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信奉少女は捧げたい  作者: ゆのみのゆみ
4章 刹那と在処
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第52話 瞬く

「どうしてリナさんとミューリさんが一緒にいるのか私、わかりません」


 その声で私は咄嗟に身を隠した。

 そっとカミラとリナの様子を覗く。


 向かい合って何かを話しているらしい彼女達だけれど、どうしてそんな話をしているのだろう。

 そんな疑問と共に、耳を傾ける。


 ほんとはこんな盗み聞きみたいなことをするべきじゃないのかもしれないけれど、カミラの言葉は明らかに私がいないからされているもので、それがわかれば安易に彼女達の前へと出ていくこともできなくて。

 そして、ここから離れられるほど、私はこの会話に興味がないわけじゃないから。

 だから、私は廊下の隅に座り込む。


「だってミューリさん、何にもできないじゃないですか。魔法もろくに使えないし、皿洗いもできなくて、接客は無理、話してもあんまり答えてくれない……正直、リナさんとつり合っているとは思えません」


 カミラの言うことは全部正しい。

 私はリナとはつり合っていない。

 けれど、こうして再度突き付けられると、やっぱりちょっと苦しい。


「うーん、そうかもね」


 リナは軽い肯定を返すから、私は今にも逃げ出したくなった。

 彼女にもそう思われていたのなら、私はもう嫌になってくる。

 それが事実でしかないとしても。


「そうですよ! だって、リナさん1級探索者なんですよ? しかも第一指定危険魔法生物の白棘刃だって独りで倒して……リナさんなら、こんなところじゃなくて、もっとすごいことできるはずです。それが、ミューリさんといるからこんなところで私の手伝いなんか……」


 リナに少しの肯定をもらい勢いづいたのか、カミラの口が早くなる。

 でもリナはいつも通りの声色で言葉を続ける。


「あ、違うよ。劣っているのは私だよ。私、いっつもミューリに助けられてばかりだから」

 

 その言葉で視界を取り戻す。

 リナはどうしてそんなことを。

 向かい合うカミラも同じ疑問を持ったようで、言葉を詰まらせながら問を発する。


「え、ど、どこが、だってリナさんのほうが」 

「能力だけで見たらね。私の方が魔法とかは得意だとは思うよ。でも、私はずっとミューリの心に助けられてきたから」


 心?

 精神的な話なのだろうか……

 それこそ私は何もしていない気がするけれど……

 ポニリリアも同じようなことを言っていた気がするけれど、どうにも私にはよくわからない。


「魔法とか、他の能力とか……大切だとは思うけれど、でも、そんなのは、心に比べたら大したものじゃないよ」

「心、ですか……?」


 カミラもリナの言葉にはぴんと来ないのか、疑問の言葉を流す。


「うん。ミューリは昔から私にたくさんのものをくれるから、ミューリと私じゃつり合いが取れないかもって思うことはあるよ。見合う私に成れたらと思うけれどね」


 それは私の台詞なんだけれど。

 そう言ってしまいそうになった。

 咄嗟に手で口を抑える。


「えっとそれで、なんで一緒にいるのかだっけ。だからまぁ……私が一緒にいることを望んで、ミューリがそれを許してくれてるから……ってことになるのかな」


 一緒にいてくれてるのはリナの方な気がするけれど……

 私に選択肢はなくて、選ぶ権利を持っているのはリナの方じゃないのかな。

 

「多分、ミューリにずっと甘えてるんだよ。私はたくさん我儘を言って、ミューリはそれを許してくれる。きっと……私がいなかったら、彼女の優しさはもっといろいろな人に届けられたかもしれない。でも、私は……そんなに強くなくて」


 リナは窓を見て、ちょっと照れくさそうに笑う。


「ミューリが好きで、彼女の心が欲しくて……ちょっと自分勝手なこというとね。ミューリを独り占めしたいんだ。私は」


 私は心のそこから歓喜が沸き上がるのを感じた。

 言いようのないぞくぞくとした多幸感が体中を包む。

 それだけリナに求められているなんて、どれだけ私は恵まれてるのだろう。


「そんなに……ミューリさんのこと。好き、なんですか?」

「うん。好きだよ。大好き」


 歓喜の抜けきらないうちに聞こえたカミラの声はどこか震えていた。

 ここからではカミラの顔はよく見えない。けれど、少しカミラの表情が揺れた気がした。


「そう、なんですね……」


 カミラの悲しそうな声をしていた。

 もしかして……カミラもリナのことが好きだったのだろうか。


「そんなの……」


 カミラが何かを呟く。

 風のせいか、上手く聞き取れない。


「ごめん、えっとなんて言ったの?」


 リナも同じだったようで、彼女は疑問をこぼす。


「えっと……なんで、そんなにミューリさんのこと好きなんですかって聞いたんです」

「えー、ちょっと恥ずかしいな……」


 返答を躊躇うリナだったけれど、カミラは明るい声で催促する。 

 明るすぎるほどの声で。


「いいじゃないですか少しぐらい。教えてくださいよ。教えて欲しいです」


 すこし身を乗り出しそうになる。

 私もそれは聞いてみたい。どうしてリナは私を好きだと言ってくれるのだろう。

 リナは少し悩むように唸っていたけれど、結局話し出してくれた。


「簡単に言えばね。ミューリが私を救ってくれたから、かな」

「救ってくれた……? そんな力があるとは思えませんけれど……」

「えっと、力とかじゃなくてね。私の心を救ってくれたのがミューリだから」


 そんなことをしただろうか。

 記憶もなければ自覚もない。

 私達が最初に出会ったのは、まだ5歳の時で、一度別れたのは8歳。その間に何かあったのかな。私の知らない何かが。


「どこから話せばいいかな……えっと、私は施設育ちなんだけれど」

「知ってますよ。孤児院にいたんですよね」

「ううん。まぁ、孤児院にもいたんだけれど、その前ね。その前、私は施設にいたんだ」

「……初耳です、そうだったんですか」

「言ってないからね。秘密だよ?」


 その施設とは研究所のことだろう。

 私と一緒にいた、あの研究所。白い壁に囲まれた部屋で、私達は一緒にいた。


「そこでは、周りに誰もいなくて。誰も私とは話してくれなかったよ。親も他の人も、私とは最低限しか話さないみたいな。楽しいことなんて何にもなくて、でもたまに痛いことか辛いことはあって……別に不満はなかったよ。だってずっとつまらないままだったから、それが当たり前だと思ってた」


 私と会う前のことだろうか。

 想像もできない。

 けれど、思い返してみればリナはいつもどこか怪我をしていた。

 あれは……今思えば、とても壮絶なことが起きていたのかもしれない。


「けどね。ある日、同じ施設にミューリが入ってきてね。ミューリが話しかけてくれたんだ」


 朧げな記憶を辿る。

 そうだっけ。


 いや、たしか。

 リナは白い椅子の上で虚空を見ていて。

 私は寂しくて声をかけたんだっけ。


「多分、その時の私は話せなかったし、遊んだこともないから何をすればいいかもわからない……一緒にいても全然楽しくない子だったと思うよ」


 そうだっただろうか……あんまり覚えてはいない。

 静かだったような印象はあるけれど。


「でも、ミューリは私とずっと話してくれて……それが私には楽しくて嬉しかったから、初めて親に我儘を言ったんだ。ミューリとまた会いたいって。

「……初めて話した人だから好きになったんですか?」


 リナはまたしても、悩むように言葉を区切る。


「うーん、どうだろう。わからないけれど、好きだって思ったのは、やっぱり……ミューリが『リナともっと遊びたい』って言った時に、私は……それで、好きになっちゃったのかな」

「え、そ、それだけで、ですか?」


 驚いたようにカミラは呟く。

 私も驚いた。それだけでというものあるけれど、そんなこと言っただろうか。そんなふうに私は、心を言葉にできただなんて。


「そうかもね。でも、私には大きなことだったんだ。私といたいと言ってくれることが、どれだけ私の支えになったか。それからたくさん辛いこともあったけれど、それだけで私は耐えられた。いつかまたミューリと会えるならって、それだけで」


 流石に言い過ぎだろうとも思ったけれど。

 彼女の言葉はいつものように素直で。

 飾っているようには聞こえない。


「あの時、ミューリが話しかけてくれなかったら、私はどう生きたらいいのかわからなくなってた気がする。ほんとに、私は運が良かったと思う」


 多分、それは私にとっても人生最大の幸運なのだろう。

 不幸だらけの人生で、リナにここまで想ってもらえることがどれだけの幸運かわらかない私ではない。いや、多分私が思っている以上に幸運なのだろう。


「そんな感じかな」

「ありがとう、ございます。それ、じゃあ、えっと、私はもう寝ますね」

「うん、おやすみ」


 足音が迫ってきて不味いとは思ったけれど、それよりも早くカミラは座り込む私の横を通り過ぎていった。


 多分、私には気づいていたのだろうけれど、何も反応は示さなかった。

 いや、示したくなかったのだと思う。

 カミラは少し泣いていたから。


「リナ」


 私は立ち上がり、小さく彼女の名を呼ぶ。

 彼女は驚いたように振り向いた。

 ふわりとこちらに寄ってきて、私の手を握る。


「ミューリ、その、もしかして聞いてた?」


 星明りの下でも、少し頬を赤くしているのがわかる。

 私は少しどう答えるか迷って。


「うん、まぁ。途中から」

「ど、どの辺……?」

「どうして私といるのって聞かれてるところぐらいからかな」


 そう素直に答えることにした。

 リナは悶えるように静かにうなる。


「恥ずかしい……けど、まぁ、うん……いっか。ミューリにはいつか話したいと思ってたし」

「そう?」

「うん。私達も寝よっか。もう夜も遅いし」


 リナは私を連れて、部屋へと向かう。

 廊下は静かで話すことは憚られた。

 けれど、話したいことはたくさんあって。

 私はただ言葉を探しながら、彼女と指を絡める。


「リナ、あのね」


 扉を閉めて、私は言葉を発する。


「私はリナに何も返せてないよ。リナの方が私をたくさん助けてくれた。リナは私のおかげって言ってくれたけれど、でも……私は何も」


 向き合ったリナは私の髪に触れる。

 ほのかな彼女の熱がくすぐったい。


「ミューリにとってはなんでもなくても、私にとってはそれが大きなことだったんだよ。だから、そんなふうに言わないで……ミューリのおかげで私はここにいられるんだから」


 そうなのだろうか。

 私はそんな風には思えないけれど。

 でも、リナがそう言うのなら、少し許される気もする。


「多分ね。私って結構面倒くさい性格だと思うんだ。ミューリを助けたい。ミューリに好かれたい。一緒にいたい……全部私がしたい。私の傍から離れないで欲しい。とか……色々求めちゃうから」


 彼女が空に呟く。

 それは面倒くさい性格なのだろうか。

 私にはわからない。

 でも、その言葉は不安そうだったけれど。


「でも、ミューリはこんな私を許してくれるでしょ?」


 そう言って、私を見つめる。

 確かな不安があれど、同時に信頼が見えて。

 私はただ素直な言葉を口にする。


「うん。好きだよ。そんなリナだから好き」


 そこまで私という存在を好いてくれる人を嫌うことなんて私にはできない。

 私にはリナしかいないのだから。


「そう言ってくれるから、私はちょっと私のことを許してあげられるんだ。ミューリのおかげで」


 彼女のそばにいる。

 それだけのこと。

 それだけのことで良い。

 のかも。

 なんて、思いながら、私はリナに触れた。

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