第57話 流れる
祭りに行くとはいっても、たくさん問題点はある。
多分、リナは行きたいのだろうと思ったから気楽に誘ってしまったけれど、実際のところ危険はいっぱいで。
単純に言えば、私のせいで危険なことがある。
今、どういう状態かはわからないけれど、少なくとも私の追手というものは存在しているはずで。それらから身を隠さないといけない。
学校で使っていた通信魔導機の類は全て捨ててきたから、逆探知とかそういうものは怖くないけれど。だからこそ、私の姿を晒すと言うのは危険になる。
やっぱり安易に外に行きたいなど言うべきではなかったかもしれない。そんな風にも少しばかりは思うけれど。
でも、祭りの張り紙を見ていた時のリナの顔を見れば、私は一緒に行きたいと言わないわけにはいかなかった。
実際、祭りまでは数日があったけれど、リナはやっぱりやめようとは言わなかった。もしも彼女がそう言えば、私も諦めたかもしれない。
でも、言わなかった。危険であることに気づいていないはずがないのに。それだけ楽しみにしてくれているのだろう。
「いよいよ明日だね」
祭りの前日。
星明りひとつない夜の中でリナはそう言った。
「楽しみ」
私はそう素直に口にする。
リナもそれに同意を返してくれる。
それだけで、すごく嬉しい。
「うん。明日なんだけれど、基本的に人混みは避けよっか。危ないのもあるけど、ミューリはまだ慣れてないでしょ?」
「まぁ……うん。そうだね」
初めてこの街に来た時を思い出す。
街を歩いているだけなのに、なんだか気分が悪くなった。
またあんなことになったら、折角の祭りが台無しになる。
そうなっても別にリナは怒ったりはしないのだろうけれど……そうはなりたくない。
「前みたいに大通りじゃなかったら、そこまで人も多くないみたいだし。それに花火ならどこでも見れるよ」
「うん。私も、それが良いと思う」
それにそっちのほうが人目にもつかないはずだから。
あ、いや。人を隠すのなら、人混みの中の方が良いのだろうか……
「あとは、そうだね。やっぱり怖いのはミューリを狙ってる人たちだけれど……」
やはりそこが問題なのだろう。
けれど、正直私には妙な楽観がある。
「その、やっぱり危ないのかな。今日まで何もなかったし……」
そんな淡い期待がある。
できれば、私のことなどみんな忘れてくれればいい。
リナ以外の人の記憶から消えてしまいたい。
実際のところ、私の存在感は薄かったし、そうなっていてもおかしくないと思うのだけれど。
「えっとね。多分大丈夫だとは思うよ。ここは辺境だし、ここまで追手が届いてるとは思えないから……だから、一応ね」
そう言いながら、リナはがさごそと鞄を漁り、何かを取り出した。
「だからこれは保険みたいなものだね。基本は私が守るけれど、それでもどうしようもない時はこれを使って」
それは腕輪のような形のもので。
それをそっと私の手首へと通してくれる。
「これは、何?」
「魔導機だよ」
魔導機。
魔法術式が刻まれた道具。
物にもよるけれど、単純なものなら魔力を込めるだけで魔法が発動する。
魔法が得意じゃない大抵の人はこれで複雑な魔法を使う。
でも。
「でも、私。魔導機は使えないよ……?」
「うん。だから、保険だね。どうしようもなくなったら使ってみて。一応、一番単純で威力も高い魔法が刻んであるから、魔力を込めて引き金を引くだけでいいはずだよ」
そうは言われても、多分私には使えない。
私の魔力はそこまで私の言うことを聞いてくれない。
術式を編む段階の前段階で私は詰まっているのだから。
それにこれに頼るような状況になったら、どちらにせよもう無理な気がする。
「一応ね」
けれど、持っておくことにした。
多分、これを私が持っていた方がリナは安心してくれるのだろうから。
「ずっと、こうなのかな……ずっと追われるのかな。意外と、忘れられてたりとか」
そんな楽観をリナにも話してみるけれど。
彼女は神妙そうな顔でそれを否定する。
「多分……難しいだろうね。ミューリの魔法はそれぐらいの価値があると思うし」
本当にそうなのだろうか。
私の魔法なんて、ただの一度限りで。
たった一回、誰かを生き返らせるだけの魔法なのに。
「こんな魔法の何が良いんだろう……」
そんなに便利な魔法というわけでもないのに。
きっとその答えは私が一番知っている。
でも、わからないふりをしている。わかりたくもない。
私の命を求めた者達のことなど。
「そうだね。みんなきっと怖いんだよ。死んじゃうのが。けれど、だからってミューリを傷つけるなんて、おかしな話だと思うけれど」
死んじゃうのが怖い。
それは、そうだろうけれど……
そのために、たくさんの人を犠牲にしたんじゃあまり意味はないような気がするのに。
でも、リナが死んだのなら。
私は蘇生魔法を使うかもしれない。
大切な人を助けたいから、蘇生魔法を使いたいと言うのなら……私でも理解しやすい感情かもしれない。
ならやっぱり。
私は永遠に追われ続ける日々なのかな。
そんな不安も。
「まぁ、でも大丈夫だよ。私が守るからね」
リナが明るく私の頭を撫でてくれれば、本当に大丈夫な気がしてくる。
私も、彼女が努めて明るくしてくれていることぐらいわかっているけれど、その彼女の優しさに私はただ乗っかることしかできない。きっと私にできることは、こうして彼女の温もりに包まれていることだけなのだと思う。
きっと、それだけで良い。
だから正直なところ、私は花火なんて見れなくて良いかなと思っていたのだけれど。
でも、祭り当日。
空が晴れていて、私は存外ほっとしていた。
私も意外に楽しみにしていたらしい。
自分でもちょっと意外というか……驚きもする。
祭り当日だからだろうか。
ずっと喧騒が聞こえていた。
昼頃から大きくなりだした喧騒は、夕方になるにつれてどんどんと大きくなっていった。
こんなにも祭りがうるさいものだとは思わなかった。
そんなにもみんな盛り上がるのだろうか。
「ミューリ、いる?」
そうしてリナが私を呼びに来たのは夕方頃だった。
てっきりもっと遅くなると思っていたものだから、私は少し驚く。
「あれ、もういいの? その、食堂でも何かやるんでしょ?」
「まぁ、うん。そうみたいだけれど、私は暇を貰ったから。カミラは、ちょっと文句を言われたけれど。大丈夫だよ」
それは大丈夫なのだろうかと一瞬思ったけれど、
小さく笑うリナをみれば、大丈夫そう。
多分、カミラの言葉はほんとに小言みたいなものなのだろう。
カミラは諦めたとはいえ、未だにリナと私のことを良くは思っていないだろうから。それでも、こうしてリナに暇を出してくれたのだから、少しは認めてくれたのかもしれないけれど。
「ミューリは大丈夫そう?」
「うん。私は大丈夫だけれど……」
私は部屋にいただけだから、そんなに疲れてはいないけれど、リナは大丈夫なのだろうか。今までずっと食堂で働いていたわけだし。
そう思ったのだけれど。
「どうしたの?」
リナはとても楽しそうにしているから。
心配もどこかへと消えていく。
「ううん。なんでもない。えっと、じゃあもう行くの?」
「そうだね。花火はまだだけれど……」
リナは少し言葉を区切り、私を見つめる。
それだけで、不思議と心が高鳴る。
「ミューリと外を歩きたくて。こんな時じゃないとできないから」
リナは少し頬を赤らめてそんなことをいうものだから、私はただ頷くことしかできない。
「う、うん」
「じゃあ、えっと。行こっか」
そのままリナに誘われるままに部屋の外に出る。
いつものことだけれど、こんなにも心が動かされることに驚く。
リナの言葉や行動だけで、ここまで感情が動くだなんて。
本当に学校に独りでいたときは想像もできなかった。
こんな風になるなんて。
そんなことを思いながら、リナの隣を歩く。
祭りに行くのなら、外に出なくてはいけないのだけれど、表の入口からだと人通りが多い。宿や食堂の客足もそれなりにあるだろうから、裏口を使わせてもらおうと、私達は決めていた。
「あ、2人とも。祭りに行くの?」
「うん。そうだよ」
階段を降りたところで、なんだか不思議な格好をしたポニリリアに出会った。
一枚の布を身体に巻き付けているというのだろうか。私はあまり見たことのない恰好で……なんというか、寒そうな格好をしていた。
「えっと、なんでそんな恰好してるの?」
「これ? 祭りと言えば、やっぱり着物かなと思って」
その言葉で思考の片隅にある知識を見つける。
たしか海の向こうにある陽光国の民族衣装だっただろうか。
その国名に、どこまでも黒い髪の少女を思い出す。
私の前で首を切り死んだ友人のことを。
思い出せば。思い出してしまえば。
なんだかこんな幸せになど触れる資格がない気がしてくる。
けれど。
「ミューリ、大丈夫?」
リナが私の手に触れてくれるから。
私は、もう少し息をしていられる。
「う、うん。えっと。なんだっけ」
「あー、2人もこれ、着てみる? たくさんあるからね。貸してあげるよ」
おっとりとした声でポニリリアは提案してくる。
そんなにも
「どうする?」
リナは私の目を見て、問う。
私はどうにも上手く判断ができなくて、そのまま疑問を返す。
「リナはどうしたいの?」
「うーん……折角だから着てみようかな」
私の言葉に彼女は数舜考える素振りをして。そう答えた。
ちょっと意外だったけれど、別に止める理由もない。
「わかった。えっとじゃあ、待っとくよ」
私はそう言ったのだけれど、同時にポニリリアがくすりと笑う声が聞こえた。
なにかおかしかったかなとポニリリアの方を見てれば、彼女は思いがけない提案をした。
「一緒に着たらいいのに」
「私は……」
いいよと言おうとしたのだけれど、ちらりとリナを見れば、物欲しそうに私を見ていたものだから、その言葉を止める。
「えっと、リナ?」
「私も、ミューリと一緒がいいな……」
そう言われても、私は別に。
そんな気持ちがあったけれど、彼女の零した願いを簡単に無下にできはしない。リナの願いは貴重だから、できればなるべく叶えてあげたい。
でも、私がこれを着るのは……
「わかった。じゃあこっち。着かた教えてあげる」
少し悩んでいる間に、ポニリリアはそう言って、近くの空き部屋に私達を連れ込んだ。
やっぱり私はいいやと言おうかと思ったけれど、あまりにもリナが嬉しそうなものだから、何も言わなくてもいいか思った。
そのままあれやこれやという間に、私達は着物というやつを身に付けていた。
「じゃあ、またね」
それだけして、ポニリリアはどこかへと消えた。
変な格好のままに残された私達だったけれど、
「リナ、ほんとに初めて来たの?」
「え、う、うん。どうして?」
「なんていうか……」
もう一度、リナの姿を視界に収める。
着こなしているというのだろうか。赤を基調として着物は、まるでリナのためにあるような気がした。それほどにリナにはうまく似合っている。
「リナにはなんでも似合うね」
「そうかな? ありがと」
照れたように薄っすらと頬を染めながら、彼女は手を伸ばす。
「えっと、行こっか」
私はその手を取る。
連れられるままに裏口へと向かう。
少し身構えたけれど、意外と歩きにくくはない。
まぁ、陽光国では普段着らしいから、歩きづらければ困るのだろうけれど。
その途中で、リナは小さく口を開ける。
「ミューリ、その、嫌だった?」
その不安そうな言葉にどう答えるか悩む。
嫌だったかと言われるとそういうわけでもない。ただまぁ。
「似合わないかなと思って。私には」
私の髪の色と同じような、薄い青色の着物を着せてもらったはいいけれど、なんだかこれはもっと……その、私のような短身のものには似つかわしくない気がする。
そう思ったのだけれど。
「そんなことないよ! そんなことない……」
リナはすぐに強く否定する。
なんだかその瞳の中の熱に押されれば、私もなんだかそんな気がしないでもない。
「そう、かな。それならいいけど」
まぁ、私としてはあまりそうは思わないけれど。
リナがそう言うのなら、着替えた意味もあるか。
「ミューリは可愛い、よ」
追い打ちとばかりにそんなことを言ってくるものだから、私は。
どう返せばいいのかもわからなくて。
多分、酷く熱を帯びた顔を見られまいと目を伏せたまま、そっと息を吐いて。
「う、うん」
それだけ零す。
その言葉に答えるように、リナはそっと指を絡める。
裏口の扉を開ければ、酷い冷気が出てくるものだけれど。
不思議と寒さは感じない。




