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信奉少女は捧げたい  作者: ゆのみのゆみ
5章 双極と境界
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第68話 とりみぷらみん

 リナは辿り着いた北方の地の小さな町で家を借りた。

 借りた家は一戸建ての家。


 場所は町の中心ではなくて、どちらかといえば町はずれの静かな場所だった。

 静か、というのは人が少ないということではあるけれど、家がないというわけではない。空き家が周りにはいくつかある。

 まぁ、どちらにせよいくつかと言った程度で、住宅街と言えるほどじゃない。この辺りは端的に言えば、雪原しかない。舗装された道路はあるけれど、雪のせいで使い物にはならないし。


 周囲の空き家は、その大抵が投棄されたもののようだったけれど、一部は貸家のようだった。実際、リナもその一つを借りたのだし。

 いや、買い取ったのだっけ……どちらかはわからない。私はその辺りの話を眺めていただけで、ちゃんと聞いてはいなかったし、聞いてもよくわからなかったから。


 他の貸家の一部は探索者とかが借りているようだった。この辺りはやっぱりそういう人が多いらしい。近くに有名な遺跡でもあるのかもしれない。

 ……私達も同じように見えているのかな。半分は正解のようなものなのかもしれないけれど。


 近くに町があるのに、どうしてこの辺りに人がいないのか。

 正確には、定住する人がいないのか。


 距離とか利便性の面を考えれば、住んでいる人がいたっておかしくない。道路が使えなくても、別に近くの町まで歩いて行けない距離でもないのだし……

 それこそ、誰かがいるほうが自然な気がする。幾らこの辺りの人口が少ないからって、ここまで閑散としている理由はない。


 実際、昔は住んでいたはずだし。

 だって古くて使われなくなった家があるのだから。

 家だけ建てて、誰も住まなかった……みたいなことではないはずで。

 ならば、どうして、ここには誰もいないのか。

 

 その理由ははっきりとはわからないけれど、噂では、昔この辺りに強力な魔法生物が出て、その時の被害の名残だとか。今も人がいないわけではないけれど、わざわざこの辺りに住む人は少ないと言っていた。というより、リナがそう聞いているのを私も聞いた。


 ラスカ先輩に軟禁されていた時にいた家の周りも廃墟だったけれど……あれは、どうしてだっけ。たしか、ポニリリアの宿にいたときに何かを聞いた気がするけれど、忘れてしまった。


 まぁ、とにかくこの辺りにはあまり人は住んでいない。

 それでも、多少歩いて町に行けば、買い物できるところもあるし、遠くには商業施設もある。本屋とかがあった気がする。まだ行ったことはないけれど。


 リナが借りた(もしくは買った)家は、大きい家とは言えなかったけれど、2人で済むには十分すぎるほどの家だった。正直なところ、私には普通の家の大きさというのはわからないのだけれど。

 でも、学校で過ごしていた部屋に比べれば、とても大きい家だった。当然なのかもしれないけれど。

 けれど、リナにしてみれば特別大きい家というわけでもないようで。


「手狭だったらごめんね」


 みたいなことを言っていた。

 まぁ、彼女の今までの収入からしてみれば小さな家なのかもしれないけれど、決して小さい家ではない……と思う。


 だって、台所に広間や浴室などもついてる上に、寝室なんて2つもある。何の部屋かよくわからないところもあるし、これだけたくさんあって、手狭だと感じたりはしない。

 手狭だと思っていたら、わざわざ同じ寝室で寝たりはしない……やっぱり手狭でも同じところで寝たいかも。


 まぁそれはともかく、家を手に入れたけれど、それだけではただの箱でしかないから、私達は家具を色々置いた。 

 もちろんこの家の先人が置いていったであろう家具もあったけれど、大抵はどこかから取り寄せた。そんなことをして、私達がここにいることはばれないのかと不安だったけれど、リナはそういうところは上手く隠しているらしい。

 

 家具を取り寄せるのは不安だったと言ったけれど、正直、家具選びはちょっと楽しかった。リナとどんな家にするか考えるのは。

 なんというか……一緒に生活しているという実感があって。これから彼女とする生活に想いを馳せるのは……彼女との未来を想像するのは、とても楽しかった。


 家具は思いの外高かったし、それこそ家なんて莫大なお金が必要なはずだから、そんなにお金が足りるのか少し不安だったけれど。


 まぁよく考えてみれば、彼女の所持金がどの程度かは知らないけれど、働かなくても充分なほどにお金を持っていることはわかる。

 一度、お金に関してリナに聞いたことがあるのだろうけれど。


「それは、大丈夫だよ。正直、使い切れないくらいあるから」


 と言っていた。

 冷静に考えてみても、彼女は第一指定危険魔法生物の一体、白棘刃を倒しているのだし、その辺りの報酬もあるだろうから大丈夫だとは思う。探索者の相場感はわからないけれど、第一指定危険魔法生物を倒して、何もないってことはないだろうし。


 でも、お金を持っていたとしても、どうやって管理しているのだろう。流石にずっと手に持っているようには見えない。普通に考えれば、金銭管理機構に入っているのだろうけれど……私が目をつけられているのなら、リナも同じように目をつけられているはずで。それなら、少なくとも正規の金銭管理機構は使用できないはずだけれど……


 まぁともかく、彼女は働こうとはしなかった。

 もちろん私も。

 私は働こうとしないというより、働けはしないと言った方が正しいのだろうけれど。能力的にも、状況的にも。


 だから、私とリナは必然的に一緒にいる時間が増えることになる。

 ポニリリアの宿にいたときは、半日程度しか一緒にいられなかったから。


 その時間で、リナは私をよく外へと誘う。

 まぁ、家の中にいてもやることは特にないし、断る理由はない。少し寒いけれど。


 家の近くの平原には小高い丘があって、そこには少し大きな木が生えている。雪に呑みこまれているのだけれど。

 そこに私達は何度も行った。

 他の場所も行ったけれど、そこには特に何度も行った。


 何度も来て、特に何かをすることもないのだけれど。

 なんとなく雪をかき集めて遊んでみたり。

 ふたりで木陰の下で、雪の中で座ってみたり。


 凍り付いた川を眺めてみたり。

 黄昏の中を共に歩いてみたり。

 日差しから逃げるように走ってみたり。

 ほのかな雪の中で手を繋いでみたり。


 家に帰ってからも、私達は一緒で。


 大きな長椅子の上で、よくわからない映像を見てみたり。

 窓から見える流れる星を、絵に描いてみたり。

 白む空から逃げるように布団の中へと隠れてみたり。

 こたつの中で足を絡ませてみたり。


 そんな日常を過ごす。

 何日も。

 どれぐらいそうしていたかはわからない。

 そんなことは気にしてはいない。

 穏やかな日々。

 多分、これは……幸せな日々。

 

 特段何かをしたわけでもないのだけれど。

 一緒にいても、何もすることはないのだけれど。

 でも、ただ彼女と過ごす無為な日々が。

 ただ何もない日々が、すごく……


 すごく愛おしい。

 この感情が、愛おしいなんて言葉で合ってるのかはわからないけれど。


 愛、というものがなにか私は知らない。

 過去を振り返ってみても、親もその他の人も、私に愛情など与えなかった、と思う。もしかしたら、私が愛情を感じれないだけかもしれないけれど。


 だから、私は愛を知らない。

 それでも、この感情に名をつけるのなら、愛おしい以外には知らない。


 リナはどう思っているのだろう。

 私とリナの関係を端的に言うのなら、恋人ということになるのだろうけれど、でも、リナに対する感情を恋というのは、少し違う気がして。


 彼女は私に恋をしてくれているのかな。

 好きで、いてくれているのだろうけれど。


 私もリナのことは好き。

 好きだけれど、多分、リナに恋をしていない。

 なら、愛かと言われても……ちょっと違う気もする。


 元々、私は恋や愛を知らずに生きてきたから、この感情に名付けを間違えているだけなのかもしれない。そういう説もあるけれど。


 私にはこの感情に恋や愛と言った言葉をつけられない。

 これは……何なのだろう。

 ただリナが大切で、もっとも大切で、彼女の存在なしには生きいけなくて……生きて良いと思えなくて……彼女の心に、私は生かしてもらっていて……それで……


 形にしようと思った心は、うまく掴めず霧散する。

 自分の心がよくわからない。

 でも、これは、恋や愛じゃない。はずで。 


 恋人、というのも、どこかおかしい気がする。

 本当なら。

 私がもっと正しい人なら。

 リナを素直に愛していると言えたのかもしれないけれど。

 あまり、そう上手くは言えない。


 いつかこの感情にもうまく名付けることができて。

 リナにこの心を話せる時が……捧げられる時がくるのかな。

 そんな日がくる、なんて言えないけれど。


 この感情を持っている日々を過ごしているという実感をもっているから。

 私がここで生きていることをリナが許してくれるから。

 そんな実感が私を包むから。

 だから、言いようのないふわふわとした感情が心の核となっていても、私の存在を見失うことはない。


 だから、ここで私は目を覚ます。

 この家で。

 巨大な冷気を吸い込む。


 ころりと寝返りを打てば。

 隣で先に起きていたリナが私を見つめていた。


「おはよ」

「おはよう……」


 彼女は笑顔を浮かべて、私の髪に触れる。

 リナは髪を触るのが好きなようだけれど、そんなに面白いのかな。

 私も、別に触れられるのは嫌いじゃないからいいけれど……


 けれど、今日は一段と寒い。

 それに不思議な音もする。


「吹雪みたい」


 リナが呟く。

 眠い目をこすり、身体を起こす。

 窓の外を見れば、白い雪が吹き荒れていた。

 強い風のせいか、窓を強く揺らすのが少し怖い。


「すごい……」


 本当に今までに見たことがないほどに強い吹雪は、全てを呑みこんでしまうようで。こんな状態では外に出ることなどできはしない。


『この辺りの雪は怖い』


 その言葉の意味がわかった気がする。

 こんな雪に外で出会えば、ひとたまりもない。

 でも、まぁこれじゃあ。


「なんにもできないね」


 リナはそう呟いて。

 私の隣に倒れ込む。

 私もそれにつられて、起こした身体を元に戻す。

 そんなことをすれば、一度開けた瞼はまた重くなってくる。


「残念。今日は見られると思ったのにな……」


 リナが悲しそうに呟く。

 今日は魔極光を見に行こうと言っていた。


 魔極光は天気が良いとか、大気中の魔力状態とか、そういったものが大切らしい。もう2回ほど行こうとしたけれど、どちらも雲で隠れていたりとか、条件が揃わなかったりして魔極光は見られなかった。

 今日も雪のせいで見られないことはほぼ確定している。というよりも、この雪では外には出られないのだから。


「きっとまた今度見られるよ」


 でも私はあんまり気にしていない。

 確かに見られないのは残念だけれど、リナとこうして過ごしているだけで、十分すぎるほどに満ち足りているのだから。


「そう、だよね。じゃあえっと今日は……もうちょっと、寝ちゃう?」

「うん……リナも……」


 私が伸ばした手を、彼女は拒まない。

 それどころか、嬉しそうに私を受け入れてくれるから。

 魔極光なんか見られなくても、私はこうしていられるだけで。


 私はなんだか安心して。

 白い雪に閉ざされた部屋で、私は眠りについた。

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