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信奉少女は捧げたい  作者: ゆのみのゆみ
2章 傲慢と回顧
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第26話 火種は吹かれる

 目が覚めれば、そこは医務室だった。

 なんだか二度目の展開だなと頭の片隅で思いつつ、重い身体を持ち上げる。

 今は夜のようで、暗い中で星の薄明かりのみが小さな部屋の中を照らす。

 

 朧げな記憶を辿る。

 たしか……エレラに閉じ込められて、リナに助けられて。

 そして男が来て。


 赤い記憶が蘇る。

 えぐれた腹。

 曲がった腕。

 潰れた足。

 片目の視界。

 血まみれの身体。


「ぉえっ」


 吐き気が込み上げてきて戻しそうになるけれど、ただ不快な感覚が喉に集まるだけで、それ以上のことは起きなかった。

 それと同時に強烈な空腹感が走る。

 もう何日も食べていないのかもしれない。


 一応、恐る恐る自分の身体を確認してみるけれど、普段と変わらない私の身体がそこにはあった。どうやら、無事に助かったらしい。

 リナが助けてくれたのかな。


「リナは……」


 前はいた彼女が、今回はいない。

 そのことに心の底から残念に思うと共に、不安感が込み上げてくる。


 リナは大丈夫なのだろうか。

 あの状況から私が助かっているのなら、リナも助かっているはずだけれど。

 今は深夜のようだから、部屋にいるだけだと信じたい。


「ミューリ? 起きたのかしら」


 ふと隣の布団から声が聞こえる。

 そこにはエレラがいた。


 布団同士の仕切りの先から、私を心配そうに見ている。

 私が視線を向けるととほっとしたように息を吐く。


「良かったわ……もう丸一日以上寝たきりだったのよ」

「そう、なんだ……」


 前の時は3日ぐらい寝たきりだったらしいから、前よりはましな状態だったらしい。


「もう大丈夫よ。何も心配いらないわ」


 エレラの言葉で、私は確信する。

 彼女なら、ことの顛末を知っている。


「り、リナは……大丈夫……?」


 恐る恐る彼女に問う。

 するとエレラは微笑む。


「えぇ。大丈夫よ。今は部屋じゃないかしら。呼んでみるわね」

 

 エレラは慣れない手つきで端末を操作して、リナを呼ぶ。

 

 深夜に呼び出すのはあまり良くないような気がしたけれど、私が止める暇もなかった。というより、あまり止める気にはならなかった。

 リナに早く会いたいから。


 ふと端末を操作しているエレラに違和感を感じる。

 何だろうと、数舜考え気づく。


「……あれ、左利きだっけ」


 私の問いにエレラは困ったように小さく笑う。


 今、彼女は慣れない手つきで通信端末を操作した。

 左手で、端末を操作した。

 前は右手で操作していたのに。


「……後遺症?」


 彼女はこくりと頷く。

 私も詳しくないけれど、魔力増強剤の後遺症は身体に現れるもの。

 魔力が強くなりすぎて、それに身体が耐えられなくなる。


 その代表例は、一時的又は恒久的な身体の麻痺。


「そうね。もう当分、あたしの右腕は動かないわ。一生かもしれないわね」

「そんな……」


 なんでもないことに語るエレラだったけれど。

 なんでもないことなわけがない。


 こういう魔力が原因の後遺症の厄介なところは、回復魔法による治療では治らないということにある。


 大抵の肉体の怪我は回復魔法で治る。

 酷い怪我なら、時間はかかるかもしれないけれど。


 でも魔力の暴走により、身体を動かすための魔力神経系が傷ついてしまえば、そうはいかない。

 もしも治したいなら、魔力神経系自体を治癒する魔法を使うしかないのだけれど、それも危険な行為だから、事実上、治癒は諦めなくちゃいけない。


 可能性があるとすれば、自然治癒を待つしかない。自らの魔力強度を信じて、修復されるのを待つしか。

 それも薄い可能性にはなるけれど。


「足も少し動かしずらいわね。こっちは時期に治るでしょうけれど。この程度よ。だから、そんな顔しないで」

「でも……」


 この程度と言えるようなことじゃないはずなのに。

 もう二度と利き腕が使えないかもしれないというのは、そんなに軽いことじゃないはずなのに。

 もし利き手を起点に術式を描いているなら、今まで培ってきた魔法技術も失われかねない。


「あたしの自業自得よ。それに、あんまり後悔はしてないわ。もちろん、あの男と取引したのは失敗だったのけれど……でも、ああやってリナと対面してみないと、きっとあたしの中の気持ちは燻ったままだったわ」


 エレラは晴れ晴れとした表情をしていた。

 それを見れば、私が何かを言う気は失せる。


 きっとエレラとリナの過去の問題なのだろう。

 私が口を出すことじゃない。

 これも私が何かできることじゃない。


「そうだわ。どうなったか、少し語ってもいいかしら。ミューリも気になっているのでしょう?」


 話を変えるようにエレラが努めて明るく言う。

 私はそれに乗っかれはしないけれど、あえて暗くすることもない。

 だって、辛いはずのエレラがこうなのだから、結果的に見れば後遺症もない私が暗くなっている場合じゃない。


「そう、だね。聞きたいな」

「それじゃあ、そうね……あの男が突然現れて、ミューリは吹き飛ばされてしまったわけだけれど。まずあの男のことから話しましょうか」


 エレラはそうして語りだした。


「あの男はヘンリー先生よ。まだ新任だけれど、一度くらいは授業を受けたことがあるでしょう?」

「それは、まぁ……」


 どうだろう。

 私はあんまり先生の名前とか覚えてない。

 新任ならなおさら。


「リナへの復讐心だけでこの学校の編入試験を受けに来た時に、彼が言ったの。復讐したいのなら、助けてあげましょうか……って。少しでも力が欲しかったあたしはそれに乗ったわ」


 馬鹿な選択だったわね。

 そう自嘲気味にエレラは呟いた。


「彼はどこからか手に入れた違法の魔力増強剤をくれたわ。リナには私も恨みがあるとか言ってね。だから、ミューリ……あなたには危害を加えるつもりはないと思っていたわ」


 けれど、それは違った。

 あの男の目的は最初から私だった。

 最初から私を殺そうと攻撃を仕掛けてきていた。


「多分だけれど……あたしがリナを倒せれば、もしくは弱体化できれば、自分だけであなたを殺すことができる……みたいな計画だったのではないかしら」


 エレラが考え込むように語る。

 それは多分、当たらずとも遠からずなのだろう。


「まぁ、そうはならなかったのだけれど……でも、ミューリを巻きこんでしまったわ。だから、あれはあたしのせいよ。謝って許されることではないけれど……ごめんなさい」


 エレラは心底申し訳なさそうに謝るけれど、私は謝られても少し困る。


「いや……まぁ、いいよ。私も無事だったし……それに、エレラは誰も傷つけるつもりじゃなかった……そうでしょ?」

「……そんな綺麗なものじゃなかったけれど……そうね。そう言ってくれると助かるけれど」


 エレラが言葉を途切らせる。

 沈黙が狭い医務室の中を包む。


「えっと。それで、私が気絶した後はどうなったの?」


 沈黙に耐えきれなくなり、私は続きを催促する。


「そう、ね。あなたが怪我をしていたから、リナが回復魔法をかけたわ。そしてあたしがあなたを担いで逃げた。もう私は戦力にはならなかったから」

「それじゃあ……リナは1人で戦ったの?」

「そうね。けれど、リナは勝ったわ」


 教師相手にも勝てるなんて。

 薄っすらと思っていたけれど、リナはどれだけ強いのだろう。

 それだけ強いのならどうして、まだ魔法の練習を毎日のようにしているのかわからなくなる。

 何がそこまで彼女を追い詰めるのだろう。


「まぁ、あたしもリナが勝ったところを直接見たわけじゃないけれど。でも、リナが教師なんかに負けるはずないわ。だって、あの白棘刃すら倒してるのだし」


 私はその言葉にまた少し違和感を覚える。

 リナが勝ったということにじゃない。私も不安ではあったけれど、勝ち目がないなんて思ってはいない。だって、リナは特別なのだから。


 リナが白棘刃を倒したというのは……どういうことだろう。

 リナの語った過去と違う気がする。


 いや……リナはたしか明言していない。

 どうして生き延びれたのか。

 私はてっきり白棘刃から逃げて生き延びたのだと思っていたけれど。


「あたしは、あなたの方が驚いたわ」

「え、わ、私?」


 急なエレラの話の転換に、私の中に生まれた疑問は別の疑問に移り変わる。

 今の話のどこに私に驚く要素があったというのだろう。

 ただ気絶していただけだけれど。


「正直……諦めかけていたわ。あなたの怪我は深くて、血も溢れ出ていた。回復魔法はかけたけれど……でも、それだけで助かるような怪我じゃなかったわ。そんな半端な魔力損失じゃなかったもの」


 そう、なのだろうか。

 確かに朧げな記憶の中の私は、重症だった。

 あの状態から助かるのは……どうしたのだろう。


 リナが何かしてくれた……?

 いや、エレラの話通りなら、そういうわけではなさそうだけれど……


「けれど、気づけばあなたの怪我は治っていたわ。どんな回復魔法よりも強力な回復魔法で治されていたわ。その代わりに、酷く衰弱していたけれど」


 エレラは不思議そうに語る。

 そして私に問う。 


「回復魔法との相性がいいのかしら」

「えっと……あんまりそんな気はしないけれど」


 そういう適正検査は大体最低評価だった。

 私の魔力は本当に融通が効かないから。


「これは隠しているのなら答えなくて構わないのだけれど。ミューリの魔法じゃないのかしら、あれは。条件発動型の。違うかしら」


 そんなことを言われても私にはわからない。

 そんな魔法をかけたこともない。

 ……もしも心当たりを探すのなら。


「……ほんとに、わからないよ」

「そう。なら、仕方ないわね」


 エレラも深堀りをしようとはしない。

 これ以上聞かれても困るのだけれど。


 でも、同時に私の中には少し仮説ができた。

 私はもう死んでいるのではないか。

 私は死んで、自らの蘇生魔法により生き返った……ただそれだけなんじゃないか。


 けれど、それはただの推測に過ぎないし、これをエレラに話すには蘇生魔法の秘密から話さないといけなくなる。

 それは、エレラを余計な面倒くさいことに巻き込みかねない。

 それに……あんまり蘇生魔法のことは知ってほしくない。


 だから私は黙りこくる。

 ふと、エレラが扉の方を見る。


「そろそろリナが来るわね。あたし、そろそろ部屋に戻るわ。悪いのだけれど保険医にはミューリから伝えてもらってもいいかしら」

「それぐらいなら、いいけれど……大丈夫?」


 まだ身体は治っていないのに、勝手に医務室から出て行っていいのだろうか。

 そう問うてみるけれど、エレラは気丈に笑う。


「大丈夫よ。それに、2人の邪魔はしたくないのよ」


 邪魔だなんてそんな。

 そう言うよりも早く、エレラはゆっくりと立ち上がる。


「ミューリ、感謝するわ。ありがとう」

「ぇ?」


 彼女が呟く。

 その言葉の意味を問うよりも早く、彼女は右足を小さく引きずりながら医務室から出ていった。


 そして入れ替わるように、リナが扉を開ける。


「ミューちゃん……!」


 その不安と恐怖と安心と歓喜が入り混じる笑顔で私を見ていた。

 その眩しい笑顔を見れば私は、自然と身体が熱を帯びる。

 

 同時にエレラがどこかに行ってくれていて良かった。

 そんなことを心の片隅で思ってしまう。

 

 だって、あんな笑顔は私以外の誰にも見せて欲しくない。

 そんな醜い独占欲を持ってしまうから。

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