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信奉少女は捧げたい  作者: ゆのみのゆみ
3章 夢想と逃避
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第45話 日が沈むことを願い

 目覚めれば、眼前にはリナがいた。

 どうして彼女がいるんだろう。そんなことをぼんやりと思いながらやけに重い身体を持ち上げる。


 ラスカ先生の家にいたはずなのに。

 いや、違う。たしか……リナが来てくれて、それで……


「リナ……!」


 リナが死にかけていたことを思い出す。

 彼女を注視すれば、静かな寝息が聞こえてきて、リナが助かったことを悟る。

 どっと力が抜けて、私は大きく息を吐く。


「起きたかい?」


 その声にびくりと身体を震わせた。

 先生が少し離れたところに座って、私を見据えていた。


 咄嗟に身構えるけれど、蘇ってきた記憶がその必要がないことを告げる。

 先生は私達を助けてくれたのだから。

 先生がいなければ、リナを助けられなかった。

 それに私が気絶している間、何もしてなかったのだから敵意はないとみて間違いないはずだし。


「あ、あの、先生……」


 とりあえず感謝を伝えなくてはと思った。

 それぐらいの人らしい分別は私にもある。あってほしい。

 けれど、先生はそれよりも先に口を開く。


「感謝ならいらないよ。これは謝罪の証のようなものだからね」


 謝罪?

 そんな私の言葉にならない疑問を察したのか、補足の言葉が続く。


「今まで振り回してしまったからね。その謝罪になる」


 まぁ……確かに先生にたくさん振り回された。

 けれど、元々先生を巻き込んだのは私達だし、そう思えば謝られても困るような気がする。


「私は君のことが好きだと思ったけれど、案外そんなことはなかったらしい」


 私はどんな顔をしていただろう。

 別に辛くはない。先生が好意を持っていないことは知っていた。

 けれど、それに気づかれたことが……ほんの少し、悲しい。気づかせたのは私だったとしても。


「君も私のことは好きではなかっただろう?」


 頷くのを躊躇った。そう頷くことが許されているのかというか。

 人でなしの私に誰かを嫌う資格などあるのかわからなくて。

 だって、誰にも肯定されていない私なのに、折角の好意を無下にするのかと心の奥底で少し思う。


 でも、素直に言うのなら、私は先生のことがずっと怖かった。

 初対面のときからずっと。

 作り物みたいな綺麗な顔は恐怖の象徴でしかなくて。

 

 多分それは好奇の視線だったからだろう。

 私に注がれているのは好意ではなくて好奇で、それはこの学校に来たばかりの頃に周囲から注がれたものと同じだったから、多分私は怖かったのだと思う。先生は知らないのだろうけれど。


 そんなふうに素直に言えるほど、私は強くなくて。

 ただ沈黙を保つけれど。


「沈黙は肯定と同じだけれどね」


 けれど、それは先生には伝わってしまう。

 少し気まずくて、目を逸らす。


「かまわないがね。ミューリくんの言う通り、結局のところ私は君の魔法にしか興味がなかったということだろう。君自身には、そうだな。正直言って、欠片も興味がない。そういうことにしておこう」


 先生は誰にともなく、そう言い聞かせるように言葉を吐いた。

 そして一度瞬きをしてから、話題を変える。


「魔法と言えば、君の魔法はすごかった。魔力接続だけでも、かなりの精度だったんじゃないだろうか。いきなりあんなことをし始めたのは驚いたがね」


 あんなこと……?

 私は朧げな記憶を手繰る。

 そこにはリナの唇の熱を思い出す。


「あ、あれは、その」


 それを思い出せば、自分でもわかるほどに赤くなってしまう。

 恥ずかしい。

 誰にも見られたくなかったのに。


「恥ずかしがることはない。賢い選択だと思う。接吻というのは、古くから使われる魔力接続の方法だからね。まぁ、通常は互いの意識が許し合うことで魔力接続を成すらしいが……君の場合はその魔法の力でこじ開けたのだろう」


 そう、だったんだ。

 全然知らなかった。

 ほとんど無意識だったけれど、無理に理由をつけるなら、前に彼女が口付けをしてくれた時に感じた不思議な熱を思い出したからだろうか。

 でも、幸運だった。そのおかげで、先生から借りた魔導機が使えたのだから。


「あ、そ、そうでした。その、魔導機は」


 返そうとおもって、周囲をくるりと見渡すけれど、どこにもない。

 失くしてしまったかと思って、焦ったけれど、先生は懐から例の魔導機を取り出した。


「あぁ、回収させてもらったよ。壊れてしまったからね」

「それは、その……ごめんなさい」


 確かによく見たら、ところどころ崩れかけている。

 少し無茶な使い方をしすぎただろうか。

 それでリナを助けられたのだから後悔はないけれど、申し訳ない気はする。


「何も問題はないよ。どちらにせよ、試作品だったんだからね。あの一回限りの代物でしかないし、欠陥も多かったから。次はうまくやるさ」


 先生はそう言って立ち上がり、扉の方へと向かう。

 それにほんの少しの寂しさを感じる。

 別に先生と過ごした時間は楽しいものとは言えなかったけれど、一緒にいてくれたのは事実で、それだけでも私にとってはありがたいことなのかもしれない。ずっと私は孤独だったのだから。


 でも、私は感謝はしない。

 感謝をできるほど、私は人らしくは在れない。

 そして、今の私はその背中に待ったをかけるほど、人に飢えてもいない。


「そうだ。言っておくが、君の魔法の研究を辞めるつもりはない。いつかは、君の魔法を全て解析して、一般化してやろう」


 先生はにやりと笑う。

 それは作り物には見えない。

 きっと本心なのだろう。

 やはり、ラスカ先生は魔法の研究が好きらしい。


「それは、良いですね。応援してます」


 私の返答に、先生は少し怪訝そうな顔をする。


「……疎まないのか? 君の魔法の唯一性が消えるんだぞ?」


 ……少し考えてみる。

 蘇生魔法をみんなが使えるようになる。

 私は解放される。けれど、私は魔法の使えない弱者のまま。

 なんとなく、今よりはましな気がする。


 前までの私なら、特別でなくなるのをもう少し恐れたのかもしれないけれど。

 でも。


「かまいませんよ。別に」


 でも、今の私にはリナがいる。

 リナと一緒にいたい。

 結局のところ、それが本音で。

 それだけが私の望みだった。

 それをリナが許してくれるのかはわからないけれど。


「そうか……ならば、言うことはない。では、さよならだね」


 扉が開いて、閉まった。

 先生はどこかへと消えた。

 もう二度と会うこともないのだろう。

 少し寂しさはあれど、悲しいとは思わない。

 まさか人と別れて、こんな気持ちになる日が来るとは思わなかった。

 それも勘違いとはいえ、私に好意を伝えてくれた人を。


 でも、別にそれでも良い気がしてくる。

 あまり人としては良くないのかもしれないけれど。

 けれど、好きでもない人に縋らないといけないほどの孤独感から解放されている証左ではあると思うから。


 本当はそういう孤独感に苛まれる人生だったはずなんだけれど。

 そういう人生を永遠に歩んで、最後には命を投げ捨てる人生だったはずなんだけれど。


 きっとそれを変えたのは膝元で眠るリナのおかげなのだろう。

 彼女がまだ私といたいと言ってくれるかはわからないけれど。

 でも、私にそれ以外に選択肢はない。

 だから、私は彼女の目覚めをただ待つ。

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