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信奉少女は捧げたい  作者: ゆのみのゆみ
4章 刹那と在処
50/121

第50話 廻る

 急に現れた彼女はおっとりとした雰囲気で、私を眺めていた。

 まだ驚いたままの思考の名から、まだ1度しか会ったことのない彼女の名を探し、ポニリリアという名前だったことを思い出す。


 宿を管理している家族の長女で、親が引退しているから、今は彼女が実質的な管理者らしい。彼女が私達を受け入れてなければ、この宿にはいられなかったのだろう。

 それは多分、カミラが口添えしてくれたのと、リナが2人の友人であることが大きいのだと思う。


 やっぱりいざという時に助けてくれる人が多いのも、リナが強い存在だからなのかもしれないと思いつつ、ポニリリアの『どうしてこの部屋にいるのか』という質問への答えを考える。


「えっと、その」

「んー?」


 どう言うべきなのかな。

 別に確固たる目的があってここまで来たわけじゃないし。

 なんとなく暇を潰しているだけで。


「探検みたいな……なにがあるのかなって」

「あぁ、そういうことね。でも、何もないでしょ? この宿」


 たしかに、何もない。

 ある程度探索したけれど、部外者でも行けそうなところは部屋と風呂場と食堂ぐらいしかない。いやまぁ、それだけあれば十分なのだろうけれど、暇を潰せそうなものはない。

 けれど、そう正直に言うわけにもいかず、私は言葉を濁す。


「いや、うん……そんなことはないけれど……」

「気を使わなくてもいいよ。この宿には何もない。私はこの宿に15年も住んでるんだから」


 ポニリリアはそう言って朗らかに笑う。

 けれど、それは本当に何もないと思っているように見えない。

 もしも本当に何もないなら、何十年も宿が持つわけはないのだし。


「それよりも、少しいいかな。時間ある?」

「あ、まぁ、うん」


 一瞬、断ろうかと思ったけれど、別に彼女に悪い感じはしない。

 リナの友人のようだし。

 それにちょうど暇を持て余していたというのもある。


「よいしょ。ミューリちゃんは座らないの?」


 そう言って、ポニリリアは床へと腰を下ろす。

 よく見たら、彼女は掃除用具が何かを持っているようだけれど、もしかして仕事中なのではないだろうか。

 いや、きっとそうなのだろう。こんな時間だし。私と話していてもいいのかな。


 そんな疑問を抱えつつ、私は言われるがままに彼女から少し離れたところへと座り込む。床は少しひんやりとしていたけれど、寒いというほどでもない。


「ミューリちゃんはさ……どうしてここに来たの?」


 ポニリリアは、懐から煙草を取り出しながら私へと問う。

 ほのかな煙の臭いが漂ってきて、少ししんどい。学校では煙草とか酒とかは禁止だったから、そういうものにはまだ慣れない。


「あ、煙草苦手?」

「いや、まぁ大丈夫……」

「ならよかった。まぁ嫌だと言われても、吸うけれど」


 口から吐かれた煙が大気へと霧散していく。

 それをぼんやりと眺めながら、質問の答えを探す。


「私は、ただリナに連れられてきただけで……正直、なんでここにいるのかはわかってないっていうのかな……」

「流されてるだけ?」


 そうなのかもしれない。

 リナの強い意思に流されているだけなのかもしれない。


「でも、私はリナの傍にいたいから、ここにいるんだと思う。多分、ただ、それだけ」

「そっか」


 ポニリリアは興味なさそうに煙草をくわえていた。

 視線は交わらず、互いに別の方を向いて、ぼんやりとした時間が流れていく。

 正直、少し気まずくて、どこかへ行こうかと思ったのだけれど、行く当てもない。

 せめてもう少しばかりは、暇を潰していたい。


「煙草、好きなの?」


 少し悩んで、私は言葉を投げる。

 流石に沈黙に耐えきれるほど、私は強くはない。


「好きってほどじゃないよ。ただ、習慣なだけ。元々は付き合い程度だったんだけれどね。探索者をやっていた時にちょっとね」

「未開域探索者?」

「あれ、リナちゃんから聞いていない?」


 聞いてはいない。

 まぁ、でもそうなのだろうとは思っていた。

 だって、リナの知り合いと言えば、大抵は彼女が探索者であったときに知り合った人が多いのだろうし。


「そうだ。ちょっとリナちゃんの話をしようか」


 そう言って、ポニリリアは微笑む。

 ちょっと悪い顔をしていた。

 けれど、聞きたい。


「お、教えて。どんな感じだったの?」

「うーん、そうだね。最初会った時からそうだけれど、リナちゃんは強い子だったよ。目的があって、そのために頑張ってた」


 その様子は簡単に思い浮かべられた。

 再開してからのリナは、なんでも頑張っていて……とてもすごい子だから。私とは比べ物にならないほどに。


「初めて出会ったのは、たしか3年ぐらい前に、ある遺跡調査に何組かの合同で行くことになった時だったかな。リナ達のことは知っていたよ。その時点で今までにないほどの速度で等級をあげてる人たちがいるってことは聞いてたから。けれど、初めて見た彼女達は、なんというか思ったよりも普通だったね」


 そこで一度、彼女は煙を吸う。

 遺跡調査。等級。知らない言葉だけれど、なんとなく意味はわかる。


「こう言ったら、少し変かもしれないけれど、普通の人間だった。てっきりもっと、なんていうか……ぎすぎすしてると思ってた。けれど、結構温厚でね。笑いあって。この人たちなら大丈夫そうって思ったよ。でも、リナだけは少し焦ってるようには見えたけれど」


 少し昔を懐かしむように目を細めた彼女から語られた言葉は、あまり私の想像とは違わないリナの姿だった。けれど、同時にどこか確実に違う彼女だったのだと、言葉の節々から感じる。


「リナちゃん達の4人組で、彼女が一番強かったけれど、同時に何かに追われるように成果をあげようとしてた。一度聞いたことがあるんだ。どうしてそこまでするのかって。そのころには、もう3回は一緒に遺跡調査に行ったかな。結構仲良くはなってたと思うよ。でも、『お金が欲しい』としか言わなくて。でも、それだけなわけがないでしょ? だって、お金は手段なんだから。目的じゃない」


 ポニリリアの言葉に、内心とても頷く。

 前に私も同じように聞いたけれど、彼女は同じように答えていた。

 その時お金が欲しかったと言っていたけれど……

 あの時は、それ以上聞けなかった。今聞けば答えてくれるのだろうか……


「リナの仲間たちもみんな頑張ってたよ。それぞれ理由があったみたいだけれどね。家族のため、恋人のため、自分のため……でもやっぱり、リナちゃんだけはよくわからなかったね。私達もどうしてあそこまでってね」

「そんなに、リナは無理をしてたんですか?」


 リナの話を聞いているのは面白くて、ずっと聞いていたかったけれど、どうしても疑問は出てきてしまって、つい私は疑問をこぼしてしまう。

 私の疑問に彼女は頷く。

 

「まぁね。等級って知ってる?」

 

 私は首を横に振る。

 多分、何かの指標であることぐらいしかわかりようがない。

 否定するのを予想していたかのように、ポニリリアは言葉を続ける。


「まぁ、探索者じゃないとあんまり知らないよね。簡単に言えば、どれぐらいの実績を上げてきたのかの指標だよ。1級が最高で、上に行くほど報酬も良いものが手に入りやすい。けれど、みんなわざわざ上の等級の仕事はやらない。だって、危ないからね」


 それは単純に安全の話だった。

 等級とはつまり、分不相応な場所へと行かないようにして探索者を守るための規則なのだろう。


 多分、同時に簡易的な実力の指標にもなるはずだけれど。

 なら、リナは何級だったのだろう。


「だから必死に等級をあげようとする人なんていない。6級から始まって、4級ぐらいまで上げれば、生活するには十分だし、3級までいけば金には基本困らない。まぁそこまで行くのは結構大変なんだけれど。だから、そこまで必死になる必要なんて、普通はないんだよ」


 彼女は昔を思い出すように少し遠くを見て語る。


「普通はね。でも、リナちゃん達はすぐに1級になっていたよ。たしか……5年ほどだったかな。そんな短時間で行った人なんていないよ。正直、あそこまで必死に等級をあげようとしてる人は初めて見た……というより、必死に等級をあげようとするなんて、自殺行為だだから、そんな人なんていないんだ。ただでさえ危ないのに、適正等級よりも高いところにいくなんてね。低い等級に行っても運が悪ければ死ぬんだから」


 たしかにそうだ。

 等級という区分と言っても、そこは未開拓領域。

 急な異常事態に会えば死ぬような場所なのだから。

 詳しくはないけれど、ある程度余裕を持って、仕事をするのが普通な気がする。

 それこそ少し下の等級のところへと行くのが普通なのではないだろうか。


「正直見てられなかったよ。こう言ったら悪いけれど、いつ死んでもおかしくなかった……いつ死ぬか賭けてる下衆なやつらもいたぐらいだからね。それで実際、あんなことになって……」


 重い沈黙が場を満たす。

 あんなことというのは、白棘刃にリナの仲間が殺されてしまった話だろう。

 たしか、仲間の名はカーナと言っただろうか。


「だから、どうしてそこまで頑張っていたのか。みんな疑問に思っていたんだ。私も心配していた。特にカーナちゃん達がいなくなった後はね。でも、今ならどうして金が欲しかったのかわかるよ」


 ポニリリアはもったいぶるように煙を吐く。

 私も少しその答えを探してみるけれど、上手くは見つからない。

 リナはお金に困っている様子はないけれど、逆に金遣いが荒いわけではない。それどころか、あんまり高そうなものを買っているようには見えない。


「何でお金が欲しかったの?」


 考えてもわからず思わず、催促するように聞いてしまう。

 そこまで高いものなら……家、とかだろうか。


「私の推測だけれどね。多分、リナちゃんは君と会いたかったんだろうね」

「……ぇ?」


 思わぬ声に腑抜けた息が漏れる。


「わ、私?」

「あまり詳しく聞く気はないけれど、なんだか大変なんでしょ? そんなミューリちゃんと会うために、あれだけ頑張ってたんじゃないかな」


 そうなのだろうか。

 なら、あの時……前に私がお金の使い道を聞いたときに見せたあの表情は。

 少し照れたようなあの表情は、私へと向けられていたものだったのかもしれない。

 そう思えば、途端にほのかな熱が私の内から起き上がるのを感じる。


「今のリナちゃんには、あの頃みたいな脅迫的焦燥は見えないし、それに……なんだか楽しそうだから」


 ……それは私も思う。

 リナは私なんかといて、とても楽しそうにしてくれる。

 てっきり誰とだってそうできる人なのかと思っていたけれど。


「だからまぁ、安心したよ。ちょっと思ってたからね。騙されてるんじゃないかとか。でも、ミューリちゃんもリナちゃんを大切にしてるみたいで良かったよ」

「そう、かな……」


 大切にできているのだろうか。

 言葉には出さないけれど、そんなことを思ってしまう。

 まだ私にそこまでの自信はない。


「ただ一緒にいたい。そんな風に思ってるのなら、大切に思っているのと変わらないんじゃないのかな」


 そうだといいのだけれど。

 私にはそこまでの自信はない。


「あとは言っておきたいことは……そうだね。リナちゃんはやっぱり頑張りすぎちゃうこともあるだろうからね。その時はきっと、ミューリちゃんが一番助けられるよ。だから、任せたよ」

「そう……なのかな。私に何かできることがあるとは思えないけれど……」


 つい私は後ろ向きな事を言ってしまう。

 でも、助けてあげたいのは本当のこと。

 助けられることはなくても。


「何もできない、なんてことはないんじゃないかな。だって、リナちゃんはもう君に救われているようだから」

「ぇ?」


 それだけ言って、ポニリリアは立ち上がる。

 煙と共に廊下へと消えていく。

 その姿を追うことはせず、私はただリナを想っていた。

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