第51話 願う
ポニリリアと話していれば、意外と時は過ぎていて、もう夕方ほどになっていた。
この時間になれば、客足は増え、食堂の喧騒は一際大きくなっていた。
私は本格的に人が増えるまえに、宛がわれた部屋へと戻る。
部屋の中は相も変わらずこじんまりとはしている。
この部屋でできることは特にない。
けれど、暇ではあって。
窓から景色を眺めても、雲が夕暮れの中を流れるばかりで。
つまらない景色とは言わないけれど、ずっと見てられるほど面白い景色というわけでもない。
でも、まぁ宿はこんなものなのだろう。
私の知っている部屋が、あの学校の部屋ぐらいしか知らないからよくわからないけれど。
それに机と椅子はあるし、荷物を置く場所もある。
私達の荷物は少なすぎて、あれだけれど。
学校から出るときにそこまでたくさんのものを持っていくわけにもいかず、最低限のものしか持ってこなかったから当たり前なのだけれど。
今頃、学校の方は騒ぎになっているのだろうか。
私が消えてから1カ月以上は経ったけれど。
いや、学校で騒ぎにはならないか。
私のことなど気にしている生徒はいなかっただろうから。
どちらかと言えば、リナの方が気にされているはずだ。
色々な人がリナと仲が良かった。
私と同室で仲良くしているという悪印象を、跳ね除けて色々な人に好かれる素質があった。
だから、彼女は心配されているだろう。
実際、学校の人というわけではないけれど、ポニリリアはリナを心配していた。
それゆえに、ああして私へと話しかけてきたのだろう。
私がどういう人か判断するためにと言ったらあれだけれど。
まぁ、そう言った目的だったのかなと今は思う。
それ抜きでもぽっとでの人だし、多少なりとも警戒はするものかもしれない。
しかも、そんな人が宿の中を当てもなく歩き回っていたら、不審がるのも当然で。
でも、結局私は色々言われただけだった。
私がねだったのもあるけれど、リナの話をずっとしていた。
私の知らないリナの話を。
私にしてみれば余裕のないリナなど想像できない。
いや……そんなこともないのか。
普段はとても楽にしていて、ほんわかとしているけれど。
人前ではいつでも楽しそうにしているけれど。
私の前ではあまり余裕のない時もある。
これも最近知ったことだけれど、リナは私のことが好きらしい。
それこそ私のせいで死んでしまうほどに。
だから、私の前では余裕が消えてしまうこともある。
消えそうな声を出すことも。
甘えた声を出すことも。
……自刃することも。
多分、そこまでのことが探索者時代にあったわけではないのだろうけれど。
聞いた感じによれば、リナと周りの人は普通に仲良くやっていたようだから。その結果が、カミラとポニリリアでもあるのだろう。
やっぱり私と彼女では大きな差がある。
彼女の強さや優しさによって、彼女の周りにはたくさんの人がいて。
私には誰もいない。リナ以外には。
別に今はあまり気にしていないけれど、でもその大勢の中の1人ですらない私を、リナがどうして選んだのかということは気になる。
彼女の気持ちを疑うわけではないけれど、単純な疑問が拭えないわけではない。
今度聞いてみよう。
どうして私を好きだと思ったのか。
逆に私がどうしてリナを好きなのかと聞かれたら、どう答えるだろう。
でも、それこそ彼女を嫌いになる人などいるのだろうか。
私にはあまり想像できない。
手のひらを見つめてみる。
そこにはあの時、リナがくれた熱があるようで。
あの時の熱が、今もまだ私を寒気から解放してくれるから、彼女のことを好きなのかもしれない。
でも、そう思えば結局、私が彼女が好きなのは、彼女の歩み寄りがあったからなのかな。
まぁ、それはそうかも。私のようなものが、誰かに勇気を持って近づくなどできるはずがないのだから。
だから、どうしてリナを好きなのかと問われれば。
彼女の好意を信じることができて、彼女といるのが心地良かったからなのだと思う。
もっと単純に言うのなら、リナの隣が居場所だから。
彼女の隣以外に、私の行く先はなくて。
だから、私は彼女と共にいたい。
リナが私を嫌うというのなら、その時は死んでしまうしかないけれど。
もう殺してしまいたいとは思わない。
その時、私を好いてくれたリナはもういないのだから。今更、その残骸を殺したところで、別にどうしようもない。
それにこれだけの熱をくれたリナが、私の隣以外の場所へ羽ばたこうとするのを、私は止められないだろう。
けれど、多分そんな日はこない。
リナの心は私の傍にずっといてくれる。
私をずっと想ってくれる。
この感情が好きという感情なのかは、正直なところは知らない。
私はリナ以外にこの感情を抱いたことはないし。
でも、それ以外に、この感情にどう名付ければいいのかわからない。
それにもしもこれが普通の好きじゃなくても良い。
私の幸福は私を好いているリナという存在が生きていることで。
できれば、一緒に生きていることで。
だからリナが私といたいと望んでくれる今は、とても幸福なのだと思う。
そうでなくては、こんなにも暖かくはない。
もう冬も近いというのに、私の心はどこまでも熱を帯びている。
その熱の中で私は息ができる。
熱のおかげで生きている。
リナのおかげで、私はここにいる。
夢じゃない。
朧気でも確かな現実で私はここにいる。
リナの隣に。
リナの傍に。
それが本当に嬉しい。
たまらないほど幸福で。
これからどうなっても今を後悔はしない。
なんて、そんなことを思ってしまうけれど。
でも、私は弱いから、後悔しないなんて確証は持てない。
いつかは今のこの時は後悔して、こんなことをしなければ良かったと思うかもしれない。
それでも、その時の私が今が幸福であったことを覚えていて欲しいと願う。
リナと共に過ごせるこの瞬間は確かに幸せだったと。
そんなことを思いながら、時間が過ぎるのを待てば、気づけば夜になっていた。
そろそろ食堂が閉まる時間のはずで。
時間になれば、リナが帰ってくる。
でも、今日は少し遅いなと思った。
まぁ、別に決まった時間に戻ってくるわけじゃないのだけれど。
でも、ちょっと遅い。そんな気がした。
だから、迎えに行こうと思った。
扉をそろりと開けて、廊下へと出る。
廊下には昼間と同じように人の姿はない。
けれど、昼間とは違い各部屋には人の気配を感じる。
それらから逃げるように廊下を抜け、階段をゆっくりと降りる。
途中で薄っすらと声が聞こえた。
なんといってるかまではわからないけれど、リナとカミラの声。
何か話しているのだろうか。
私はゆっくりと近づく。
「ほんとに私の手伝いなんてしなくていいんですよ? 私はリナさんの足を引っ張りたくないんです」
「でも、悪いよ。ただ住まわせてもらうなんて」
予想通り食堂は既に終わっているようで、全ての客はいない。
その空っぽの客席のひとつで、机を挟んでリナとカミラが向かい合っていた。
灯はついているけれど、一部しかついていなくて、明るいとは言えない。
「そうかもしれませんけれど……」
「たくさん助けられちゃったからね。これぐらいはやらせて?」
でも暗がりの中、星明りが2人の姿を照らしている。
私のいる廊下は、影の中でまだ気づかれてはいない。
声をかけるべきか悩む。邪魔ではないだろうか。
「……私、わからないです。どうしてリナさんはミューリと一緒にいるんですか?」
そんな風に手をこまねいていれば。
そんなカミラの疑問が聞こえてきた。




