第53話 傾く
リナとカミラが夜に話しているのをのぞき見してしまった翌日も、私は特にすることはなくて。
とりあえず昨日の続きにでも行こうと思い、宿の中を歩いてみていた。
まぁ、昨日と何か変わり映えのあるというわけでもないのだけれど。
でもずっと部屋にいるのもどこか窮屈なものだから。
私はなるべく人を避けつつ、少し見ていたのだけれど。
「ミューリちゃん」
またしてもポニリリアに見つかってしまった。
「前も歩いていたけれど、暇なの?」
彼女は私にほんわりと問う。
なんともゆったりとした声だなと思いつつ言葉を返す。
これでも彼女は探索者として生活していたのだから、実力は高いのだろうけれど。
「まぁ……うん」
暇?と聞かれて、暇と答えていいものなのだろうか。
嘘でも、多少なりとも何かしていると返した方が怪しくなかったかもしれない。
答えてからそんな風に思ったけれど。
私の答えにポニリリアは少し考え込むように顎に手を当てて。
「なら、少し時間ある?」
彼女はそう言った。
私はそれに頷く。
「良かった。じゃあちょっとついてきてくれる?」
また何か話だろうか。暇だからいいのだけれど。
そう思いながら、大きな籠を2つもったままのポニリリアへとついていく。
どちらもかなり重いだろうに、とても簡単そうに運んでいた。
身体強化魔法が使えたらこれぐらい余裕なのか。いや、そんなことはない。はず。
大抵の人は、身体強化魔法ぐらいはできるけれど、ここまで強力ではないはずだから。彼女の身体強化魔法が高水準だから余裕そうに見えているのだろう。流石は元探索者と言ったところなのか。
そういえば、探索者には級数という指標があると言っていたけれど、ポニリリアはどれぐらいなのだろう。リナは1級だと言っていたけれど。流石に同じ1級ではないと思うのだけれど……
「よいしょ」
ポニリリアは籠を置いて、そこから取り出した服か何かをとなりの魔導機へと入れていく。多分、洗濯機とかなのだろう。
「手伝おうか?」
一応、そう言ってみるけれど、彼女は首を横に振る。
「ううん。大丈夫」
そう言われれば、あまり触れるのも良くないかと思いただ近くに座り込む。
まぁ、よく考えてみれば私に手伝えることなど何もないのだけれど。
服を籠から取り出して、隣にいれるだけと言っても、魔法で動かしているから、私の半端な手作業などあっても、邪魔なだけというのもそうだし。
こういう細かい力の操作のいる魔法は高難易度なはずだけれど、ポニリリアは簡単そうにこなしていた。
リナも食器とかを同じように片づけていたけれど、魔法が得意な人ならこれぐらいはできるのだろうか。
学校の人たちはどうなのだろう。魔法学校では、こういう細かい操作技術はあまり問われなかったから、あまりわからないけれど。
けれど、こうなるなら私をどうして呼んだのかな。
手伝えることがあるわけでもないなら、やっぱり。
「その、何か話したいことがあるの?」
私はてっきり昨日の続きかと思った。
昨日の、リナに関する話の。
彼女はリナを気にかけているようだから。
けれど、それは少し違うようで。
「そうだね。うん。話したいことっていうか、聞きたいことかな」
ポニリリアは、魔法を止めぬまま私の疑問を少し訂正する。
聞きたい事。
この前の話とは違うのだろうか。
あまりぴんときていない私にポニリリアは少し緊張を帯びた声で思いがけない名前をだした。
「カミラちゃんのこと、何か知らない?」
「え?」
私は一瞬、名前を呼び違えたのかと思った。
リナのことを話そうとしたのかと。
だって、私とポニリリアの共通の知人と言えば、やはりリナということになるのだから。
けれど、言い間違えた様子はない。
カミラのことを彼女は聞いている。
「昨日の夜から、ちょっと様子が変でね。何かあったと思うんだ。何か知らないかな」
「あー……」
そう聞かれれば、ようやくわかった。
昨日の夜に、リナとカミラが話していたことを聞いているのだと思う。
けれど、どこまで話していいのだろうか。
一応、ぼかしておこう。
「昨日、その。リナが少し話したみたいだけれど……それかな」
「……それだね」
彼女は少し息を吐く。
その横顔は、多分ほっとしていた。
「その、なんでわかったの? カミラが変だって。私にはわからなかったけれど」
正直、さっきちらりと食堂を覗いたときはいつも通りに見えた。
昨日のことなど、まるでなかったのかのようにリナとも会話をしていて。
どんなに強いのだろうと思ったのだけれど。
「あの子は隠すのが上手いからね。でも、私にはわかるよ」
当然という風に彼女は語った。
私には少し眩しい。
「……すごいね」
多分、ポニリリアは敏感なのだろう。
小さな心の機微というか、そういうものに。
人をよく見ているからだろうか。
探索者の時にリナのことも気にしていたようだし。
「でも、そっか。ついに振られちゃったか」
「え」
声がでた。
まだ私は昨日のことを何も話していないのに。
正直、あれは半分ぐらい振られたようなものなのかもしれないとは思っていたけれど。でも、それは私がカミラが泣いていたところを見ていたからで。それはポニリリアには話していないのに。
「あ、これは言わないほうがいいのかな。まぁ……いっか。ミューリちゃんにも関係のない話でもないし」
「私?」
どうして急に私の話になるのだろう。
カミラの話と、私に何か繋がりがあるとは思えないけれど。
「ミューリちゃんも、好きなんでしょ? リナちゃんのこと」
「……えっと、うん」
他人にリナへの想いを口にするのは、ちょっと恥ずかしいけれど、否定する必要もないかと思い頷く。
多分、それはポニリリアには分かっていることでもあるのだろうし。
「恋人、なんでしょ? リナちゃんと」
「ぇ? あ、あ、えっと」
そこまで話したんだっけ?
いや、話してない気がする。
リナが話したのだろうか。
そうじゃないか。
ただ見透かされているだけ。
私は。
「違うの?」
「違わない、けど……」
でも否定はできない。
否定なんてしたくない。
私が好きって想えて、リナが好きって言ってくれた証左なのだから。
「違わないよ。うん」
強く頷いておく。
私は今確かにリナの隣にいるのだから。
それにあえて隠しているようなことでもない。
「そうでしょ? なら関係はあると思うけれど。カミラちゃんもリナちゃんのことが好きだからね」
「そう、なんだ……」
別に驚きはしない。
きっとそうなのだろうと思っていたから。
昨日の涙を見れば、そうと推察するのは私でもそこまで難しいものじゃない。
「多分、昨日リナちゃんに話したんじゃないかな。でも、リナちゃんは君のことが好きだから。振られちゃったんじゃないかなと思うんだけれど」
「あまり勝手に人のことを話さないで欲しいのだけれど」
不意に後ろから声がした。
そこにはカミラがいて、私達をじと目で見ていた。
彼女はずいずいと近づいてきて、私の腕を掴む。
「え」
「ちょっとミューリ、借りてもいくわよ」
そう言って、私を小さくとも確かに引っ張るカミラに抵抗することもできず、私は助けを求めるようにポニリリアを見るけれど。
「うん。わかったよ。それじゃあね」
ポニリリアはそう言って軽く手を振るばかりで。
私はただ流されるように、カミラについていくことしかできなかった




