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信奉少女は捧げたい  作者: ゆのみのゆみ
3章 夢想と逃避
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第40話 日が照るせいで

 思い出した。

 涙が溢れ出てきそうになる。

 息が苦しい。

 前が上手く見えない。


「そんなに気にすることじゃない。もう済んだことだろう?」


 ラスカ先生は気楽そうにそういうものだから、私の視界はきゅっと狭くなる。

 先生の言葉が、胸の内に秘められていたぐちゃぐちゃな感情を刺激するから。


「元はと言えば先生が……!」


 けれど、叫ぶほどの力もなく、私は掠れた声と共に先生を睨む。

 私の小さな反抗を先生は作り物みたいな顔のままに見下ろす。

 そこには小さく呆れが見てとれた。


「違うだろう? 元を辿れば、君のせいだ」


 ……は?

 わ、私?


「ミューリくん、君が生きたいと願ったらから、リナくんは危険を承知で外に出た。そして、私にも協力を依頼した。そして、私は君の願いを叶えるために、こうして行動しているのだけれどね。だから、君の願いのせいじゃないか?」


 何を。

 先生は何を言っているのだろう。

 何を言っているのか、全然わからない。


「私の、願い……?」

「君は生きたいと願った。そうでなければ、ここにはいないはずだろう?」


 違う。

 その言葉は喉につまる。


 生きたい。

 そう望んでいないなんて言えるほど、私は強くない。

 死と向き合う勇気など私にはないのだから。


「で、でも……私は……リナが、リナが望んだから……」


 リナが望んだから、私は外に出た。

 でも、そんなのは言い訳だ。

 それは私でもわかっている。わかってしまっている。

 私でもわかることを、先生が見透かせないわけはなくて。


「たしかにリナくんが外に出ることを望んだのだろう。けれど、それは君が死にたくないからだ。君を助けるために、リナくんは自らの身を危険に晒してまで君を助ける計画を立てた。それに、君は自らの魔力情報を対価としてまで、計画に加担しただろう? それだけ生きたかったのだろう? それを自らの望みと言わずとしてなんと言う?」


 そう、それだって、リナを助けたくて。

 でも、違う。

 リナは私を助けようとしてくれていたのだから。

 私を助けようとしてくれていることに、私が協力するのなんて、当然のことなはずだ。


 私は、それで何かをした気になっていた。

 少しぐらいはリナに何かを返せた気になっていたけれど。

 あんなの、意味がないより酷い。

 リナが危険な目に合うのを助けただけで、私はずっと自分のためにしか動いていない。


 ならやっぱり。

 私は。


「リナくんの献身には感謝だな。君のためにあそこまで身を犠牲にして、助けてくれたのだから」


 私はリナに何も返せてはいない。

 彼女のために何もできていない。

 それどころか、奪ってばかり。

 彼女が傷ついたのは、私のせいで。

 彼女が危険な目にあったのは私のせい。

 全部私のせいなのだろう。


 それがわかっても。

 私はそれを受け止めきれず。

 ずっと見ないふりをしていた。


 私の目的のために、彼女を利用していたなんて、そんなこと信じたくはなかった。

 でも、事実、私はリナに助けられていただけで。

 彼女のしてくれたことは全部私のためで。

 私はただ貰っただけで。

 奪っただけで。


「そして、君は最後には私を選んだ」

「違う……」


 弱々しい否定の言葉と共に、先生を睨む。

 私は先生を選んだわけじゃない。

 でも、私の心をどこまで信じればいいのかわからない。

 私には、私の考えていることがよくわからない。


「何が違うかい? 君が自らの意思で私の元へときたのだろう?」

「だって、そうしないとリナが……」


 リナが死んでしまうから、私は先生の言う通りにした。

 けれど、それだけなのか。

 これも、言い訳かもしれない。

 また何か、私は私の心を隠している気がする。


「死んでいたかもしれない。だが、君は私を選んだじゃないか。私の方が優秀だからね」


 もう先生が何を言っているのかわからない。

 本当に同じ言葉を話しているのだろうか。


 先生の強烈な意思を含んだ言葉が、私の心の中を定義してしまう。

 嫌な言葉ばかりが、思考にこびりついて、離れなくなる。

 それがたまらなく嫌で、私は耳を塞ぐけれど、でも。


「私の共にいた方が、生存確率は高い。それはわかっていたはずだろう?」


 この距離ではそれはあまり意味をなさない。

 ラスカ先生の言葉は否応なく、私の思考に入り込んでくる。

 吐き気がしてきて、私の視界が揺れ始める。


「詳しくは知らないが、学校にいると死んでしまうのだろう? だから、リナくんが連れ出した。しかしリナくんに君を安全な場所に連れていく予定はないようだったじゃないか。ならば、私の方が君の願いを叶えられる。当然だろう。私の方が社会的地位も、計画性も上なのだからね。君もそれを見抜いていたから私に着いたのだよ」


 そんなこと知らない。

 興味もない。

 私はただ流されていただけなのに。


 リナが一緒に行こうと言ってくれたから。

 私はそれについてきただけなのに。


 そして私は最後には返したはずだ。

 ほんの少しだったけれど、私はリナを助けたはずなのに。

 あれも、ただ自分の身が可愛かっただけ?

 私は結局。

 ただの。


「まぁ、ゆっくりしているといい。安全な場所まではもう少しかかるからね」


 私はただ、私の命に執着していただけで。

 ただ執着していたから、私の命を守るために動いていただけなのかもしれない。


 そうなら。

 もし、そうなら。

 そうのほうが。


 私らしい。

 

 リナのために動くとか。

 リナが好きだからついていくとか。

 リナと一緒にいたいとか……


 そんな普通の人みたいなこと。

 そんな普通の人みたいな感情を持っているなんて。

 私らしくない。


 私はもっと愚かで。

 醜くて。

 独善的で。

 身勝手で。


 そう。


『あんた、人に興味がないんだね』


 身勝手なほうが。

 私らしい。

 私っぽい、気がする。


 けれど、それを直視してしまえば。

 私はあまり生きていいとは思えない。


『あなたと話したのは失敗だった』


 息が難しい。

 荒い息が聞こえて、それが自分のものだと遅れて悟る。


 私が相も変わらず、身勝手であることぐらいわかっていた。

 わかっていたはずなのに。

 私が変わっていないことは、わかっていたはずなのに。


 私はただ忘れていた。

 忘れさせてもらっていた。

 リナのおかげで、忘れさせてもらっていた。


 でも、それは私の見ていたただの夢でしかない。

 夢の出来事なのだから、こうして現実に目を向ければ、そこにいるのは何も変わっていない私。


 生きていてはいけない私。

 死んでしまった方が良い私。

 私は私を殺さないといけない。


 でも。

 でも、もう私にその力はない。

 自害をできるほどに強い力は私の中にはない。


 私はただ、耳を塞いで目を閉じて。

 ただその現実から目を背けようと努力することしかできない。

 けれど、夢に浸れるほどの熱もない。


 私はもう。

 こうなれば私は。

 もうなにもしたくない。

 なにかをしたいと思えない。


 生きることも。

 死ぬことも。

 もうなにもしたくない。

 考えたくない。


 本当は考えた方が良い。

 これから先生に連れられて、どこに行くことになるのか。

 リナは無事なのか。

 また、リナと会えるのか……


 でも。

 でも、だめだ。

 それを考えれば、私はまたリナに会いたくなる。


 けれど、それはリナのためにはならない。

 私なんかと一緒にいたらいけない。

 彼女から何もかも私が奪った。

 私が生きたいだなんて望んだせいで。

 これ以上何も奪いたくない。


 でも。

 これも、きっと逃げているだけ。

 私がリナと向き合うのが怖いから。

 ただ逃げているだけで。

 リナを気遣うふりをしているだけで。


 私はやっぱり誰にも興味を持てない酷い存在でしかなくて。

 ならばやっぱり死んじゃわないと。

 でも、それはできない。

 怖いから。

 痛いから。

 寒いから。


 でも、生きていくのも嫌で。

 私はもう何も考えたくない。

 自らの思考を殺したくて。

 私はただ必死に、目を閉じた。

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