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信奉少女は捧げたい  作者: ゆのみのゆみ
2章 傲慢と回顧
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第28話 熱に包まれる

「ミューリ……ここにいるよね?」

「いるよ。ここにいる」


 リナの不安そうな問いに肯定を返せば、彼女は安心したように微笑み、私を見つめてくれる。それがとても暖かい。


「うん……もう、大丈夫」


 リナが呟く。

 彼女は焦点を合わせ、私を捉える。

 それで私も彼女が立ち直ったのだと察する。


「ごめんね。私、ちょっと変だったよね。でも、もう大丈夫。落ち着いた」

「変だなんて、そんなこと……」


 結局のところ、また私が何もわからないうちに、彼女は立ち直った。

 やはりリナには私の助けなどはいらないらしい。

 相も変わらず歪な関係だなと思うけれど、夢の関係なのだから、それぐらいは許して欲しい。


 いつかはリナを現実に返すから。

 それまでは私の夢の中で共に。


「ありがとね。ミューちゃんのおかげ」

「そう、かな。何もしてないけれど」


 リナは首を横に振る。

 でも、本当に私は何もしていない。

 ただ私は自らの願いを口にしたぐらいで、リナには何もしていない。

 けれど、彼女が助けられたと錯覚しているのなら、私の罪悪感も多少は薄れる。


「……私ね。ほんとは身勝手な人間なんだ」


 リナが私を見つめながら呟く。

 私は何を言っているのだろうと思った。

 彼女はいつも誰かのために動いているのに。


「前に話したけれど、私、生き残ったんだ……生き残っちゃたんだ……白棘刃っていう魔法生物と出会って、私だけ生き残った……あれは、正確じゃなくてね」


 それは過去の話。

 リナの過去の話。

 私のいない過去の話。

 けれど、さっきのようにその視線は過去を向いているわけではない。


「私を助けてくれた人がいたんだ。カーナが私を助けてくれた……」


 カーナという名前で、前に話してくれたことを思い出す。

 たしかリナの未開域探索者をしていた時の仲間で、カーナ、クライス、リオンの3人の中の1人だったはずだ。


「白棘刃が現れた時、最初にクライス、リオンが殺されて、私は心が折れて、ここで死んじゃうんだと思った。ミューリにも会えず、死んじゃうんだって……でも、カーナが私を立ち直らせてくれて、それで……」


 リナが言葉を区切る。

 言いづらそうというよりも、思い出すことが辛そうで、そこまでして話すことはないのではないかと思う。

 私も彼女の過去は気になるけれど。私も過去の話をちゃんとしたことはないし。

 

「大丈夫? 無理することないよ」

「……ううん。ミューリには知ってほしいから。私のこと」

 

 強い眼差しでそう言われれば、私は彼女を止められない。

 それに、そう思ってくれることがどれだけ嬉しいか。


「あまり気持ちの良い話じゃないけれど……」

「それでもいいよ。私もリナのこと知りたい」


 そう素直に言えたことにほっとする。

 私はやっぱりリナのことが好きらしい。

 それが歪んだ好意であっても。


「カーナに励まされて、私達は勇気を出して逃げ出した。必死だったよ。息を殺して、様子を伺って、走って……でも、見つかった」


 リナが息を切らす。

 まるで当時もそうだったかのように。


「私達は逃げてるつもりが袋小路に誘い込まれただけだった。そして攻撃が来た。多分、カーナは気づいていなかったんだと思う。私だけが気づいて……それで、私は私の身を守るので精一杯だった……それで、カーナは死んじゃった」


 それは確かに見捨てたことになるのかもしれない。

 けれど、それを誰が責められるだろう。

 第一指定危険魔法生物の攻撃となれば、反応するのも難しいはずだ。その中で咄嗟に仲間も守るほどの防御魔法を使うなんて、不可能に近い。むしろ自分の身を守ったことを誇るべきだろう。


 でも、リナは自分を責める。

 そんなことをしなくていいのに。


「その後、私はもう無我夢中で……どうすればいいかわからなくて、魔法をたくさん使って……気づいたら、病院だった。白棘刃は私が倒したって聞かされたよ。何も覚えてないけれど」


 リナが笑う。

 それは自嘲の笑み。


「笑えるよね。ちゃんと戦ってたら私なら倒せたってことなんだもの。でも、私は怖くなって逃げて、カーナを我が身可愛さに見捨てた……」


 そこで言葉を区切り、瞬きをして、リナは私を見据えなおす。

 そっと息を吐いて、手を重ねる。


「昨日も同じ……私はリナよりも自分を優先した。私が勝手な人間だから」

「そんなこと……」

「ううん。きっとそうだよ。私はずるいから、ミューリにずっと隠してたんだ。このこと」


 リナの眼差しは不安に揺れるけれど、確かに私を見ていて、そして何かに満ちていた。

 それが何かは私にはわからない。

 決意? 信頼? 覚悟? 

 それともその全てか。


「こんなずるい私だけれど……まだミューリの隣にいていいかな……?」


 今にも泣きだすのではないかと思うほどに震えた声でリナは望みを語る。


「ミューリのことは守りたいし、それに助けたい。それは嘘じゃないよ……でも、多分、私はまたきっと自分を優先しちゃうと思う。それでも、いいかな……?」


 私はそれにきゅっとなる心を押さえつけ、言葉を探して。

 そして、探す必要がないことを思い出す。

 ただ素直に言えば良い。


「リナは、私のこと、好きなんだよね?」

「ぇ、うん。好きだよ」


 リナは唐突な私の質問に一瞬、きょとんとしたけれど、すぐに肯定を返してくれる。


「一番好き?」

「うん」

「他の人よりも? 誰よりも?」

「うん、ミューリが一番大切」


 それにほっとする。そこには一点の曇りすらないことに。

 ならば。


「なら、なんでもいいよ」

「い、いいの? そんな簡単に……」

「うん。リナが好きだって言ってくれるなら」


 それなら私はずっと一緒に居たいと思える。

 この夢の中でずっと。

 それがいつか覚める夢だとしても。


「で、でも。私はきっと最後は自分のことを優先しちゃうよ?」

「いいよ。そんなこと」

「そんなことって……」


 私が自分のことばかり考えている人だからだろうか。

 それはあまり気にならない。人を優先できる人の方がおかしいといえばおかしい気もする。

 それに私は別にリナに守ってもらいたいなんて思っていない。


「でも、他の人を守ったりしないで。誰も守らなくていいから。誰の助けもしなくていいから、私の傍にいて欲しい。私も別に守らなくていいよ。でも、私だけ見て。その好きを私だけにちょうだい」


 私はあまり深く考えずに素直に想いを口にする。

 多分、面倒くさいことを言っている。それは自分でもわかってる。

 けれど、リナは私の言葉に微笑み。


「私の好きな人は、ミューリだけだよ。それなら、一緒にいてくれる?」

「……うん。それなら一緒にいたい」


 私達はもう少し身を寄せ合う。

 そして触れ合い。


「ふふっ」


 唐突にリナが少し笑う。

 なにかおかしかっただろうか。

 そんな疑問が顔に出ていたのか、彼女は焦ったように手を振る。


「あ、いや。ほんとに良かったと思って。ミューリが私を受け入れてくれて」

「そんなことで私がリナのこと嫌いになると思う?」

「そういうわけじゃないけれど……ううん、そういうことかも。私、怖くて。だって……こんな私、誰も好きじゃないと思ったらから……」


 それはちょっと心外かもしれない。

 私はもう大抵のことではリナのことは嫌いにはならない気がする。

 そんな自信を持っていいのかはわからないけれど、でもそれぐらいには彼女のことを好きになれている気がする。

 もちろんそれは、彼女の好意ありきなのだけれど。


「私、ミューリに嫌われたら生きてけないから……だから怖かったんだ……」


 私はその弱々しいリナを見て、言いようのない多幸感に包まれていた。

 きっとこんな彼女を見れるのは珍しい、

 こんな弱くて、不安そうで、今にも崩れそうな彼女を見れるのは。


 私が名も知らぬ友人も、過去に仲間だった人も、こんな風に嫌われたくないと悩むリナを見ることは難しいはずだ。これは多分、私の、私だけのリナ。


「ねぇ、リナ」


 これは私の独占欲なのだろう。

 いつかは手放さないといけない。

 それはわかっているけれど、リナがいないと息ができないから。

 そんな言い訳をして。


「大好きだよ。リナのこと、大好き」


 そしてもっと嬉しいことは、私がこうして好意を囁くだけで、彼女は私だけに見せる表情をしてくれる。

 それをどう形容すればいいかは未だにわからないけれど。

 でも、この表情が私だけのものであることはわかる。

 もしも同じ顔を他の誰かにしているのなら、私は嫉妬と衝撃と怒りで死んでしまう。それぐらい私は自らの中に独占欲を見つける。


 私の、私だけのリナ。

 その表情をずっと私のものにできたらどれだけ素晴らしいだろうか。

 ずっと私達の部屋の中で、彼女とふたりきりで過ごせたら。


 リナは自分のことを身勝手だと言ったけれど。

 私の方がきっと身勝手なのだと思う。

 偏りの酷い歪な関係だと言うのに、もっとってリナに求めて、強烈な独占欲を抱いている。

 だから。


「リナ、私のものになって」


 だからついそう言ってしまう。

 まずいと思った時には、すでに言葉は音になった後だった。

 私の不安で焦る心を見透かしたように、彼女は小さく笑う。


「私はもうミューリのものだよ。昔からずっと、私の心はミューリのもの」

「そう、なんだ……嬉しい……」


 本当に夢のよう。

 私達はやっぱり夢の中にいる。

 そうでなくては、こんな理想にはならない。

 だから私は夢が覚めないように心底願う。


「大好き……」


 それは私の声か。

 それともリナの声か。

 もしくはその両方か。 


 音が重なり。

 指が絡まり。

 身体が触れ合い。

 心が寄り添う。

 そして、私達は共に夢で過ごす。

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