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信奉少女は捧げたい  作者: ゆのみのゆみ
2章 傲慢と回顧
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第23話 炎が灯る

「でも……良かった……ミューリに嫌われたわけじゃなくて」


 寝る前にリナはそう言った。

 私は少し笑ってしまう。


「ほんとに怖かったんだよ。嫌われたらどうしよって……」


 心底不安そうに言葉を紡ぐ彼女はとてもいじらしい。

 けれど、不安だったのは私も同じだった。だから素直に言葉にするべきなのだと思う。


「私はリナのこと好きだよ」


 多分という言葉はつけなかった。

 ほんの少し自分の心に自信がついたからだろうか。


 彼女は嬉しそうに眩しい笑顔を向ける。

 それに胸がどきりとするのを感じて、私はリナのことが好きなのだと確かめる。


「私、幸せだな……そんな風にミューリに思ってもらえて……」

「そんなこと言ったら、私もリナと恋人になれるなんて、思いもしなかったよ」


 思えば、随分と遠い所に来たものだと思う。

 10歳にこの学校に来てからの5年間では何も起きなかったというのに、この数カ月で何もかもが変わった。

 少しの間に彼女は私の心の穴を塞いで、私の生きる糧になった。


 彼女のことを思い出す余裕もなかった5年間が嘘のよう。

 いや……きっと私はほとんど忘れていたのだろう。

 永遠のように感じる孤独の中では、誰かといた記憶なんて毒でしかないのだから。


 そう思えば本当に良かった。

 こうできているだけでなんたる幸運なのだろう。


「でも……今日はごめんね。私、ちょっと面倒くさかったよね」


 そんなことはない。

 そう言おうするよりも早く、リナは言葉を続ける。


「ミューリが私から離れていく気がして」


 それは私も同じ。

 リナも私と同じで不安だったのかもしれない。


「私も……リナがどこかに行っちゃうと思った」


 不幸なすれ違い、と言えば簡単に聞こえるけれど。

 でも私は今日で彼女と別れる想像をして、息をすることも大変だったのだから、あまり簡単なことだとは思えない。


「それじゃあ、そっか。お互い勘違いしちゃったんだね」

「そう……なるのかな?」


 リナは身体を起こし、私の目を見ていう。


「ならさ。これからはもっとわかりやすく伝えるから」

「え?」

「私の気持ち」


 それは、どういう……

 そう問う暇もなく、彼女は語る。


「ミューちゃんに知っていて欲しいもん。私がミューちゃんのこと好きだって」


 その目はいつになく白く輝いているように見えたのは、彼女の白い長髪のせいだろうか。それとも、私よりも純粋な好きという感情を彼女が持っているからだろうか。


 その明るさの中では私の想いはより一層暗く。

 私を熱っぽく見つめる彼女に触れられるたびに思う。

 やっぱりリナに命を捧げたいって。


「そろそろ、寝よっか」

「う、うん……そうだね……」


 私は彼女の言葉にただ頷く。

 私の想いから目を背けるようにして、リナの熱を感じながら目を閉じた。

 

 その夜から、私はなんとなく余裕ができた。

 リナが大勢の友人に囲まれていても、目を輝かせている誰かと楽しそうに話していても、私は今までのように胸がちくりとすることはなくなった。


 別に私が変わったわけじゃない。

 それはきっとリナのおかげなのだろう。


 今までとは違って、誰かと話していてもリナは時折、軽く手を振ってくれる。

 私を見ていてくれてるとわかるようにしてくれる。

 だから、私は安心していられるのだと思う。


 いつかは今じゃないって。

 彼女と別れるいつかは今じゃないって。

 そう思わせてくれる。

 だから私は安心して息ができる。


「考えごとかしら?」


 午後の演習中に、いつもようにリナを遠目で見ていれば、隣で声がして、くるりと振り向けばエレラがいた。

 また私と話すことにしたらしい。もう魔法の練習は良いのだろうか。


「また誰かと話してるわね」

「そうだね」


 今日もリナは誰かと話している。

 あの子は毎日のようにリナの下へと来ているから、私も顔は覚えたけれど、名前は知らない。多分、それを知る日は来ないだろう。


「……どうかした?」


 私は疑問をこぼす。

 不思議そうにエレラがこちらを見ていたから。


「いや……そうね。リナと何か話したのかしら?」


 いつもの午後の演習の時間にエレラは私に問う。

 それが誰との話なのかは聞く間でもなくリナのことだということぐらいは私でもわかる。


「うん、話したよ。でも、どうしてわかるの?」

「わかるわよ。最近の2人を見ていれば」


 そんなにわかりやすかっただろうか。

 少し自分の顔に触れてみたりしてみるけれど、いつもと違うところはわからない。

 なんだか心を見透かされているようで、少し恥ずかしい。

 気恥ずかしさを誤魔化すために、肩にかかる私の青髪を軽く触る。


「わかりやすいわよ。ミューリはともかく、リナは特にわかりやすいかしら」

「……そう、かな」


 そうなのだろうか。

 私にはこれまでまでと同じように見えるけれど。


 やっぱり、私にはわからない。

 リナと関わってきた時間だけで言えば、エレラのほうが長いからだろうか。


 でも、私も恋人なのだから、それぐらいのことはわかりたいけれど。わからないことが少し悲しいけれど。


 けれど、まぁいいかとも思う。

 わからなくても、今はまだリナは私のことが好きなのだから。


 誰かと話している中、ちらりとこちらを見て、手を振るリナに私は小さく手を振り返す。

 それがなんだか心が通じてる気がして、どことなく嬉しくなる。


「訂正するわ。あなたも大概、わかりやすいわね」


 エレラは軽く笑う。

 まるで友達のように。


 それで気づく。

 いつのまにかエレラに対する苦手意識がなくなっていることに。

 いや、なくなったわけではない。


 アオイのことを思い出せば、まだ少し怖いけれど。

 でも、確実に薄くはなってきている。


 良いこと……なのだろうか。

 またしてもアオイのように急に死んでしまったらどうしよう。

 エレラにその様子はないけれど……


「……楽しそうね」


 ふと、エレラが呟く。

 その視線の先には、笑っているリナがいた。


 それに言葉を返そうとしたけれど、上手く言葉にはならない。

 その言葉の中には、何か別のものも含まれていそうな気がしたからだろうか。


「ミューリも、楽しいかしら」


 けれど、すぐにいつもの調子で私に問いかける。


「うん……なんだか、すごい幸運」

「そう。それは良かったわ」


 その言葉の中に、さっき混ざっていた何かは見えない。

 気のせいだったのだろうか。


「あたし、今日も残るわ」


 午後の演習も終わり、リナが魔法の練習を止めたころ、彼女はそう言った。

 もうこれを聞くのも毎日のことだから、特に驚きはしない。


「あ、うん。また明日」


 私の言葉にエレラは曖昧に微笑み、軽く手をふる。

 それに多少の違和感を覚えたけれど。


「帰ろっか」

「あ、うん」


 眩しい笑顔を浮かべる彼女が私の手を取れば、そんなことは忘れてしまう。

 ふたりきりの帰路を終え、部屋に着けば、リナの端末から小さな通知音が鳴り響く。


「何かきたの? 珍しいね」

「うん。ミューリ以外だと初めてかも……エレラからみたい」


 全校生徒に支給される通信端末だけれど、あんまり使っていない。

 私が友達が少ないせいの可能性もあるけれど、他の生徒も似たようなものだとおもう。だって、話したいのなら直接会いに行けばいいのだから。


「エレラが、少し助けて欲しいことがあるって……なんだろ。何かあったのかな」


 助けて欲しいこと? 

 少し首をひねるけれどわからない。


「助けに行くの?」

「まぁね。そんな大したことじゃなさそうだけれど。ミューリは部屋にいていいよ」

「ぇ、いや、わ」


 私が言葉を吐こうとすると同時に、再度、リナの端末から通知音が響く。


「うわ」

「何がきたの?」

「私、呼び出されちゃった。先生から」


 それはどうにも時が悪い。

 けれど、それなら、やっぱり。


「なら、エレラのほうは私だけで行ってくるよ」

「……そう? 独りで大丈夫?」


 ちょっと怖い。

 彼女と離れるのは。

 でも、エレラが助けて欲しいだなんて言ってるのなら、私も何もしないわけにはいかない。1人で部屋で待ってるなんて、それこそ人に興味のない人になってしまう。


「……うん。多分」

「何かあったら呼んでね。私もすぐ行くから」


 リナは走って職員室へと向かう。

 その姿を見送り、エレラの指定した場所へと足を向ける。


 少し緊張する。

 独りきりでエレラと会うのは初めてかもしれない。

 でも、最近はよく話しているし、多分だ丈夫だろう。


 そう思っていたけれど、指定された場所に来ても彼女はいなかった。

 

「エレラ……?」

「来た、のね」


 不意に後ろから声がして振り向けばそこにはエレラがいた。

 ぱっと見困っているような様子はない。代わりにどこか不穏な空気を感じる。


「うん……リナは、呼ばれて来れないって……」

「そうよね。そうしたもの」


 エレラの言葉に疑問を覚えながらも、私は彼女に問う。


「それで、えっと助けて欲しいことって……」


 エレラは問いには答えず、不気味に笑顔を浮かべる。

 それは私が見たことがないほどに影が差す笑顔で、私は一歩引いてしまう。


「それは嘘よ」

「ぇ」

「少し……そうね。監禁されていて欲しいのだけれど。大人しくしてくれるなら悪いようにはしないわ」


 私には人のことはわからない。

 だから、人が豹変したように見える。

 アオイの時もそうで。

 なのに、エレラの時もそうではないと何故思えたのだろう。


「か、かんきん……?」

「そうよ。監禁。ついてきてくれるからしら……あまり手荒な真似はしたくないのだけれど」


 その言葉には逆らってはいけないと思わせる何かがあった。

 周囲から立ち昇る魔力のせいか、それとも笑ってないように見える笑顔のせいか。


「……うん。わかった」


 きっと逆らったところで意味はない。

 私は弱いのだから、力尽くとなれば、簡単につれていかれるだろう。


「そう。賢いのね。抵抗された時のために、一応準備したのだけれど。全部無駄になってしまったわ」


 それに何故だか、エレラに敵意は見えなかった。

 だから、私はただ彼女についていく。

 今の関係の終わりを予感しながら。

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