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信奉少女は捧げたい  作者: ゆのみのゆみ
5章 双極と境界
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第61話 ぞてぴん

 似ている。

 アオイに。

 短くて黒い髪。


「じゃあ、ただ昨日の祭りに参加しに来ただけってことですか」

「まぁ、せやな。あんたらはあれやろ? そいつがあんたらの敵やと思ったんやろ?」


 けれど似ていない。

 おどけたような顔。

 たくさんの言葉を話す口。

 年齢だって。

 きっと、私達よりも大分上だろう。


「そう、ですね。はい。その、ごめんなさい。勘違いで」

「ええてええて。そいつ誤解されやすいねん。な、だから言ったやろ? あんた、素行よくせいって」

「してるって! 今回は、あれだ。過去のな」

「過去ねぇ……」


 女の隣に立つ男の返答に、女は少し考えるように頬に手を当てる。

 一瞬、おどけたようすがふっと消えたように見えたけれど、すぐに元に戻り、軽い言葉を吐く。


「まぁ、つまりあれや。お互い不幸な行き違いってやつやな。こんなんで殺し合いとか馬鹿らしやろ? だから、もうお互い手打ちってことにせんか?」

「それなら……それでいいですけれど。でも、今回のことは私に非がありますから、もし何かできることがあるなら言ってください。手伝いますから」


 その様子は、アオイとは全く違う。

 似ているけれど、別人。

 それ以外には考えられない。


「そりゃ助かるわー。私らもう少しこの宿に泊まるつもりやからな。何か困ったことがあれば、頼らせてもらうで。あ、私、アカネや。あんたは?」

「私は、リナです」

「リナちゃんね。わかった。ほんま助かるわ」


 アオイではないことに、心底ほっとする。

 そして、ほっとした自分が少し嫌いになる。

 それはまるでアオイが生きていなくて良かったと言ってるようなものだから。

 彼女は生きていた方が良かったはずなのに。


「嬢ちゃん。なんや、私の顔に何かついてるか?」

「あ、いや」


 じろじろ見すぎただろうか。

 確かに不審だったかもしれない。

 私は急いで言い訳ともいえない言い訳を口にする。


「友達に似てたから……」


 友達。

 本当にそうだったかはわからないけれど。

 でも、きっとそうなはず。

 そうだとは思いたい。


「友達? ふーん。そか。友達ね……」


 またしてもふっと表情が消える。

 考え込むように、私を半目で見る。

 その顔はとてもアオイに似ていた。

 動きは違うけれど。

 少し、身体がびくりとする。


「ほなまぁ、またな。ほら、いくで」


 けれど、またすぐに豊かな表情を取り戻して、おどけたように手を振って歩きだした。手ぶらで。

 隣の男は焦ったように、部屋に戻れば、なんだか大きな荷物を持って出てきた。

 

「アカネ! これ忘れてるぞ」

「あんたが持ってくるんや。はよしいやー」

「は? ま、まてよ! おい!」


 そんなことを叫びながら、2人はどこかへと消えた。

 残された私達は、少し顔を合わせる。

 そして、少し息を吐く。


「はー、良かったー……追手じゃなかったみたいだね」

「うん……助かった」


 彼らは追手じゃない。

 十中八九。


 明言されたわけじゃないけれど、追手なら私を放したりはしないはずだから。

 だから、私はほっとした。


「あの、ごめんね。また危ない目に会っちゃって。ミューリを守るって言ったのに……」


 一瞬、何のことを言ってるのかわからなかった。

 すぐに、私が捕まってしまったことだと気づく。


「あ、あね。ううん。別に、大丈夫だよ。リナこそ、怪我とかないよね?」

「私は……大丈夫……だけど。その」


 リナはぴんぴんしていた。けれど。

 さっきまでの剣呑な雰囲気はどこかへと消えて、揺れる瞳が私を見つめていた。


 追手ではないとわかったのに、何を怖がっているのだろう。

 なんて、疑問を抱くと同時に、リナは私に手を伸ばす。

 ゆっくり。

 震えながら。


「どうかしたの? やっぱりどこか悪いの?」


 そんな風に聞いてみるけれど、リナは小さく首を横に振る。


「なら、良かった」


 彼女の出してくれた手を握ってみる。

 いつものように暖かかったけれど、いつもより震えていた。


「も、戻ろう? 部屋に」


 ずっとここにいるわけにもいかない。

 そんな思いから出た言葉に、彼女は小さく頷く。

 私はそっと歩き出せば、彼女がゆっくりとついてくる。

 いつもは隣を歩いてくれるのに。


 やっぱりどうかしたのだろうか。

 そんな疑問と共に、部屋に入る。

 扉が閉じて、疑問を零そうとした途端に。


「り、リナ!?」


 リナが崩れ落ちる。

 一瞬、怪我でもしたのかと不安になったけれど、そんな様子はない。 

 けれど、彼女は、今にも消えそうな声で言葉を溢した。


「ごめんね、ごめんなさい……」

「ぇ」


 どうして謝罪なんて。

 疑問になるよりも先に、リナは揺れる目で私を見据える。 

 それは、今にも泣きだしそうで。


「わ、私のこと、嫌いになった……?」


 どうして、そんなことを言うのだろう。

 また私が何かしてしまったのかもしれない。

 けれど、どこで。

 わからない。

 それでも、また私がリナを傷つけてしまったのなら、私がなんとかしないと。

 なんとかしてあげたい。


「どうしたの……? 嫌いになってなんかないよ」

「私、また約束破っちゃった……これで、相手がほんと追手ならミューちゃん、死んじゃうとこだった……」


 約束。

 一瞬なんのことかわからなかったけれど、すぐに察する。

 私を守ってくれるというやつだろうか。

 まぁたしかに、危なくはあったけれど。

 もう少しで死んでしまうところだったのかもしれないけれど。


「あの状況で、私じゃミューリを助けられない……ううん。普通に対峙していたとしても……私じゃあの人に勝てるかも怪しい……そんなのじゃ、だめなのに……ミューリを守るって言ったのに……」

「そんな」


 そんなにあの女は強かったのだろうか。

 リナが勝てないと思うほどに。

 でも、別にそんなの。

 そんなことで。


「そんなことで、私がリナのこと嫌いになると思うの?」

「そんなことって……だって、ミューちゃん死んじゃうかもしれなかったのに……」


 確かにそれを軽いことみたいに言うとちょっと違和感なのかもしれないけれど。

 私にとっては、そんなことでしかない。

 そんなことで、リナへの想いは崩れない。

 

「私、リナのこと好きだよ」


 踏み出して、泣きそうなリナを抱きしめる。

 撫でてあげたい。

 そんな欲望のままに、そっと彼女の白い髪に触れる。

 こんなこともリナは許してくれるのに、どうして嫌いになれるのだろう。


「う、嘘じゃない……?」

「嘘じゃないよ。全部本当」

「怖い……怖いよ……ごめんね。疑って。ごめん。ほんとに。でも。怖いよ……」


 今にも崩れ落ちそうな声でそう呟くリナは弱く、脆く見えた。

 いつもとは違う。いつもの強い彼女とは。

 でも、多分、こういうリナを引き出してしまったのは私のせいなのだろう。あの時、私が彼女を傷つけたから。だから、今、リナはその時を思い出してしまっている。


「……ごめんね。私のせいだね」

「ちが、ちがうよ! 違う……私が、弱いから……ミューリのせいじゃない……」


 そんな私を許してくれるから。

 きっと、そんな私を許せるほどに彼女は私を好きでいてくれるから。

 私も嫌いな私を好きでいてくれるから。


 だから、私もリナを好きでいられる。それだけかと言われると少し違う気もするけれど。でも、私の想いに単純な理由をつけるのなら、そういうことが最も単純な気がする。


「私も、怖いよ。リナと離れるのとか……リナがどこかに行くとか、リナがいなくなっちゃうこととか……」


 それは本当に怖い。

 彼女がいなくなってしまえば。

 彼女が私を好きじゃなくなれば。


 それはもう私を支える世界の崩壊を意味していて。

 生きていることすらわからなくなってしまうかもしれない。

 息をすることもできなくなる。

 死ぬしかなくなる。


「でも、だけど。リナのことが好きだよ。昨日も言ったけれど、リナとここに来れて、本当に良かったと思ってる」


 私はゆっくりと言葉を紡ぐ。

 リナがさっきしてくれたみたいに。

 

 けれど、リナはただ泣きじゃくるばかり。

 やっぱり私じゃ力不足なのだろうけれど。

 多分、こうして泣いてくれるだけ、私を信頼してくれているのだと思うから。


「大丈夫だよ。大丈夫。怖くない。一緒なら、怖くないよ。リナがいなくなること以外何も怖くないよ。何も」


 そんな言葉が漏れる。

 自分でも驚くのだけれど。


 多分これは本心で。

 リナにはもう嘘などつきたくないから、本心でしかないのだけれど。

 それでも。だからこそ、驚く。 


 私の恐怖は、リナといるのなら、全て消えていく。

 彼女がいてくれるなら、全て消えていく。


「ごめん。ごめんね……」

「謝らなくていいよ」


 悪いのは私なのだから。

 その言葉を呑みこんだ。

 多分それを言っても、リナは否定してしまうのだろうし。

 代わりに、ただ彼女を撫でる。


「ずっとこうしていようね」


 そう囁いてみる。

 リナも小さく頷く。


 その言葉通り、私達はずっと抱き合っていた。

 涙も声も枯れて、嗚咽の中でリナが眠りにつくまで。

 私も気づけば、眠ってしまっていていた。

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