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信奉少女は捧げたい  作者: ゆのみのゆみ
3章 夢想と逃避
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第36話 覚めても直視はできない

「そろそろ現れる頃だと思っていたよ。なんなら遅かったくらいだけれどね」


 これで三度目になるラスカ先生との邂逅。

 その開口一番に、先生はそう言った。


 相も変わらず、先生以外には人気のない研究室の奥で、怖いほどに整った笑顔を私達に向けていた。

 それが恐ろしくて、私はリナの陰に隠れる。

 けれど、ずっとそうしているわけにもいかない。

 今日は私の意思で来たのだから。


「さて、今日はどのような要件かな?」


 私は唾を飲み込み、リナの影から少し身体をだす。

 けれど、声がでない。やっぱり少し緊張する。


「大丈夫? やっぱり、やめておこうか?」


 リナがそんな私の手を握ってくれるから、多少なりとも覚悟ができる。

 やっぱり私はリナがいなくては何もできないということを思い知りながら、リナに少し微笑みを返して、先生に向き直る。


「私の魔力情報を渡せば、協力してくれる。そういう話でしたよね?」

「あぁそうだとも。ついでに言えば、魔力情報は外部には流出させないというのも条件に付けよう」


 ならやっぱり。

 それが私にできる最大限の協力になる。

 だから、一歩を踏み出してみる。


「なら、あげます。私の魔力情報」

「ほう。それは随分と心変わりしたものだ。しかし良いのかい? あんなにも嫌がっていたじゃないか」


 それはそうなのだけれど。

 今も私の魔法である蘇生魔法を知られるのは怖い。

 でも、それ以上にリナに何か返せそうな事の方が嬉しい。


「まぁ、はい。そうですけれど。そうしないと、協力してくないそうですから」


 そんな心の内を、先生なんかに話そうとは思えないから、適当に誤魔化しておく。

 私の本心など、リナだけが知っていればいい。リナだけに見せていればいい。


「ふむ」


 ラスカ先生は私の言葉に逡巡する。


 断られてしまうのだろうか。

 折角、勇気を出して言葉を吐いたのに。


 そんな恐れと共に数秒間の沈黙を過ごし。


「よし。わかった。ならば協力しよう」


 作り物のように綺麗で不気味な笑顔を浮かべ、先生はそう言った。

 断られなくて良かったけれど、これから魔力情報をこの人に見せないといけないと思うと、少し憂鬱になる。


「さて、早速だけれど魔力情報を見せてもらっていいかい?」

「それは、なんというか。急すぎます。ミューリにも準備ってものが」

「だがね。君たちはこの学校から出て行ってしまうのだろう? ならば、早めにしておいたほうがいいじゃないか。魔力情報の読み取りにはそれなりに時間がかかるのだからね。言っておくが、情報が取得できるまでは私は君たちを外には出さないよ」


 つまり私の魔力情報を全て読み取り完了するまでは、先生は協力してくれないということだろうか。

 でも、そんなの取引としては。


「先生、それはあまりにも」

「一方的? そうかい? しかし、私だって危険を冒すのだから……君たち風に言えば、心の準備が欲しいのだよ」


 そんなものが必要そうには見えないけれど。

 その言葉を飲み込む。

 それに今、私がやるべきことはそんなことじゃない。


「……私は、どうすればいいんですか」


 私は一歩を踏み出し、先生に問う。

 先生は満足げに笑う。


「やる気のようだね。リナくん、ミューリくんはこのように準備万端なようだが、それでも止めるかい?」


 別に準備万端というわけじゃない。

 こうすることが、リナの助けになるのならと思っているだけで。

 それに。


「ミューリ……大丈夫?」


 リナが心配そうに私の手を掴んでくれるから。

 その暖かさが私に勇気をくれるから。


「うん。大丈夫」


 そんな嘘っぽい言葉も言える。

 その言葉にリナは少し安心したような顔をしてくれる。その表情の中にはまだ小さな不安は見えるけれど。


「さて、こっちだ」


 先生のその言葉で視線を動かし、誘われるままに研究室の奥へと向かう。

 扉を2枚ほど抜けた先には、色々な研究施設のようなものが置いてあった。

 私には何のか見当もつかない。


「この機械が計測機になる。結構高いからね。壊さないようにしてくれよ」


 そう言って、ラスカ先生は私を椅子に座らせる。

 少し離れたところでは、先生が機械に何かを打ち込んでいる。


「ここに座っててくれればいい。あとは機械がやってくれる」

「それだけですか?」

「あぁ。簡単だろう?」


 簡単すぎて思ったよりも拍子抜けだった。

 てっきり採血とかそういうことまでするのかとおもったけれど。

 私は多少ほっとしていたのもつかの間、周りの機械が甲高い音と共に回り始める。


「な、なに?」

「おっと危ない。動かないほうが良いだろうね。触れれば、怪我をしかねない」


 機械は私の周囲を取り囲むように回転する。

 同時に薄緑の光を照射する。

 眩しいってほどでもないけれど、なんだか不安になる色が周囲を包む。


「ほんとに、危険はないんですよね」

「リナくんは心配症かい? 大丈夫だろう。多分」

 

 ラスカ先生の隣に立つリナが怪訝そうに眉を顰める。


「多分?」

「人に使うのは初めてだからね。魔法生物用として組んだものだが、まぁ人間も魔法生物もそんなに変わらんだろうし」


 本当に大丈夫なのだろうか。

 確かに魔力の扱える生物を魔法生物というのなら、人間も魔法生物だけれど。


「……もし、ミューリに何かあったら許しませんよ」

「あぁ、構わないよ。そんなことにはならないからね」


 随分と自信満々のようだけれど。

 でも、私は不安になってきた。

 リナを助けたいと思って始めたけれど、でも摩訶不思議な機械の中にいるのは怖い。突然破裂したりしたらどうしよう。


「さて、この空き時間に話しておこうか? 脱出計画とやらについて」

「……はい。今私の考えている計画では……」


 リナが話始めたのをどこか遠くの出来事のように見ていた。

 なんだか久しぶりに独りになった気がする。

 別にリナは近くにいるけれど。

 リナが私を見ていない。

 それがこんなにも恐ろしいなんて。

 なんだか寒くなってきた。まだ冬ではないのに。


 でも、私とリナが脱出するための計画と言えど、結局私ができることは何もないから仕方がないことなのだけれど。

 私はラスカ先生の協力を取り付けただけで、やっぱりリナに引っ張られているだけなのだと思う。少しぐらいは何かを返せたような気になっていたけれど、別にそんなことはない。


 こういう時にそれを実感する。

 リナは多少困っていたようだけれど、私がこうしなくてもなんとかしただろう。

 いや……別にリナは困っていない。彼女は学校から出られなくても、何も困りはしないのだから。


 私を助けるために、リナは動いている。自分の身を危険に晒してまで。

 あれ?

 なら、それを私が助けたのなら。それは。

 それは別にリナを助けたのではなくて。


「そろそろ終わろうか。今日はこの辺にしておくほうが良いだろう。負担もあるだろうからね」


 ラスカ先生の言葉でふと現実に戻ってくる。

 周囲で回転している機械が停止して、私は久しぶりに立ち上がる。


「それで、どれくらいかかるんです?」

「今日だけじゃ3割ってところだから、あと2回か3回は来てもらうことになるか」


 あまり先の話をしないで欲しい。

 またこれを味わうのだと思うと気が滅入る。

 ただ座ってるだけだったけれど、回転し続けるのを見続けているとなんだか酔いそうになるし、思ったよりしんどい。

 魔力に負担がかかっているのだろうか。


 多分、そのせいだろう。

 さっき嫌な思考が走ったのは。


 そういうことにして私はリナの下へと駆け寄った。

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