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信奉少女は捧げたい  作者: ゆのみのゆみ
3章 夢想と逃避
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第41話 照らされた現を歩く

 リナと別れてから何日が経ったのだろう。

 私は過ぎ去る景色を眺めて、必死に頭の中の思考を消し去ろうとしていた。


 私の思考は氾濫を起こして、もう私でもどうなっているのかわからない。

 否定しているのか。肯定しているのか。

 それとも、また別の何かなのか。

 全部の事象が、上手く捉えられていない。


 ただ、もう何もわからない。

 わかっていないことすら、わからない。


 ずっと何かが胸中でざわめいている。

 不安か焦燥か恐怖か、それともその全てか。


 全部が崩れて見えてくる。

 何か大切なことを忘れている気がして。

 何か大切なものが欠けている気がして。


 大切なものを捨ててしまったのは私自身だと気づく。思い出す。

 だから、全部嫌になってくる。

 だから、こんな私が息をしていいのかわからない。

 生きてていいのかわからない。


 私はただ死んでいないだけで、今にも崩れてしまいそうなことは自分でもわかる。それとも既に崩れてしまったのだろうか。


 リナの助けがないと、私は生きていけないのに。

 きっとその手を振り払ったのは私だから、始末に負えない。

 ずっと私は身勝手なままで。自分のことしか考えられない。


 あれだけ私を助けてくれたリナのことも、結局は一度も助けられなかった。何かを返してあげられればと思っていたけれど、そんなこと、私には無理なことで。

 でも、そんな私と手を切れたことがリナにとって最も良いことなはずだから。

 彼女はもう私のことを忘れてくれているだろうか。


「ついたな。ミューリくん、起きているかね?」


 起きてはいる。

 本当は眠っていたいけれど、眠気はどこかへと消えてしまっている。ずっと夢の中にいたからだろうか。


 でも、ラスカ先生にわざわざ返事をする気も起きなくて。

 顔をあげる気も起きなくて。

 私はただ、自らの身を抱き寄せる。


 寒い。

 そろそろ寒い季節とはいえ、ここまでだっただろうか。

 何もしたくない。

 寒くて、何かをしたいとは思えない。


「寝ているのかい?」


 現実だ。

 この痛みと寒さが私にここが現実であることを告げている。

 もう逃げてしまいたい。

 この現実から目を背けたい。

 そう願っていても、私は眠れない。

 夢に堕ちれない。

 

 現実から逃げられない。

 嫌だ。

 全部嫌だと思っても、もう逃げられない。

 今まで、散々逃げ続けてきたつけだろうか。

 私はこの現実に立ち向かえない。


 もう居場所がない。

 リナが包んでくれた夢はもうない。

 もうきっとあの場所には戻れない。

 だって、あの場所に戻れば、また彼女を傷つける。

 どこまでも飛べる彼女の翼を砕いてしまう。


「起きているようだね。ならば立ちたまえ」


 先生が私の腕を掴もうとするから、私はそれを躱す。

 触れられたくはない。

 誰にも触れられたくない。


 私は壁に寄りかかりながら、ゆっくりと立ち上がる。

 そして開けたくもない目を開く。

 見たくもない先生をぼんやりと眺める。

 相変わらず作り物ような顔で私を見ている先生は私に避けられたことを気にする様子もなく、私から視線を逸らして指さす。


「ここがこれから君が居る場所になる」


 ゆっくりと指さす方向へと視線を向ければ、そこには家があった。

 それも豪邸が。

 家は大きく、柵で囲まれ、広い庭もある。

 小さな池も見えるし、知識のない私でも、この建物が高いことぐらいはわかる。


 先生は無言で建物へと歩き出す。

 それがついてこいという意味だとはわかっていたけれど、歩く気があまり起きなくて、私はその場で立ち止まるけれど。


「何をしている? 早く来くるといい」


 その少量の圧を含んだ言葉を喰らえば、私は恐れから足を踏み出す。

 恐れ? 

 今更、何を恐れているというのだろう。


 先生に嫌われることが怖いのだろうか。

 当然、怖い。

 私は嫌われるのが怖い。

 嫌われたくなんかない。

 誰にも嫌われたくなんか……


 もう私を守ってくれる夢はない。

 私を助けてくれる彼女はいない。

 私が裏切ったから。


 だから、私はこの現実で息をしなくちゃいけないのだけれど。

 でも、現実にいるみんなは私を嫌っているようにしか思えなくて。

 恐怖で足がすくむ。

 だから、嫌われていたくない。


 多分まだ先生には嫌われていないから。

 これ以上嫌われたくない。

 先生のことなんか嫌いだけれど、でも、それでも嫌われたくない。

 嫌われるのは怖いから。


 怖い。

 怖いことばかり。

 現実は怖いことばかり。

 怖くて、何もしたくない。


 リナと再会するまで、私はどうやって息をしていたのだろう。

 どうやって、生きてきたのだろう。


「ここが君の部屋だ」


 気づけば、私は扉の前に立っていた。

 先生が案内してくれた部屋は、私が今まで見てきたどんな部屋よりも広かったけれど、同時に最も整っていた。


 整いすぎていると言った方がいいのかもしれない。

 机と布団と物置。広い部屋にあるのはそれぐらいだけれど、それが無機質に置かれている。


「君には自分の家だと思って使ってくれて構わない。が、外には出ないように。外に出てしまえば、厄介な人たちに見つかりかねないのでね」


 つまりはここに幽閉されるということなのだろう。

 正直……悪くはないと思った。


 もう誰とも関わる資格などないのだから、この部屋で朽ちていくことが許されただけでも、十分なのかもしれない。

 それに。


「欲しいのがあれば言ってくれれば用意しよう。愛しの君の頼みであれば、多少の無茶であっても許容しよう」


 先生は、多分、私のことを好いてくれている。

 何故かはわからないけれど。


 リナを傷つけたことは許せないし、手段も方法も私にとっては毒でしかなかったけれど。

 でも、先生が善意からこうしてくれているのは言葉の端々から感じる。

 善意が、私にとって悪意でしかないとしても。


 もしも嫌っているのなら、こんなことはせず学校にとんぼ返りすればいいのだから。

 そうすれば私は完全に幽閉されて、自由を失うのだし。


 そうしないということは、何か目的があるのだろう。

 そして、それは先生の言葉通りなら、私の願いを叶えるということにある。

 そんなことはしなくていいのに。

 生きたいだなんて願いは、叶わなくていいのに。


 だって生きていたって、何も良いことなんかないのだから。

 生きていても、リナには会えない。会ってはいけない。


 私の存在は、彼女を傷つけるだけ。

 身勝手なことばかり要求してしまうのだから。

 私は彼女から貰ってばかりで、何も返せないのだから。


 ラスカ先生はどうなのだろう。

 私は先生との関係をどうするべきなのだろう。


 嫌いといえば嫌いだけれど。

 でも、好かれているのなら……

 まず、好かれている……というのは本当だろうか。

 嘘ではないにしても、何か違う気がする。


「さて、少しこれからの話をしようか」


 座り込む私の前に先生は立っていた。

 そして私を見下ろしている。


「私が君に望むことは2つ。この家にいること、そして私の研究に手を貸すことだ」


 目線を少し上に向ける。

 そこにはいつもの作り物みたいな顔ではなく、心底嬉しそうにしている先生の姿があった。


「君の魔法……とても素晴らしいよ。まだ解析を始めたばかりだが、ミューリくんの魔法にはとてつもない可能性があることはわかる。君は自身の魔法を使えないようだが……それも私に任せてもらえれば、世界を変えてしまうような魔法だって作れるかもしれない」


 蘇生魔法のことは先生には話していない。

 けれど、先生は私の魔力情報を多少見ただけで、私の魔法が普通のものではないことに気づいたのだろう。


「そのためにはミューリくん、さらなる君の協力が必要だ。してくれるね?」

「……それが、見返りですか」

「君を助けたんだ。それぐらいは、構わないだろう?」


 頼んでない。

 そう叫びそうになった。

 でも、ここで叫ぶほど私の意思は強くない。


 それになんとなくほっとした。

 少し先生のことが分かったから。


 ラスカ先生は私のことが好きなわけじゃない。

 先生自身はそう錯覚しているみたいだけれど、でも実際のところは、私の魔法が好きなだけだ。


 先生も昔、会った人たちと同じ。

 私の魔法を目的としているだけの。

 私を見ていない人。


 それなら。

 それなら、身勝手で醜い私を見られることはない。

 それは少し、安心した。

 でも同時に、心底嫌で。


「構いませんよ」

「契約成立だな。では、また明日会おう」


 だから私は先生の言葉に頷いた。

 私の中の寂しさから目を背けながら。

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