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信奉少女は捧げたい  作者: ゆのみのゆみ
第9章 愛着と放棄
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第101話 閃いて

 寒い。

 かじかむ手に拙い魔力を流す。 

 けれど、私の魔力は上手く動かない。相変わらずらしい。それでも少しは寒さが和らぐ気がするからせずにはいられないのだけれど。


「寒いの?」


 隣から聞こえた声に私は小さく頷く。


「この季節だし」


 冬も本格的に寒くなって、外に出るのも難しい季節になっている。吹雪が酷く、隣にいるリナなら簡単にこの吹雪も抜けていけるのだろうけれど、私には難しい。


「手、貸して」


 彼女は私の手を取る。

 ほのかな、けれども確かな熱が伝う。


「どう? 少しはましかな」

「うん……あったかいよ」


 こうして触れられると、温かい以上になんだか安心する。

 文字通り、心が安らぐというか。本当にここにいていい気がする。ここにいることを許してくれて、私が生きていることを許してくれる気がするから。


 ゆらりと彼女の手が動いて、私の身体を包む。

 私を抱き寄せるように。それに抗ったりはしない。

 こうしてリナに流されることに抵抗感なんてないから。


「こっちのほうがあったかいかなって……嫌じゃない?」

「うん。嬉しい」


 私もリナに応えるように、彼女の腕に身を委ねる。

 彼女の白い髪と、私の薄青とした髪が視界の隅で混ざる。

 それを横目に頬を腕にこすりつける。


 ……こんなこと今までだったらできなかった。

 でも、今はできる。

 多分、こうして触れてもリナは怒ったりはしない。それどころか喜んでくれることを知っているから。


 彼女に触れられる。

 触れることを許してくれて、そして喜んでくれる。

 そんな幸運がここにはある。

 リナの腕の中で抱かれているとそんなことを思う。


 もう何回も同じことを考えている気がする。

 けれど、前のように辛くはならない。

 それどころか、考えるたびにこの胸中の想いが強くなっている気がする。


 こうしてこの家にふたりきりになってから驚くことばかりな気がする。

 前もこうだったっけ。あまり覚えていないけれど……


 こんなにも穏やかな気持ちでいられたのだっけ。

 覚えていないけれど……でも、今、私はたしかに想いを持っている。


 多分、愛とか恋ではないのだろうけれど。

 そういうのが何かはわからないのだけれど。

 でも、確かにこうしてリナに触れ合うことが嬉しい。

 彼女の手の中にいられるのが、嬉しい。


 けれど、最近怖いことは。

 いつかはこの掌が私を触れなくなってしまうということ。


 リナの想いが変わってしまうとは思っていない。

 きっと彼女はずっと私のことを好きでいてくれる。求めてくれると思う。

 ちょっと、思い上がりが過ぎるかもしれないけれど……きっとそうだと思う。きっと死ぬまで私を好きでいてくれる。


 ……でも、死ぬまででしかない。

 人はいつか死ぬ。

 リナも死んだら、想いは消えてしまう。

 だからそれが怖い。


 私が先に死んでしまえば、怖くはない。

 けれど、それは……きっとリナは悲しむと思う。悲しんでくれるはずだから。それはそれで……なんというか、嫌になる。


 まだ考えるには早いのかもしれないけれど、私はそれにどう向き合えばいいのかわからない。死というものへの向き合い方がわからない。

 私にとって死とは、結果でしかなかった。行き着く先で、決着点でしかなかった。私の蘇生魔法という願いの結果だったけれど。


 でも、もうそうじゃない。

 きっといつか答えを出さないといけない。

 リナは……どう思っているのかな。

 いつか聞いてみたい。私が死んだらどうするのか。


 ……私は、リナが死んだらどうするのかな。

 

 こそばゆい感覚が頬をかすめる。

 同時に私を包み込む熱が離れていく気がして、腕を伸ばす。


「あ、起こしちゃった?」

「ぅ……ぁ、あれ……寝てた?」

「うん。気持ちよさそうに寝てたよ」


 どうやら私は寝てしまっていたらしい。彼女の腕の中で。

 ぼやけた目を開ければ、リナが私の伸ばした手を握ってくれていて。


「どこか行くの?」

「ううん。別に。ちょっと水でも飲もうかなって。一緒に行く?」


 私は頷いて立ち上がる。

 けれど、寝ぼけていたせいか少しばかりふらつく。


「あぅ」

「あ、大丈夫? そうだ。持ってくるよ。ミューリは寝てて」

「う、ううん。一緒に行く。一緒に行きたい」


 思わず口をついて出る。

 なんだかリナと離れたくなかった。

 酷く寒いせいか。それとも怖くなってしまったからか。


「そう? えっと、じゃあ一緒に」

「……うん」


 リナは私の腕を引いて冷蔵庫へと向かう。

 水を取り出して、2つの湯呑に入れる。


 私はといえば、ついてきたは良いけれどついてきただけで、特にやることもなくただそれを眺めているだけだった。


「はい。どうぞ」

「ありがとう……」


 湯呑を受け取り、手の中で小さくくるりと回す。

 湯呑に口をつければ、冷えた水が未だ夢の中の思考を覚ましていくのが分かる。


「ミューリ、大丈夫? 怖い夢でも見た?」

「うん……」

「どんな夢?」

「わからないけれど……でも、なんだか怖くて」


 上手く思い出せないけれど、恐ろしい夢だった気がする。  

 どちらかと言えば、言いようのない不安の形を突き付けられるような。

 濁った思考の渦に放りこまれる夢だった気がする。


「そっか。怖かったね」


 そう言って、リナは私の髪を撫でる。

 そうしていれば、さっきまでと同じように熱が安心を生み出してくれる。

 だんだん楽になってくる。落ち着くというか。

 

「……ありがとう。楽になってきた」

「それなら良かった」


 もう一度水に口をつける。

 リナはいつの間にか飲み干してしまったようで、私の髪を触ることに夢中になっている。


 そんなに楽しいのかな。不思議ではある。

 まぁ私も触られて嫌じゃないけれど。髪を伸ばしていたのに理由なんてなかったけれど、リナが気に入ってくれるなら伸ばしておいて良かった。


 それにリナが私に触れる時の手には確かな想いがあって、本当に心から安心する。ずっとこうしていたい。


 少し窓から外を見れば、外の吹雪はもうなくなったようだった。

 あれだけの凄まじい吹雪も止んだらしい。まぁどんな吹雪でもいつかは止むものではあるのだけれど。


「ちょっと外行こうよ。気晴らしにじゃないけど。ほら、吹雪ない日なんて珍しいし」


 不意にリナはそう言った。

 私はただ頷く。別に断る理由もない。

 でもきっと独りならそんな発想はでてこなかった。

 私なら吹雪が止んでも、外に出てみようなんて思わない。実際、ここにくるまではずっと部屋で閉じ困っていたのだから。


 外は雪のせいか、やけに明るい。

 眩しいと言うべきか。

 ……そういえば、昔、リナのことが輝いて見えていた。

 今は……眩しくはない。輝きに慣れたのかな。それとも私がこの輝きを奪ってしまったのか。まぁどちらでもいいのかな。一緒にいるのだから。


「今日はどこに行くの?」

「うーん、どうしよっか」


 考えてないらしい。

 こういう日はよくある。

 というより、こういう日ばかり。


 リナが散歩に行こうと言う時は大抵、目的なんかない。

 ただ私と外を歩くのが楽しいらしい。私と歩いていて楽しいというのは随分と不思議だけれど……まぁ、私もリナと歩くのは楽しいから多分お互い様というやつなのかな。


「とりあえず歩こっか」


 そしていつもそんな言葉と共に歩き出す。

 リナの隣を歩く。隣というには、どうにも彼女に手を引かれすぎている気もするけれど。でも、たしかに一緒に歩いている。


 こういう時になんだかここにいる気がする。この世界にいる気がする。

 前までは何をしても、自分がどこにいるのかわからなかったけれど……今はこうしてリナに触れられていれば、自分がどこにいるのかわかる。存在を強く感じる。


「何かしたいことある? お腹とか減っては……ないか。さっき食べたもんね」

「うーん……」


 一応、考えているふりをするけれど、何も思いつかないことはわかっている。

 既に私の願いはほとんど果たされているから。

 リナの手の中にいられるだけでいい。私の全てを彼女が持って、幸せだと思ってくれるならそれだけでいい。


「ま、歩くだけでもいっか。十分楽しいし」


 リナも同じように思った……のかはわからないけれど、彼女はまたただ歩き出した。私は小さく頷いて、彼女に手を引かれる。

 指を絡めあった手から生まれる熱を感じながら、白い息を吐いく。視界の端で同じように白い息が見える。リナの息。同じ時に、同じ白を。

 なんだかそれが妙におかしくて、少し笑ってしまう。リナも同じように。目を合わせて。


 本当にたったそれだけのことなんだけれど。

 何の変哲もない日々。ただ穏やかで、何もない。

 独りでいた頃違うのは、ただリナがいることだけ。


 それだけどうしてこうも笑えてしまうのか。

 不思議だけれど。でも、多分不思議じゃない。

 全部、隣でにこやかにしているリナのおかげであることは分かり切っていることなのだから。


「あ」


 彼女がぽつりと声を溢す。

 リナの視線の先を追う。  


「線香花火……」

 

 そこには大人と小さな子供が線香花火をしていた。

 冬だから、花火というわけなのだろうけれど。

 あれは……多分、父親と娘なのかな。


 父って、今はどうしているのだっけ。

 ……私も、あんな時期があったはずなんだけれど。でも、何も思い出せない。私にも父はいたはずなんだけれど。


 母や死んだ。私の目の前で。私に命を求めて。私に怒りをぶつけて。

 あの時、父はいなかった。死んでからも来てはいない……はず。多分別れていたのだと思う。今も生きているのかな……どうでもいいことだけれど。


「ね」


 ふいにリナが妙案を思いついたように声をあげる。


「ミューリ、旅行行こうか」


 りょこう……? 旅行?

 旅ってとなのかな。

 正直、よくわからない。今更というか。

 これまでもリナとは色々なところを旅してきたし。


「えっと」

「あぁ、うん。そうだね。突然すぎたよね。その、線香花火したこと覚えてる?」

「うん、覚えてるよ」


 忘れるわけがない。

 祭りの日、最初に逃げ込んだ街(海傍街と言うらしい)で、私達はふたり身を寄せ合って線香花火をした。


「ほら、その時また花火を見ようって約束……したんだけれど」

「あー……うん。したね。それを見に行こうってこと?」

「うん。まぁ、そうかな」


 リナの返答にはどこか含みがあった。

 それだけじゃない。

 私は歩く足を止め、リナに向き合う。


「花火を見に行くのは良いけれど……えっと。旅行って、どこに行くの?」

「うん……そうだね。色々なところ? とか、どうかな」


 色々?

 本当に旅のようなことがしたいのかな。

 大変そうだし、疲れそうだけれど。まぁ。


「うん。わかった。いいよ」


 リナと一緒なら大丈夫。

 どこに行ってもリナがいてくれるなら、大丈夫だと思う。


「でも、花火だけじゃないよね。花火だけだったらこの町でもやってるはずでしょ? どうして色々なところに行きたいの?」


 たしかにこの冬にもあった気がする。

 ちょっと先に花火大会みたいなものが。

 あんまり大きいものではないようだけれど、そういう張り紙をどこかで見た気もする。


「思い出作りになればと思って。それに、その」

「うん。どうしたの?」

「あの、ミューリのこともっと知りたいなって思って」


 思わず返事を忘れる。

 私の事? そうしてそれが旅に。

 繋がりがよくわからない。


「だって、ミューリには親とか……いたんだよね? あんまり聞いたことなかったから、私はあんまり知らない。どこに住んでいたのかとか、どこにいたのかとか……」

「まぁ、うん。そうだね」


 話したこともないから。

 話せるようなことはあまりない。

 父の記憶はないし、母の記憶は後悔の記憶でしかない。


「えっと、話そうか。あんまりおもしろい話じゃないよ」

「あ、うん。あとで聞かせて。で、でも。無理にじゃなくていいよ。話したくないことなら別に」

「話したいわけじゃないけど……まぁ、リナにならいいかな」


 私の言葉にリナはあからさまに嬉しそうに口角をあげる。

 もうリナになら私の全てを話しても良いと言うのに、これぐらいで大袈裟な気もするけれど。


「それなら、良かった……で、でね。だから、私もミューリの知らないことがあって、そう思ったらちょっと……ううん、かなり嫌で。だから知りたいなって」

「えっと、じゃあ……私がこれまでいた場所に行きたいの?」


 リナがこくこくと頷く。

 なんだか可愛らしい動きで。


「うーん……」

「だ、だめかな」

「いや、その……」


 まぁ、別にいいんだけれど。

 それは楽しいのかな。全然面白いものにはならないと思うのだけれど。


 いや、まぁ海傍街とかは多少懐かしいのかもしれないけれど、でもそれはリナもいた所だし……うーん。まぁいいか。リナも一緒だし。一緒なら、また別の光景になる気もするから。


「まぁいい、かな。うん。いいよ」

「いいの? その、嫌だったら別に私は」

「嫌じゃないよ。ただあまり面白いものでもないかと思って」

「そんなことないよ! というか……ただ、私が知りたいだけで」


 こうも言葉に勢いがあると、なんだかおかしい。

 そんなに期待されても、私の過去には後悔と虚無感ばかりしかないのだけれど。今から見れば、そんな過去も少し良いものに見える気もする……というのは、少しばかり傲慢と言うか、嫌な言い方になってしまうのかもしれないのだけれど。


 過去を美化しても、あの時寒くて寂しくて空っぽだったことは変わらないのだから。あの時の苦しみを蔑ろにするのは、なんというか……あの時の私に申し訳ない気がする。


「なら、いいけど。リナと一緒だし。一緒に、行くんだよね?」

「もちろん。ずっと一緒」


 握り合った手に少しばかり力が籠る。

 私を離さないという意思が感じられて、なんだかほっとする。

 ずっと私をリナの手の中に置いといて欲しい。


「それなら、なんでもいい。なんでもいいよ」


 そう言えば、彼女はほっとしたように顔をほころばせるけれど。

 本当は許可なんていらないのに。私は全部、リナにあげてしまったのだから。

 リナと一緒ならどこにだって行く。そこがどんな場所でも。共にいることの方が大事だから。


 でも……もしもリナが死地向かおうとしたら。

 私はどうするのかな。また彼女を止めようとするのかな。


「えっとじゃあ。吹雪が酷くなければ、明日にでも行こうか。ほら、善は急げっていうし。善かはわからないけれど」


 善いことかはわからないけれど。

 でも、まぁゆっくりする意味もない。

 リナが行きたいというのなら、すぐにでも行ったほうが良い。リナの望みを叶えて、幸せでいてもらうのが、私にとっての善なのだから。


「あ、そうだ。なら私も行きたいところがあるんだけれど、いいかな」


 不意に思いついて問えば、またしてもリナは頷く。

 

「リナがいた場所にも行ってみたいな」

「え、あー、うん。いいけど……その、別に大したものはないよ?」

「私も同じだよ。それに私もリナの事知りたいから」


 リナのことを知りたい。

 これまで何をしてきたのか。

 リナは話してくれたけれど、でもその全部を知ってるわけじゃない。


 ……うん。たしかにリナが私のことを知ろうとするのもわかる気がする。

 考えてみれば、私もリナの知らない部分はない方が良い。隠し事をされているとは思わないけれど、でも彼女のことならなんだって知りたい。それと同じなのだと思う。


「なんでも教えるけど……そういうことじゃないよね。わかった。私のいた場所にも行こうか。帰ったら軽く計画立てないとね」

「うん。楽しみ。旅行なんて、行ったことないから」

「そうだね。私も初めてかも。でもきっと楽しいよ」


 リナはその確信があるように笑う。

 多分、私も。

 なんというか、楽しいものになるかはわからないけれど。ううん、楽しいものにならなくても、多分安心できる日々は保証されている。彼女がいてくれるのだから。

 そう思えば、私は気楽にこの手についていける。

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