第60話 するとぷりど
追手が来た。
それはつまり、私の追手。
蘇生魔法が使える私を追ってきた誰か。
刺客を送ってきたのが、国か学校か、それとも他の何かか
それはわからないけれど、どちらにせよ私を追ってきた者には違いない。
もしも見つかれば。
もしも捕まれば。
多分、私は、どこにも出られないような牢獄じみた場所に囚われることになるだろう。
それは死ぬまでか。
それとも蘇生魔法を使う機会に見舞われるまでか。
前者でも後者でもさしたる問題ではなくて。
問題はリナがいなくなってしまうことと。
彼女の存在が消えてしまうということ。
私を逃がすというのが、どれほどの危険視をされるのかはわからないけれど。
でも。
だからこそ。
リナがどうなるのかわからない。
最悪なら、殺されてしまうかもしれない。
それが怖い。
私を肯定してくれる誰かが消えてしまうのが怖い。
またこの世界で独りきりになるのが怖い。
それは、それだけは嫌だ。
それを引き起こす追手が来るとき、私はどうすればいいのだろう。
私は判断ができない。
そんな力は私にはなくて。
だから、私はリナを見るしかない。
「り、リナ……」
けれど、彼女は気丈に笑う。
不安がないわけじゃないはずだけれど。それでも穏やかな笑みを浮かべていた。
多分、私を安心させるために。
「大丈夫だよ。私に任せて」
いつかと同じ言葉。
私を外に連れ出してくれた時と同じ。
「ミューリはここで待っていて、様子を見てくるから」
リナは立ち上がる。
蹲る私を置いて。
それに思わず、言葉を溢してしまう。
「に、逃げるんじゃないの……? 一緒にいてくれないの……?」
リナに手を伸ばす。
彼女はその手を握ってくれるけれど。
「お願い。ここで待ってて。すぐ戻るからね。危ないかもしれないから」
まるで言い聞かせるようにそう言った。
いや、実際のところ、私は聞き分けのない子供と同じで、こんな風に言い聞かせられても、あまり納得はできなかった。
わかってはいる。
私がついて行っても足手纏いでしかなくて、それどころかリナの弱点にしかならないということぐらい。
でも、リナと離れるのが怖い。特に今は。
「い、行かないで……」
だからそんな風に言ってしまう。
リナは困ったように小さく笑う。
「でもね……ミューリにこれ以上何かあったら、私耐えられないよ。何かあったら、昨日渡した魔導機を使って? そしたら、私も飛んでいくから」
たしかに今までも大抵の危機というものは私が足手纏いだったからなのかもしれない。私のせいで、危機に対処できていない。
けれど、私はもう。
「でも、やだ。やだよ……どこかに行かないで……」
ただの我儘だ。これ以上リナを困らせちゃいけない。
思考の片隅でそんなことを思う。
けれど、私の身体は言うことを聞きそうにない。
「お願い……リナ……傍にいて……」
リナは一度ゆっくり瞬きをした。
そして。
「……うん。わかった。傍にいるよ。でもね。確認しないと。追手かどうか。もし追手なら……なんとかしないといけない」
私の願いを叶えてくれる。
傍にいて欲しいと言う願いを。
「怪しげな人は5つ隣の部屋に入った二人組でね。男女だった気がする。私も食堂から少し見ただけだから、確信はないけれど」
そこで一度、リナは思い出すように言葉を区切る。
「普通の客のようだったけれど……多分、片方は学校にいたと思う。男の方かな。見覚えがある気がするんだ」
「が、学校からの追手ってこと?」
「まだ追手だと決まったわけじゃないよ。ただ、その可能性があるだけだから」
そうだろうか。
こんな辺境に、学校から。
ここは随分と遠いのに。
私を追ってきたというほうが綺麗な気がするけれど。
「そうだね……ポニリリアにも来てもらおうか。彼女なら、助けてくれるはずだから」
誰かに頼る。
それは私には思い浮かばなかった。
私にはずっと味方などいなかったから。
私は少し嫉妬する。
リナに頼られるポニリリアに。
けれどそれは同時にポニリリアの心配はしていないということで。私はちょっと、嬉しくなる。ほんの少しだけ。
自分が特別にされてるって。
そんな想いを感じるから。
「連絡付かないね……まぁ、下にいるはずだから。行こっか」
「う、うん」
リナの手を取り、立ち上がる。
いつの間にか身体の震えは消えていた。
きっとリナのおかげで。
私達は静かに、ゆっくりと扉を開く。
さっきの黒髪を思い出せば、外は恐ろしい。
けれど、リナと一緒ならそこまでの恐怖は感じない。
「あ」
扉を出ると、そんな声が聞こえた。
それと同時に、隣にいたはずのリナの姿が消える。
いや、消えたように動いていた。
「がっ」
うめき声が聞こえて、そちらを見れば、リナが誰かを押さえつけていた。
遅れて、小さな風が吹く。
その風で、リナが高速で移動したと気づく。
「リナ!」
私は少し駆け足で、彼女の方へと近寄る。
近づいてみれば、彼女の周囲の空気は揺れていて、仮起動状態の魔法が展開されていることを察する。
「目的は」
「は?」
「目的は、何? 答えて」
リナは押さえつけている人に問う。
それは傍から聞いてるだけの私でも怖いほどの冷たい声で。
相手の男はまだ状況が呑みこめてないように困惑の声をあげる。
「お、おい。違う。ここに来たのは偶然だ。あんたとの約束を忘れたわけじゃない」
その言葉と共に男を見れば、その姿にはどこか見覚えがある気がした。
どこで見たのだろう……たしか私はこの人を見たことがある。
そんな疑問を他所にして、リナは再度言葉を発する。
「そんなことは聞いてない」
リナの隣で白い光が顕現する。
それは多分、熱系統の魔法。
の距離で当たればどうなるのか……あまり想像はしたくない。
多分リナも魔法を放つつもりはなくて。
脅しか何かなのだろう。脅し……だと思うんだけれど。
でも、本当に目の前の男が私の追手だと言うのなら、リナは殺してしまうのかな……あんまりそれを見たいとは、思えないけれど。
「ここに来た目的。それを答えて」
再度繰り返される問いに、男は焦ったように口を回す。
「ま、祭りだ。魔術戦の大会。昨日あっただろ? お前もそれじゃないのかよ」
そんなのあったっけ。
言われてみれば……祭りの広告の隅にそんなことが書いていたような……
まぁたしかに言われてみれば、祭りというのに花火しか上がらないというのも不思議な話かもしれない。
でも、そんなに嘘をついている感じはしない。
必死な感じはするし。
必死に嘘をついているのかもしれないけれど。
「……それだけ?」
「あ、ああ。それだけだ。断じて、あんたをどうにかしようとかそういうことじゃない」
「私……?」
リナは警戒を解かぬまま疑問を零す。
たしかにどうしてリナのなのだろう。
「約束しただろ。決闘で。俺が負けたら、あんたとあの、なんだったか。なんとかとかいうやつには関わらないって。そういう話じゃないのか?」
決闘。
約束。
関わらない。
どこかで……
「あ」
思い出した。
この人、学校にいた。
名前は……忘れたけれど、私を愚図と呼んでいた粗暴な人。
魔法の才能はあって、純粋戦闘なら同学年の中で三本の指に入るぐらい強かった記憶がある。
この男に私が絡まれたときに、リナが助けてくれて、2人は決闘することになったんだった。
それでたしか……
「そういえばそんな約束したね。そんな律儀な人だとは思わなかったよ」
「……俺は約束は守る」
こんな人だっただろうか。
前は約束は守る気はないとか……いや、弱者との約束は守る気はないとかそんなことを言っていたような……
そんな考えごとをしていたからだろうか。
私は隣に立つ気配に気づかなかった。
「その辺にしてくれへんか」
声が不意に隣からした
私が振り向こうとするのと、声の主が私の首を軽く掴むのは同時で。
私は視界を固定されてしまい、振り向くことは叶わなかった。
動かそうと思えば動かせたのかもしれないけれど……それをするにはその声は怖すぎた。
「放してくれんか。そんなでも私の連れやねん」
女が、リナへと語り掛ける。
私は動けない。
首を掴む力は弱くあれど、それが手加減をしていることと、本気を出せば私などどうにでもできることは、私でもわかる。
「放さへんと、あんたの連れがどうなるか。わかるやろ?」
目の前にほのかに光る紙が現れる。
それが何かわからないほど、私も無知じゃない。
魔符。
魔法術式を閉じ込めた紙。
魔力を流して、魔法を発動する。
海の向こうの陽光国でよく使われている。
……アオイも同じものを使っていた。
そしてこれは脅し。
光ってる魔符は既に魔法で言う仮起動状態になっている。
隣の女がその気になればすぐに起動して、私を攻撃するだろう。ほとんど予備行動なしで。
でも、これは私への脅しじゃない。
リナへの脅し。
さっきまで脅していたはずの彼女が、今は逆になってる。
私のせいで。
私が捕まったから。
リナは睨む。
私の隣を。
私には息を呑むことしかできない。
私が弱いせいで。
怖い。
戦いが。
リナが。
傷つくのが。
空気が震える。
私が震える。
今にも魔法が放たれてもおかしくはなかった。
けれど。
「……やめや」
女はぱっと、私の首から手を離した。
「え?」
「私なぁ。脅すとか向いてないねん。だからもうやめや。ほら、行きな」
女は手を振って、私をリナの方へと行けと言った。
言われるでもなく、私は小走りでリナの下へと向かうけれど。
どうして彼女は私を放してのか。それはわからない。
男を放して、私を片手で抱き寄せるリナも同じように思っているようで。
困惑の目のまま女を見据えていてる。
何故か。
そんな疑問が言葉になる前に、女は口を開く。
「どうせ、そいつが何か失礼したやろうけど、多分やが悪意はないねん。やめにしよ。な? 許してくれ。このとーり」
短くてどこまでも黒い髪を携えた女は、おどけたように手を合わせて、小さく頭を下げた。




