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信奉少女は捧げたい  作者: ゆのみのゆみ
5章 双極と境界
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第62話 すぴぺろん

 こんこん。

 小さく扉を叩く音で飛び起きる。


「なぁ。私やけども。昨日の、あれや。友達に似てるアカネさんや」


 扉越しでは声は聞こえづらいけれど、誰かはすぐに分かった。

 すぐにわかるぐらいには、その話し方は特徴的だったから。


 アカネ。

 アオイに似ている人。

 多分、彼女と同郷の。 


「何……?」


 リナがゆっくりと目を覚ます。

 欠伸をかみ殺しながら、起き上がる。

 私もそれにつられて、身体を起こす。


「何ですか……?」


 扉越しにリナが声を出す。


「お、おるやん。ちょっと聞きたいことがあるんやけど。ええやろか? その辺りまで来てくれへんか? 場所はガイスに聞いてくれればわかるわ。ほな、また」


 そんなことをアカネは言った。

 結構面倒くさそうだったけれど、リナは手伝うと言った手前断るというのは難しいのか、彼女はちょっと悩んでから。


「ちょっと行ってくるよ。すぐ戻るから」


 私にそう言った。

 私はちょっと怖かったけれど。

 でも、もう追手ではないのなら、大丈夫だろう。

 いつもみたいにこの部屋にいたら。

 だから、リナを見送った。


 離れ離れになるのは怖かったけれど。

 リナがどこかへと行くのも。

 昨日は不安定だった彼女と離れるのも。


「大丈夫だよ。昨日は、ごめ……ううん、ありがとう」


 出掛ける前にリナは、いつもの様子でそう言っていたから、多分、大丈夫そうだった。強い心が戻ってきていそうだから。彼女は強いから、一時心が崩れても、すぐに治る。

 そんな彼女だから、どうにも差を感じる。

 相変わらずつり合いのとれていないって。


 そんな彼女を見送り、私は部屋で1人待つことにしたのだけれど。

 でも、リナは意外とすぐに扉を開いた。


「あのね。ミューリも来て欲しいんだって……えっと、いいかな」


 そしてそんなことを言った。

 悩んだけれど、これも私が招いた結果というか。

 私も無関係の話では絶対ないのだから、それぐらいはついて行くべきな気がして。リナと一緒にいられるのなら、嫌な事でもないし。


 私はガイスと呼ばれていた男に案内されるままに、街はずれまで来た。

 私がラスカ先生のところから、この街にくるときに通った道の近く。

 廃墟と街の境になるのだろうか。

 相変わらず人はあんまりいない。

 まだ使えそうな家もあるのに。

 やっぱり、昔、この街に何かがあったのかな。


 そんなことを考えているうちに、目の前に黒い髪が現れた。

 アオイに似た短くとても黒い髪が。


「来たみたいやね。ガイスもありがとな。じゃあもうええから。その辺いとき」

「はいはい。わかってるって。たくよぉ……ほんと人使い荒すぎだろ」


 アカネはぶっきらぼうにここまで案内してくれたガイスに言う。

 その言葉に彼は思ったより素直に従った。こんなにも従順な人だっただろうか。私の印象に過ぎないのだけれど、彼はこんなにも誰かに使われることを良しとはしなかったはずなのに。


「さて、本題といこか」


 私の思考にちらりと現れた疑問を他所に、アカネは私達の方へと向き直る。正確には、私の方を見ていた。


「質問があるのは、あんたや。えっと、名前は……」

「ミューリです」


 素直にそう言ってしまった。

 言わないほうが良かったかもしれない。

 今や誰が私を追ってくるとも知れないのだから。


「ミューリちゃんね。あんたに質問があんねん。せやから、ほんとはミューリちゃんだけで良かったんやけどな。あんただけやと来ないやろ?」


 答えはしなかったけれど、多分それはそうだと思う。

 私が1人で外にでるなんて、怖くてできない。

 それにきっと、リナも私を止めるだろうから。


「ミューリに? 何を聞きたいんです?」


 リナが私を守るように半歩前に出る。

 警戒しているのかな。追手ではないと思うけれど……決まったわけではないのだし。

 それに単純な追手以外にも、危機というものはあるのだから、警戒するのは正しい選択かもしれない。特に私のような弱いものを守ろうとしてくれているのだから。

 私も、少しは身構えた方がいいのかもしれない……と思うまでもなく、アオイに似たその姿を見れば多少の緊張は避けられないのだけれど。


「ミューリちゃんの友達についてや」


 私の友達。

 それが誰を指すのが、はっきりとはしないけれど。

 多分、アオイのことだろう。

 それ以外には考えられない。


「リナちゃんも知ってるなら教えて欲しいことやけどな。多分、知らんやろ?」

「……そんなことはないですけど」


 リナが抵抗するようにそう言うけれど、アカネは声をあげて笑う。

 それが強がりだと見抜くように。


「いや、知らんやろ。私を見ても、リナちゃんは何も反応しなかったもんな。もうあんたらみたいに若くはないけどな。それがわからないほど耄碌しとらんで」


 もうリナとは話す気はないと言わんばかりに、その目は私を見据える。

 軽い言葉とは違い、その目は真っすぐで。

 私も何か答えないといけない気がしてくる。

 恐ろしい。


「で、どや。話す気あるか?」

「えっと、私の友達……誰とかわからないですから、えっと」


 なんとか話を逸らそうとしてみるけれど。

 アカネは軽く頭をかき、面倒くさそうに言葉を吐く。


「あんたが私に似てるって言ってた友達や。わかっとるやろ?」


 わかってはいる。

 けれど、話したくない。

 アオイの話は、私の中だけの大切な話で。リナにならともかく……少なくとも、ほぼ初対面のアオイに似ているだけの人に話すようなことはない。


「ほな当てたろか。そいつの名前はこんなんちゃうか? アキ、アカリ、アズキ、アキネ、アヤカ……あとは、せやな。アオイとかアスカとかか」


 視界が揺れる。

 どうして。

 彼女の名前を。


「お、当たりみたいやね」

「な、なんで……」

「そりゃあ、あれや。私、姉妹やからな」


 しまい?

 姉妹。

 肉親。

 家族。


 それじゃ。

 結局。


「ぃっ」

「なんや」


 ふくしゅう。

 恨み。

 私を。

 殺しに。


 そんな言葉が浮かぶ。

 反射的に逃げようとして、逃げ場などないことに気づく。


「そんな怯えんでもええやろ?」


 それがわかれば。 

 わかってしまえば。


「ミューリ?」


 視界が落ちる。

 上手く視界が保てない。

 荒く音がして。

 それが自分の息だと気づく。


「おい? ほんま、大丈夫か?」

「ミューリ!」


 気づいてしまえば。

 息の仕方がわからなくて。

 足元が崩れていく気がして。

 どこにいるのかもわからなくなってくる。


 私の存在が揺れる。

 目の前から感じる敵意が私を磔にする。

 敵意ならこれまでも感じてきた。たくさん感じてきた。

 私を蔑ろにして傷つけようとする意思。

 それに当てられるだけで支えのない私は倒れてしまうのだから。


 私はなにをしているのかも。

 今までなにをしていたのかも。

 次第にわからなくなって。

 視界がちかちかとする。


「ミューちゃん……! どうしたの……?」


 ほのかな熱が包む。

 確かな感触が私の場所を教えてくれるから。

 私は次第に視界を取り戻す。

 不安げに揺れる瞳が私を覗いていた。


「りな……?」

「ミューちゃん……大丈夫?」


 リナがいて。

 私を見つめているから。

 私はここにいることを思い出す。

 リナの傍にいることを。

 リナが私を支えてくれていることを。


「立てる?」

「うん……」

「こっち、座ろう?」


 私は焦点の合わないままにリナの手に引かれるままに、近くの石垣へと座る。

 彼女が私の背をさすり、そっと熱で包んでくれれば、次第に深い息を吐けるようにもなって、ぼやけた視界が元に戻ってくる。


「落ち着いて。大丈夫だよ。誰も、敵じゃないから」

「せやで。私は敵やないねん」


 声の方をゆっくりとみる。

 やっぱり夢じゃなかった。

 目の前にはアオイに似た顔を持ったアカネがいて。

 私を軽薄そうな表情のままに見据えている。


 けれど、その目の中に明確な敵意はない。

 アカネがいることは現実でも、彼女が私に敵意を向けたのは、ただの……幻覚……だったのかもしれない。


「けど、せやな。その様子やと、妹とはひと悶着あったみたいやな。まぁ、せやろな。あの子達が友達を作る時は、殺害対象と関わる時のみやろうから」


 殺害対象。

 私がアオイに殺されそうだったことは事実で。

 そこまで知っているなんて。


「なんで、あんたが殺害対象やったんかは知らん。けど、どうせしょうもない理由やろ? それぐらいはわかるで」


 どうなのだろう。

 蘇生魔法を使える者を殺すというのは、どれぐらいの理由になるのだろう。私としては、こんな魔法くだらないと思うけれど。


「あー、理由のほうは興味ないねん。その子、今どうしてるかわかるやろか? それが知りたいねんけどな」


 それは、私にもわかる。

 彼女は死んでいて、今はもういない。

 ただそれだけ。

 けれど、そう素直に言う気にもならなくて。


「どうして……アオイのこと、気にするんですか?」


 とりあえず、そう聞いてみる。

 まだ恐れは解けないけれど。

 でも、ひとまず、私を恨んでいるわけじゃなさそうだから。


「関わりは薄かったけどな。これでも姉やねん。馬鹿なことしてる妹達のこと、心配してもいいやろ?」


 馬鹿な事。

 たしかに、誰かを殺すために過ごすなんて、あまり良いこととは思えないけれど。そんな言い方をしなくてもいいのに。


 でも、なんでだろう。

 なんとなく、その言葉に自虐もあるような気がして。

 私は何を言えなくなる。


「本当は助けてやりたいんやけどな。今の私でも、あの村と戦うことはできん。逃げることはできてもな。やから、こうして何か助けられないかと思って情報集めてるんよ」


 助ける。

 彼女はそう言った。

 けれど、アオイは。


「……なぁ、はっきり言ってもええねんで。アオイ、死んでるんやろ?」


 どうして。

 そこまで。

 元から?


 けれど、アカネの目には確証があるようには見えない。

 なら。

 なんで。


「殺害対象が生きてる。それはつまり、任務には失敗したってことや。なら村からの刺客に殺されるか。任務を阻止した誰かに殺されるか」


 アカネは半目で、リナの方をちらりと見る。


「あんたやろ? アオイを殺したの。あぁ、ええねん。恨んどるわけちゃう。殺されそうになったら当たり前や」


 それは違う。

 アオイはリナに殺されたわけじゃない。

 でも、彼女が私を殺さなかったのは、リナが守ってくれたからであることには違いない。


「だけど、気になるねん。最後にあの子がどんなことを考えていたのか。ミューリちゃんはアオイのこと友達って言っとったよな。頼む。教えてくれんか。アオイのこと」


 話すべきなのか。

 話したくは、ない。

 けれど、ここまで言われたら話さないといけない気がする。


 気がするだけれだけれど。

 それぐらいしか、もうアオイのためにできることは。


 違う。

 アオイのためじゃない。

 もう彼女はいない。

 ただ、これは私が。

 私の自己満足。

 友への奉納のような。


「アオイは、リナが殺したんじゃありません。自害です」


 私はアオイのことを話した。

 リナ以外には話したことはなかったけれど。


 よく図書館に行ったこと。

 共に本を読んだこと。

 私の目の前で自刃したこと。


 蘇生魔法の話はしなかった。

 する必要はないと思ったし、そこまで話したくはなかったから。

 それに殺されそうになった時のことも話していない。私はあの時のことを朧げにすら覚えていないし、それに話すようなことでもないはずだから。 


 私がぽつりと話している間、アカネは無言で聞いていた。

 今までの軽薄な態度からは想像できないほどに神妙に。

 話し終えた私に、彼女は1つ問うた。


「アオイは、あんたから見てどうや? 不幸やったんやろか。それとも」


 幸せか。

 アカネはそれを言葉にはしなかった。


「……わからないです。私にはわかりません。わからないんです」


 アオイはあまり多くを語りはしなかった。

 きっとずっと心の奥底は隠していたのだろうし。

 どんな思いかはわからない。

 最後まで私は彼女の思いはわからなかった。私には人の心はわからないのだから。


 そしてもう彼女はいない。

 だから、これ以降もわかりようがない。


「そか。ほんまに助かったわ。これでまた一歩進んだな」


 そこで話は終わりとばかりに、アカネは立ち上がる。

 私は内心ほっとする。

 リナが私の頭をそっと撫でてくれる。


 それだけで、心が緩やかになる。

 自分でも意図しないほどに、負荷がかかっていたらしい。

 考えてみれば、こんな初対面の知らない人と話すことなんて、私が向いていることじゃないのだし。


「ほな。私らはそろそろ行くわ。祭りも終わったしな。おーい、ガイス! 終わったし、戻るで!」


 随分と早い。

 いや、こんなものなのだろう。

 宿を使う人の回転率というか。そういったものは。


 私達のように居候させてもらっている人の方が珍しいと言うか。

 私達もいつかどこかへと行くのかな。


「あ、せや。私ばかり情報貰っても悪いからな。お礼や。1つ情報やるわ。あんたら、この街出た方がええで」


 私の思考を読んだかのように、アカネは途端にいつかの話を始めた。

 彼女は相も変わらずおどけた表情だったけれど、その言葉が不誠実というわけではないことは、私もわかってきた。 

 

「どうしてですか」

「あんたらを探してる奴らがいるで。ミューリって名前の人を探してる奴や。多分、あんた目的やろ?」


 答えはしない。

 けれど、沈黙は返答のようなものだった。


「探してる奴は、特務魔法師団の第四位、名は確か……へイヴとかやったか。逃げた方がええやろな。多分やけど、あんたらじゃ勝てないで」


 新たな追手の存在が、またしても仄めかされて。

 私とリナは目を合わせて、そっと指を絡めた。

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