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信奉少女は捧げたい  作者: ゆのみのゆみ
4章 刹那と在処
58/121

第58話 輝く

 買い出しとかでよく外に出ているリナはともかく、私にとっては随分と久しぶりの外だったけれど、別に感慨などは抱かなかった。 

 けれど。


「息、白いね」


 となりで白い息を吐くリナを見られるのは、とても良かった。

 寒さのせいか、頬は染まっている。

 けれど、別に寒くはない。きっとリナも。

 だって、こんなにも手から感じる熱は強いのだから。


「えっと、まだ時間はあるんだよね?」

「そうだね」


 私の言葉にリナは頷く。

 ならば、これからどこに行くと言うのだろう。

 たしか、色々なところを見てみたいと言っていたけれど。


 まぁ、でも。

 一緒ならどこでもいいかな。

 そんな思考と共に、リナを見上げる。


「ちょっと歩こっか」


 彼女は私の手を引き、先へと進む。

 裏口から出た道は、人通りは少なくて、街頭もそこまで多くはない。先はよく見えなくて、歩くことに怯えるほどではないけれど、暗いといえば暗い。

 でも、暗くはあれど、怖くはない。隣にリナがいてくれるから。


 横道から時折見える大通りの方からは、相変わらず喧騒が聞こえてくる。 

 祭りなんて初めてだけれど、そんなにも盛り上がるものなのかな。


 ちらりと隣を見れば、リナもにこやかに笑っていた。

 彼女も祭りが楽しいらしい。

 これを見れば、少しばかり勇気をだして一緒に行こうと言った甲斐もあるというか。意味もあるというか。元はと言えば、リナが行きたそうにしていたからそれに乗っかっただけなのだけれど。


「みんな、これ着てるね」


 これ、と言いながら、彼女は自らの長めの袖をひらひらとさせる。

 確かに言われてみればそうかもしれない。

 みんなとは言わずとも、半分以上は着物を着ていた。この辺りが沿岸部で、陽光国の影響というのもそれなりに強いのも関係しているのだろう。それとも元々は陽光国から来た人もいるのだろうか。


 アオイも、昔はここにいたりしたのかな。

 そんなことをぼんやりと思うけれど、そんな思考はリナを見れば。すぐに消え去る。


「この服、人気なのかな」

「そうかもね。意外と動きやすいし」


 それは私も思った。

 最初はよくわからない構造だから警戒したけれど、着てみれば意外と歩きやすい。少し寒い気もするけれど。


「ちょっと寒い?」


 一応、リナにも聞いてみる。

 私はまだ大丈夫だけれど、これが彼女の熱による錯覚であることぐらいはわかる。リナも同じようには感じているのだろうけれど。


「大丈夫だよ。でもちょっと冷え込むのかな……うん、えっとじゃあ、これ着ておこうか。持ってきたんだ」


 そう言って、リナは黒い外套を2つ取り出した。

 その片方を私にくれる。 


「一応ね。それにあんまり顔を晒すのも良くないかなって」

「たしかに、そうかも」


 少し忘れていたけれど、私は追われる身だった。

 あまり人に顔を見られないほうがいい。


 外套を上から羽織ってみれば、それなりに暖かい。

 別に寒さを感じていたかと言えば微妙だけれど。


「あったかいね」


 そう言って、リナは再び私の手を握る。

 それだけでまた私は熱をもってしまうものだから。

 ちょっと熱すぎるぐらいだったけれど……不思議と苦しくはない。


「盛り上がってるみたいだね。私達も何か買う?」

「えっと、何があるのかわからないし……」


 ここからでは祭りの大通りのほうに何があるのかはよくわからない。

 通る人を見た限りでは、皆、不可思議な形をした菓子や食べ物とか、変な形のお面とかを持っている。そういうのを売っているのかも。


 あとは……もうわからない。祭りなんて参加したことがないから。

 なんとなく盛り上がっているのはわかるけれど。

 リナも楽しそうだし。


「そうだね……私も、詳しくないけれど、食べ物売ってたりとか、後はお菓子とかかな。ちょっとした遊戯とかもできるみたいだけれど」

「うーん……私は、いいや」


 聞いても見ても、あんまり私は惹かれない。

 というか私のお金じゃないし。私はお金なんて少しも持っていない。

 リナがどれくらいお金を持っているのかわからないけれど……私の我儘で彼女が命を賭けて稼いだお金を使ってもらうのは、あまり良くない気がする。


「そっか」

「リナは何か欲しいの?」

「そうだね……じゃあ、何か食べようかな。ほら見て」


 リナが横道から見える大通りの方を指さす。

 そこにはよくわからない形の揚げ物が売っていた。


「美味しそうじゃない?」


 彼女はそう笑うけれど。

 彼女が指したのは、ちょっと肯定するには困るような食べ物だった。

 その揚げ物はすごく黒くて、なんというか形も……本当に食べ物なのだろうか。とも思ってしまうほどに、変だし……


「ちょっと買ってくるね。ここで待ってて。すぐ戻るから」


 手が離れる。リナの熱が離れて。

 彼女がどこかへと行こうとするから。

 私は思わず、手を伸ばして言葉を零す。


「ま、待って……行っちゃうの……?」

 

 伸ばした手はリナには届かなかったけれど、零した言葉は彼女を止める。

 リナは少し不思議そうに私を見ていた。でも、私は彼女に行ってほしくない。というか。 


「ミューリもお腹減ったでしょ?」

「それは……そうだけれど……」


 たしかにそうかもしれない。

 あまり感じはしないけれど、そろそろ何かを食べた方が良い時間ではある。

 けれど、私が言いたいのはそういうことではなくて。

 ただ。


「でも、独りは嫌だよ……怖い……」


 そういうことだった。

 リナがどこかに行くのが嫌で、つい止めてしまった。


 こんな場所で私を独りにしないで欲しい。

 どんな場所でも私を独りにしないで欲しい。

 私は独りじゃ息もできないのだから。


「そっか……えっと、じゃあ、買わないほうがいい?」

「あ、ちがうよ。えっと、だから、その」


 流石にそこまでリナを縛りたくはない。

 ほんとは彼女にはどこまでも自由になってほしいのだけれど。

 彼女が私の傍にいるのなら。

 いてくれるのなら。


「私も一緒に行くよ。うん。大丈夫だから」

「え、でも」

「だ、大丈夫……リナと一緒なら」


 たしかに人混みは怖いけれど。

 多分、きっとリナと一緒なら大丈夫。

 この前は初めてだから、驚いちゃっただけで。

 少しばかりぐらいなら。


「そっか。じゃあ、行こう?」

「う、うん」


 リナに連れられて、私は大通りへと向かう。

 近くとも他人事だった喧騒が、段々と近づいてきて、緊張が走る。


「大丈夫だよ」

 

 リナが私の方を見て、声をかけてくれる。

 何の根拠もない言葉だったけれど、彼女が私にそう言ってくれるだけで。

 身体から少しばかり力が抜けるような感じがした。


 買い物自体は意外とすんなりと終った。

 私はなにもしていないのだけれど、少し並んだ後に店員とリナが何言か話して、お金と食べ物を交換して終わった。まぁ買い物と言えばそんなものなのかもしれないけれど、考えてみれば買い物というものを見るのは久しぶりだった。

 学校では買い物をする機会などなくて、支給品ばかりだったから。


 それはともかく、それよりも怖かったのは、私達の周りと過ぎていく人々。

 何を話しているのかよくわからない言葉が飛び交い、すごい喧騒が鳴り響いていた。誰が誰なんだかわからないほどに、人が多くて。


 今にも殺されてしまうのではないか、なんて。

 そんな恐怖がほんのりとでてきた。

 でも。


「大丈夫だよ。私がいるからね」


 リナの言葉になんとか頷いて、私は耐え忍んだ。

 そうしてまで手に入れた黒色の揚げ物は……こう言ってはなんだけれど、明らかに見た目は美味しそうじゃない。

 普段は携帯食料みたいなのばかり食べてる人にはちょっとしんどい見た目というか。食べるかはちょっと悩むけれど。


「あ、美味しい」


 リナはぱくりと食べてしまう。

 それを見ていれば、なんとなくこれも美味しいような。

 実際匂いは結構美味しそうではある。

 でも見た目が……


「……もしかして、これ嫌い?」

「う、ううん。食べるよ。大丈夫」


 ちょっとばかりの勇気で、私は目の前の黒いものを口に運ぶ。

 

「どう? 美味しい?」

「……ぱりぱりする」


 なんというか……意外と悪くない。

 ちょっと焦げてる感じはするけれど、まぁでもこんなものだろう。

 うん。なんだか美味しい気もする。


 けれど、この食べ物は値段の割には小さくて、すぐに食べ終わってしまう。

 美味しいは美味しいけれど……意外とこんなものかという気もする。祭りというのだから、もっとたくさん食べられるのかと思った。


「うん。まぁ。美味しかったよ。ありがと」

「そっか。良かった」


 まぁでも、リナは嬉しそうだから。

 なんだか良い気がする。


「そろそろ花火、始まるよね。良い場所教えてもらったんだ」

「あ、うん」


 リナはそう言って歩き出すけれど。

 正直、私はちょっと疲れていた。

 食事をしている間は気にならなかったけれど、なんだか歩き出してみれば、どっと疲労が押し寄せる。

 

「カミラが教えてくれてね。この辺りだと、あんまり人のいない良い場所があるんだって。ちょっと遠いけれど」

「そ、そうなんだ……」


 リナが何かを言っているけれど、その話は半分ぐらいしか入ってこない。

 ほんとに、なんだか急に疲れた。

 いつもと違う服装のせいもあるのだろうか。

 いや……多分、あんな人混みに行ってしまったせいだろう。


「ミューリ?」

 

 そんな私の不調にリナが気づかないはずもない。

 リナは私をよく見てくれているのだから。


「大丈夫?」

「……だ、だいじょ、ぶ」


 本当は結構しんどい。

 けれど、そんなこと。

 『一緒なら大丈夫』、なんて見得を貼った手前言いづらい。


「……ちょっと休憩しよっか」

「大丈夫だって……」

「ちょっと座ろう? そんなに急ぐこともないよ。ね? えっと……あ、ほら」


 リナは近くの腰掛を指す。

 その言葉が私を気遣うものだとはわかっていたけれど、それ以上抵抗する力も今の私にはなくて。

 リナと隣り合って、その小さな腰掛けに座る。


「ひゃー、疲れたねー……」

「……リナ、その。ごめんね。大丈夫って言ったのに」


 座ってみれば、なんだか急に力が抜けて。

 思わず謝罪が口をついてでる。


「私もごめんね。ちょっとしんどかったよね。人、多かったもん。私も結構しんどかったのに……ミューリのこと、全然考えれてなかった」

「り、リナが謝ることじゃないよ……別に、ただ私が」


 弱かっただけ。

 多くの人の中にいるだけで辛くなってしまうような弱い人だっただけ。

 リナも隣にいたのに。


「ミューリもべつに謝ることないと思うけれど……まぁ、ちょっと休憩しようよ。ちょっとゆっくり話すのも、悪くないでしょ?」

「それは……うん。そうだね」


 ゆっくりと話すなんて、いつもしていることだけれど。

 でも別にそれは私が好きなことでもある。

 リナとこうして話しているだけで、私は良い。それだけで全部、許されている気がしてくるから。


「もうここに来て、2カ月ぐらい経つよね。ここは、どうかな」

「えっと、良い所だと思う。リナもいるし……」


 そう。

 本当にもうそれだけで良い。

 リナがいてくれるだけで、私はどこだって良い場所になる。


「ありがと。でも、他の人もいるでしょ? ポニリリアとか、カミラとか。辛いこととかはない?」

「うん。まぁ。大丈夫……ポニリリアは優しいし、カミラは……ちょっと、あんまり好かれてないみたいだけれど。でも、辛いことはないよ」


 私の返答にリナは少し気まずそうに笑う。


「そうだね。カミラは、なんていうか……その」

「リナのことが好き?」

「まぁ……うん。そうだね。そうみたいだから、どう接したらいいのかわからないかもね」


 まぁ、そうなのだろう。

 あれだけ色々な感情を爆発させてしまったところを、私は見てしまったし。

 気まずいと言えば、気まずい。


「カミラが私のことがあんなに慕ってくれてるとは思わなかったよ……」


 カミラがリナを好きなことは、出会った時から予感ぐらいはあったけれど、リナにはわかっていなかったらしい。自分への好意なのに。

 ……意外と鈍感なのだろうか。

 それとも自分への好意だからこそなのかな。


 思えば、私もそうだった気がする。

 リナの好意を信じ切れていなかった。

 あ、でも。好意を感じてはいたから、リナほど鈍感ではないと思うのだけれど。


「少し、悪いことしたかな。もう少し、向き合ってみた方が良かったのかな。もし私がカミラの立場だったら……悲しくて泣いちゃうかも」


 リナは虚空へと疑問を零した。

 カミラの立場ならというのは私も思っていたことだったけれど。

 でも、私は選んでもらったから。

 幸運にもリナに選んでもらったから。


「……でも、リナは私のことが好きなんでしょ?」

「うん。そうだよ。ミューリのことが好き」

「なら……私のことだけ見ていて欲しいよ」

「そっか。なら良いかな」


 たくさん迷惑をかけてばかりだれど。

 きっとカミラといた方がリナは遠くまでいけるのだろうけれど。

 でも、私はリナの傍にいたい。


「色々、あったね」


 呟きが夜の中に消える。

 その言葉の意味を考えるよりも早く、リナは次の言葉を紡ぐ。

 

「なんていうかね。ほんとに夢みたいだよ。こんな風にミューリと祭りに来れて……すごい楽しい。今日はほんとにありがとね」


 途端にリナがそんなことを言うものだから、少し照れる。

 多分、素直に想いを言葉にしただけなのだろう。彼女はそれをあまりにも自然体で語るものだから、どうにもこそばゆい。

 けれど、こういう素直さが大切なことをもう分かっているから。

 

「私も、楽しいよ。リナとここに来れて良かった」


 私も想いを口にする。

 なんていうか、ここにいる気がする。

 リナは夢みたいと言ったけれど。

 私はようやく現実を見れるようになった気がする。現実を見ても、辛くなくなった気がする。

 その瞬間、どこかで破裂音のような音がした。


「あ、花火始まっちゃったね」


 数舜遅れて、またしても破裂音に似た大きな音が流れる。

 これが花火の音……?

 なんだか。


「ひゃっ」


 再度流れた音に、私はリナに身を寄せて、彼女の腕に絡みつく。

 なんだか怖い。

 撃たれている時の音みたい。


「ど、どうしたの?」


 リナは頬を染めながら、不思議そうに私を見ていた。

 その様子は怖そうにしてるようには見えない。

 

「り、リナ……怖くないの……?」

「怖くは、ないね。もしかして花火は初めて?」


 私は頷く。

 こんなにも大きな音がするものなのだろうか。

 なんというか、爆発音にしか聞こえない。


「そっか、なら怖いよね。花火だって魔法の一種だし、危ないと言えば、危ないし……まぁ、遠くだし大丈夫だよ。でも、怖いなら……ちょっとこうしておく?」


 リナはそう言って、私の頭を撫でる。

 そうしてくれると、途端に大丈夫な気がしてきて。

 少し冷静な思考が私の様子を客観視させる。


 外でリナの腕に泣きそうな目でしがみついている。

 こんなのふたりきりならともかく、外でやるようなことじゃない。

 人通りはほとんどないけれど、それを意識すれば、途端に恥ずかしくなってきて。


「あ、いや。うん……その。ご、ごめん」


 私は彼女の腕を解放する。

 リナはちょっと寂しそうにするから、もう少し同じようにしていても良かったようなきはするけれど。

 もう一つ、私は思い出す。


「その……ほんとごめんね。花火、見たかったよね……? 私のせいで」


 リナは花火を見るのを楽しみにしていたはずだったのに。

 それを私のせいで見れなくなってしまって。

 今からでも急げば見れるのだろうか。

 

 そう思ったのだけれど、意外とリナは気にしていない様子で。


「ううん。もちろんできれば見たかったけれど……でも、それはミューリに無理させるんじゃ意味ないし。それにね。えっと、たしかこの辺に……あ、ほら」


 手提げから何かを取り出した。

 それは袋閉じになっている、棒状の何かだった。


「なに、これ?」

「線香花火。一緒にやろうと思って買っといたんだ」


 線香花火。

 どんなのだっけ。

 たしか、小さな花火みたいなものだったような気がする。


「えっとね。花火って言っても、ちょっと火花が出るくらいだから、そんなに怖くないよ。ほら、持ってみて」


 私もそろそろ花火の音にも慣れてきたのだけれど……

 そんなことを思っているうちに、私の手には小さな棒が握られていた。


「こ、こう持てばいいの?」

「あ、うん。逆にすると危ないから、気を付けてね」


 これをどうすればいいのだろう。

 ぱっと見、使い捨ての魔法術式が編まれたものようだけれど。

 魔符に似た類のものに見える。


「こうやってね。魔力を流したら……」


 リナの手が私の手を包み込んで、そっと魔力が流れる。

 綺麗な動きで、私の手のひらを伝い、線香花火へと魔力が移り。

 そして線香花火は、途端に光をだして、火花を散らす。


「綺麗だね」

「……うん」


 暗闇の中で光がぱちぱちと小さな音を立てる。

 それは確かに綺麗だったけれど。

 それ以上に私は、楽しそうにしているリナに見惚れていた。

 だから。


「好き」


 だから、遠くの大きな花火の音の中でも彼女の口がそう動いたことはわかった。

 その想いは私へのもので。

 だから、私も想いを紡ぎたくなる。


「私も、リナが好き……大好きだよ」


 リナから言い始めたことなのに、彼女は恥ずかしそうにしていた。

 聞こえてないとでも思っていたのだろうか。


「ね、やっぱり傍に来て」


 そうリナに誘われるままに、私は彼女へと身を寄せる。

 元々近くだったけれど、さらに近くへ。ほんとに肌が触れ合うほどに。


「私も、大好き。ミューちゃんといられて、幸せだよ」


 リナが私の耳元でそう囁くものだから、私も強烈に熱を持つ。

 こんな風なことを話せる日が来るなんて。

 これも全部リナのおかげで。

 私の幸せは全部、彼女のおかげなのだと思う。


 本当に私は。

 どこまでも幸運で。

 リナが好きになれて、本当に良かった。


「消えちゃった……」

「まだあるよ。ほら」


 線香花火は少し時が経てば、消えてしまったけれど、リナが買ってきたものは数本入っているようで、次の線香花火に火をつける。

 その光を眺めながら、遠くで鳴る花火の音を聞く。


「また、来ようね」


 今にも消えてしまいそうなほのかな光を見ながら、リナは言葉を零す。

 それは私も願うことで。

 

「うん……その時はきっと、一緒に花火を見たい」

「そうだね。線香花火もしてね」

「うん。楽しみ」


 そう言って。

 線香花火の光の中で。

 私達は笑い合い、触れ合った。


 それが本当に幸せで。

 だからだろうか。

 きっと少し忘れてしまったのだと思う。

 私がどれだけ疎まれて、恨まれてきたのか。


 次の日、昼頃。

 廊下に出てみれば、下へと続く階段の方からほのかな声がした。

 良く聞こえないけれど、男女の話し声が。


 一応、部屋に戻ったほうが良い。

 そんな風に思いながら、扉に手をかけたのと、階段から彼らが上がってきたのは同時だった。


「ぇ」


 私は思わず声が漏れた。

 現れた人の髪は、黒かった。

 黒い髪なんて、珍しくはない。


 でも、その髪はどこまでも黒い。全ての光を呑みこむような。

 不安になる黒色。

 それは、アオイの持っていた髪で。


 友達だと思っていた人。

 私の前で死んだ人。


 アオイがまた私の前に現れた。

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