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信奉少女は捧げたい  作者: ゆのみのゆみ
第10章 色彩と幸福
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第113話 黒に追われる道

「今日は出掛けようか。今日も、かな」

「そうかもね」


 でも悪い気はしない。

 リナと出掛けるのなら、リナと一緒にいられるのなら、どこへだっていける気がする。どこにいても楽しいだろうから。


 ……独りならどこにいても、意味はないのだろうけれど。

 昨日の夜に見た悪夢がいまだに思考の片隅で蠢いている。


 軽く身支度を整えて、外に出る。

 外は軽く雪が降っている。窓から見てわかっていた通り吹雪ではないようだけれど、それなりに視界を遮る。

 でも、これぐらいならこの辺りではましな方だと思うけれど。


「はー……」


 隣でリナが白い息を吐くのが聞こえる。

 ちらりとそちらを見て、私は彼女の手を取る。


「ありがと」

「ううん……ただ繋ぎたかっただけで……」


 少しは温かくなって欲しいという気持ちもあるけれど。

 実際の所、そんなものは理由付けでしかない。

 いつもリナから繋いでくれるけれど、たまには私から。というより、いつも彼女の行動が早すぎるだけなのだけれど。

 でも今日はどうしても手を繋ぎたかった。リナの存在が薄れていきそうな感覚がすぐそこにあったから。昨日の夢のせいか。


「じゃあ、行こうか」


 結局、私から手を取っても、手を引くのはリナで、私は連れられるばかりになる。いつものことで。いつも通りの風景。何も異常はない。

 連れられて、雪に足跡をつける。

 ざくりと音がする。歩調が合うだけで、どこか楽しい。


 昨日に感じた恐怖はどこかに行ってしまったようだった。

 けれど、胸の奥底には異様に蠢く何かがあって。きっとそれが私が目を背けている恐怖であることは知っている。

 でも、その恐怖に私は打ち勝てるとは思えない。だって、その恐怖が訪れた時、隣に手を握ってくれるリナはいないのだから。


「もう冬だね」


 ぽつりとしたリナの言葉で、私の思考は雪景色へと戻ってくる。


「そろそろ1年になるのかな」


 それが何から1年なのか。

 一瞬考えたけれど、多分私達が再会してから1年が経過したということで。


「そう、だね。なんていうか、あっという間だった気がする」


 リナと再会して、逃げて、話して……

 あとは、エミリーと愛の問答をしたりとか。懐かしい。

 あの時に私はリナのことを愛しているかはわからないと言った。

 そしていつかこの感情の正体を見つけられると思っていた。


 でも、1年経った今も私はこの感情が何かはわからない。わからなくてもいいような気がするとも。

 それに名前を付けることはできなくても、リナのことを大切に想うことに変わりはないから。


 それぐらいにはこの1年で変わった。

 変わったというか、余裕ができたのかな。心に余裕が。

 同時に恐怖を感じる余裕もできてしまったのかもしれない。


「色々あったけれど、楽しくて幸せで」


 その言葉に頷く。

 この1年は私の人生の中で最高の1年だった気がする。

 不安や恐怖も少なくて、確実に幸福が存在する日々なんて……私には想像もできないほどの日々だったのだから。

 全部リナのおかげで。


「ミューリと一緒だから幸せだったよ。これからもずっと幸せ」


 それにそこまで素直に頷くのは難しい。

 これからもリナをずっと幸せにできる自信というものは私にはない。

 でも、リナがそう言うのなら、本当に言った通りになるような気もする。幸せでいるって言うのは、とても難しいことのはずだけれど、彼女はとても簡単で単純な事のように言うから、そんな気がするのかもしれない。


「昨日から考えていたんだけれど、それが私が怖くない理由なのかも」

「……えっと」

「あ、ごめん。ちょっと話が飛んだよね。ほら、昨日……というか今日だけれど、話してくれたでしょ? 悪夢のこと」


 ……私の悪夢。

 リナと別れる悪夢。


「それで私も考えてみたんだ。どうして私は怖くないのかなって」

「怖くない……?」


 リナは私と別れても良いのかな。

 そんなはずはない。彼女は私が少しばかり拒絶の意志を示すだけで、大きく揺れ動くのだから。

 それぐらい、私は彼女に想ってもらっている。それぐらいのことは知っている。


「うん。怖くないって言うと、ちょっと違うかもだけれど。でも、なんていうのかな……うーんっとね……」

「なんだろう……」


 リナと一緒に考えてみる。

 けれど、私にはよくわからない。

 別れに恐怖しないというのは、私にはよくわからない感情になる。


 リナは私にはわからない感情を、私の知らない感情を多く抱えているけれど……でも、私達の関係の終わりを恐怖しないというのは、全く想像もつかない感情になる。


「もちろんミューリを失うのは怖いよ。もしも今、ミューリがいなくなったら、多分私は耐えられないと思う」


 それは知っている。

 私はそれを知識だけじゃなくて経験としても知っている。


「でも、ミューリと一緒の時間を過ごして、幸せな時間を過ごせるのなら……そんなに怖くない気がする。その先に独りになるとしても、大丈夫なのかも」


 それで話が繋がる。

 でも、同時に難しい話でもあった。

 私だって今は幸せだと思う。こうしてリナと共にいることのできる今は。


 でも、だからこそ、いつかくる終わりというものが怖い。

 そういうものじゃないのかな。私はそう思っている。多分、そうだと思う。


「今が幸せで、今日も明日も一緒にいて、そんな日々がそんな今が続くから。今ばかり見ていれば、何も怖くない……みたいな感じかなって」

「そう、かな」

「多分ね」


 リナはにこりと笑う。

 それを見れば、私も自然と口角が上がるけれど。

 でも、そこまで楽観的になれるかと言われれば、それは難しい。


 多分、大したことじゃない。

 死への恐怖への折り合いをつけるだけなのだから。


「それは、先を考えないようにするって感じなのかな」

「うーん……そうなっちゃうのかな」

「それは、私には難しいかも」


 だって私は怖がりだから。

 恐怖が迫ってきていれば、そこから目を話すのは難しい。逃げることもできない。

 それにリナだって先のことを考えていないわけはない。彼女は未来の事をよく話してくれるのだから。


「ごめんね。せっかく考えてくれたのに」

「ううん。でも、なんていうか。まだちょっと私も考えがまとまってないんだ」

「そうなの?」


 意外だった。

 リナはいつも自分の想いを言葉にしてきてくれたから。いつも私への想いを伝えくれるから。

 こういう自分が何を考えているのか……なんて、冗談みたいなことでリナも悩むのは珍しい。


「多分、今言ったことも理由ではあるんだろうけれど。でも、きっとそれだけが理由じゃなくて……なんだろ。難しいね」

「そう、だね。難しい」


 考えを言葉にするというのは難しい。

 それはよく知っている。

 私はこれまでそれで何度も失敗してきたのだから。

 でも、それに対する対処は1つしか知らない。


「そのまま言葉にしてみるのは、どうかな。まとまってなくてもいいから。リナのこと、もっと知りたい」


 ただ素直に言葉を出す。

 まとまってなくても、綺麗にできなくても、なるべくそのまま素直に言葉に出せば、想いは伝わる。伝えようとすることができる。伝わってしまうとも言うけれど。


「……いろいろある気がする。沢山、理由があって。きっとやりたいこととか、話したいことがたくさんあるから。それが理由に繋がってる……と思う」

「怖くない理由?」

「うん。でも、全部言うのは難しい、かな。その、本当は全部伝えたいんだけれど。そしたら、少しでもミューリの恐怖を和らげられるかなって」


 どうだろうか。

 リナと私は違う。

 彼女は心はとても綺麗で強力。

 私とは違う。私は不統一で無力なのだから。


 だから、リナが別れを恐怖しない理由を聞いても、私が同じ理由で恐怖に打ち勝てるかはわからない。きっと無理だと思う。

 でも、知りたい。リナのことは何でも知りたい。


「なら、教えて欲しい。難しいなら、ゆっくりでいいから。まだそれぐらいの時間はあるよね」

「そう、だね。うん。じゃあ、少しずつ伝えるよ」


 その理由は私達の事なのだから。

 それはリナの想いを知ることで。

 今はまだ彼女も知らない彼女自身の想いを見つける。

 

 それは私達にとって大切なことだと思う。

 多分、また一歩、私はリナの想いの大きさを知れるから。

 そしてそれでまた私は自分の感情への理解ができると思う。

 まだほとんどうまく見えていない自分自身の感情を。


「じゃあ、今日はその一つ目だね」

「えっと……今の幸福に集中しているから?」


 さっきリナが説明してくれていたもの。

 私の恐怖の根源とは真逆的な思想。

 逆にだからこそ、私の恐怖が消えてくれたりするのかな。


「そうだね。ほら、ミューリがこうして手を繋いでくれるから、何も怖いことなんかなくなってくる気がするんだ」

「それなら、私も……そうかも。怖いことは、リナがいれば怖くないよ」


 元より私は怖いことばかりで。

 特にこの世界自体に怯えていて。

 でも、リナが私を好きでいてくれるから、私を肯定してくれるから、まだこの世界の恐怖に呑みこまれずに済んでいる。そのおかげで生きている。

 だから、それが一番の恐怖への対策であることは知っている。

 リナの傍にいれば恐怖が極限まで薄れていくことは知っているけれど。でも、それはきっと今だけな気がする。彼女のいる今だけ。


「ね。ほら、行こう?」


 今に集中する。そうできたらよかったけれど。

 未来とは、今のこの瞬間にも迫りくるもので。だから、今だけに集中するなんて難しいけれど。

 でも、リナのこの手の温もりなら。

 少しは未来への恐怖が薄れていく感じがする。

 もしかしたら、リナはこれのことを言っていたのかもしれない。

 それなら私も少しは分かる気がする。


 でも、リナはいつかいなくなる。私達は引き裂かれてしまう。

 リナはそれが怖くないのかな……

 そんなことを片隅で考えながら、私は彼女と歩調を合わせるように足を踏み出した。

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