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信奉少女は捧げたい  作者: ゆのみのゆみ
第9章 愛着と放棄
114/121

第111話 願って

 景色が流れる。

 木々が移ろい、雲が遠くで流れる。 

 列車に乗っているのだから当たり前だけれど。


 私達は帰路についた。

 今回の旅はこれで終わり。

 色々行こうという計画はあったけれど、帰ることになった。多分私を気遣って。


 でも、正直助かった。

 なんだかもう疲れたから。旅も楽しいけれど、家でリナのことだけを考えていたい。

 

 だから私達は雪端町への列車に乗っている。

 いつかと似た光景。リナに会いに来たあの日と似た光景。

 でも同じじゃない。あの時と違って独りじゃない。隣にはリナがいてくれる。


 あの頃の寒さを忘れたわけじゃない。

 独りの恐怖と寒さを忘れられるわけがない。

 今だって時折思い出す。でも、今は思い出してもリナがいてくれる。だから多分、孤独に呑まれることはない。


 1人ではないというだけでこんな気持ちになれるなんて。

 多分、孤立していた頃も私には想像もできなかった。でも、全部リナが与えてくれた。本当に全部。

 今も、たくさんのものを貰っている。幸福を貰っている。


 リナも幸せなのかな。正直自信はない。

 でも、リナはこれで良いって。私といるのが幸せだって言ってくれる。自分を信じることは難しくても、彼女の言葉を信じるのは簡単だし。それに。


「んぅ……」


 リナの穏やかな微笑みを見れば。

 どこまでも優しい温かみを感じれば。

 きっとその言葉が真実だろうと実感できるから。


 だからこうして身を寄せていると安心する。

 そこに彼女がいると感じられるから。

 それだけの時間が流れていく。

 時が流れていく。

 穏やかな時が流れていく。


「ミューリ」

「ぅん……」


 リナが私の名を呼ぶ。

 閉じた瞼を開けば、ぼんやりとした視界が映る。でも、嫌な感じはしない。昔は酷く濁った視界だったけれど、今は鮮やかだからかな。


「あ、ごめん。起こしちゃった?」

「ううん……目を閉じてただけ」


 ゆっくりと身体を起こして、リナと視線を絡める。

 寝ていたとしても夢の世界にいるより、こうして彼女といるほうが幸せなのだから謝らなくても良いのに。


「あの……」


 私は自分でもわかるほどにぼんやりとしていたのだけれど、リナは少しばかり意を決したように私を見つめていて、少しばかりはっきりと瞬きをしてみる。


「どうかした?」

「あのね……その、昨日はごめんね。お父さんとのこと……あんな想いをしてほしかったわけじゃなかったのに……」


 リナは沈んだ声と共に、少し小さくなる。

 一瞬、その言葉の意味がうまく取れなかった。だって別にリナのせいじゃないから。

 確かに父と出会ったのは意外なことで、あまり良い気分にはならなかったし、気持ちの良い終わり方もしなかったけれど。


「リナは悪くないよ。ただ私が父と上手く話せなかっただけで」


 この評価は少し自己贔屓すぎるか。

 昨日のことは私が父を許せなかっただけでしかない。それ以上でもそれ以下でもなく、ただそれだけのこと。


「でも、私があの街に行こうって言わなければ」

「まぁ、そうだけれど。でも、父がいるなんて私も思わなかったよ」


 考えてみれば、父がいる可能性も予想できたかもしれないけれど。一応、私が育った街ということは、私の親が暮らしていた街でもあるのだから、親がまだいる可能性だってあるにはあった。

 でも、そんなの結果論でしかないのだろうし。


「それに、あれはただ私がなんていうか……」


 どう言えば良いのだろう。

 少なくとも良い終わりにはできなかった。

 私は父を拒絶しただけで。

 親を不幸にしただけで。


 それが人として良いことだとは思えない。

 やっぱり結局私は人にはなれないらしい。


 普通の人なら曲がりなりにも親に向ける感情には感謝が含まれているはずなのに。少なくともこうして生きることを幸せだと感じているのなら特に。

 でも、私は親に怒っているだけで。感謝なんて、全くできそうにない。

 親を許せなかったのだから。

 リナに許してもらって生きている私なのに。親を許さないのは、どうにも自分勝手がすぎる気もする。自己矛盾的というか。


「多分だけれど……私、親が許せなかったんだと思う。私を最初に拒絶した人たちだから」


 目を閉じれば過去の記憶が蘇る。

 別に悪い記憶だけじゃない。はずだけれど。

 でも、蘇るのは怖い記憶ばかり。

 私を見るあの恐ろしい瞳。


「そして怖かった。親が怖かったんだ。だから何も言えなくて。でも」


 リナの瞳を見つめる。

 その眼は私を捉えていて、私の心をどこまでも救ってくれる。


「でも、リナがいてくれたから。大丈夫だったよ」


 私はきっと父と……親と和解はできない。きっと許せず恐怖したままだろうから。

 だから、私は人らしくはあれない。

 でも、それでも良い。良い、はずだから。

 人らしくあれなくても、リナが私を許してくれるから。私が息することを許してくれるから。


 別にできることなら、父も幸せであれば良いと思う。

 父も友も、人は勝手に幸せになればいい。

 誰だって幸せであれば良い。

 けれど、父の幸せのために私の小さな力を求められても困る。私の力を捧げる先はもう決まっているのだから。一緒に幸せになりたい人はリナだけだから。


「だからね。リナが自分のことを責める必要はないんだよ。だって全部リナのおかげなんだから」

「そうかな」

「そうだよ。全部だよ。ほんとに全部」


 全部リナのおかげ。

 これも何度も言ったけれど、どこまで伝わっているのかはわからない。

 伝えることができているのかは。


 私がもう少し上手く伝えられたら。

 そう思わない時はない。


「だって元々、この旅行だって、リナが行こうって言ってくれたんだよ」


 リナはそうだっけと言いたげに首を傾げる。

 もう忘れてしまったのかな。そういうところはあまり物覚えが良くないらしい。

 多分、どちらが言ったかは彼女にとってはそう問題ではないのだろうけれど。


「えっと、それでね。私は楽しかった。今回の旅行」


 色々あったけれど。でも楽しかった。

 リナといればどこでも楽しいのかもしれないけれど。


「そっか。うん。それなら……良かった」

「この楽しさも全部リナのおかげなんだから」

「それは私の台詞っていうか……ミューリと一緒だから、楽しいよ」

「なら、一緒にいるからってことだね」


 一緒にいるから、互いに楽しい。

 それはなんだかすごく幸運なことで。


「それだけで、なんでもいいんじゃないかな」

「そう、だね。うん。そうだと思う」


 リナは少し長く息を吐く。


「本当に何でもいいね。こうできるなら。どうしてこんな簡単なこと忘れてたんだろう」

「私もよく忘れちゃう。でも、思い出せるから。私達なら」

「そうだね。ほんとにそう」


 彼女の腕の中で、安心を享受できるのなら。

 本当に何でも良いような気がしてくるから不思議。

 いや、不思議ではないかな。リナの力に包まれるのだから、当然かもしれない。


「でも、良かった。ミューリも楽しかったんだ。この旅行。ちょっと不安だったんだ。強引に連れ出しすぎたかなって」


 リナがぽつりとつぶやく。


「そうなの? 私、ずっと楽しかったよ。リナがいてくれたから」


 そんなに私はわかりづらいのかな。

 うーん、顔に出づらいとか?

 そんな気はしないんだけれど……やっぱりもっとうまく


「ミューリはあれだと思って。なんていうか、家にいるほうが好きなのかなって」

「あー……まぁ」


 それはそうかもしれない。

 だって家にいれば、いつまでもリナが傍にいてくれるから。

 いや、それは別に旅行中も変わらなかったけれど。やっぱり家かそうじゃないかというのは結構差があるというか。安心感の差なのかな。


「でも、リナは行きたいんでしょ?」

「……まぁね」

「なら、私もそこに行きたい。リナと一緒なら、どこだっていいよ。なんていうか。旅行ってどこに行くかとか、何故行くかとかじゃなくてね。誰と行くかの方が大事なんじゃないかな」


 全部そうだと思う。

 どんなことをしたかよりも、誰と過ごしたかの方が大事。

 少なくとも今の私にとっては。


「じゃあ、その。また旅行に行こうよ」

「そうだね。次はどこに行きたいの?


 リナは考えるように指を頬にあてる。


「うーん、やっぱり海かな。今回は諦めちゃったし。あとは山とか? 他の街でもいいよね。きっといろんなものが見れると思うし」

「いろいろあるね」

「もちろん。ミューちゃんとみたいものなんかいくらでもあるよ」


 私とみたい……それこそリナは私とみて楽しいのかな。

 まぁリナは楽しいのだろうけれど。どうしてかはよくわからない。

 でも、その時の彼女の顔を想像するだけで、思わず頬が綻ぶ。


「いつか、行こうね」

「うん。きっと」

「ミューリは行きたいところはある?」


 うーん。

 そう言われても私はリナといられるならどこでも良いというか。

 あ、そうだ。


「行きたいところとはちょっと違うんだけれど……」

「うん」

「絵を描いてみたい。リナと一緒に」

「ミューちゃん……!」

「わっ」


 リナが不意に私を強く抱きしめる。

 彼女の想いを全身に感じる。


「ご、ごめん。つい。その、嬉しくて」

「そんなに?」

「うん……ミューリが一緒に何かしたいって言ってくれるの珍しいから……」


 そうかな。

 全然そんな気はしないけれど。

 私はたくさんリナに求めているというか……求めすぎている気がするけれど。


「じゃあ、一緒に描いてくれる?」

「うん。前も話してたもんね」

「そうだね。もう少し懐かしいかも。あの時の事」


 18区でも同じような話をした。

 その時も思ったけれど、それはきっと良い絵にはならないと思う。私もリナも絵の心得なんてないだろうし。でも、好きになれる絵が描ける気がする。それも楽しく描ける。

 だって私達が描く絵なんだから。リナと一緒に描く絵なのだから。


 ……なんだかこう想ってみれば、私は自分で想ってるよりもリナのことが好きなのかもしれない。そうだといいな。

 リナの想いなんて、大きすぎて困ることなんかないのだから。

 きっとどれだけ膨張しても、彼女の想いの大きさにはつり合わないのだし。

 なんだか自分への好意をそこまで信じているのは、自意識過剰的かもしれないけれど。


 でも、リナのこの熱を感じていれば、そうならざるを得ない。

 こうしてリナに包まれていれば。

 だから、私はこれが好きで。


「ずっとこうしてたいな……」

「私もだよ」


 いつまでもこの時間の記憶が残りますように。

 そんな願いと共に私は彼女の腕に頬を擦り付けた。

 願いというのが、何かに望みを託すことだとすれば、私はリナに願っている。私達に願っている。

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