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信奉少女は捧げたい  作者: ゆのみのゆみ
5章 双極と境界
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第64話 るらしどん

「このまま、俺についてきてくれれば手荒なことはしないが……」


 私を捕らえる。

 そう言った男が呟く。


「そういうわけにはいかなさそうだな」


 同時に男の魔力が蠢く。

 そんな気がして。


「ミューリ! 逃げて!」


 リナがそう叫んだのと、男の姿が掻き消えたのは同時。

 瞬きの内に、男の手は私へと迫っていて、リナが横からそれを止めていた。


 視界が揺らぐ。

 いや、大気が揺らぐ。

 多種多様な魔法が光のままに、目の前で炸裂する。

 衝撃が私の身体を揺らす。


 今にも倒れそうになるけれど、それよりも早く、私は裏口の扉を開ける。

 今出てきた宿の中へと転がり込む。

 凄まじい音のする背後を見れば、ちょうどリナが裏口の扉を片手で閉めるところだった。


「り、リナ……」


 ちらりと見えた彼女には余裕などなさそうで。

 不安になるけれど。

 でも私にできることはない。


 あれは、私の追手。

 追手が来た。ついに。

 あれが、へイヴという人かは知らないけれど。

 でも、リナが足止めをしないといけないほどに、強い相手であることはわかる。


 リナのことが心配だけれど。

 私がいても役には立たないどころか、脚を引っ張るだけで。リナもそこまでの余裕はないだろうから、私にできることはただ離れるだけ。少し、悲しいけれど。でも、それが今の私にできる精一杯だから。

 だから私はその場から一歩でも離れようと、もつれる足を動かそうとして。


「ミューリ? 何かあったの? すごい音がしたけれど」


 階段のほうから、ポニリリアの顔が見えた。


 彼女なら。

 私ではだめだけれど、彼女なら。

 元探索者であれば。


「リナが、戦って、突然、男が」


 私は咄嗟に叫ぶ。

 多分、要領を得ない説明だったと思う。

 必要最低限以下の。


 でも、ポニリリアは事情を把握したように頷いて。

 魔力が蠢き。


「手伝ってくる」


 気づけば、裏口の前に立っていた。

 未だ轟音は鳴っているけれど、さっきよりも音は小さい……というよりも音は離れたような気がする。

 考えてみれば、あんな規模の魔法を宿の近くで使っては、この宿がもたない。多分、リナが距離を取ってくれているのだろう。


「私も行くわ」


 予想もしない声が、廊下の奥から聞こえた。

 振り向けば、そこにはカミラがいて。

 またしても、気づけば裏口の前に立っていた。


「うん。助かるよ」

「いいから。いくわよ」


 ポニリリアはそんな彼女に穏やかに笑いかけて、扉を開ける。

 カミラは俯いていたけれど、でも。


「あんたはその辺にいなさい! ……あんたに何かあったら、リナさんが悲しむんだから」


 そう言って、勢いよく飛び出していった。

 みんながリナを助けに行った。

 私は独り、廊下に残される。


 なんというか。

 やっぱりリナはすごい。

 何が起きているのかも説明しないうちに、彼女を助けようとしてくれる人がたくさんいる。本当に、すごい。

 人望というのかな。そういうものがある。

 

 けれど、私にはリナしかいない。

 そして、リナは今戦っている。

 私は1人取り残されている。


 どうしよう。

 宿から出るべきなのかな。

 それとも、ここにいた方が良いのかな。


 わからない。

 けれど、悩んでいる時間はない。

 私の代わりに判断してくれるリナはいない。


 けれど、外に出るのは危険なはずだから。

 私は廊下を戻り、階段を上り、部屋へと走る。

 久しぶりに急激な運動をさせた私の身体は、すぐに息切れしてしまう。


 せめて身体強化ぐらいできれば、こんなことも少なくなるのに。

 私の魔力は、そんな初歩的な操作さえ受け付けない。


「ぅ」


 息を吐こうとして。

 詰まらせる。

 上手く息ができない。


 それは独りのせいか。

 それとも轟く音のせいか。


 違う。

 ただ。


 また私は逃げてばかりで。

 リナに守られてばかりで。

 無力で。


 やっぱりどこまでいっても。

 どう取り繕っても。

 私はリナの弱点にすぎないのだと。

 それを突き付けられているから。


 たまらなく。

 たまらないほどに。

 嫌になるから。

 息が難しい。


「リナ……」


 思わず呟く。

 彼女の名を呼べば。

 それだけで、私の中の想いが再燃してくれる気がして。


 けれど、ほんの少しの熱では、私はまだ寒いままで。

 だから私に必要なのは。


「ミューリ!」


 扉が開かれて。

 リナが入ってくる。


 少し傷がつき、ほっとしたような顔を浮かべる彼女を見るだけで、私はほっと息を吐き出せる。


「大丈夫?」

「う、うん。ミューリは?」

「私は、全然」


 私の心配などしなくてもいいのに。

 私は戦ってすらいないのだから。

 けれど、リナが心配してくれたことが嬉しい。

 信頼されていないと言う見方もできるけれど。


 でも、リナがここに来たと言うことは、もう戦いは終わったのかな。

 あの男は、どうなったのだろう。

 でも、戦いが終わったにしては、リナは焦っているように見えて。


「ちょっと、急ご」


 リナが私の手を取り、私達はまたしても廊下を抜け、階段を下りて。

 今度は食堂のほうへ。

 正確には、表の入口の方へ。


「り、リナ。あの、あの人は?」

「今、カミラとポニリリアが戦ってくれてる。足止めで」


 その間に逃げる。

 そういうことらしかった。


 大丈夫、なのかな。

 あの男は、大分強そうだったけれど。


 いや、私に強さ判定などはできない。

 私から見れば、魔法が使えるだけで強者なのだから。

 でも、リナの表情を見れば、多少は推測できる。


 ここまで余裕のない表情を見せたのは、初めてだから。

 いや、正確には初めてというわけじゃない。

 私は何度も彼女の余裕のない顔を見ている。


 私が触れようとした時とか。

 私の前で首を切った時とか。

 ……口付けをした時とか。


 でも、そういう時とは違う。

 余裕がなくて、緊張していて……どう言えばいいのか。

 緊迫感があるというのかな。

 差し迫っている。

 ポニリリアの言葉を借りるのなら、脅迫的焦燥に近いのかもしれない。


 そんな表情をリナが見せるほどに、あの男は強い。

 カミラとポニリリアがどれぐらい強いかわからないけれど……


「2人なら大丈夫。多分、引き際はわかってるはずだし、相手も彼女達を深追いする理由はないはずから」

「そう、だよね」


 私の心配を察したかのように、リナはそう言ったけれど。

 なんだかそれは自分に言い聞かせているようにも見えた。

 彼女は軽く頭を振って、私を見つめる。


「それより私達は、私達の心配をしないと。ちょっと、ごめんね」

「わ、ぁあ」


 どうして謝るの? 

 私がそう言うよりも早く、私の身体はひょいと持ち上げられていた。

 彼女はそのまま人通りの少ない道を一気に翔る。正直、視界の転換が早過ぎて、そこが道かもよくわからなかったのだけれど。


 視界が急に飛ぶのを何度か繰り返して。

 気づけば、私は大きな駅の前に立っていた。

 正確には倒れそうになっていた。


 うぅ……なんか頭が痛い……

 リナの速度に私の認識速度ではついていけないから……


「ごめんね。ちょっと、時間がなくて。あ、あれ、乗ろ」


 駅に着いた。

 正確にはリナが連れてきた。

 それはつまり、魔導列車を使うということなのだと察する。


 気分の悪い身体を無理やり起こして、私はリナに手を引かれるままに列車に乗り込む。

 人生で2度目か3度目の魔導列車は、随分と高級そうな作りだった。

 個室がずらりと並んでいて、個室の中も見えないようになっている。多分、お金を払って、個室へと入れば乗車できる車両なのだろう。


「えっと、空いてるとこ空いてるとこ……」

「あそこ、空いてるかも」

「あ、ほんとだ」


 リナはその部屋の値段を見ることなく、即決で扉を開ける。ちらりと見た感じは、多分とても高かったように見えたのだけれど。

 それと同時に、列車ががたりと音を立てる。

 それが動き出した音だと気づかないほど鈍くはない。


「ふぅー」


 リナが息を吐いて、高そうな長椅子に背を預ける。

 私もその隣に腰掛ける。


「もう、大丈夫だよ。ここまで来たら」

「そう、なの?」

「いくら魔法使いでも、魔導列車にはそう簡単に追いつけないよ。どの列車に乗ったかもすぐにはわからないだろうし」


 たしかに。

 じゃあ一旦は大丈夫なのかな。

 カミラ達のことは気になるけれど……


 私の思考に割り込むように、リナのほのかな熱が近づく。

 彼女の長い手が私に触れる。


「ど、どうしたの?」


 溢した疑問に返すように、彼女は囁くように言葉を呟く。


「良かった……」


 彼女はとても嬉しそうに、私を見つめて。

 そっと私の頬に手を当てる。


「無事で良かったよ……」


 目を閉じ、額を当てて、唱える。

 それでようやく。

 安心して良いって思えて。


「リナも、無事でよかった」


 私達は糸が切れたように、長椅子に倒れ込んだ。

 まだ危機は完全に消えたわけじゃないけれど。

 一旦、その全てを忘れるかのように、私達は目を閉じた。

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