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信奉少女は捧げたい  作者: ゆのみのゆみ
5章 双極と境界
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第59話 はろぺりどーる

 死んでしまったはずのアオイがまた私の前に現れた。


 なんで。

 どうして。


 そんなことを思うよりも早く、私は部屋に逃げ込んだ。

 私の人生の中でそこまで早く動いたことなどほとんどなかったというほどに。


 一瞬だった。

 見たのはほんの一瞬だったけれど、あれはアオイにしか見えなかった。

 そんなわけはない。

 そんなわけはないはずなんだけれど。でも。


 短くもどこまでも漆黒な髪。

 それはアオイの特徴で。

 見間違えたりはしない……はずだけれど。


 でも、アオイはたしかに死んだ。

 死んでしまった。

 私の目の前で。

 魔力へと還ったはず。

 残っていた肉体も、もう処理されて。

 すぐに医務室も使える状態になっていた。


 だからおかしい。

 アオイがいるなんて。

 それこそ生き返ったとかでもないと……


「いき、かえった……?」


 蘇生魔法。

 その可能性が浮かぶ。

 けれど、そんなはずはない。

 それもあり得ないはずだから。


 私の魔法を研究している人がいないわけじゃない。

 それこそラスカ先生とかは、多分今も私の魔法を調べているはずだし。

 私の魔法が蘇生魔法であることを突き止めた人とか。

 その辺りが蘇生魔法を使える可能性はあるけれど。


 まだそこまで研究は進んでいないはずだ。

 それにもしも蘇生魔法の再現が行われていたとしても、国の中で抱えるはずだから……海の向こうの陽光国出身のアオイ相手に使うとは思えない。


 なら。

 それでも生き返ったと言うのなら。


 魔神様の使い。

 信心深いわけではない私でも知っている伝承。


 魔神様が腕を一振りすれば、魔力が形を成し、命を生み出された。

 生み出された命は、その大勢が平和と安息のままに過ごしていたが、少数は混沌と破壊を求めて、命を魔力へと還していった。

 見かねた魔神様は、手を合わせると、1人の命を蘇らせた。

 その1人の目的はたしか……


「ふくしゅう……」


 復讐。

 伝承では自分を殺した者達を殺すために復活していた。


 もしもそうだとしたら。

 アオイは私を殺すために、ここに。


 伝承がおとぎ話であることぐらいわかっている。

 わかってるけれど、一度現れた思考はそう簡単には消えない。


 それに、もしそうなら話は簡単に通る。

 アオイは私を恨んでいるだろうから。

 だって、彼女の最後の言葉は。


『ミューリ。あなたと話したのは失敗だった』


 痛い。

 頭が痛い。


「ぅ」


 吐きそうになる。

 何が戻ってきそうで。

 でも、昨日食べたものは既に魔力へと変わっていて。


 なんだかとても寒い。

 冬だから?

 けれど、昨日よりも。

 ずっと。


 私は自らの身を抱き寄せるけれど。

 痛みがでるほどに腕を掴んでみるけれど。


 相も変わらず寒くて。

 痛みはあまり感じなくて。


 なんだか私は勘違いしていた。

 リナと暮らすのはすごく幸せで。

 こんな日々だから、なんだか許されたような気がして。


 でも。

 違う。


 過去の者達は私を許してなどいない。 

 私が悪いのだから。


 だからこんな風に私を襲う過去からの使者が来ても。

 なにもおかしくはない。


 幸せは。

 崩れる。

 私のせいで。

 私が悪いから。

 でも、そんなの。

 嫌なのに。


「い、や……?」


 自分の思考の中に現れた感情に。

 私は思わず。


「は、はは」


 少し空笑いがでた。

 そんな感情を持つ資格は私にはない。


 この幸せはリナが与えてくれたものだし。

 過去の罪は、全て私のせいだから。


 私は何も主張できない。

 何も許されたりなどしない。

 私はどこまでも何もしていないのだから。


 どうしたらいいのだろう。

 もう死んでしまおうか。

 幸せな今のうちに。

 私を殺してしまえば。


「でき、ない……」


 そんなの。

 そんなこと。

 しんだら。

 だって、私。

 私は。

 私はだって。


「り、な……」


 リナと一緒にいたい。

 そんなことを願っていいわけはない。

 でも。


 一緒にいたい。

 一緒にいれたら。

 リナがいてくれたら。

 リナだけがいてくれたら。


 本当にそれだけで全て許された気がするのに。

 死を選べば、それもなくなる。

 だから私はこのままいずれ訪れるアオイのもたらす復讐を待つことしかできない。


 私は部屋の隅で蹲って小さくなる。

 怖くて。

 恐ろしくて。


 そして小さな音と共に扉が開かれる。

 私は直視することはできない。

 ただ俯く。

 

「ミューリ、いる……?」

 

 聞こえてきた声はリナの声だった。

 私はぱっと顔をあげるけれど、これから来る未来を考えれば、笑うことはできない。

 

「ミューリ、大丈夫!?」


 部屋の隅で蹲る私を見れば、リナは声をあげる。

 私を心配してくれるその感情に感謝しながら、少しばかり笑おうとしてみる。


「うん……大丈夫だよ」


 私の返答にリナは見るからにほっとする。

 けれど、今度は困惑を目に浮かべる。


「えっと、どうかしたの?」

「ごめんね。私、もうだめみたい」

「え、な、なにが……?」


 これを伝えていいのだろうか。

 少し悩む。

 けれど、伝えなくちゃいけない。

 私の過去のせいで、リナがくれた幸せが壊れるのだから。


「あのね。アオイが。来たんだ」

「アオイ……まさか」

「でも、来たんだよ。さっき。廊下で。復活したんだと思う。きっと。伝承みたいに」


 私の言葉にリナは少し息を吐いて、私に語り掛ける。

 多分、信じてはいない。というよりも納得できていないのだろう。


「そ、そんなのありえないよ? そうでしょ?」

「そうかな……でも、私は殺されちゃう。伝承通りなら、私は、アオイに。だから、ごめんね。もうだめみたいだから」


 リナに言葉を尽くしてみるけれど。

 彼女はまだ困惑した様子で。


「えっとね。多分だけれど、ミューリはアオイさんのこと、誤解してるよ」


 でも、リナの言葉は私を余計に当惑させた。

 どうしてそんなことを言うのだろう。


「で、でもアオイは……私を恨んでる……私と話さなければ良かったって……! そう言ってたから……私と話したから、アオイは……」

「ミューリ、違うよ」


 リナは首を横に振る。

 けれど、否定などできるわけもない。


「何が違うの? リナもあの場にいたのに……聞いたでしょ? アオイの言葉……」

「そうだね。確かにそう言ってた。でも、彼女はミューリを恨んでたわけじゃない。ちゃんと思い出して? 彼女は最後に、なんて言ってた?」

「だから……!」


 激情のまま叫ぼうとして思い出す。


『ミューリ。あなたと話したのは失敗だった』


 アオイが話したのはそれだけじゃない。

 その後にたしか……


「あなたを殺そうとした。友達を。そんな私が。今更、誰かになんて。ごめんなさい。これは私の贖罪」


 リナが思い浮かんだ言葉を語る。

 そうだ。

 そうだった。


 どうして忘れていたのだろう。

 どうして、思い出せなかったのだろう。


 贖罪。

 つまりは罪を贖う。

 アオイは自分が悪いと思っていた。

 でもそれは。


「でも、私と話さなければそんなの……罪じゃなかった……! 私が話しちゃったから、罪だと思って……」

「そう、かもね」


 だったら、私が悪いのと同じ。

 そう叫ぶより先に、リナは私を抱き寄せる。


「でもね。きっと救われたよ」

「そ、そんなの……そんなわけない! 私と話しても誰も……」

「少なくとも私は救われたよ。ミューリにたくさん救ってもらった。私、ミューリがいなかったら、生きてない」


 それを否定することはできなかった。

 リナのその言葉が本心から出ている言葉であることぐらいは私でもわかる。

 本心であると、私は知っている。


「アオイさんもきっと同じだよ。きっと救われて……だから、自分の意思で死を選んだ。本当の理由はわからないけれど……でも、少なくともミューリを恨んでなんていない」


 そんな簡単にその言葉には頷けない。

 揺れる心の前に、リナは私は包む。


「それに、アオイさんはミューリの友達。そうでしょ? 多分、ちょっと出会いが悪かっただけで。だから、ミューリを恨んでるなんてことないよ」

「そう、なのかな」

「うん。そうだよ。きっとそう」


 リナがそう言って、私の頭を撫でてくれる。

 髪の上から、彼女の優しい熱が私を包んでくれる。


 そう思えば、なんだか安心してきて。

 心の中から不安が昇華していくような。


 あれ。

 けれど、それなら。


「結局……さっきの人は……」


 誰なのだろう。

 私を恨み現れたアオイでなければ、一体。


 もしかして、見間違えた?

 そんなはずはない。


「それなんだけれど……ちょっと気になることがあってね」


 リナは一度、目を閉じる。

 少し、覚悟して言うように。


「追手が来たかもしれないんだ。それと何か関係あるのかも」


 私よりももっと現実的で厳しい恐怖の訪れを唱えた。

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