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信奉少女は捧げたい  作者: ゆのみのゆみ
第10章 色彩と幸福
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第115話 黒が滲んでいく黄昏

 寝転んで、世界を眺める。

 リナのことしか見えていないのだから、どうにも大げさすぎる気もするけれど。


 でも、私にとってはこの小さな世界が世界の全て。リナと共にいることのできるこの小さな世界が私の全て。

 他の場所の事なんてどうでもいい。見たくもない。ただ怖いだけの場所。


 だからこうして眺める家の風景というのは、私にとっては幸運の象徴のようなもので。そのおかげか、ここに私はいる……なんて、そんな気がするのかもしれない。

 ここが私の存在して良い場所、存在を許されている場所という気がする。


 自分がどこにいるかというのは、どうにも難しい問題だった気がするのだけれど。

 リナが隣にいれば、簡単に自分の居場所を定義できるのだから、本当に不思議なもので。不思議というよりは、それが彼女の力なのかもしれない。彼女が私にくれているものなのかもしれない。


 ぱちくりと瞬きをして、リナの手に触れる。

 それだけでリナの寝顔がほんのりと笑顔に変わった気がする。錯覚かな。それでもいい。だって、彼女の笑顔を見るだけで、どうにも不安なんてないように錯覚する。欺瞞だとわかっていても、簡単に私の心を騙されてくれる。


 それは、リナの想いが強すぎるからなのかな。

 私のいつまでもそこにある不安すら霞むほどに彼女の想いが強いから、私は不安を忘れそうになるのかもしれない。


 多分、この先にあるものがリナがこの前言っていた恐怖に対する対処法なのだろうけれど。でも、それは……


 それは多分、リナがずっといることが前提の方法な気がする。

 2人でずっといられるのなら、それでいい。


 いや、別れるにしても、私が先に死んでも成り立つ。彼女を遺して、死んでしまうのなら。

 けれど、実際の所彼女と私のどちらかが先に死んでしまうかはわからない。

 正直なところ、私は置いて行かれる気がしている。


 それは私が健康というよりは、リナが無理をしすぎているから。

 彼女は蘇生魔法を使った。私のために。

 その影響はまだ出ていないけれど。でも、何事もないと思えるほどに楽観的でもない。今すぐではなくても、いつか彼女は私を置いて魔力的円環へと帰っていく気がする。本当に嫌だけれど。


 その時が来て、蘇生魔法を使っても、リナはきっと私に命を返してしまうのだろうし……きっとその日は来る。その日が来ることを私は知っている。

 恐ろしいリナと別れてしまうその日が来ることを。

 だから、私は恐怖から逃れられそうにない。


「みゅーり……」

「おはよう。リナ」


 リナの目が薄っすらと開いて閉じる。

 どうやらまだ眠いらしい。まだ朝早いし当然かもしれない。


「まだ寝てても大丈夫だよ」

「うぅん……」


 特に予定があるわけでもないのだから、眠たいのなら眠っておいた方が良いような気がするけれど、リナは必死に瞼をぴくりと動かしているようで。

 

「ミューちゃんが、起きてるなら……起きたい……」


 それは嬉しいけれど、流石にまだ早い気もする。

 明らかにリナはまだ眠そうだし。

 実際、少しばかり髪を撫でれば、薄っすらと開こうとしていた瞼も落ちていく。


「みゅー……ちゃ……」


 髪を撫でるこの手を、リナがちょこんと掴む。

 反射的行動だったのだけれど、その力は普段のリナからは想像できないほどに小さくて、なんだかくすりと笑えてしまう。

 笑ってしまったということが、なんだかおかしくて不思議になる。

 少しばかり触れてくれたというただそれだけなのに、こんなにも自然に笑ってしまうなんて。


 けれど、その手はだんだんと力は抜けていって、またしてもゆっくりとした寝息をたてる。でも、私から手は離れない。私を放したくないらしい。


 やっぱりこうしてずっとリナに触れられていたい。

 彼女の手の中でずっと過ごしたい。


 リナは全部を欲しがるなんておかしいと言っていたけれど……彼女の手の中がこんなにも温かいと知っていれば、誰だってリナのものになりたがるんじゃないかな。

 本当に今でも不思議で仕方がない。どうしてリナが私を選んだのか。

 

 あの研究所で出会ったから。

 あそこでリナに初めて話しかけた人だから。

 そういう幸運があったから。


 リナはそう言っていたけれど……正直、その程度でどうして私を選ぶのかはよくわからない。私より良い人なんか無数に出会えて来たはずなのに。それこそエミリーのような人が、たくさんいたはずなのに。


 逆の立場なら、絶対に私の事なんか選ばないけれど……

 私のどこにそこまでの魅力を感じてくれているのかな。


 私のことを好きな事を疑っているわけじゃない。

 疑ったりなんかできない。リナの想いはもう知っている。

 でも、理由はよくわからない。


 何度か……いや、何度も聴いたけれど。

 全部よくわからなかった。いや、言葉の意味としてはわかるけれど、あまりにもリナの見ている世界が違いすぎて、感覚はよくわからなかった。

 彼女の語る私という存在は、どうにも美化されすぎというか……


 もしかすると逆説的なのかもしれない。

 好きという感情が先にあって、そこに理由をつけるような。

 そういうことならわかりやすいけれど……でも、それはそれでも元の感情が生まれ落ちた理由がわからないことになるような気もするし……


 やっぱりあれなのかな。

 あの時の……子供の時の私が頑張って話しかけたおかげかな。

 今ではあの頃の私の気持ちはあまりにも遠いものになってしまったけれど……あの時のおかげで今があるのは間違いない。あの時、話しかけてなければ、こうしてリナの寝顔を見ることもなかっただろうし。


 あの時の子供の私のおかげで、今の私の幸せがある。

 そう思えば、私はあの頃の子供に感謝するべきなのかな。過去の私という子供のせいで、後悔をたくさん抱えてしまったけれど。今の私の後悔に繋がってしまうのだけれど。

 たくさんの取り返しのつかない後悔を帳消しにして余りあるほどの感情をもたらしてくれたのだから。


 リナの感情はとても強大で、私には勿体ほどに。

 それこそどうして彼女はここまで私を求めてくれるのかな。


 リナならなんだって手に入れることができるはずなのに。

 どうして私をこんなにも。


 わからない。

 私はあまり詳しくはないけれど、世の中の全ての恋人というか、そういう存在がこうじゃないことは流石にわかる。ここまで相手が求めてくれるのは珍しいはずで。

 まぁ能力を求めるのはよくあるのだろうけれど、リナの場合はなんというか、私の存在を求めているのかな。想いというか。そういうものを欲している。


 リナは私の自立を求めない。


 実際、私は心を動かすのも、身体を動かすのも、世界を見ることだって、リナの想い無しには上手くできない。息をすることが、生きることが、リナの力なしには上手くできない。

 リナが生きる指針になっている。

 私の生きている理由になっている。

 彼女の言葉や行動や想いに、私は依存している。


 そういうことは、リナから面倒だって思われても、おかしくないのに。

 彼女はこの依存的関係を嫌とは言わない。精神的なことだけじゃなくて、もっと単純に金銭的にもリナにおんぶにだっこだというのに。

 それどころか、リナはこの関係を求めている。対価は私の全部。たったそれだけ。そんなのあってないようなものなのに。元々私は何も持っていないのだから。


 それに、全部を渡せば、リナの手の中に私を収めてくれる。

 彼女の想いの中に存在できるのだから。

 そんなの対価ですらない。むしろ報酬な気もする。


 でも、こう考えると本当に歪な関係になってしまった。

 私が難しく考えすぎたせいかもしれないけれど。


 依存的と言ったけれど、信仰的と言った方がいいのかな。

 信仰的……なんとなく言っただけだけれど、私の感情はそういうことなのかもしれない。ずっと上手く言葉では言い表せないこの感情は。

 だって、リナを道標にこの酷く暗い世界を生きているのだから。彼女にずっと救われているのだから。それで彼女を信仰しないほうが難しい。


 この気持ちにわざわざ名前を付けてあげる必要もないのかもしれないけれど。信仰だけかと言われたら、それだけではないような気もするし。 好き、恋、愛……色々あるけれど……それらの要素がこの感情には含まれているのかな。

 わからない。全部、私があまりにも知らない感情だから。

 でも、それだけなら、あの時のリナの願い……一緒に死にたいという願いを聞き入れないという選択は取らなかっただろうし……

 けれど、今、あの願いは……


「ほぅわ……」


 流石に欠伸が漏れる。

 そろそろ日が昇り始めている頃かな。

 私も眠っておいた方が良かったかもしれないけれど。


 でも、こうしてリナの寝顔を見ながら色々なことに想いを馳せるのは楽しい。

 独りでも考えごと自体はできるけれど、独りだとどうしても思考が恐怖のいる方へと転がってしまう。

 その点、リナがいれば、あまり暗いことは考えずに済む。ずっと彼女のことだけ考えていればいいのだから。 


 永遠にこのまま日が昇らなければいいのに。

 迫りくる恐怖さえなければ、もっと良いのに。

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