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信奉少女は捧げたい  作者: ゆのみのゆみ
4章 刹那と在処
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第55話 揺れる

 リナが現れて、私はほっとした。

 正直、助かった。


 カミラとリナの話をするのは嫌ではなかったけれど、もう最後は押し問答でしかないことは薄っすらと感じていたから。

 あのまま話をしていても平行線のままで。

 着地点はない。

 ただお互いの主張がすれ違うだけ。

 多分、カミラが間違ってるとかではなくて、ただ正解が違うだけ。


 能力もあって友達もいるカミラ。

 何もできなくてずっと孤独だった私。


 リナが好きなのは変わらなくても。

 今までの経路が違えば。

 想いの形が同じな訳はなくて。


 諦めることはあっても。

 認めることはあっても。

 分かり合えることはない。


 そして、そうなれば最後はリナが決めることになる。

 結局は彼女次第なのだから。

 私達は彼女の話をしているのだから。


「り、リナさん……」


 カミラはもう私を見ていなかった。

 不意に現れたリナだけを見ている。

 きっと……今回のことに、私はほとんど関係がなかった。


 昨日からの話は結局のところ、カミラとリナの話で。

 さらにいえば、リナの選択の話で。

 彼女がカミラに対して、どう返事をするのかという話でしかない気がする。


 リナは向かい合う私たちの方へと歩いてきて。

 そして私の隣に立つ。

 私の方へときてくれることはわかっていたけれど、それだけでも心が和らいでゆくのを感じる。

 本当にこれだけであとはどうでも良い。


「それでどうしてあんなこと言ったの? ミューリと私が離れるべきだなんて。そんなの、絶対嫌だよ」


 リナの返答にカミラの顔が歪む。

 動揺が手に取るようにわかった。

 けれども彼女は動揺を押し殺して、すぐに口を開いた。


「リナさんは、どこまでも行けるんです! 私達とは違う……私達みたいな凡人とは違う……あなたなら、どこまでだって……!」


 カミラは叫んでいた。

 昨日の夜は我慢していたことなのだろう。

 でも、心は叫びとなって現れた。

 ほとんど嘆願のようなものに聞こえたけれど。


「なんでですか……? なんで、そんなの」

「……昨日も、言ったよね。私はミューリが好きだから」


 リナは確かめるように返す。

 その答えをカミラが忘れたわけじゃないのだろう。

 でも、そう疑問を零さないといけないほどなのだと思う。


 きっとカミラにとって、リナは憧れで。

 そんな存在が、私のような鳥籠に囚われているのがどうしてなのか、わからなくて。そして我慢ならないのだと思う。


「それは知ってます……わかってますよ……でも、それなら……それでもミューリさんの隣にいないといけないわけじゃないですよね……? もっと先に行ってくれるのなら、私だって何も言いません……」

「何が言いたいの?」


 リナの言葉は優しさを帯びているけれど、同時に少しの警戒が混ざる。

 ちらりと私を見る。

 けれど、カミラがそれに気づいた様子はなく、ただ自らの想いを吐き出す。


「リナさんはもっとすごいってことです! 私みたいに道半ばで諦めたような弱い人間の手伝いなんかしてる場合じゃないんです! ミューリさんみたいな人に縛られている場合じゃないんです……あなたなら、遥か先にいけるんですよ……誰も見たことのないところまで……きっと……」


 その言葉に私は内心頷く。

 リナがその気になればどこまでもいけるのは私だって知っている。

 けれど、リナはそうはしない。


「そう言ってくれるのは嬉しいよ。どうしてそんなに私を持ち上げてくれるのかわからないけれど」

「持ち上げてません。事実です」


 リナの言葉に割り込む否定に、リナは困ったように笑う。


「ありがとね。でも、それなら、こういった方がいいかな。どこでも行けるなら、私はミューリの隣に行くよ」


 リナは私の手を握る。

 確かな熱が絡まる指先から伝う。

 それにカミラは顔を歪める。


「どうしてもミューリさんじゃないといけないんですか!? だって……それなら、それなら、私でもいいじゃないですか! 私じゃ、だめなんですか。私じゃ……」

「だめだよ。私はミューリじゃないと、だめ」


 リナはカミラの問いに即答した。

 多分、その答えはカミラもわかっていて。

 驚きはしていなかったけれど。


 大粒の雫が目の中に浮かぶのが見えた。


「どうしても……ですか?」

「どうしてもだよ。どうしても、ミューリじゃないとだめ」


 カミラはもうリナを見ていなかった。

 誰も見ていなかった。

 いや、多分。

 誰にも見られたくなかったのだと思う。

 彼女は一歩、部屋の奥へと下がる。


「私じゃなくても良かったんです……私が選ばれるとは思ってなかったから……でも、それなら……誰も選ばないでほしかった……」


 そう呟いて、カミラは嗚咽のままに泣いていた。

 座り込んで、涙をこぼしている。


 リナは一瞬、そんな彼女に手を伸ばそうとして。

 それを辞めた。


 私は目を見開く。

 悲しむ誰かに手を伸ばすことはリナにとっては当然だと思っていたのに。

 でも、それをしなかった。

 代わりに彼女は少し考えて口を開く。


「私、先に戻るね。待ってるから」


 それだけ言って、リナは私の手を取った。

 リナは言葉を要さなかったけれど、ここから出ていこうと言っていることはわかった。

 それに抗う理由もなく、私は誘われるままに、リナと共に部屋の外に出る。


「……いいの? カミラは、あのままで」


 まだ嗚咽は聞こえてくる。

 正直、少し可哀想にも思えた。

 何かが違えば、出会う順番が違えば、あそこにいたのは私だったのかもしれない気がしたから。


「……うん。多分、大丈夫。それに、私ができることはないよ」


 リナは一瞬目を閉じて、そう言った。

 多分、思う所はあるのだろうけれど、そこには確かな信頼があった。


 エレラの時と同じ。

 エレラの時も、リナは私が思っているよりも干渉しなかった。

 それは信頼でもあるのだろうし、同時に興味のなさの表れでもある。


 それが私には少し羨ましくて、同時に心の底から嬉しい。

 私が泣いていたら、きっとリナは放っておくことなどしてくれないだろうから。


 私はそれからリナと別れて、部屋に戻ったけれど。

 少しカミラのことは気になっていた。

 本当にあのまま放っておいて大丈夫だったのだろうか。 


 リナにあんなことを言われたら。

 私なら、きっと立ち直れない。

 そう思ったのだけれど。


 数刻の時が経ち、こっそり見に行った夜の食堂では、カミラとリナは普通に仕事をしていた。

 多少目は腫れているけれど、それもよく見たらと言った程度で。

 ふたりの雰囲気もそこまで悪い物には見えない。


 よくよく考えてみたら、カミラは私とは全然違う。

 当たり前のことなのだけれど。


 彼女には仕事があって、友達がいて、そして自分の意思もある。

 何かがあっても、きっと自らの力だけで立ち上がることができる。

 私がカミラの立場なら……多分、何も起こすことはできなかった。きっと、リナとも関われていないだろう。


 けれど、カミラは自分で悲しみを昇華する方法を知っている。

 だから、こうして戻ってきている。

 多分、リナもそれがわかっていたから、そこまで干渉しなかったのだろう。

 私はそれにほっとすると同時に。


「……すごい」


 そう漏れ出てしまう。

 結局、弱いのは私だけなのかもしれない。


 そういう事実を見せつけられたようで苦しくなって。

 けれど、この弱さもリナが好きになってくれたものだから。

 ほんとに彼女がいてくれて良かったと心の底から思った。

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