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信奉少女は捧げたい  作者: ゆのみのゆみ
3章 夢想と逃避
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第39話 目覚めれば悪夢が瞼の裏に

 目が覚めて、何かがおかしいと思った。

 どうにも寒い気がした。

 まだ冬ではないというのに。


「おや、起きたかい?」


 声がした。

 焦点を合わせれば、ラスカ先生が、私を覗きこんでいた。


 私は声にならない悲鳴と共に距離を取ろうとするけれど、私の身体は壁にぶつかるだけで。


「そんなに怯えなくてもいいじゃないか。私だって、傷つかないわけではないのだからね」


 先生は作り物みたいな笑いを浮かべる。

 私は恐怖のあまり、リナへと助けを求めようとするけれど。


「り、リナ、リナは……?」


 そこにリナの姿はない。

 ここにいるのは私と先生だけのようだった。


 ここ、と言ったけれど、場所もどこかはよくわからない。

 辛うじて、輸送車の荷台であることはわかるけれど、さっきまであったはずの大きな貨物容器はないし、車も動いている。


 流れる外の景色は小さな窓からは良く見えないけれど、どこかの林道を走っているようで、私が来たことのない場所であるのは確かだった。

 きっとここで降ろされても、私はどこにも行くことはできないだろうと予感する。


「おや。混乱しているのかい? リナくんは置いていったじゃないか」


 何を言っているのか一瞬わからなかった。

 言葉の意味を理解しても、結局どういうことかはわからない。

 置いていった? 

 

「忘れてしまったのか? 知りたいかね?」


 恐怖と疑問の中で、私は訳も分からず頷く。

 ラスカ先生の作り物みたいな顔が嬉しそうに歪む。


 それと同時に、私は薄っすらと記憶が蘇るのを感じた。

 そう、確か。


「ならば、思い出そう。私達がリナくんを置いていった時のことを」


 そして記憶は、私達が車から出た時まで遡る。


 学校の監視領域を越えた荒野で私達は火を囲んでいた。

 夜の荒れた道を通るのは危険ということで、ご飯でも食べていた。


 その時、私の隣にはリナがいた。

 そして、眼前にはラスカ先生がいて、私達を見据えていた。


「これから行く当てはあるのかい?」


 先生からの質問に、リナは私をちらりとみて答える。


「……正直、あまりありません。けれど、どうとでもなります。外に出てさえしまえば。とりあえずは街に向かおうと思ってます」


 リナの向けてくれた視線には不安があれど、同時に期待が見えた。これからの未来に。

 私は、どうなのだろう。

 私は流されたままにここまで来てしまったけれど、これで良かったのだろうか。


 リナは私を引っ張ってくれて、こんな場所まで出てきてしまった。

 もう取り返しはつかない。

 しかるべき機関に見つかれば、ただでは済まないだろう。

 そう思うと、吐き気がしてくる。

 だからだろうか。


「ミューリくんは、それでいいのか?」


 ラスカ先生のその言葉に私はすぐに返答できなかった。

 これで良いのかという問いに対する答えは私の中にはない。


「わか、りません」


 かろうじて、そう言葉を紡ぐ。

 その返答に先生は顎をさする。


「ふむ。そういう感じか」


 先生の全てを見返したような眼が恐ろしい。

 空っぽな私を。リナとつり合っていない私を。

 すべて見られている気がする。


「どういう感じなんですか。ミューリを困らせないでくださいって言いましたよね?」


 私の恐怖を読み取ったかのように、リナは私を抱き寄せる。 

 その夢のような温もりに集中すれば、私は少し息をしやすくなる。

 けれど、やっぱり、これでいいのだろうかという思いは消えてくれない。

 

「別に困らせてはいない。しかし、そうならやはり」


 先生が言葉を区切る。

 なんだか鎌首をもたげているようで。

 私は気分が悪くなってくる。

 けれど。


「大丈夫だよ」


 リナは私を見つめてそう言った。

 まるであらゆる恐怖から守ってくれるようだった。


 それが私は嬉しくて。

 けれど同時にこんな醜い私で良いのだろうかとも思う。


 たくさんのものをリナから貰った。

 きっとたくさん奪い取った。

 彼女は嫌な顔一つしないけれど。

 嬉しそうな顔をしてくれるけれど。


 でもそれで良いのだろうか。

 こんな不釣り合いで良いのだろうか。

 

 いや、それで良いとリナは言ってくれる。

 でも本当にこの関係のままでいたいのなら、なんとかするべきなのだと思う。私にはそれはできないけれど。


 そんなことを考えて、リナに見惚れていたから、私は気づかなかった。

 ラスカ先生が何かの魔導機を取り出したことに。


 先生は唐突に立ち上がり、何かの魔動機の起動した。

 同時に輸送車の荷台で何か大きな音がした。

 そこからは、得体のしれない生き物が這い出くる。

 何かはわからないけれど、それはあからさまに魔法生物で、ラスカ先生の研究の産物であることは想像がついた。

 

 けれど、それを今放つ意味がわからない。

 先生は何をしようというのだろう。

 そんな疑問を得るよりも先に、先生が言葉を放つ。


「ミューリくん、君はやはり私とくるべきだろう。そうした方がお互いにとって良いはずだからね」


 意味不明だった。

 リナが警戒するように立ち上がり、私の手を強く握る。

 私はその手を軽く握り返す。


「君には不満があるのだろう? 外に出れたというのに、あまり嬉しそうじゃないのはそういう理由じゃないのかい?」


 違う。リナに不満などない。

 不満があるのは私自分のこと。

 私が独りじゃ何もできないから、息もできないから。

 リナに甘えてばかりなことが嫌なんだと思う。

 けれどそれをどうにかする術はない。


 そんな声はでない。

 私はただ怯えるだけで。

 結局、先生の不穏の声に答えたのはリナだった。


「……冗談ですか? 面白くはありませんよ」

「冗談ではない。私はミューリ君が欲しくなった。ミューリくんにとってもそれが良い。それなら共にいた方がいいだろう?」


 先生の飄々とした、けれでも確かな意思を含んだ言葉にリナの語気も少し強くなる。

 

「渡しませんよ」

「君の意思は関係ない。既にこれは決定事項でしかないのだからね」


 魔法生物が巨躯が動き、大きな魔力が動くのを感じる。

 同時に私の隣でも、リナの魔力が動きだす。

 でも。


「それで戦おうと言うのかい?」


 リナの魔力は途中で霧散する。

 彼女はそのまま力が抜けてしまったように倒れてしまう。


「り、リナ……?」


 嫌な予感が身体を駆け巡る。

 急に独りになってしまった気がして。

 リナを置いて行かれてしまったという不安が溢れ出る。


「な、なにを……」


 けれど、リナは苦しそうに顔をあげるものだから、心底ほっとする。

 死んでしまったのかと思った。

 彼女が先に死んでしまったら、どんなふうに息をすればいいかわからない。

 どうやって生きていけばいいのかわからない。


「食料に少し毒を混ぜさせてもらった。リナくんは強い。まともに戦うほど私も愚かではない」


 ほっとしたのもつかの間、不味い状況であるというのはかわらない。

 先生の目的は未だによくわからないけれど、先生は敵になってしまった。

 そして、私の唯一の味方であるリナは未だに倒れたまま。


「さて、ミューリくん、こっちに来きてくれるだろう? まぁ選択肢があるとは思えないが」

「だめ……だめだよ、ミューリ。行っちゃだめ……」


 小さな声でリナが言うけれど、その言葉に力はない。

 もう私達が先生に抵抗する手段はない。

 どうしようもない。


 きっと、その時点で私は気づいていた。

 もうこの時点で詰んでいる。


 リナがやられてしまった時点で、私を守る力は何もない。

 私自身が、私を守ってくれないから。

 先生の言う通り、選択肢はない。


 リナへと視線を向ける。

 彼女も心配そうに私を見ていた。

 同時にその瞳には、私を守ろうという意思が感じ取れて。


 こんな状況なのに。

 彼女はまだ私の心配をしているのだから。

 どこまで一方的な関係なのだろうと心の隅で思う。


「念のために言っておくが、君が抵抗すれば、リナくんにはそこの魔法生物をけしかける。まともに魔法を使えない今のリナくんでは、殺されてしまうだろう。その後は君を捕らえるだけになる。研究職とはいえ、私も教師だからね。それなりの魔法使いではある。君にはどうにもできないと思うが」


 それは、嫌だ。

 彼女には死んでほしくない。

 死んでしまったら、息なんてできない。

 私はどうすれば、いいのだろう。どうするべきなのだろう。

 どうしたら。


「それは私の本望ではない。ミューリくんがこちらに来てくれさえすれば、それでいいんだからね」

「だめ、だめだよ……私なら大丈夫……必ず守ってみせるから……」


 でも、これは私が唯一何かをできるときなのではないだろうか。

 やっと貰ってばかりだった私が、リナのために何かを返せるときなのかもしれない。


 先生は私を求めている。

 私が先生のところまで行けば、リナは助かる。

 私が、リナを助けてくれる。


 いつも、助けてもらってきた。

 ずっと彼女に生きることを助けてもらってきた。

 今度は、私が。


 これで少しはつり合いがとれたらなら。

 こんな終わり方でも、許してくれるのだろうか。


「ミューリ……ミューちゃん、だめ……!」


 重い足取りのままに、先生の元へと歩く。

 先生が、私の手を取る。

 初めて触れられた先生の手は、とても冷え切っていた。


「良い子だね」

「……これでリナのことは、助けてくれますか?」

「手は出す理由はないだろうね」


 けれど、助ける理由もない。

 言外のその言葉に、先生を睨みそうになるけれど、これで満足しておくべきなのだろう。癇癪を買ってしまえば、リナが死んでしまう。


「こっちだ」

「ミューちゃん、やだ……! まって……おねがい……!」


 私はリナから顔を背ける。

 その声の方を振り向けるほど、私は強くない。

 けれど、我慢できるほど強くもなくて、ちらりと見れば、涙と痛みから顔を歪めたリナが私を見つめていた。


「ぁ……」

「乗るんだ」


 何かを言うよりも早く、先生は私を荷台へと押し込んだ。

 すぐに扉は閉められ、振り向いてももうリナの顔は見えない。


 でも、正直少しほっとした。

 あまり顔は見たくない。

 見てしまえば、きっと私は彼女の元へと戻りたくなる。

 けれど、そうすれば先生はリナに何をするかわからない。


「さて、行こうか」

「……どこに」

「そうだな……いや、答える必要はないか。安全な場所であるとだけ言っておこう」


 ラスカ先生は相も変わらず本心の見えない顔をしていた。

 今見れば、それも敵であるからに見える。

 でも、私の敵であるなら、どうして。


「……私に毒は盛らなかったんですね」

「あそこまで強力なものは使うまでもないだろう?」

 

 笑えてしまう。

 私の力とはどこまで小さいものとして見積もられていたのだろう。

 そしてそれが事実なのだから、本当にただの何もできない人でしかない。


「それに薬なら盛った」


 薬?

 何を。

 あれ、視界がぼやけて。


「睡眠薬というやつだよ。暴れられても面倒だからね。それじゃあ、また会おう」


 そして意識は途切れた。

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