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信奉少女は捧げたい  作者: ゆのみのゆみ
第9章 愛着と放棄
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第105話 絡ませて

「もう行くんだ」

「まぁね。また来るよ」

「それなら、うん。じゃあ、また。会えて嬉しかったよ」

「私も。それじゃあ」


 祭りが終わり、次の日の朝、私達はポニリリアへの別れを済ませた。

 街はまだ祭りの雰囲気の尾を引いていて、少しぼんやりとしていたけれど、私達は足早に街を去ることにした。もう少しいても良いような気もするけれど、あまり長居はしないというのが、なんとなくの旅の決まり事になっていた。


 ポニリリアは何かを言いたそうだったけれど、結局何も言わないことにしたらいい。リナも聞かなかったし、多分話すべきことではないのだと思う。

 加えて言うのなら、結局カミラには会わなかった。まぁ多分会おうと思えば会えたのだろうけれど、私はそれを求めなかったし、リナもそうしようとはしなかった。


 そして次に私達が向かったのは街の外、今は廃墟になった方である。

 こっちのほうへ行くかは悩んだけれど。リナの「今までの足跡を辿るんだから、あの場所には行かないと」という言葉で行くことになった。


 海傍街の隣だけあって、廃墟と言っても建物は立派なのは変わっていない。

 もちろん廃れて今にも朽ちそうになっているのも。なんとなく前より倒壊している建物が増えた気もする。


「……ほんとに誰も住んでないんだね」

「そうみたいだね。多分探せば少しはいると思うけれど。でもちょっと危険すぎるんじゃないかな。これだけ街から離れちゃうと、魔法生物とかが出てきても自分でなんとかしないといけないし」


 リナの手を握り、瓦礫の合間を縫って進む。

 前は星空の下だったけれど、今日は雲が広がっている。

 眩しいだけの太陽は雲が隠してくれる。多分、また雪が降る。


「この辺りだっけ」


 リナの言葉に頷く。

 そこは完全に廃墟と化した集合住宅の一室。

 開きっぱなしになっている扉をくぐれば、埃が舞い散る。


「少し座ろうか」


 リナの手からひらりと風が舞い、床の誇りをどこかへと消しとばす。

 そこに座れば、なんとなくあの時のようだった。


「……覚えてる?」


 それが何を指すのか、わからない私じゃない。

 あの時の記憶は、朧げな私の記憶の中では珍しく酷く鮮明に覚えている。リナと離れ離れになっていた間、幾度となく反芻した記憶のひとつでもあるから。


「覚えてるよ。リナがここで、私の前で……首を」


 首を切ったことを。

 瞼を閉じれば、自然と記憶は克明に浮かび上がってくる。


 首筋についた一筋の赤い線。

 倒れる彼女の身体。

 広がる赤黒い液体。

 霧散していく魔力。


「……あの時は、馬鹿なことをしたね」


 リナは自虐するように呟く。

 けれどあれは。


「あれは、私のせいだよ」


 私がリナに酷い嘘をついたせいなのだから。

 そう思ったのだけれど、彼女は私の否定を否定するかのように首を横に振る。


「馬鹿なことだよ。もっと考えるべきだった。ミューリのこと。でも……耐えられなかったんだ。辛くて」 


 それこそ私のせいなのだと思う。

 彼女が耐えられないほどの悲しみを生み出したのは私のせい。

 

「あの時は、ごめんね。酷い事、言って」

「うん……悲しかったけれど。もういいよ。今、こうして一緒にいるんだから」

「そうかな」

 

 ずっと思っているけれど、そんな簡単に許してもらっていいのかな。

 あの時、私が酷い嘘をついたせいでリナを疑心暗鬼の渦の中に引きずりこんでしまったのだから。不安そうな彼女は少しばかり可愛いけれど。でも、幸せでいて欲しいから。


「それにミューリが私のことを想って言ったことってわかってるから。今はもう大丈夫だよ」


 想って、言った。

 そう、なのかな。

 本当にそうなのかな。

 たしかあの時の私は。


「私はリナと一緒にいちゃいけないって思ってた。だってリナのためにできることがなにもないから。私はなにもできないから。だから突き放さないといけないって……そうしたほうが良いって」


 ずっとそんなことを考えていた気がする。

 あの時は、未来に希望が持てなかった。私が生きていられる未来が思い浮かばなくて、そこにリナも一緒にいるのが嫌だった。私と一緒に死んでしまうのが嫌だった。リナには幸せになって欲しかった。私といると幸せになれないと思っていた。


「でも。建前だったのかも。単に怖かっただけなのかも。リナが不幸になってしまうのが。私といて、私の目の前でその輝きを失わせてしまうのが、怖くて」


 だから酷い事を言った。

 リナをこれ以上見ていたくなくて。


「本当にごめんね」


 きっと謝っても許されることじゃない。 

 それぐらい酷いことを言って、彼女を傷つけたのだから。

 無限に私を助けてくれた彼女を。


「そっか。今も、怖い?」

「……うん。少し怖いよ。リナが不幸になるのは怖い。それも私のせいで」


 ずっとその想いはある。

 私には彼女を幸せにする自信はない。


「でも、リナは……私といて幸せなんだよね?」

「そうだよ。ミューちゃんとなら、何が起きても幸せ」

「なら、うん。大丈夫」


 リナのはにかむ笑顔を見れば、恐怖も薄れていく。

 本当に安心する。リナの笑った顔を見るだけで。ただそれだけのことなのに、私を見て笑いかけてくれるだけで、私はきっと幸せになれる。


 ……多分、それだけのことが私に与えられた最大の幸運なのだから。

 それをこうして享受できていることが、とても嬉しい。


「本当、ありがと。リナに好きでいてもらえて良かった」

「私もミューリを好きになってよかったよ」


 そしてこつりと額をこすり合わせる。

 互いの白と青の髪が触れ合う。彼女の白い髪が首に触れてくすぐったい。

 けれど、離れようとは思えなくて。思うわけがなくて。


「リナ」

「うん」

「……私、あの時はきっとリナに恋してた」


 本当にあの時の感情が恋なのかはわからないけれど。あの時はそう信じていた……はずだけれど。今はもうわからない。けれど、そんな気がする。


「でも、今は」


 ……きっとあの時よりも今の方が想いは大きいと思う。なのに、この想いが恋かはわからない。恋と確信するには、あまりにも感情を知らなさすぎる。

 知らないことを知ってしまった。 


「わからない。今のほうが、ずっとリナのこと好きだけれど……これが恋なのかはわからない」

「うん」

「……リナは、恋ってなんだと思う?」

「恋……うーん。はっきりとはわからないけれど……でも、私にとってはミューリへの感情だよ」


 リナは私の頬を撫でる。

 そして耳元で囁くように想いを口ずさむ。


「ミューリのこと、好きで好きでたまらなくて、それで……その、全部……」

「全部欲しい?」

「……うん。全部欲しくて、私のものにしたくて、ずっと一緒にいて欲しくて。何よりも大切で」


 言葉が止まる。

 彼女は私の髪を撫でる。心地良い熱がふわりと伝う。

 最近のリナの癖らしい。こうして私の髪を触るのは。

 いや……元より触りたいと言っていたし、枷が外れただけかもしれないけれど。明らかに前よりも頻度が増えた。多分……こうして触れ合う頻度が増えた気がする。


「なんていうのかな。感情に名前を付けるのって難しいね」


 リナは微笑んで、私を見つめる。


「でも、これが恋じゃなかったら何かわからないよ。だから、私はずっとミューリに恋してる。恋焦がれてるよ」

「そうなんだ……」


 ……私もそうだったらよかったのに。

 これが恋だって想えたら良かったのに。

 私にはできない。私の心は本質的には孤独で、恋なんて知っているはずがないのだから……だからこそ、私は自分の感情がよくわからないのかもしれない。


「ミューリ」


 優し気な声が私を呼ぶ。

 それだけで暗がりに堕ちそうだった思考が戻ってくる。


「難しい顔してる」

「ぅ……」

「そんなに思い詰めなくていいのに」

「でも。リナは私への想いを伝えてくれたのに……私はまだうまく言えないから。それはだって……なんか、嫌で」


 だから私はずっと私の想いを探している。

 今は前よりはずっと鮮明に想えるけれど、それでもまだ全部じゃない。

 好きってわかっただけで僥倖なのかもしれないけれど、私は自分の想いの全部をリナに捧げたいのだから。


「……私は、そうやって私のことたくさん考えてくれてるの嬉しいよ。なんだか……心を貰ってるみたいで」


 それぐらい当然なのに。

 私の心は全部リナのものなのだから。

 全部捧げたのだから。


「ミューリ、あのね。私がここに来たのは。ここに来たかったのは、ミューリの想いを強く感じた場所のひとつだからだよ」


 リナはそのことが心底大切であるかのように、ゆっくりと言葉を紡ぐ。

 暗い底にいるような私の思考にもしっかり届かせるように。


「あの時のことはたしかにお互い失敗しちゃったかもしれないけれど、でも、少なくとも私にとってはそれだけじゃないよ。ミューリ、覚えてないの?」

「私……? えっと」


 なにかしたっけ。

 首を切ったリナをラスカ先生と助けて、そして。

 リナが目を覚まして。話をして。


「口付け。してくれたよね」

「あ」


 記憶が蘇る。

 私のせいで泣き崩れたリナを落ち着かせたくて、私の想いを伝えたくて、彼女の唇に触れたことを。


「本当に嬉しかったよ。だからここに来たかったんだ」

「ぁ……え、えっと」


 リナは何か言っていたけれど、私の思考は上手くまとまらず、言葉は耳から耳へと抜けてゆく。視界が揺れる。

 でも、不思議と嫌な感じではなかった。羞恥はあっても後悔はないからかもしれない。


「ミューリ、大丈夫? 顔、真っ赤だけれど」

「ぇ、え、あ。っ。だっ、だって、ぇっ、あ」


 でも、急に蘇ってしまった唇の記憶のせいで全く思考が繋がらない。

 動きが固まる。なんだか身体の動かし方を忘れてしまったようだった。

 そんな私にリナは私に覆いかぶさる。


「……ほら、お返し」

「ぁ、あ」


 ……そして口づけされた。

 今度はリナから。

 記憶とは逆で。


「ぁー……」


 初めてじゃない。

 別にこうしてリナに唇を奪われるのは。

 それにいつもリナは色々なところを触ってくる。自分では触れたことのないような場所まで。

 それに比べれば大したことはないはずなのに。

 どうしてだろう。ただそれだけのことなはずなのに。

 なんだかほわほわする。温かくて、それで。これはきっと。


「どう? 想いが伝わったかな」


 彼女の言葉に私はこくこくと頷く。 

 それに彼女は飛び切りの笑顔を見せる。


「良かった」


 私は知っている。

 リナの想いがとても大きくて、そのほとんどが……いや、その全てが私を向いていることを。

 でも、なぜだろう。ただ口付けられただけなのに。

 私はどうしてこんなに。


「幸せ……」


 それを実感するのだろうか。

 ……きっとリナに触れられたからだと思う。

 深く、心の奥深くまでリナが触れてくれたから、きっと私は。


「私の幸せだよ。リナと触れ合えるの」


 多分これがリナの言っていたことなのだと思う。

 想いが伝わる。普段から与えられているはずの想いも大きいはずなのに、それが霞んで見えるほどに大きな想いが私に流れ込んでくる感じがした。


 なんだか癖になってしまいそうだった。

 ……ううん。もう癖になっているのかもしれない。リナに触れられることに。

 だって、こんなにも。 


「リナに触られるの気持ち良い……」


 多分、彼女の想いに触れると独りじゃないと信じられるから。

 私の本質が孤独だとしても、リナはきっと私を独りにはしない。


「なら、もっと触ってもいい?」

 

 本当は許可なんていらないのに、リナはわざわざ問う。

 私を気遣う意味もあるのだろうけれど、それ以上に聞きたいのかもしれない。私の答えを聞きたいのかもしれない。

 そんな傲慢な推測も最近持つようになった。


「うん……好きなだけ」


 でも、傲慢と知っていても思わず私は手を伸ばしてしまう。

 リナを求めるように、こんなこと本当は許されないけれど。

 でもリナは、リナだけは許してくれる。嬉しそうに笑ってくれる。そして手を宝物かのように握ってくれる


「ありがと」


 リナは強烈な熱量と共に私を見つめいている。

 いつかと同じように忘れられそうにない笑顔を浮かべて、私を見つめていた。

 ……きっと、私も。

 そして脚を絡ませて、指を絡ませて、髪を絡ませて。

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