表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
信奉少女は捧げたい  作者: ゆのみのゆみ
5章 双極と境界
70/121

第70話 ひるなみん

 リナは息を荒くして、顔色を悪くしていた。

 それは尋常ではなくて。まるで病人のようで。そんな彼女を前にしても、私はどうすればいいかわからない。


 それが出血のせいであれば。

 戦いによる傷のせいであれば。

 回復魔法を使えばなんとかなったのかもしれないけれど。辛うじて目覚めたリナが回復魔法を使っても、彼女の容態に変化はない。

 いや、傷自体には効果があった。傷痕は薄れ、出血も治った。なのに彼女はずっと苦しそうなまま。


 大丈夫なのかな。

 毒とかかもしれない。

 あとは知らない魔法の効果とか……

 そんな私の不安を読み取るかのように、リナは口を開く。意識を保つのも辛そうにしながら。


「だいじょ……ぶ。すぐよくなる……から……」


 そんな掠れた声で言われても、それを簡単に信じ込めたりはしない。けれど私にできることはなくて、おろおろと彼女が寝静まる部屋の中で歩き回ることしかできない。


 リナがずっとこのままならどうしよう。

 もしもこのままなら。

 いや、それどころか。

 リナがこのまま……死んでしまったら。


 彼女の隣で白い息を吐く。

 私は彼女の手を取る。


 死んでしまうかもしれない。そんな恐れが生まれるほどに、彼女は衰弱していた。

 起きる時間は少なくて。口数も少なくて。力も弱々しくて。

 今にも消えてしまいそうな……


 ほんとに大丈夫なのだろうか。

 病院とか、そういうところに行った方がいいんじゃないかな。

 そんなことばかり思って。口に出してしまうけれど。


「だいじょぶ、だよ。ちょっと、つかれた……だけだから……」


 リナはそんなふうに掠れた声を出すだけだった。

 それに加えて。


「病院も、意味ないから……ちょっとだけ、待ってて……すぐよくなるよ……ごめんね」


 謝罪なんて。

 どうしてリナが謝るのだろう。

 彼女が謝ることは何もないのに。


 結局のところ、今回も私は蚊帳の外でしかなかった。

 わけもわからないまま状況を眺めているだけだった。

 私が狙われているのに。

 そんな私を責めるべきな気がするのに。


 どうして彼女は自らを責めるのか。

 私にはわからない。

 そんなことはしなくていい。

 する必要はない。

 してほしくはない。


 だから、私は彼女の枕元で祈る。

 何に祈ってるかもわからず。ただ何かに願いを託して。


 すぐによくなる。リナのその言葉通り、なのかはわからなかったけれど、彼女は次に目覚めた時にはそれなりに回復していた。

 まだ疲労と衰弱の色は濃かったけれど、動くことや話すことはできるようになったようだった。多分……無理をしているのだろうけれど。


 だから、もう少し休んでおいた方が良いと言ったのだけれど。

 リナはその提案を振り切り、立ち上がる。


「この家はもうばれたから……次の場所に行かないと」


 ……そう言われれば、反論はできない。

 たしかにこの場所というのは、追手にはばれていて、この場所に長居しても捕まるだけだというのはそうなのだけれど。


 ここも悪い隠れ場所じゃなかったはずなのに。いや、良い隠れ場所だったのに。追手はそれを越えてきた。

 もう……隠れる場所なんてないような気がする。でも、リナは歩き出した。私を連れて。


 私は弱ったリナに連れられて、まだ雪解けの済んでいない道を歩く。

 この辺りの冬は長いらしい。学校がある当たりの地域なら、もう雪が降ることはあっても積もることはない。それでも、もう雪のない場所も増えてきた。


 何度も共に歩いた道を抜け。

 いつか来た駅で、私は彼女と電車に乗った。

 今度は個室ではなくて、一般車両に。そんなに電車を選んでいる余裕はなかったのかもしれない。


 人の量は多いとは言えない車両だったけれど。

 私達だけじゃない。

 雪がしんしんと降り、窓を冷たくする。

 そんな中で、私は彼女と身を寄せ合って、いくつかの駅を過ぎるのを待つ。


「そろそろ降りよっか」


 リナの言われて、共に降りる。

 その顔はとても辛そうだったけれど。


 彼女は気丈にふるまっていた。

 多分、私を心配させないように。

 無理をしている。

 けれど、なんと言えばいいのかわからない。私にはリナを助けられない。


 私は今、助けてもらっている。

 弱っている彼女に。

 ずっと助けてもらってばかり。


「大丈夫だよ」


 リナはそう言ったけれど。

 私はその言葉をそのまま信じられるほど楽天的じゃない。


 降りた駅の近くの宿で。

 彼女はまた寝込んだ。


 私はどうすればいいのかわからず、ただ隣にいるしかない。

 手を握り、いくつかの言葉をかけたけれど。

 彼女が良くなることはない。


 明らかに単純な怪我や疲労ではない。

 数日前にあった戦闘による怪我は完治している。出血は止まったし、傷痕だってもうない。だから彼女の不調は何か別の要因があるとしか思えない。


「リナに何が起きているの?」


 そう問うても。

 彼女は優しく笑うばかりで。


 私に答えてはくれない。

 どうして。

 

 いや、理由はわかっている。

 私に心配させないため。

 私を安心させるため。

 けれど。


 私はリナに話して欲しい。

 どうして彼女がここまで衰弱しているのか。

 きっと、話してもらっても私にできることは何もないのだろうけれど。


 それでも。

 私は彼女のことが知りたい。

 そして、リナは知っている。

 どうして、自分がこうなっているのか。


「病院じゃ意味ないって、言ってたよね? 何か知ってるんでしょ?」


 リナは答えない。

 ただ言いづらそうにしているだけ。


「何か……何か、無理をしたんでしょ? あの時。それで……」


 少し身を乗り出して、彼女へと近づく。

 けれど、リナは曖昧に笑い、私の頭を撫でるばかりで。


「無理なんか、してないよ。ちょっと、疲れちゃっただけ。すぐによくなるから……」


 それが嘘であることぐらい私にはすぐわかった。

 わからないわけがない。

 そんなに私がリナに興味がないと思っているのだろうか。

 私はリナをこんなに見てきたのに。


「嘘、だよね? だって、リナ……」


 この違和感をどう伝えればいいのか。

 どう伝えれば、彼女は話してくれるのか。

 私は、逡巡して。

 彼女を見つめて、言葉を零す。


「あの時の、リナは強すぎたよ」


 私に詳しいことはわからない。

 魔法にそこまで詳しいわけでもない。


 けれど、あの時のリナから感じた魔力も、展開されたであろう魔法も……今までのリナとは比較にならないほどのものだった。

 多分、それが彼女が白棘刃という第一指定危険魔法生物を倒せた理由。


 前から、少しだけ疑問だった。

 第一指定危険魔法生物を倒したわりには、リナの力はそこまで圧倒的とは言えない。


 いや、圧倒的だけれど。

 大抵の魔法使いには負けはしないのだろうけれど。

 でも、第一指定危険魔法生物というのは国も対処を困るような存在。それを倒せるのなら、ほぼ全ての魔法使いに勝てるはずなんだから。


 けれど、リナは。

 アオイの姉であるアカネに勝てないかもしれないと言った。


 アカネがとても強い可能性もあったけれど。

 でも、数日前に見せた彼女の姿を見て分かった。

 これが白棘刃を倒したときのリナの姿。

 これならどんな相手にだって負けないはずなのに。

 どうしてアカネに負けるかもしれないなんて言ったのだろう。


 その朧げな疑問はここ数日で次第に形をとっていた。

 酷く弱ったリナの姿。

 それは本当に苦しそうで。

 だから、私は。


 彼女はその力をあまり勘定に入れてないのではないか。

 彼女はその力をあまり使いたくないのではないか。

 もしかして……酷い代償があるのではないか。


「何か無理をしたから。でしょう? 私を助けるために何か無理をしたから……その代償でこうなっているんじゃないの?」


 まるで追い詰めているようだった。

 嘘をつく犯人を追い詰めているような。

 そんなつもりじゃないのに。


「私にも、心配させてよ。リナのこと、心配したい……それとも、リナは」


 その先は上手く言葉にならなかった。

 どう言葉にしても、リナを責めているようにしかならない気がして。


 沈黙が流れる。

 リナは目を閉じていた。

 数秒か、それとも数分はそうしていたかもしれない。


「……うん。あるよ。私があの時見せた力を使うには、代償が」


 リナは観念したように口を開いた。

 彼女は少し長くなると前置きして、掠れた声で言葉を続ける。


「私が魔力情報を弄られて作られた人ってのは言ったことあるよね。私は、あらゆる魔法を使えるように調整されたんだ」


 その話は前に聞いたことがある。

 リナの出自は特殊で、魔法実験の成功例だとか。


「過去の魔法使いを参考にしてね。でも、過去の魔法使いはとても強い。飽きれるほどに強大な魔力を自由自在に操り、強力な魔法を使う。そんなの人の身で使えば、代償があるに決まってる」


 リナは少し遠い目をする。

 昔を思い出すように。


「過去の人がどういう代償を払っていたかは知らない。けれど、私の場合は調整段階で、無理のない範囲に能力を制限することで代償を回避するようにした。らしいよ。父からの受け売りだけれど」


 父。

 それは多分、リナを作った人なのだろう。

 私が研究所で会った人の誰かだったりしたのかもしれない。


「でも、白棘刃に殺されそうになった時……多分、私の身体は勝手に私の潜在能力の全てを引き出してね。その時からかな、あの力を使えるようになったのは。力を使う……というより制限を外すと言った方が良いのだろうけれど。制限解除をすれば、莫大な魔力を扱える。無数の魔法を操れる。身に余るほどに。だから、白棘刃も倒せた」


 ちょっと皮肉気に彼女は言った。

 多分、昔の仲間のことを思い出しているのだろう。


「もう少し早く使えるようになってたら、みんな助けられたのに……それからは一度も使ってない。本当は二度と使うつもりじゃなかったんだけれどね。制限解除の代償は簡単にわかったから」


 けれど、数日前は使った。

 それほどまでに私の追手は強かったということなのだろう。

 そして、二度と使いたくないほどに、酷い代償があるのなら。

 それは。


「代償は、何……?」


 恐る恐る問う。

 

「代償は命。私は寿命を削ったんだよ」


 リナは笑って、そう言った。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ