第32話 眩しさから目を背けていたい
「ごめんね。もっと簡単にいくと思ったんだけれど」
研究室からの帰り道。
開口一番にリナは謝罪を口にした。
「ううん。気にしないで。でも……ちょっと説明してほしいかも……」
研究室で名も知らない先生は私に魔力情報を見せて欲しいと言った。
私の魔力情報、それはすなわち蘇生魔法の術式情報でもある。
蘇生魔法のことは話したくない。それが術式だけだとしても。
でも、大体、リナと名も知らない先生は何を話していたのだろう。
リナが外に出るための協力を持ちかけていたのはわかったけれど、先生にそれが可能なのだろうか。それに加えて、借りがどうとか……正直、話に置いていかれている気がした。
「そうだね。うん。本当は私だけで何とかしたかったけれど。部屋に帰ったら説明するよ」
「……ありがと」
最近、少し思うのだけれど、リナは説明不足なところがあると思う。
どちらかといえば秘密主義的なというのだろうか。
私を心配させないようにということは分かっているけれど、もう少し話してくれてもいいのにとも思う。
まぁ、話してもらったところで私にできることはないのだけれど。そんなことはエレラが来た時にわかっている。
もっと私が強い人なら、リナも頼ってくれただろうか。
でも、そうはなっていない。
私はただ弱いままで彼女に引っ張ってもらうだけだから、彼女も何も言ってくれないのだろう。
それは仕方がないことで。
それでもリナが私を好きでいてくれることに、ただ感謝をしなくちゃいけない。
でも、こういう時は少し困る。
説明してくれないから、どうすればいいかわからない。
説明されてもあまり結果は変わらなかったかもしれないけれど。
「えっとね。この前話したよね。外に出ようって」
部屋に戻れば、早速リナは口を開いた。
私は彼女の言葉に頷く。
「考えたけれど、流石に私達だけじゃ厳しいかなって。なら普段から頻繁に外に出てもおかしくない人に助けてもらおうと思ってね」
「それが、あの人……?」
少し小柄で、貼り付けたような笑みを浮かべていた女の人を思い出す。
今思い出しても、彼女が眼前に来た時はなんだか恐ろしかった。
「うん。ラスカ先生。ちょっと借りもあったし良いかなと思ったんだけれど。そんなに甘くはなかったね」
「借り?」
そんなのをいつ作ったのだろう。
最近はずっと私といたのに、そのラスカ先生と関わる隙などあっただろうか。
「あー、ミューリがエレラに捕まっちゃった時にね。何体か魔法生物が脱走したんだけれど、ラスカ先生はその中の一体の管理者だったんだ。私がこっそり魔法生物を捕まえたから、先生はお咎めなしだったみたいだけれど」
「そう、なんだ……」
たしかにそれは大きな借りと言えば、そうかもしれない。
あの時に魔法生物を放ってしまった研究室は軒並み酷い状況だと言う。
管理体制の見直しや、それに伴う予算の減少。最悪の場合は、研究自体ができなくなったところもあるとか。もちろん噂程度でしかないけれど。
でも、それぐらいの罰がなければいけないほどに凄惨な事故だったということなのかもしれない。あまりよくは知らないけれど。
「私の魔力情報という付加価値まであればなんとかなると思ったんだけれどね」
「あ、そ、それも。どういうこと、なの……? どうしてリナの魔力情報が重要なの?」
そんなにリナの魔力情報は特殊なものなのだろうか。
私にはわからない。
たしかに彼女の魔法への才能が最高峰のものであることはわかるけれど。
でも、それがどう面白い魔力情報に繋がるのだろうか。
この学校の研究者なら、それこそ今の魔法使いの頂点の魔力情報を見ることだってできるはずだ。
「あれ、ミューリは知ってると思っていたけれど……私達がどこで出会ったのか、覚えてない?」
「どこで……?」
薄っすらとした記憶を辿る。
私がまた子供で、親と離れ離れになったばかりのころ。
リナと出会った。
あの時は、彼女の髪は赤かった気がする。
あれは、どこだろう。
たしか。
「研究所、みたいな?」
「まぁ、うん。そうだよ。正式名称は特異魔法術式研究所」
あれ。
でも、それならどうしてなのだろう。
今まで疑問に思っていなかったけれど、リナもそこにいたのなら。
「もしかして、リナも私と同じ……?」
「同じ、ってわけじゃないけれど。私の魔力もちょっと変なんだ。私は作られた人間だから」
つくられた?
どういう意味なのだろう。
それを問うよりも先に、リナは言葉を続ける。
「先天性特異魔力の意図的発生と操作。人の魔力情報を生まれる前に改変する技術だよ。それの最初の成功例。それが私」
「ぇ……」
それはつまり。
リナがあの場所にいたのは、私のように親に捨てられたからではなくて、あの研究所で生まれたからということになる。
そんな重要な情報をぺらぺらと話していいのだろうか。それこそ私の魔法のように秘匿されるべき情報なんじゃ……
「大丈夫なの……?」
「うん。今のところ、私は元気だよ。ちょっと不安もあるけれどね」
リナは腕を広げて、元気さを伝える。
けれど、聞きたいのは。
「そ、そうじゃなくて……そんなの、明かして大丈夫なの?」
「まぁ……あんまり人に話すことじゃないけれど。でもまぁ、別にばれても大丈夫だよ。そんなに大したことじゃないし」
でも、危険は増えるはずだ。
もしもリナの魔力が特殊であることが周知されれば、私ほどではなくても、多方面から狙われるかもしれない。もちろんリナには私よりは対処能力があるのだろうけれど、それでも危ないことに変わりない。
「言わないほうが……いいんじゃないかな。だって、そんなの多分、知られたら面倒なことになるよ……?」
「そうかもね。でも、それでミューリが助けられるなら構わないよ」
リナは微笑み、優しく私の髪を撫でる。
その大きすぎる優しさは、不安になった心を穏やかにしてくれるけれど。
でも、同時に関係の不釣り合いを示していて。
「まぁでも、ラスカ先生の興味は引けなかったからね。私の魔力情報じゃだめだってことだね」
たしか先生は、リナのことをすでに知っていると言っていた。
そんなにも彼女の出自のことは有名なのだろうか。
いや、そういうわけではないのだろう。そんなことは噂ですら聞いたことはない。ただ先生がリナの想定以上に詳しかっただけで。
「だからまぁ、別の方法を考えるよ。うん。まだいくらでも手段はあるから」
リナは少し悲しそうにしながらも、励ますように明るく言う。
けれど。
「……え、でも」
それ以上言っていいのか迷う。
彼女は先生に頼るのを諦めたようだけれど、そうではないはずだ。まだ別に手段はある。
私が魔力情報を渡せば、先生は協力してくれると言っていた。
どうしてリナはそれを言わないのだろう。
……いや、そんなのわかりきっている。
「ん? どうかした?」
「……ううん。なんでもないよ」
私が魔力情報を渡したくないから。
それをリナもわかっているから、私に先生に協力しろとは言わない。
髪を撫でてくれる彼女に何も言わず頭を擦り付ける。
それにこたえるように、彼女は私の身体を抱き寄せる。
リナの暖かさと優しさに甘えている。
今回もリナは私を助けるために行動したのに、結局私は協力1つできない。
でも、彼女に甘えるのは心地良い。
心地よくて、やめられない。




