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信奉少女は捧げたい  作者: ゆのみのゆみ
第9章 愛着と放棄
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第107話 逃げて

 一応、順番から言えば、私達が次に行くべき場所は、リナの過ごした街になるのだと思う。

 探索者として彼女が過ごした街。

 私の知らないリナがいた街で、彼女にとっても大きな出来事があった街。


 過去を辿るという話ならそこに行かない理由はないのだけれど。

 でも私達はそこには行かなかった。


「あんまり、行きたくない」


 リナがそう言ったから。

 私達は次の目的地に行くことにした。

 そこへと向かう列車の中で、リナはぽつりと言葉を溢す。


「逃げてるだけかな。過去から」

「……そうかもね」

「やっぱり?」


 リナは自嘲気味に笑う。

 けれど、私はそれをだめとは思わない。だって。


「悪いことじゃないと思うけれど」


 ……今までの私もたくさん逃げてきた。

 色々なことから。いや、私は現実から逃げてきた。

 ずっと向き合うべき現実からも逃げて、何もできなくなって。ただ流されるばかりで。

 でも、リナはそうじゃない。私とは違う。

 だから。


「少しぐらい逃げ出したって。辛いことから逃げ出しても、別に悪いことじゃない……と思うけれど」

「そうかな……」

「そうだよ。きっとね」


 私としては、リナはもう過去と相対していると思うのだけれど。エレラとの出来事は、そういう話だった気がする。

 リナにとってはまだ十分ではないらしい。いや、過去の後悔というものは忘れがたくて、いつまでも思考の隅に蔓延るものだからかもしれない。

 後悔なんて、そういうものなのだから。


「リナはその過去に向き合いたいの?」


 だから、結局は自分がどうしたいか。

 リナがどうしたいかでしかない。


 私は逃げた。

 色々な後悔から。もうどうにもならないことばかりだったし、向き合うのも辛いことだらけで、私が立ち向かうには後悔は強大過ぎたから。


 ただ……少しばかり覗いてみた後悔もある。リナとの後悔には触れてみた。向き合った……というほど強くはあれないけれど、でもリナと話した。

 あの時の後悔がどうなっているのかはまだわからない。まだ迷子だけれど。それでも。リナが今こうして傍にいてくれるのだから、あの時リナと話して良かった。


 結局、後悔がどうなるかなんて、運な気がする。

 後悔が払拭されたり、昇華されたり、反転したり……それとも、後悔を重ねることや傷を深くすることだってあるかもしれない。どうなるかはわからない。逃げても向き合っても。

 だから、運でしかなくて。たまたま私は幸運だっただけで。


 そんな私がリナに後悔には立ちむかうべきなんて言えない。でも、今、後悔しない方法なら少しはわかる。

 どうなるかなんてわからないのだから、せめて今のリナが願う方に。

 

「えっと……どうなんだろう。わからない。でも。後悔があって」

「うん」

「もうどうにもならないことはわかってるよ。放たれた魔法が元に戻らないように、時間は元には戻らないから」

「そうだね」

「けれど、思い出しちゃう。あの時の事」


 リナは少し私から目を外して、どこかを見ながら呟く。

 きっと過去へと視線を向けながら。


「……今も?」

「うん。ふとした時に」

「そっか……」


 やっぱり私じゃだめなのかな。

 私の力じゃ、リナの後悔を慰めたり、忘れさせたりできない。私の力は弱くて……こんなんじゃリナを幸せになんか。


 ……いや、それなら。

 今からでもリナが後悔に苦しまないようにしないと。

 そしてそうするための方法は私は1つしか知らない。


「じゃあ……その時のこと聞かせて欲しい」


 それは話すこと。

 リナと話して、それで。どうなるかはわからないけれど。

 でも、きっと話すことしか私には手段がない。


「それで過去を知ることになるかなって。い、嫌なら別に良いけれど。でも、聞きたい。リナの事」


 私の願いにリナは瞬きをして、少し息を溜めたのちに言葉を紡ぐ。少し重くなった言葉を。


「……わかった。あの頃の事を一言でいうなら……あの頃は、楽しかったかな」

「ぇ、そ、そう、なんだ……」


 もっと暗い言葉で形容されるのかと思ったら、想像以上に明るい言葉が出てきた。

 楽しい。それが後悔の記憶に使われる言葉だなんて。いや……楽しかったからこそか。私もリナとの後悔を同じような言葉で括っていたような気もする。


「カーナと孤児院を飛び出して、私達は探索者になって。でも、最初は何が何だかわからなかったよ……どの依頼を受けたらいいのかとか、どれぐらいの遺跡に行けばいいのかとか……」


 リナは笑っていた。

 過去を見て、それを懐かしむように。


「最初か2回目だったかの依頼で協力した人たちの中にクライスとリオンがいて、それで仲良くなって、仲間になったんだ。そうは言っても、まぁ色々あったんだけれど。クライスとリオンは最初はその、ちょっと言葉強い所があって他の探索者と揉めてたりして……それをカーナが仲裁したのがきっかけだったっけ……」


 リナの語る過去は私の知らない世界だった。

 それは当然のことだけれど。でも、それ以上に想像しにくい世界だった。

 私にはそんな風に仲間がいたことはないから。


「4人で色々なところに行ったよ。みんなで協力して。もちろん最初は簡単なものからね。簡単って言えばまぁ……街の近くに接近してる魔法生物を倒すとか。そういうのだね」

「あれ、なんか……」

「探索者っぽくない? そうだね。探索者って言っても未開域に行かない依頼も多いから。依頼っていうか、任務みたいなものだけれどね。そういうのは緊急性が高いから。遺跡に行くとかは大分上の階級になってからだよ。多分最初に言ったのは、4級ぐらいになってからだったかな。それもどこかの大規模調査隊にくっついてね」


 意外だった。

 探索者と言えば、そういう過去の古代都市みたいな場所を探索するものだと思っていたから。


「遺跡調査なんて本当はしなくていいことだからね。危険性も高いうえに、依頼じゃないから固定報酬もない。もちろん上手いこと遺物を見つければ儲けはあるけれど。そういう意味では上手く行ったのかな。3級に上がるころには私達はもう依頼はほとんど受けてなかったね。緊急性が高いものは別だったけれど、でも、遺跡ばかり行ってたよ」


 多分、それはすごいことなのだと思う。

 遺物が見つかるということは、そこはまだ現存人類がたどり着いたことのない場所で。そんな場所に行って帰ってくるというのがどれだけ難しいことか。


「いつもカーナは少し先に進んで、少し怖かったよ。でも、クライスもリオンもそれを止めようとはしてくれなくて。私もなんか……大丈夫かなってそんな気がして。それで……うん。上手く行くんだ。いつも」


 多分、良い仲間だったのだと思う。

 リナの大切な仲間だった。信頼して、そして互いに命を預けあった。

 私にはできないことを。


「それでたくさん儲けて。でも私達は満足しなかった。私はお金よりも別の目的があったし……カーナは自由のため、クライスとリオンは名声かな……だからお金はどうでもいいってわけでもないけれど、それ以上にもっと難易度の高い遺跡にってね」


 きっとそれは私には想像もできないぐらいのお金が手に入ったのだと思う。

 けれど、それは同時に死の危険とずっと隣り合わせだったということでもあって。


「そんなことの繰り返し。危ないことばかりしてた。けれど、楽しかったよ。4人でどう遺跡を攻略するのか考えて、互いにできることは違ったから補い合って……いつもとなりに死があって、とても怖かったけれどでも。なんだかなんとかなる……そんな感じだったいつも」


 でも、リナの顔は楽しそうだった。

 本当に楽しかったのだろう。

 仲間たちとの生活は。


「あの日もそうだったのに。あいつが、白棘刃が現れた日もいつもと同じだったのに。だから、後悔してる。どうしようもないことだけれど。でも、楽しかった。楽しかったんだよ……」


 その顔は、どこまでも過去を見ていて。

 私には向けられたことのない表情をしていて。


「り、」


 思わず手が伸びそうになる。

 けれど、それをすんでのところで抑えて、手を引っ込める。なんだか過去を見ているリナに触れるのは許されていない気がして。

 でも、どこかに行ってしまいそうだった。

 私を置いて、遥か彼方へ。


「楽しかっただけだけれどね」

 

 けれど、不意に視線は私を捉える。

 私だけを。


「楽しいけど、でも、それだけ。毎日怖いことばっかりだし、いつミューリに会えるかもわからないから焦ることばっかりだし。悪い日々でもなかったけれど、良くもなかった……幸せじゃなかった」


 楽しいけれど幸せじゃない。

 その言葉の意味を正確に分かるとは言えない。

 でも、なんとなく同じような感情を覚えた時があった気がする。

 それこそ、リナとあの学校を逃げ出した旅なんかは楽しかったけれど……ずっと隣に恐れがあって、心から幸せかと言えば素直に頷けない。多分、ああいう感情なのだろう。


「今は幸せだよ。ミューちゃんといられて……だからかな。仲間を助けられなかった私がこんな……こんな幸せになっていいのかわからなくて。だからあの街に行きたくないのかも。責められている気がするから」

「その、仲間たちに?」

「……ううん。自分にかな。だから、行きたくない」


 自分が自分を責める。

 その感覚がわからないわけじゃないけれど。

 でも、リナは。


「リナは幸せになって良いと思うけれど」


 違う。この言葉じゃない。


「幸せになって欲しい。リナには、幸せに」


 そう言いなおす。

 その幸せのために私はいる。ここにいる。リナに幸せに生きてもらうために、私はリナといることを選んだ。


「ありがとう。でも、私は。カーナ達を救えなくて」

「……あのね。この言い方があってるのかはわからないけれど……」


 もう聞いてられない。

 いくらリナの言葉でも。リナを責めるようなことは。

 だからずっと考えていたことを口にする。


「仕方なかった、気がするんだけれど」


 その言葉に彼女は一瞬、顔を歪める。

 傷つけてしまったかもしれない。また私は。言葉でリナを傷つけてしまったかもしれない。これ以上言えば、本当にリナに傷をつけるかもしれない。

 でも、一度語り始めた論説は止まらない。


「い、いや。うん、そうじゃなくてね。えっと、リナがいてもどうにもならなかったのなら、仕方ないことだと思う。きっと色々な不運が重なってしまっただけで、リナが後悔することじゃない……っていうか」


 リナは訝し気に私を見ていた。

 そこに敵意などがないことは知っていたけれど、でも私の言葉の意図を測りかねているのはわかった。

 だからまだ伝わっていない。こんな言葉じゃリナに伝わらない。


「だって、リナは精一杯やったよ。それは知ってるよ。見たわけじゃないけれど……」


 私はその時のリナを知らない。

 その時、私はあの魔法学校で死んでるのか生きているのかわからないまま時間が過ぎていくのをぼんやりと眺めていただけだから。

 でも、きっとリナはできる限りのことをしていた。その時のリナができる精一杯で現実を向き合っていたと思う。きっと。


「だって、ずっとそうだったから。リナはずっとできることをやってた。頑張ってたよ。私はずっとそれを見てた。リナはずっとこの世界で生きてる。自分の力で」

「えっと……」

「それは、それはね。すごいことなんだよ。私にはできない。できなかった。リナの力を借りないと私はこの世界と向き合うことすらできなかった。でも、リナはそうじゃない。自分の力でこの世界と向き合ってきたんだから、えっと……だからね」


 だから。

 だから。えっと。

 つまりは。


「リナは十分なんじゃないかな。自分を責めることなんかないよ」

「そう……かもしれないね。でも、本当なら助けられたと思う。ミューリとのことだって。私がもっとうまくやれば、ミューリが傷つくこともなかったのに」

「リナはその……それは少し……なんていうか」


 どう言えばいいのかな。

 上手く言葉にならない。

 でも、言葉を絞り出す。


「リナは自分に期待しすぎだよ」


 これも言い方が合ってるかはわからない。

 でも、話さないと。この想いを伝えようとしないと。


「そう、かな。そんなつもりはないんだけれど」

「……リナがすごく強いことも、色々な事ができることも知ってるよ。私だってたくさん助けてもらったし、すごく救われてる」


 今もそう。

 リナの力で私は生きている。

 リナの想いの力で私は息ができている。


「でも、なんでもできるわけじゃないよね? でも、リナの言ってることは、全部1人でなんとかできたらって言ってるみたいで……それって、すごく。その。難しい、よね?」

「たしかに難しいけれど……でも、そう、なるのか、な? 私、そんなこと言ってる?」


 こくりと頷く。

 リナの望んでいる所業はそれこそ魔神様でもなければ無理なこと。


「そうだと思う。もちろん私のただの推測だけれど……」

「……そっか。きっとミューリが言うならそうなんだろうね」

「もちろん自信があって期待するのは悪いことじゃないけど、期待しすぎたらその……苦しいんじゃないかなって。厳しすぎるんじゃないかな」

「でも、私は……強く作られて、守るために造られたから。助けられなかったら、だって。私が産まれた意味なんて」

「ううん。そんなことないよ」


 意味なんてない。

 その言葉を私は封じたくて、彼女の手を強く握る。

 言葉も被せる。


「私はリナが誰かを助けられなくても……私を助けてくれなくても。そんなことできなくても、私はリナのこと好きだよ。だから。えっと、だからね」


 上手く言葉がでない。

 私の想いが伝わって欲しいのに。


「リナはそんなに自分の事責めないで。許してあげて。私を許してくれたみたいに。自分自身のことも。リナは私がここで息をしている理由なんだから。えっと」


 想いを。

 私の中の迷子になって、小さくて、弱々しい。けれど、確かにそこにある私の想いを。

 それを彼女に伝えたい。


「私は。私は許すよリナの事。何をしても。リナがもし頑張ってなくても、誰も助けられなくても。私はリナの事、好きだよ。それだけじゃ……足りないかな」


 足りないかもしれない。

 私の小さな想いだけじゃ。

 でも、私にできることは、これぐらいの想いを必死に言葉にして伝えることだけだから。これで足りないのなら、私はどうすればいいかわからない。


「ミューちゃん。抱きしめてくれる?」


 私が何かを答えるより先に隣に座る彼女は体重をこちらに預ける。

 もちろん私のひ弱な力でも受け止められるような加減はされていたけれど。


「えっ。あ、う、うん」

「えへ。そう言ってくれると思った」


 悪戯っぽくリナが笑う。いたくあどけなく、可愛らしく。

 私もそれにつられて頬が緩む。 


「……これだけで満足だよ」


 リナの言葉の意味が分からず、続きを待つ。

 なんとなくリナの白い髪を撫でながら。


「忘れてた。本当にこれだけを求めていたんだから。こうしてミューリと2人きりでいられるんだから。それだけで良かったんだよ」

「そうだね。私もリナといられて嬉しいよ」


 私もこうしてリナと心の全てが満たされながら共にいられるのなら、他の何もいらない。


「後悔は消えない気がする。きっと。一生。でも、多分、どうでもいいことだったんだ。私が気にするべきことは、ミューちゃんことだけなんだから。過去のことなんか気にしなくて良かったのに」

「それで、良いの?」


 後悔が消えない。

 それに少し引っかかるけれど、リナの顔は晴れやかな笑顔で。


「うん。後悔は消えなくても、ミューちゃんが私を抱きしめてくれるから。私、幸せだよ」

「……なら、良かったけれど」


 本当は後悔なんかリナの中から消えてしまえば良かったのに。

 やっぱり私の力ではそれは無理らしい。でも、幸せなら。

 まぁ良かったということにしておこう。

 そして私もリナに身体を預けた。

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