表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
信奉少女は捧げたい  作者: ゆのみのゆみ
2章 傲慢と回顧
29/121

第29話 冷気が訪れる

 私は全く知らなかったことだけれど、私がエレラによって閉じ込められていた間に、学校では結構な騒動になっていたらしい。それは別に私がいなくなってしまったことに対してではない。


『魔法生物の実験体が脱走したんだって。結構強力な魔法生物だったみたいで、学校中が大騒ぎだったよ。そのせいでミューリを助けるのが遅れちゃって……』


 リナはそう言っていた。

 みんなはそちらを気にしていて、私独りのことなど誰も気にも留めていなかったとか。当然と言えば、当然だけれど。

 私もリナ以外の人に気にかけられても、どうすればいいわからないし。


 逆に言えば、リナだけは私を気にしてくれていていた。

 彼女は本当なら先生に頼るとか、そういう手もあったのだろうけれど、彼女は1人で私を助けに来た。多分、先生達は魔法生物への対処に追われていたから、1人でくるしかなかったのだろう。


 その騒動の解決には上級生とかが頑張ったようだったけれど、それでも学校中を巻き込んだ騒ぎになって、けが人も数人でたらしい。それ以降の数日はその話でもちきりだった。


 古びた旧校舎で行われた私達の諍いは噂にもならない。

 けれど、確実に目に見えて変わることもある。


 例えば、ヘンリー先生はいなくなった。

 私を攻撃した男だったけれど、多分リナが倒してしまったのだろう。

 もう学校にはいないようだった。殺してしまったのかもしれない。それを彼女に聞く勇気は、私にはまだないけれど。


 表向きには、急用で学校を去ったとか。

 そんな風になっていたはずだ。


 けれど、みんなは噂をする。

 ヘンリー先生が魔法生物を放ち、そのせいで学校を追われることになったとか。

 噂の元を辿れば、魔法生物を生み出し、管理していたいくつかの研究所の担当教員が彼であったことらしい。

 

 それだけで決めつけるのはどうかと思うけれど、実際それは結構当たっているのではないかと思う。 

 あの事件において、彼は主犯で黒幕だった。

 私を殺す間に邪魔が入らぬように、それぐらいのことをしていてもおかしくはない。証拠などはなにもないし、あったしても握りつぶされているのだろうけれど。


 まぁ、そんな感じで私が死にかけた事件は、なかったことになった。

 別にそれ自体はどうでもいい。わざわざ収まったものを掘り出すほどのことじゃない。

 それにこんな隠蔽なんて、今更だ。


 アオイの時も同じように、何もなかったことになった。

 彼女が死んでしまったのを知っているのは、現場に居合わせた幾人かの生徒を除けば、リナと私と一部の先生だけになったし。


 それに今回の事件に関しては、何もなかったことになっていた方が良い。

 もしも今回の事件の話をするのなら、彼女にも触れざるを得なくなる。


 エレラ。

 彼女はヘンリー先生に唆された要素があったとは言えど、自らの意思で私を監禁し、リナへと戦いを挑んだ。

 明らかに当たれば殺す魔法を放っているのだから、その話をし始めると、エレラにも何かしらの罪にかかってしまうだろう。


 まぁ、彼女がそれを気にするかはわからない。 

 もう彼女はこの学校にはいないのだから。


 あの医務室で話して以来、エレラはどこかへと消えた。

 一応、転校したことになったらしいけれど。


 転校先を知っている様子のものは誰もいなかった。

 それどころか、連絡先すら消されていた。

 とことん、足取りを追わせる気はないらしい。

 それとも、何かの事件に巻き込まれたか。

 少し心配に思ったけれど。


「エレラなら、大丈夫じゃない? またいつか会えるよ」


 リナは飄々とそう言った。

 彼女がそう言うのなら、そうなのだろう。


 エレラとの関係の長さは、リナの方が長いのだから。

 多分、私よりも彼女の方がエレラのことをわかっている。


 それ故なのだろうけれど、リナの中に見えた確かな信頼に嫉妬して。

 私以外の誰かを心配しないことに安心した。


「ちょっと寂しくなるね」

「……うん」


 寂しくなるというのは事実ではある。

 私もエレラのことは友達なのだから。

 アオイのように死ぬことはなかったけれど、それでもまた失ったとほぼ同義ではあるから、悲しみ自体はある。


 でも、それ以上に私は喜んでいた。

 エレラがいなくなれば、リナと2人きりの時間が増えるから。

 こんなことリナには言えないけれど。

 何も言わないほど、私は強くもない。


「でも、リナがいるから、大丈夫」


 それだけを言っておく。

 本当はリナさえいれば、なんだっていいのかもしれないけれど。

 ちょっと望みすぎてしまう。彼女といると。


「ありがと。私もミューリがいてくれれば、寂しくないよ」


 リナは少し頬を染めながら言葉を返してくれる。

 そうしてくれれば、私もやっぱり安心する。

 指を絡ませて、手を握る。


 じんわりと彼女の熱が伝わってきて、私の内の寒さを消してゆく。

 もう私はこれがなくては、孤独の寒さには耐えきれなくなってきている。


 私達はそのまま2人で横になる。

 そのまま見つめ合っていたら、私はもっと彼女に触れたくなるけれど。


「……おやすみ」

「うん。おやすみ」


 明日も授業があるのだから、そろそろ寝た方が良い。私はともかく、リナは授業を聞きたいようだし。

 けれど、私が求めれば、彼女は断らないだろう。でも、これ以上負担になるのは、本意じゃない。少なくとも今は。


 まぁ、そうは言ってもすぐに眠れるわけもなく、私は目を閉じたまま時を待つ。

 多分、リナも同じだったのだろう。

 もぞもぞと彼女の身体が動く。


「起きてる……?」


 リナの問いかけに、私は目を開けることで返事をする。


「どうしたの?」

「えっと、ミューリはこの学校にいて長いんだよね?」


 彼女は少し言いづらそうに私に問いかける。

 唐突な質問と思いつつも、私は少し年月を数える。

 私がここに来たのは、10歳の時だから。


「5年、ぐらいかな。どうして?」

「ちょっと、気になって」


 歯切れの悪いリナを見ていれば、それだけでないことはわかるけれど、私は別に何も言わない。

 それに私のことに興味を持ってくれていることに悪い気はしない。


「その、どうしてこの学校に来たの? 正直、私、ミューリはずっと研究所にいるものだと思ってたから」

「えー、どうしてだっけ……」


 たしか……私が望んだからだ。

 私には選択肢があった。


『何かしたいことはありますか?』


 昔、私が蘇生魔法を使えることを知った国の偉い人は、私にそう問うた。

 けれど、そんな急に言われても、子供の私は何も答えれなかった。

 

 見かねて、色々選択肢を提示してたけれど、全部生きることに不自由はなくても、監視の目が絶えないところばかりだった。当然と言えば、当然だけれど。


 その中でも最も私の目を引いたのは学校という文字だったのだと思う。

 なんとなく私は学校というものに憧れを持っていた。行けば、たくさんの理解者ができて、その中には命を捧げられる誰かもいるかもって。


 だから私は学校を選んだ。

 私の答えに彼らは少し難色を示した。自ら提示した選択肢の癖に。

 けれど、最後にはお付きの人が何かを言って、私の意見は通った。


「私のわがままかな。期待外れだったけれど」

「そう、なの?」

「まぁ、5年間通ったけれど、楽しいことなんてなかったし」


 結局のところ憧れは憧れでしかない。

 通ってみれば、魔法の使えない私に友達などできるわけもなくて。

 歩み寄ろうとしてくれた同室の先輩も私が傷つけてしまった。


「でも、今思えば良かったよ。リナに会えたし」


 私の言葉に彼女が嬉しそうに微笑む。

 そしてまた疑問をこぼす。


「でも、そっか。それなら、あまり学校以外には行ったことないの?」

「あまりというか……1回もないかも。学校からはでちゃだめだから」


 私の回答に、リナが目に疑問符を浮かべる。


「でも、長期休暇とかは? 家に一度帰る人も多いって聞くけれど」

「私は、だめだよ」


 私は一度瞬きする。

 そして握った手を開いて、またリナの手を握りなおす。


「でちゃだめなんだ。私はどこにもいっちゃいけない」


 それはまぁ単純に私が逃げられないようにという意味と、私の命を狙う何かから守ると言う意味があるのだろう。最終的には蘇生魔法を使って欲しいのだろうから。

 故に、私は学校に通うことを許されていても、学校から去ることは許されていない。多分、ここを去る時は卒業か蘇生魔法を使えと言われる時だろう。


「そう……なんだ。それは、ミューリの魔法が関係してるの?」


 彼女は少し悲しそうに問いかける。

 それに私は努めて明るく答える。


「うん。どこか行きたかったのなら、ごめんね。あれなら、1人で行ってきてもいいから」

「ううん。そういうわけじゃないよ。でも」


 私の言葉にリナは焦ったように言葉を返す。

 少し彼女は逡巡して。


「それなら、うん。ミューリ」


 リナは自らの中で何かを納得させるように呟いて、私の名を呼ぶ。

 それに私は見つめることで、返事をする。 


「前から少し考えてたんだけれど……」


 リナは少しの揺れと、確かな覚悟を目に宿し、私を見据える。

 そして。


「私達も学校を出よっか」


 微笑みながら、そう言った。 

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ