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信奉少女は捧げたい  作者: ゆのみのゆみ
2章 傲慢と回顧
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第27話 熱を閉じ込める

 複雑な感情の入り混じる笑顔のリナは、駆け足で私に近づき、手を伸ばす。

 けれど、その綺麗な手は途中で止まる。

 どうしたのだろうと彼女を見れば、彼女は小さな虚ろと共に私を見つめていた。


「ミューちゃん……私……」


 私の横で立ちすくむリナに、座るように誘う。

 彼女はおずおずと腰を掛ける。なんだかそこには遠慮が見えて、ちょっとむっとする。


 けれど、それも彼女の顔を見れば吹き飛ぶ。

 リナは何かに怯えるように、私を不安そうに見つめていた。

 私にしか見せないその表情に少しの喜びを感じながら、彼女の不安を取り除こうと言葉を選ぶ。


「えっと……私は大丈夫だよ。リナは? 怪我とかない?」

「……うん」


 その顔は今にも泣きそうで、私は何と声をかければいいかわからなくなる。けれど、彼女にはそんな顔をしてほしくない。

 だから、ただ素直に言葉を紡ぐ。

 私にはこれ以外に手段は思い浮かばなくて。


「無事で良かった。また助けられたね。ありがとう」


 もう何度目だろう。

 こんな風にリナに助けられるのは。


 彼女が来てからの数ヶ月で、私はもう何度も助けられた。

 その力に。その心に。その存在に。

 彼女がいなければ、息だって難しかっただろうから。


 だから感謝を伝えたのだけれど。

 彼女の顔から苦痛は消えてくれない。

 それは後悔だろうか。私にははっきりとはわからない。


「ちが……私……また、私のせいで……」

「リナのせいじゃない……そうでしょ?」


 今回のことは、別に誰のせいでもない。

 強いてあげるのなら、私を攻撃した先生が仕組んだことなのだろうし、それに乗せられたエレラも多少の責任はあるのかもしれない。私も、無警戒にエレラに会いに行ったことは良くなかったかもしれない。

 

 でも、リナのせいではない。

 もしも何かリナのせいなことがあっても、彼女は私を助けてくれたのだから、それで帳消し以上だろう。

 けれど、彼女は自分のせいだと言う。


「……どうしてリナのせいになるの? リナが私を助けてくれたのに。それで、なんで……」


 私にはわからない。

 どうしてリナが自分のせいだと言うのか。


 ちくりとどこかで痛みがする。

 また私は彼女のことがわからない。

 それは嫌だ。


 でも、少し嬉しい。

 リナのことがわからないのが嫌だと思うのは。

 リナのことを知りたいと思えるのは。

 私がリナのことを好きである証拠だとも思うから。


「私の、せいだよ」

「どうして……?」


 けれど、それ以上に私は心配になってくる。

 彼女はどこか別の場所を見ている気がする。

 私とは違うところへと行ってしまうような。


「リナのせいじゃないよ。リナは何も悪くない」

「ううん……違う」


 私はゆっくりと彼女に手を伸ばす。

 それはとても恐ろしいことだったけれど、彼女は私を受け入れ、触れることを許してくれる。


 リナに触れると、とても温まる。

 最初はきっと彼女の熱にあてられていたのだろうけれど、今は私から生まれる熱もあることを知っている。


 だから私はいつかに彼女がしてくれたように、そろりと彼女の白い髪に触れ、頭を撫でてみる。これでリナの心が安らぐのならと思って。


「私が……悪いの」

「リナは何も悪いことしてないでしょ? 何も悪くないよ。」


 けれど、この程度ではリナの心は変わりはしない。

 やっぱり私にはそんな力はない。


「でも、私は……だって! だって……私がミューリを1人にして……それに……私の目の前であんな……守るって言ったのに……でも、できなかった……私が……」

 

 リナが小さく叫ぶ。

 そして彼女の言葉は、呟きへとなってゆく。

 私を捉えてくれていたはずの視線は、別のどこかへと移ろう。

 なんだか私は怖くなって、必死に言葉を紡ぎ、繋ぎとめようとするけれど。


「私は大丈夫だよ。リナのおかげで。リナのおかげなんだよ?」

「私、が……私が悪い子だから……」

「そんな、そんなことないよ。だって、そんなの」


 私の言葉は届かない。

 ただ彼女は俯き、虚を見たまま。

 それがとてもじれったい。


「ミューちゃんといちゃいけない……私なんかじゃ……」


 リナは呟きを加速させる。

 その言葉は自虐に走る。


「結局私は誰も守れなくて……そんなんじゃ私……私が生きてる意味なんて……」

「そんなこと……」


 そんなことはない。

 本当にそんなことはない。

 リナは私は助けてくれているのに。


 でも、彼女の思考は戻ってこない。

 どこかへと消えてしまいそうで。

 私はなけなしの勇気を振り絞り、彼女を抱きしめてみるけれど。


「私は……本当はもっと早く……もっと早く死ぬべきだった……ミューちゃんに会いたくて……生きてきた、けれど……でも! でも私が……そんなことしちゃいけない……」

「なんで……なんでだめなの? 私は嬉しいよ。リナに会えて」


 深く暗く落ちていきそうなリナの思考を引き留めようよと、私の中の言葉を吐き出すけれど、そんなものでは彼女は止まらない。

 いや、元々私が彼女を止めることなど不可能なのだけれど。

 彼女の精神に比べれば、私の言葉など何の意味もない。


「だ、だって……私にはそうする資格がない……ミューちゃんみたいな人と関わっちゃいけない……」

「そんなことないよ……私はリナに選んでくれて嬉しいよ」


 多分、私ができることはこっちに来て欲しいと願うだけで、あとはリナ次第なのだと思う。私ができることは祈ることだけ。

 彼女が私を引っ張ってくれることはあっても、その逆はないのだから。


「だって私は人殺しで……誰かを守るための力なのに……誰も……誰も守れない……」

「そんなことないよ。今までも、今回も私を守ってくれたよね」


 それは事実だと思う。

 アオイからも、エレラからも、知らない先生からも、リナは私を守ってくれた。

 だから誰も守れないなんてことはない。

 そのはずなのに。


 リナは首を横に振る。


「ミューちゃんへの攻撃も……私は……私なら護れた。でも、私が護ったのは、私のこと……咄嗟に防御障壁を張ったのは私自身のため……あの時と同じ……私はまだ私のことばかりで……」


 息を呑む。

 リナはあの奇襲に反応できていた。

 でも、それはそうだ。


 彼女は私の近くにいたのだから、攻撃の直撃はともかく余波による怪我すらないのは、防御できたからに他ならない。

 でも、それは私が弱いせいだ。私が自分の身を自分で守れる人なら、こんなことにはなっていない。


「ちがう。ちがうよ。自分のために魔法を使うなんて当たり前でしょ? それに私はほら、生きてるから」


 どうして生きているかはわからないけれど。

 喉元まで出かけるその言葉を呑み込む。


「そ、それに……私、リナがいないとやだよ。リナがいてくれるから、私も」


 息ができている。

 リナがいてくれるから、生きているのだから。


「死んだら、やだよ。死んじゃだめ……」


 それはただの懇願ではある。

 彼女の命をどう使おうが彼女の勝手なのだけれど。

 傲慢にも私はそれに指図する。

 けれど、それが命令能力を持つわけではないから、ただの懇願に過ぎないことは私が一番わかっている。


「ずっと一緒にいて……私を独りにしないで……」


 そう願ってみるけれど、多分、それは無理なのだろう。

 そんな言葉が心に蔓延りそうになるけれど、それから目を背けながら、彼女を呼ぶ。

 けれど、顔をあげたリナの目はまだ虚ろのままで。


「でも……一緒にいたら、また……」


 彼女の呟きが遠くなっていく。

 私の傍から離れていくようで。


「あれ……私……どこに……」

「り、リナ?」


 唐突に彼女の視線が動く。

 視線が私を見るけれど。

 それは私を映していない。


「ミューちゃんだ。ミューちゃんがいる……あれ……なんで……?」


 彼女の声色が途端に明るくなる。

 けれど、言っていることはどこかおかしい。

 彼女は何を言っているのだろう。

 声色は明るくても、話が合っていない気がする。


「夢……なのかな……夢だよね……だってこんな……ミューちゃんとこんな風に過ごして……恋人にもなれるわけないもの……ミューちゃんに肯定されるなんて……ただの願望なんだから……」


 私は悟る。

 彼女の心はどこかへと行こうとしている。

 きっといろいろなことがあったのだと思う。

 私には想像できないほどに無数のことがあって、リナは色々な事を考えて、それで負担がかかりすぎて、色々なことを気にしすぎているのだと思う。


「だってまだお金もなくて……だから第八十八回古代研究所調査に行かないと……だから……あれ? カーナは? クライスとリオンも……そっか、私が起きないから先に行ちゃって……早く準備しないと……置いてかないで……みんな、待って……!」


 息を飲む。

 リナが大きく息を飲む。

 目を大きく開いて。

 でもその視線は虚空のまま。


「ちがう! ちがう……みんなが置いてくわけない……! 死んじゃって……私の、私のせいで……」


 苦しそうに叫ぶ彼女をみて、私は小さな苛立ちを感じていた。

 いつまで過去を気にしているのだろうと。

 いつまでも過去を気にしている自分のことを棚に上げて思う。


 いつもリナは誰かのことを気にしている。

 それは過去の大切な人やその系譜に限らず、今の友人も。


 それは多分、人としては美徳で、彼女が眩しい理由なのだろうけれど。

 でも、私は。

 私のことが好きなのなら、私を見てくれればいいのに。私だけを。 

 過去なんて忘れてしまえばいい。

 私のことだけ考えてくれればそれで。


「リナ! リナ……! 私を見て……お願い……!」


 そんな気持ちが抑えきれずに私は叫ぶ。

 それに……独りになるのが怖くて。

 でも彼女は虚ろなまま。

 それでも視線はこちらに向く。


「ミューリのことも守れない……私なんかと一緒じゃだめだから……みんな死んじゃう……私のせいでみんな……」

「リナのせいじゃないよ! それに……それに私、そんなこと頼んでない! 私はリナがいればそれで! 誰も守らなくていいから、それで、いいから……お願い……私を見て……!」


 不思議な苛立ちと心配と不安で。

 もうわからない。

 けれど私は必死に声をかける。

 どうすればリナが帰ってきてくれるかわからなくて。

 それでも、リナに帰ってきてほしくて声をかける。


「ミューちゃんと一緒にいれる夢……その夢を見れたんだから、もういい……この夢を見られただけで、私は満足するべきなのだから……満足しないと……それだけでも心底恵まれた……」


 夢、それは確かにそうかもしれない。

 私も今のこの状況が夢のように感じる。


 リナが私を好きだと言ってくれて。

 私もリナが好きだと言えて。

 共に過ごして。

 多少の問題はあったけれど、でも一緒にいた。


 それが確かに夢かもしれない。

 この状況は夢だという方が正しいのかもしれない。

 実際夢のようなのだから。

 でも。


「夢じゃ……夢にいちゃいけないの?」

 

 でも、夢に浸り続けていてもいいはずだから。

 現実なんて辛くて、苦しいだけだというのなら。

 夢に逃げ続けたって。


「ミューリ……でも、そんなの……」


 ほんのりとリナの目が私を映す。

 それにほっと安心する。同時にやっと気づく。


 私の中の心配も不安も苛立ちも、全部、リナに向けられていたもので。

 それは彼女が夢から目覚めようとするからだったのだろうと。

 私との夢を捨てようとするからなのだろうと。


「リナは……リナはどうしたいの……?」 


 それに気づけば、私はもう叫ぶことはできない。

 ただ私はまた必死に動いて、ただ彼女を縛っていただけなのだ。


 リナが現実と戦うことを選ぶのなら、それを止める権利などない。

 止めていいとは思えない。

 でも、私は。


 私は、ずっとリナと夢で過ごしていたい。

 その思いの熱が今にもあふれ出しそうになっている。

 いや、溢れだした後か。


「ミューリ、泣いてるの?」

「ぁ、ぃやっ、これは……!」


 違う。

 私は本当なら祈るべきなのだと思う。

 リナが真に幸福を掴むことを祈るのなら、私に寄り添うことなどあってはいけない。夢から覚めて現実に。

 現実の中で立ち直るべきなのだと思うし、彼女ならそれを成せる。


 でも私は夢が失われると思うと、怖くて不安で嫌で少しの苛立ちと共に悲しくて、泣きそうになる。


「……もう少し、ここにいてもいいかな……私、まだミューリといてもいいのかな……こんな夢みたいな生活を続けてもいいのかな」


 だから、リナが目に光を取り戻していったとき、私は思わず。


「うん……!」


 浮いた声をあげてしまう。

 けれど、遅まきながら気づく。

 リナの笑顔が眩しくないことに。


 何かを諦めたような。

 何かを捨ててしまったような。

 何かから目を背けたような。


 そんな小さな暗がりのせい。

 それが何かは私にはわからないけれど。

 でも、リナから輝きが消えたことが私は少し。

 ほんの少しだけ、嬉しいと思ってしまった。

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