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信奉少女は捧げたい  作者: ゆのみのゆみ
3章 夢想と逃避
43/121

第43話 飛んでいくのなら

 リナ。

 どうして。

 なんで。


 そんな言葉が駆け巡る。

 思わず叫んでしまいそうになった私の口を、彼女はその綺麗な手で押さえつける。


「しー……」


 触れられた手から伝うほのかな熱が幻覚ではないことを語る。

 けれど、だからこそ疑問が溢れ出る。


 何故、ここにいるのか。

 場所なんてわからないはずだ。

 あの荒野で私達は別れて、そこから何日も移動してここまで来た。

 きっとラスカ先生のことだから、それなりに見つかりにくい所なのだろうし、実際今までこの家には追手の1人すらこなかった。


 それに場所がわかったって、どうしてリナはここに来たのだろう。

 リナのことを私は裏切ったのに。

 私はリナの願いを無下にしたのに。

 どうして彼女は私のところまで来たのか。


 私を恨んでいるのかもしれない。

 けれど、それならここを学校にでも通報すればいいだけなはずなのに。

 わざわざ会いに来る意味がわからない。


「ミューリ」


 名前を呼ばれる。

 その声が、私の心を震わせる。 

 それは小さな歓喜か、それとも多大な恐怖か。


 何を言われるのだろう。

 怖い。

 その口から拒絶の言葉が出るのが。


 リナに面と向かって拒絶されて、私は息ができるのだろうか。

 私は……リナを拒絶したのに、そんなことを恐れる資格があるのだろうか。


 さながら気分は判決を待つ罪人のようだった。

 あの時のことを、今までの罪が私の目の前で蠢いている。


 私と別れて、リナだって気づいたはずだ。

 私にいくら与えようとも、私は何も返さない。

 私という足枷がいなくなって、どれだけ気楽になったか。

 どこへだっていけるようになったことに気づいたはずで。

 その足で、私への怒りを晴らそうとしていたら。


 そんな恐れで私は泣き出しそうになるけれど。

 でも。


「助けに来たよ」

 

 リナは優しい声色でそう言った。

 私は呆けて、ただ力が抜けた。


 その声には一切の恨みや怒りといったものはなくて。

 私の知っているリナの声だった。


 私が一番よく聞いていた、とても優しく、そして隠しきれない熱を含んだ、私の好きな声。


 その声が私を安心させるから。

 なんとなく私の罪がなかったことになった気してしまうから。

 少し手を伸ばしてしまう。それはしてはいけないのに。


 その手を引っ込めるよりも先に彼女は私の手を握る。

 そして私を抱きかかえた。

 まるでお姫様のように。


「行くよ」

「ぇ、ま」


 私が何かを言うよりも早く、リナは跳躍する。

 いつの間にか空いていた窓から外へと飛び出した。


 いつも眺めていた庭を越える。

 いつも眺めいてた壁を越える。

 そして、閑散とした道へと出る。


 リナは私を抱きかかえたまま夜の街を走る。

 人気のない廃墟のような住宅街を抜け、古びた集合住宅の一室へと飛び込む。


「ここまで来たら一安心だよ。明日には遠くまで行った方が良いと思うけど」


 リナは私を降ろす。

 小さな部屋だった。

 最低限のものしかない。空間は最低限すらあるかどうか。

 しかも古い。

 もう何年も誰も住んでないのではないだろうか。

 ここら辺は全部そんな感じだったけれど。


 ラスカ先生の用意してくれた部屋と比べれば、良い所など一つもない。

 けれど、不思議と安心する。

 そこにリナがいるからだろうか。


 でも、私はここにいちゃいけない。

 またリナに助けられてしまって。

 私はまた彼女にもらうばかりなんて。


 ちらちと彼女の様子を伺う。

 そして思い出す。


 あの学校で再開したとき。

 リナの姿は輝いて見えた。

 眩くて、全てを照らしてしまいそうな幻が見えていた。


 けれど、今は違う。

 私は今の方が好きだけれど、きっとそれは私が彼女から光を奪ってしまったから。

 私の独占欲か。それとも、他の何かか。


 多分、リナは私に与えすぎている。

 自らの光を失うほどに。

 でも、そんなの良くないはずだ。


 ここは現実で。

 それなら、何かを貰ったなら同じだけ返さないといけないはずだから。

 だから私はリナと一緒にいてはいけない。


「リナ、私……戻るよ」

「ぇ?」


 リナの身体が固まる。

 これを言えば彼女はまた泣いてしまうかもしれない。

 でも。


「助けに来てくれてありがとう。でも、私……リナと一緒にはいちゃいけないよ」


 私は言葉を絞り出す。

 それと同じように、リナも掠れた声で問う。


「な、なんで……?」

「……リナに助けられてばかりで、何も返してあげれない。リナに何かしてあげたいのに……何にもできないから、だから。だから、私じゃだめだよ……一緒にいちゃだめ」


 私は上手く笑えているだろうか。

 気にしてないような、これを望んでいるふりができているだろうか。


「私じゃなくて、もっと別の……誰か、なら。誰かなら、リナもきっと」


 泣かないで。

 笑っていて。

 また明るくなれるから。


「リナももっと羽ばたけるでしょ? 私と言ったら、きっとなんにもできなくなっちゃうよ。もしかしたら……死んじゃうかもしれない……」

「そんなの」

「それに! それに私は、リナのこと全然気にしてあげられない……もっと、もっとリナを助けたいのに、でも、できないよ……! 私にはできない。何にも。奪うことしかできないから……だから、だめだよ……私は誰かと関わる資格なんてないんだから……」


 リナの言葉を遮り、私は一息に想いを吐き出す。

 ただ一方的に。

 身勝手に。


 彼女は衝撃を受けたように顔を歪ませたまま、口をぱくぱくとさせるだけだった。

 きっと呆れて何も言えないのだろう。

 こんな私に対する扱いとしては順当だと思う。


 これもきっと間違った選択なのだと思う。

 もう何が正しいかもわからない。

 でも、リナと一緒にいなければ、もうリナを傷つけることはない。

 奪ってしまった光も、いつかは彼女の元に戻るだろう。

 それなら。

 それなら、この痛みぐらい。


「それじゃあ……私、行くから」


 私は入ってきた扉の元へと向かう。

 行くって、どこへ行くのだろう。

 行く当てなどないのに。

 とりあえずは先生のところに行くのだろうか。

 あそこなら、私の行動で傷つく人はいない。


「まって! まってよ! ね、まって……お願い……」


 固まっていたリナが私に駆け寄る。

 足を縺れさせながら。

 目に涙を浮かべなら。

 私を硬い床に押し倒す。

 もう何度も見たけれど、飽きることない彼女の顔が私の前に現れる。


「ねぇ、わ、私の何が駄目だったかな……そんなに私と一緒にいるの、嫌、かな……何が、嫌か言ってくれたら全部直すよ……! 私じゃ力不足だから……? 何か酷いこと言っちゃたかな……? わかんない。わかんないよ、ミューちゃん。何が嫌なの……?」

「嫌なところなんて……」


 何もない。

 リナはずっと私のために動いてくれていた。

 色々なものを捧げて。

 私に色々なものをくれた。

 でも、返せないから。

 私は何も返せないから。


「私が、駄目だから……リナみたいな人とはつり合わないよ……」


 私など誰ともつり合わないのだけれど。

 私なんか、誰からも好きになってもらう資格などないのだから。


「嘘……嘘だよ! 私の何が嫌だったか言って……? お願い。必ず直すから……一緒にいて。私の傍にいてよ……」


 それは懇願だった。

 あの時、私がラスカ先生のところへと行った時と同じ。


 それに応えたい。

 けれど、それは私には許されていない。


「私は……ミューちゃんのこと好きだよ。大好き……嫌なところなんてない。欠点も含めて全部……全部好き。ミューちゃんは違うの?」


 そんなの、私だって。

 私だってほんとは。


「私は……違う……」


 顔は見れない。

 目を合わせられない。

 怖い。


 こんなこと言いたくなかった。

 けれど、きっと本当は。


 私はリナのこと一度も見ていなかった。

 自分のことばかりで。

 彼女に視線を合わせられないから、私は何も返してあげられないのだろう。

 奪ってばかりなのだろう。


「……そんなに先生との生活はよかったの?」


 私は目を閉じる。

 そうでもしなくては、リナの懇願に私は耐えられそうになかった。

 この熱に。

 この夢に。

 私は触れてはいけない。


「それとも……ずっと嘘ついてたってこと……?」


 答えられない。

 ほんとうは嘘だって言うべきなんだろうけれど。

 そこまで私は自分の心を偽れない。

 いや、心などもうわからないのだけれど。


「そう、なんだ……」


 沈黙をどう解釈したのか、私の上からリナの影が消える。

 彼女が私から離れていく。

 きっとそれは正しいことで。

 本来あるべき状態に戻るだけだとしても。


 寂しい。

 そう思ってしまう。

 思ってしまった。


 でも、今更リナを求めることなんてできない。

 そんなことしてはいけない。

 私にはそれは許されていない。

 私が許されているのは、蘇生魔法を使って命を落とすことだけ。


 そんな命を捨てる前提の私が、誰かと恋をしようだなんてこと自体間違っていたのかもしれない。 

 それはきっとそう。

 どうせいくら頑張ったって、私はすぐに蘇生魔法で死んでしまう。

 それ以外には私に道などないのだから。


「ミューちゃん、ほんとに全部嘘なの? ほんとに私のこと嫌いだったの? こうやって触れたのも。あの時、好きって言ってくれたのも。一緒に寝たのも。傍にいたのも。全部……全部嘘だったの……?」


 きっと答えなくちゃいけない。

 ここで答えれば、私を酷い人だと思ってくれる。

 それなら、私のことなど忘れてくれるはずだ。

 全部奪ってきた私など恨んでくれていい。

 リナに恨まれるなら、構わない。

 忘れてくれるならもっといい。

 どれだけ寂しくても。

 それならきっとリナの邪魔をすることはない。


「……そ、そうだよ。全部、嘘」


 綺麗に言えただろうか。

 私の嘘は見抜かれていないだろうか。

 そんな恐れと共に顔をあげる。 


「そう……なんだ……ね」


 彼女は私が座り込む玄関から離れていた。

 もう遠くに、手が届かないほど遠くに彼女はいた。


 寂しさと共に少しほっとする。私もようやく、何かを成せた気がする。

 これで、リナはもう大丈夫なはずだから。私のことなんて忘れて、幸せになってほしい。


 そんなこと思いながらぼんやりとリナの背中を見ていると、ふと彼女はこちらを振り向いた。

 その虚ろな目には涙が溢れていた。

 いつになく歪んだ表情をしたリナを見ていると、心がきゅぅと音を立てるのが聞こえる。そんな彼女を助けられたらどんなに幸せだろうと、少し考えてしまう。


 そのせいか、私は気づかなかった。

 リナが手に短剣を持っていることに。

 

「そっか……それなら」


 叫ぶ間もなかった。

 彼女は自らの首を斬っていた。

 鮮血が舞い散る。

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