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信奉少女は捧げたい  作者: ゆのみのゆみ
4章 刹那と在処
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第49話 暮れる

 街の隅ある小さな宿。

 そこがリナが私を連れ込んだ場所だった。


 あの夜にリナを出迎えた人はカミラという子で、リナの友達らしい。

 探索者時代に知り合って、この街で再会してから助けてもらったのだとか。

 そのおかげで私達はこの宿の一室に居候させてもらっている。

 それ以降、リナは対価として宿の1階にある食堂の手伝いを始めた。手伝いというか、仕事のようなものなのかもしれない。


「リナさんの手を煩わせるなんて悪いです。好きなだけいてくれていいんですから」


 カミラはそう言ったけれど、リナはそれは悪いからと何かを手伝わせてほしいと言って、今の仕事を始めた。

 どうやら食堂のほうはカミラが管理しているようだった。というよりも、彼女だけで食堂は回しているらしい。

 逆に言えば、カミラは宿の方にはあまり関わっていないようだった。


「私は食堂を任せてもらってるだけですから、あんまり宿の方はわからないです。でも人手は足りてると思いますよ」


 そうは言っていたのを聞いた。

 分けられていると言っても、互いに忙しい時は手伝ったりするようだから、そこまではっきりと区別されているわけでもないらしい。


 まぁ食堂の客のほとんどは宿に泊まる人だし、宿もそこまで人が入るというわけではないから、忙しくなる日はほとんどないようだけれど。


 ともかくリナはそれなりに大変そうに働いている。

 食器を片付けたりとか、料理を運んだりとか、接客をしたりとか。

 その仕事は素人目でもすごいもので、物を運んだりは魔法でできるとはいえ、繊細な魔力操作が要求されるのだろうし、接客だって失敗をしているのは見たことがない。


 少し迷惑な客も。

 大勢の客も。

 独りきりの客も。

 怖そうな客も。


 よくもまぁ、あんなに簡単そうに話せるものだと思う。

 明らかに話しづらそうな人もたくさんいるのに。

 注文をとるだけだから簡単なのだろうか……そんなことはないと思うけれど。


 リナばかりそうして頑張っているから。

 私もなにか手伝えたら。

 そんな風に思って、皿洗いに参加してみたのだけれど、結果は散々なものだった。


 魔法が使えない私には簡単な水の操作すらできないし、物を運ぶには力も足りていない。

 増える皿を処理しきれず。大量の洗剤を洗い流すことも難しい。時間があればなんとかなるのかもしれないけれど、客はそう長く待ってはくれない。


 それよる焦りが私を追いたてて、失敗がすぐそばに来ていることは誰の目にも明らかだったけれど、リナが助けてくれて。

 そんなのだったから、私の皿洗いはただ迷惑をかけただけで終わった。


 皿洗いは諦めて、接客に挑戦しようかとも思ったけれど、そんなの、人当たりの悪い私にできるはずもなくて。

 かろうじて私にできるのはゴミ捨てぐらいのものだった。

 けれど、それもリナやカミラがやったほうが断然早い。


 結局、『ミューリは人目につくと危ないんじゃないかな』というリナの一声で私は部屋に籠ることになった。

 別にそれはいいのだけれど。


 労働などしたいわけではないし、人目に付かないほうが良いのも本当で。

 それこそ役立たずなのも否定はできないから、部屋に籠るのはいいのだけれど。

 少しの気まずさというか、後ろめたさは残る。

 気にしないようにと思ったけれど。


 どうにも暇で仕方がない。

 何もすることがない。

 だから、気になってくる。


 学校で独りの時は曲がりなりにも授業に出たりとか、図書館の本を読んだりとか……そういうことをしていたけれど、今は何をすればいいのだろう。

 周りには何もない。


 ラスカ先輩のとこにいたときは何をしていたのだろう。あの時も何もなかったけれど。

 たしか、あの時は毎日の孤独からくる不安と恐怖に押しつぶされるばかりで、なにかを考える余裕もなかった気がする。


 まぁとにかく私は暇で仕方がない。

 余裕があるということなのかもしれないけれど。


 私はずっと部屋にいるのも勿体無い気がして、外に出てみる。外と言っても、部屋の外で宿の中だけれど。

 宿の外に出ない方がいいとリナからは言われているし、私もそうした方がいいと思う。すぐそこにも追手がきているかもしれないし、あまり1人になるのが得策だとは思えない。


 外に出れば、閑散とした廊下が続く。

 木材の独特な匂いが漂っているけれど、不快というほどでもない。まだ慣れているわけじゃないけれど


 私たち以外にも泊っている人はいるようだけれど、そこまで多いわけじゃないらしい。空き部屋もたくさんある。

 こんなにも空きが多くて大丈夫なのだろうか。

 まぁ、長くやっているらしいから潰れたりはしないのだろうけれど。


 空き部屋も含めて、あまり大きな部屋はないようだった。

 私達に貸してくれた部屋も、そこまで大きな部屋じゃない。最低限のものはあるけれど、最低限といった程度でしかない。少し手狭だけれど、それでも私とリナが過ごすには不都合のないぐらいの大きさではある。


 廊下を歩いていけば、小さな観葉植物とか今は消えている灯とか、古い雑誌とか……そういったものを見つけた。


 観葉植物は、小さくとも元気に生きている。

 こういう植物には詳しくないけれど、多分大切にされているのだろう。丁寧に手入れとか、そういったことをされているのではないだろうか。


 消えている灯は、夜になれば灯る。

 今は寝ているようなものなのかもしれない。

 火がつけば、道を照らして、皆を導く。けれど、自らの命を燃やしている。


 古い雑誌は、観光案内のようなものが載っていた。

 全然知らなかったけれど、昔は観光地というか、そういう名所だったらしい。強力な魔力だまりのようなものがあって、制御されたかのように立ち昇る魔力は多くの人を魅了していたみたいだった。


 私とリナが通ってきた廃墟はその時にできたものらしい。

 なら、どうして廃墟が廃墟になってしまったのか。

 その答えは簡単で、きっとその綺麗な魔力は消えてしまったからなのだろう。どうして消えてしまったかはわからないけれど。


「あ」


 そっか。

 だから宿をここに建てたのかもしれない。


 その時はここも盛況していたのかな。

 あまり上手くは想像できないけれど。

 でも、今でも確かに客は入っているのだから、当時は連日満室だったりしたのかもしれない。

 

 そんなことをぼんやりと考えながら廊下を抜け、階段を下りれば握かな喧騒が聞こえる。

 向こうは食堂で、その先に外がある。


 何度か食堂の方へと行ったときは当然だけれど、料理が売っていた。

 すごく美味しそう、とまでは思わなかったけれど、丁寧に作られていて、多分美味しいだろうことはわかった。手間もそれなりにかかっていそうだった。

 私はまだ食べたことはないけれど、いつかは食べる機会があるのだろうか。


 今も食堂まで行けばリナがいるのだろうけれど。

 同時にカミラも他の客もいっぱいいて、私が行っても迷惑でしかないだろうから、逆方向へと足を向ける。


 こちらにはたしか風呂場があったはず。

 そう思いながら、歩みを進める。

 当然だけれど、昼間の今は開かれていない。


 風呂場は大浴場というやつでそれなりに広いけれど、一度も使ったことはない。

 部屋に備え付けの風呂しか使ったことはない。人前で裸になるというのにどうにも慣れないから。リナだけになら、別に見られても構わないのだけれど。


 他の部屋は……よくわからない。

 物置だろうか。

 何に使うかわからない部屋がたくさんある。

 何も物が置いてない部屋とか。

 何も物が置いてない部屋とか。

 あとは裏口だろうか。あまり使われてなさそうな古びた扉とか。


 その中でも一際大きな部屋があった。

 ここは客室なのかな。

 そう思いながら少し中を覗いてみる。


 中は随分と広い。

 宴会用とかだろうか。


「こんなところに何か用なの?」


 不意に声と共に肩を叩かれて、私は飛び上がるかと思った。

 振り返れば、そこには紫色の髪を携えた女がいた。

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