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信奉少女は捧げたい  作者: ゆのみのゆみ
3章 夢想と逃避
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第33話 日が現を照らすせいだから

 何か別の方法を考えると、リナは言ったけれど、それから特に動きはなく、季節は移ろいそうになっていた。


 半分くらい、もう忘れてしまったのかとも思う。

 もしもそうならそれでも良い。

 忘れてしまったのなら、リナが危険に晒されることはないわけだし。

 多分……そんなことはないのだろうけれど。


「ミューリ」


 ふとリナの声がして、思考が現実に戻る。

 彼女は通信端末を見ていたようで、そこには今日の食堂の献立が書いてあった。


「今日、食堂で特別なご飯が出るんだって、知ってた?」

「あ、もうそんな時期なんだ」


 この学校では年に一回ほど、少し豪勢な料理が振舞われる。

 別にそこまで特別なものが出るというわけではないのだけれど、学校内では普段は食べられないものが食堂で食べられるようになる。


 正直、私はあんまり興味ない。

 普段の支給食で満足しているし、わざわざそんな混んでいる日に食堂に行かなくてもいい気がする。いくらちょっとばかり美味しいものがあると言っても。

 だから、私にはあまり関係ない。そう思っていたのだけれど。


「食べに行こうよ。折角だから」


 リナが楽しそうにそういうから、断る気も失せて、彼女についていくことにした。

 なんだか楽しそうなリナが見れるなら、混んでいる食堂に行くくらいは安いものな気がするし。


 それからあからさまにリナは浮かれていた。

 授業中も普段の彼女からは想像できないほど集中していなかったし、食堂に向かっている時も浮足だっていた。


「そんなに楽しみなの?」

「うん。こんなふうにミューリと行事みたいなのに参加するの、夢だったんだ」


 そんなことを言われると少し照れる。

 けれど、たしかにそうかもしれない。

 こんなの1人なら絶対に来ていないけれど、リナとだから楽しめる気がする。

 

「何食べる?」

「えっと……どうしようかな……」

「色々あるねー」


 今日の献立を端末から見ながら、空いている席に座る。

 献立表にはたくさんの料理が書かれていて、とても目移りする。


 まぁ、あまり悩んでいても仕方ないかと思いつつ、私は立ち上がる。


「決まった?」

「うん。リナは?」

「私も、これにしてみるよ」


 そこにはなんだか紫っぽい色をした料理が書いてあった。

 正直……あまり美味しそうではない。大分好みの分かれそうな料理だと思う。


「えっと、め、珍しい料理だね」

「そうかな? ミューリは?」

「これだよ」


 私が選んだのは、大きな野菜の入った真っ赤な汁物の料理。

 理由はなんとなく美味しそうだから。


「ミューリのやつのほうが珍しそうじゃない?」

「そうかな?」


 そんなことはないつもりだったけれど。

 こういう赤い料理はあまり一般的ではないのだろうか。

 長い間支給食しか食べていなかったから忘れてしまった。


「じゃあ、取りにいこっか」


 多分、リナはこの食堂を利用したことがあるのだろう。

 慣れた様子で、彼女は料理受け取り口へと向かう。

 私は利用したことはないから勝手がわからず、ただ彼女についていく。彼女より長い間この学校にいるというのに。


「ここにその数字を入力するんだよ」


 リナに言われた通り、料理番号を入力すれば、数秒後に頼んだ料理が出現する。

 その速さに関心しながらも、私は容器をゆっくりと持ち上げ、こぼさないようにそろりと席へと運ぶ。


「あ、飲み物忘れちゃった。私、とってくるよ。ちょっとまってて」


 席について、一息つく間に彼女はまた立ち上がる。


「あ、わた、しも……」


 私も一緒にというよりも早く、リナはどこかへ行ってしまった。

 この広大な食堂で独りというのも少し怖い。

 けれど、すぐに彼女が戻ってくると知っているから、大人しく席で待つことにした。先に食べてしまうのも何か違うと思い、手遊びをして待つ。

 

「ミューリくん。久しぶりだね」


 唐突に聞こえた声に、私は思わず吹き出しそうになった。

 現れた影へと視線を向ければ、そこにはラスカ先生がいた。


「あ、え、えっと。お久しぶりです」

「硬いな。もう少し気楽にしてくれても構わないのだけれど」

「は、はい……」


 一体何をしに来たんだろう。

 私に何の用なのだろう。

 そんな疑問が渦巻くも言葉にはならない。


 代わりに少し恐れて、少し距離を取る。

 やっぱり先生の整いすぎているともいえる顔は少し怖い。


「考えてくれたかね」


 唐突に言われたそれが何を指す言葉なのか、一瞬わからなかったけれど、すぐにこの前の話だと気づく。

 先生が言ってるのは、私の魔力情報を開示してほしいと言う話だろう。


「それは……」


 あまり良い返事はできない。

 でも、そう直接言うのもはばかられる。


「えっと。まだ考え中です」


 悩んだ末に辛うじて言葉を絞り出す。

 明らかに誤魔化した返答だったけれど、ラスカ先生は気にした様子はなく、私の隣へと腰掛ける。


 私は、また少し距離をとる。

 けれど、彼女は距離を問った分だけ近づいてくるものだから、心がきゅっと縮む。


「あ、あの」

「もしも君の魔力情報を見せてもらっても、別に大っぴらに公開したりはしないことは約束しよう。君の魔力情報が知りたいのはただの私の興味に過ぎない」


 先生はくるくるとした自らの緑髪を弄りながら、私へと言葉を続ける。


「それにだね」


 そこで先生は一度言葉を区切る。

 そして再度、私へと身体を近づける。


「なんだか君自身のことにも興味がわいてきたようだ」


 耳元で囁かれたその言葉に、私は言いようのない恐ろしさを感じる。

 咄嗟に立ち上がり、先生から距離をとる。


「おや。そんなに怯えなくてもいいじゃないか」

「あ、いや……その……」


 咄嗟の行動とは言え、先生に対して失礼であったかもしれない。

 けれど、ラスカ先生が恐ろしく見えることに変わりはない。

 何をそんなに怖がっているのだろうと、自分でも思うけれど、何故だか私は先生を警戒している。


「とってきたよー……ってあれ。ラスカ先生じゃないですか」

「リナくんか。君たちは今日も一緒なのか。仲が良いようだ。どうだね。共に昼食でも」

「……まぁ、いいですよ」


 正直私は断ってほしかったけれど、それを言い出すもの難しくて、私は大人しく席に座る。

 もちろんリナの隣。ラスカ先生から最も遠い位置に。

 単純に怖いし。


「それでどんな話をしてたんですか?」

「いや、なに。ただの世間話だよ」


 先生のその嘘に、リナは少し笑う。

 けれど、その笑顔は少し怖い。

 私がよく見ている笑顔とは大きく違う。


「この前の話をしていたんでしょう? あんまりミューリを困らせないでください」

「やれやれ。お見通しか。しかし、困らせてなんていないと思うのだけれどね。そうだろう?」

「え、えっと……」


 唐突に話をふられ、小さく食べていた手が止まる。

 正直に言うと、急に現れて困っていたのだけれど、それを正直に言うわけにはいかなくて、私はまた言葉を濁らせる。


「そういうことをしないでくださいって言ってるんですよ」


 リナが視界の端でひらりと動いて、私の前を白い髪が走る。

 それは私を守ってくれているようでほっとする。


「ふむ。つれないな。しかし、その様子だとやはり……私に頼みごとをするのは諦めたのだろうか。そんなに嫌なのかい? 魔力情報を明かすというのは」


 けれど先生の視線は私から外れない。

 それにどう答えたものかわからなくて、私は目を伏せ、手を机の下で合わせる。


 初対面の時からだけれど、どこか苦手意識がある。

 なんというか、その目が怖いというか。

 整いすぎた造形を美人だと言う人もいるのだろうけれど、それよりも私は恐怖が勝つ。


 その時、隣から手が伸びてきて、私の手と繋がる。

 リナの暖かな熱がやってきて、安心という暖かさが心を満たす。


「個人情報ですから。もうこれで話はおしまいです」


 リナが私の代わりにそう返せば、ラスカ先生は一度目を伏せる。

 けれど、すぐに視線を戻して、私を見据える。

 その視線がなんだか怖くて、私は咄嗟に目線を外してしまう。


「ほんの少し、というわけにはいかないかね? なんなら私がもっと全面的に協力しても構わないが」


 なんだかしつこい。

 その怖い笑顔のまま、私にそんなに話しかけないで欲しい。

 

「先生。ほんとにもうやめてください」


 リナが心なしか言葉に棘を乗せる。

 そうすれば流石に諦めたのか、先生は立ち上がる。

 彼女はもう昼ご飯は食べ終えたらしい。随分と早い。


「そうか。それは残念だよ。だが、ミューリくん。君ならば、いつでも我が研究室の扉は開かれている。それは言っておこう」

「それは……まぁ」


 喜んでいいことなのだろうか。

 まぁ多分、わざわざ行くことはないのだろうけれど。


「……どうしてそんなにミューリを」


 リナがほんの少し声を低くして、問いかける。

 それに先生は笑う。

 今までの嘘っぽい笑顔ではなく、本当に見えるけれど同時に心底不気味な笑顔を。


「特待生の魔力が気になると言うのもあるが……端的に言えば、そう……私はミューリくんに少しばかり恋慕の情を抱いていると言ってもいい。だからだろう」


 がしゃり。

 リナが食器をぶつける音がした。

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