第56話 眩く
「今、暇かな。これ貼っておいて欲しいんだけれど」
「あ、うん。わかった」
この宿に来てから、時の流れとは早いものでひと月程度が経過していた。
私は相も変わらず暇を持て余しているのだけれど、時折ポニリリアには手伝いを頼まれることが増えた。
そこまで難しいことでもなく、かといってすぐ終わることでもない。
単純に言えば、暇つぶしのようなことをさせてもらっている。
きっと、私以外の人が行えばすぐ終わるようなことばかりだけれど。
でも、まぁ、私が暇をしているのを知っているから、こういう簡単な仕事を振ってくれるのだろう。私も暇を潰せるのだから、特に断る理由もない。
「急がなくていいからね」
それだけ言って、ポニリリアは消えた。
今回はたくさんの紙を置いて。
張り紙らしい。
何の広告なのだろう。
あ、祭り……
たしかにそういう季節かもしれない。
冬の風物詩といえば祭りだし。
いくらのこの辺りが比較的暖かい気候だとしても、そろそろ雪も降ってもおかしくはないぐらいには。
祭りって。
どんなのだろう。
学校ではそういうのはなかった。
一応、魔法祭ってのがあったけれど、あれは魔法発表会みたいなものだったはずだし。私は魔法祭に出たことはないけれど。
一応、私の浅い知識によれば、屋台みたいなそういう出店が出るとか。美味しい食べ物が食べられると聞いたことがある気がする。
あとはなんだろう。
たくさんの人が来るとか。
「花火……」
張り紙には、大きく鮮やかな花火の絵が描かれていた。
そういえば、祭りでは花火をやるのが定番らしい。
私は見たことがないけれど。
とりあえず、その張り紙を壁に貼っていく。
ポニリリアが一緒に置いていった指示書には『一定間隔で壁に貼っておいて』としか書かれていないけれど。
多分、大体で良いはず。
こういうことをするのも初めてじゃない。
その時は、ここまで枚数は多くはなかったけれど。
そっか。
今回の祭りの広告は多いのか。
もしかしたら、この宿も何か関わっているのかもしれない。
単純に商売の機会として良いとか考えているだけかもしれないけれど……あ、でも食堂は何かやりそうな気がする。なんとなくの印象だけれど、飲食店は何かをしている気がする。
そんなことを考えながら、適当に壁に貼っていく。
一枚ずつ手作業で。
多分、魔法が使えたら、そこまででなくても魔導機でも使えれば、すぐに終わる作業なのだろうけれど、生憎、私の魔力では魔導機すらまともに動かすことすら叶わない。
やっぱり単純に先天的魔力障害なのかなと思う。
まぁ魔法のせいで、それもあまり大っぴらには言えないのだけれど。
もしも私がこの魔法のことを忘れて生きていけたとしても、そういう障害とは付き合っていかないといけないのだろう。
単純に不便で嫌になる。
どうしてこんな魔力で生まれてきたのだろう。
こんなことを考えてもしょうがないことなのはわかっているけれど。
でも、どうしても考えてしまう。
魔法学校の時もよく思っていたけれど、こうして普通の人たちに囲まれて生活していると、余計に思う。
変なのは私だけだと突き付けられているようで。
至る所に魔導機があって。
簡単な魔法を使えるのは当然で。
魔法使いに匹敵するほどに魔法を自由自在に操る人が時折いて。
魔法使いという、強力な魔法を使える人としての頂点がいて。
魔力の操作なんていう初歩の初歩以下すらできないのは、本当に私だけなのだと思う。
「はぁ……」
だから、思わずため息が漏れる。
1人だから、それに応える者もいない。
はずだったのだけれど。
「ため息なんてついてどうしたの?」
そんな声が隣から聞こえるから私は手に持っていた張り紙を手落としてしまった。
驚きと共に隣を見れば、リナがいて。
私に手を振っていた。
「え、り、リナ。あ、え」
とりあえず落ちてしまった紙を拾う。
もうほとんど張り終えて、残り数枚程度なのが助かった。
すぐに拾い終えたけれど。
「ごめんね。驚かせたかな」
少し申し訳なさそうにリナは謝罪を口にした。
別に謝るようなことじゃないと思うのだけれど。
「大丈夫……だけれど、うん。ちょっとびっくりした」
どうしてリナがここにいるのだろう。
今は食堂の仕事をしていると思っていた。まだ昼頃で、この時間は食堂で働いているはずだから。
「ちょっと今は休憩でね。ポニリリアに聞いたら、ミューリはここだろうって」
そういうことか。
口の中で私は納得する。
「何をしていたの?」
「あ、これを貼ってたんだよ。祭りだって」
私は1枚をリナに手渡す。
彼女はそれをまじまじと見ていた。
「祭り……」
行ってみたいのだろうか。
きっと行きたいのだろう。
でも多分。
「行きたいの?」
「……ううん。別に」
私が聞いてもリナは否定する。
曖昧に笑って。多分、それは半分本当なのだろうけれど。
私は思わず苦笑してしまう。
誤魔化しきれていない。
「これ、一緒に行こうよ」
私は思わずそう誘ってしまう。
その言葉に彼女は嬉しそうにするけれど、すぐに悲しそうに視線を伏せる。
「で、でも。ミューリ、その、危ないよ? 見つかったら……」
たしかに私はこれでも逃亡中の身で。
学校の手の者、というか国からの追手にかかれば、私達はただじゃすまない。
本当はこの宿にだって、こんなに長居できる立場じゃない。
けれど。
「ちょっと危ないかもだけれど……でも、リナと一緒に花火見てみたいな」
そんな風に言ってみる。
きっとリナはそうしたいのだろうと思うから。
正直、私はリナとどこに行かなくてもいいのだけれど。
でも、彼女の悲しそうな顔はできれば見たくない。
「う、うん。私も、行きたい。ミューリとなら」
リナは私の手を取る。
私達は見つめ合う。
視線が交差するたびに、やっぱり祭りなんて行かなくても良い気がしてくる。
ずっとこうしているだけでいいような。
「リナもほんとは最初から行きたかったんでしょ?」
「……わかるの?」
「わかるよ」
それぐらいなら私でもわかる。
これでも私もリナが好きなのだから。
「私に遠慮しないでいいのに。私だって、ずっと閉じ籠るためだけでに学校の外にでたわけじゃないんだから」
「……うん。そうだよね。ありがとう」
嬉しそうにリナは呟く。
けれど、すぐに心配そうに言葉を続ける。
「あ、でも。ほんとに危なそうだったら、止めるからね。多分その時は逃げることになると思うけれど……」
「わかった。その時は任せるよ」
「うん。任せて」
そういう危機管理の部分は、もうリナに任せるしかない。
全部リナ任せだけれど。
申し訳ないと思うけれど。
でも、これが私達の形なら、それでいい気がする。
それに。
きっと危ないことにはならない。
なったとしても、リナと一緒ならなんでもいい。
そんな気がする。
「けど……ならそっか。うん」
リナは1人で頷く。
そして笑顔を浮かべる。
それが見れただけで、祭りに誘ってよかったと心の底から思える。
「初めて、ふたりでおでかけだね。楽しみ」
おでかけ。ふたりで。
ふたりきりで。
リナと。
その言葉に。
私は何か久しぶりの。
けれどもずっとそこに有った感情に見舞われそうになる。
「あ、もう時間だ。えっと、私戻るね」
そう言って、リナは手を振って。
私はそれを見て、はっとする。
このまだ形をとっていない想いをそのまま口にしないといけない気がした。
「わ、私も楽しみだよ。祭り。リナと一緒に」
そんな言葉が零れ落ちた。
それに彼女は一瞬動きを止めて。
すぐに星明りのように綺麗な笑顔を浮かべる。
そんな顔を浮かべるせいで、私は余計にリナへの想いが強くなるのを感じる。
どこまでも彼女に……
「捧げたい」
駆け足で階段を下りていくリナの背に。
私は自らの内で蠢く欲望をそっと吐いた。




