒にいたい。一緒にいさせてよ……」

「私も、そうしたいよ」


 リナは私にもう少し近寄る。

 倒れ込むように、私に体重を預ける。

 泣いている彼女を受け止めるけれど。抱きしめるけれど。長く白い髪をさするけれど。彼女は泣き止もうとはしない。


「なら。一緒にいようよ……なんで別れるとかいうの? 私が死ぬなんて、そんな些細なこと気にしないでよ。それに私達なら逃げられるよ。もう2度と追手には追いつかれないようにするから。だから」

「……リナ。きっと、それは、難しいんじゃないの?」


 リナが息を吸う。

 今言ったことが夢物語なのは、彼女だってわかってる。

 きっと春が来るまで逃げ切れただけでも幸運だった。


 追手達は、特務魔法師団。

 魔法使いの精鋭の中の精鋭。

 そんな相手に、ここまで逃げ切れたこと自体が奇跡のようなものでしかない。リナは十分にやってくれたのだろうけれど、それでも彼らを撒くことはできなかった。

 リナで無理なら、もう誰がどうやったって無理なのだと思う。


「でも……私。私は……私、頑張るから……! 頑張って、なんとかして、一緒にいて」

「リナ」

「そうだ。今度追手が来たら、私が全員倒すよ。わ、私は確かにちょっと命を削っちゃうかもだけれど。でも、そうしたら、もう誰も私達の邪魔はしないよ。それで一緒に暮らそう? どこかでまた静かに。一緒に」

「ねぇ、リナ」

「大丈夫だよ。私は死なないから。あと一回ぐらいなら、きっと、多分、大丈夫だから。私が制限解除すれば、どんな相手だって倒せるよ。それで」

「リナ、聞いて?」


 彼女の声は次第に掠れて、弱くなっていて。

 嗚咽が混じっている。

 啜り泣くリナを見れば、なんだか選択を間違えた気もする。

 でも私にはこれ以外には思いつかない。


「ここで終わりだよ。もう、無理なんだよ。私達は……ううん。私は。私はもう終わり。それにリナが巻き込まれることはないよ。巻き込まれないでほしい。リナにはなるべく生きていて欲しい。もしそれが、一緒じゃなくても」


 その言葉に彼女の身体がぴくりと反応する。


「どうしてっ」


 リナは私へとそっと力をかけて。

 私を寝床の上へと押し倒す。

 私はそれに抵抗などできるはずもない。


「なんで一緒にいてくれないの!? 私は、私はただ、一緒にいたいだけなのに、なんで、なんでなの、なんで、一緒じゃなくても良いなんて、もう無理だなんて言うの!? 私のこと嫌いになったから? もう私のこと、嫌いだから?」

「違うよ。リナのことは好きだよ」

「ならっ……なら一緒にいて良いよね!? 一緒にいようよ! もし最後が近くても……最後まで一緒にいて、いてよ……おねがいだから……一緒にいてほしいよ……」


 リナは叫ぶ。

 小さな声で。

 掠れた声で。

 でも、願うように。


「私が、私が守るから。だって、私にはそれしか……それしかできないから……そうさせてよ。そうじゃないと。私はなんのために。生まれて」


 何のために生まれてきたのか。

 それは私にもわからない。

 けれど、多分、私は。

 蘇生魔法を使うための人生でしかなくて。

 リナと過ごしたこの時間は、それまでの先行報酬みたいなものなのだろうから。


「む、昔ね、言われたんだ……私は誰かのために生きないといけないって。特別強く作られた私は、誰かのためにって。そう言われたときに、私はミューリのために生きるんだって、思って。だから、別に死んじゃうことなんて怖くないよ? ミューリのためなら。だから、気にしないで? 私の寿命なんて、気にしなくていいから、だからっ、だから、ぃっしょに……」


 リナの言葉は囁くようだったけれど。

 強烈な懇願のように見えた。

 でも、私は。

 それに応えられない。

 リナには死んでほしくないから。

 自分のために生きて欲しいなんて、偉そうなことは言えないけれど……でも、彼女はこの世界にいて欲しいから。


「そ、そうだ。一緒にいて、最後まで一緒にいて、それで……一緒に死のう? 私と一緒に死のうよ。それで良いよね? だってそれなら、ミューリが独りになることもない。別れることもない。追手に捕まることもない。だから。だからね」


 彼女は涙の中で笑っていた。

 本当に妙案を思いついたように。

 それは私には思いつかなかった。


 確かにそれなら、私達は別れなくて良いのかもしれない。

 近づく死を受け入れて、最後までの束の間の時間を2人で過ごすのも……きっと幸福なのだと思う。


「ミューちゃん。お願い。一緒に、死んでくれる?」


 でも、私は。

 その誘いを。

 その願いを。

 リナが私に要求したその些細なことを。


「……ごめんね」


 否定した。

 今まで、リナに沢山のものを貰ったのに。 

 私は、それを否定して、無下にした。


 ほんの少しの願い。

 リナが私に求めたことなどほとんどなかった。

 求めて欲しい、とも思っていたのに。

 私はこうして求められても答えられない。


 その時の、リナの顔を私は見れなかった。

 どんな顔をしているのか、見たくなくて。

 けれどきっと……傷ついたような顔をしていたのだと思う。私が、彼女に嘘をついた時と同じように。心底、傷ついたような表情をしていたのだと思う。

 そんな顔を見たくなくて、思わず視線を逸らしてしまった。


「……なんで。なんでなんで。なんでなの? なんで……お願い。ミューちゃん……ね。だって。だってね? 一緒にいるって。一緒に生きてくれるって。そう言ったのに。なのになんで。また、また嘘なの?」

「違うよ。私はただ」

「違わない! ミューちゃんは嘘ばっかりだよ! 嘘ばっかり……嘘じゃないなら、一緒に死んでよ! 私と最後まで一緒にいてよ! なんで……そんな……」


 答えは決まっている。

 ようやく私は、リナの崩れた顔を見つめることができた。

 彼女の揺れる瞳は私だけを見つめている。

 そのことが私の心を満たす。

 だから、言葉を紡げる。


「リナにずっと私を想っていて欲しい。私を好きでいて欲しい。死んじゃったら……もうそんなこともできないでしょ?」

「そう……だけれど」

「だから、別れよう? ちょっと遠くなるだけだよ。私はずっとリナを好きでいるから。だからリナも私を好きでいて?」


 触れられる距離が。

 触れられない距離になるだけ。

 多分きっと私は先に死んじゃうのだけれど。

 それでもリナが私を覚えて想ってくれるなら。 

 私なんかがこの世界にいた意味がきっとあるから。


「なら……」


 そう思ったのだけれど。

 私の言葉にリナは少し目を伏せて。


「なら私は……」


 顔を上げたリナは私を睨んでいた。そこには私の見たことない感情が秘められていて。私はそれを咄嗟に読み取れない。

 リナにそんな目など向けられたことはないから。ただ私はたじろぐしかなくて。


「り、な……?」


 私は彼女の名を呼ぶのだけれど。

 その声に彼女は反応を見せなくて。

 ただ、私から一歩離れて。


「ミューちゃんなんか、嫌い」


 彼女は小さく囁くように。

 そんな言葉を溢した。

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