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機械街の少年  作者: 神田 伊都
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不良品

 ある閉ざされた街があった。ドーム型の壁に四方と頭上が覆われており、外から中を見ることはできない。どこから入ればいいのかも分からない。旅の者がそれを見ても、不自然に佇むコンクリート状の物体に首を傾げるしかなかった。

 ただ、唯一気づくことがある。そのドームの頂上からは泥のように濁った煙がモクモクと伸びており、薄い水色の空にシミを作っているのだった。

 壁に囲まれたその街に陽の光は当たらない。日傘の真裏が影で暗いように、街の空は恐ろしい深淵(しんえん)が覆っている。

 しかし街全体は様々な光で満ちており、奇妙なほど明るかった。赤、青、黄色。まるで夜空の星を奪い取り、ドームの中に閉じ込めているようだ。

 その光は街を埋め尽くす工場によるものだった。外の世界では太陽と月が代わる代わる地上を照らすのに、この街の明かりは眠ることを忘れてしまっている。それとも、眠ることを知らないのだろうか。赤子の泣き声に近い金属音があちこちで鳴り響き、それが一秒たりとも止まることはなかった。


 むっとするような鉄さびの臭いに顔をしかめて、一人の少年が空を見上げた。この街の空はいつも暗い。耳鳴りのような金属音が前からも後ろからも聞こえる。それが普通だ。

 そして、人間は眠らない、お腹が減らないというのも普通のことだった。工場を運営している人たちは、みんな寝ていない。ご飯を食べない。必要ないと言う。だから、眠くなる少年は異常で、お腹が減る少年は変な奴で、彼らから見たら「不良品」なのだそうだ。

 少年はうつむき、深いため息をついた。それでも、工場で働けているだけでも幸運だと思う。この街では、「働かない」は罪だからだ。

 街中(まちじゅう)に「不良品」はたくさんいる。その中でも、少年は「良い不良品」と呼ばれていた。数時間ほど寝て、ご飯を食べれば、また動くことが出来る。それに、彼らよりも手先が器用だから、小さな部品を組み立てられる。この街で唯一の、特別な取り柄だった。

(また眠くなってきた)

 少年は大きな欠伸(あくび)をして、寝床のある場所へ向かう。工場と工場の間にある狭い道に足を踏み入れた。

 裏道には今日も「不良品」が山のように積み上げられていた。彼らは工場で働く従業員だった。少年と違って、寝ることもなければ疲れることもない。だが、鉄鋼を削り続ければ消えて無くなるように、彼らにも終わりがあるのだ。終わりが来た不良品は、「良い不良品」と違って二度と動くことはない。

 ただの「不良品」は特別な部屋に運び込まれる。一度だけその様子を見たことがある。部屋から出てきた彼らは、身体のあちこちがばらばらにされて、元の形を(とど)めていなかった。

 少年は屈みこんで、彼らの残骸を漁った。まだバラバラになっていない。そうなる前に、亡骸から使えそうなものを頂いて寝床に持ち帰る。それが少年の日課だった。

「今日は大収穫だ」と独り言をつぶやいた。

 手に持ちきれないため、ボロボロの服の裾を籠のようにして、手に入れた部品を抱えた。

 路地裏をさらに進むと、コンクリート造りの四角い小屋が見えてくる。そこが少年の寝床だ。

 扉の前に立つと自然に開くように出来ている。仕事場の長が「不出来な人間には、こういうのが便利じゃろ」と好意で作ってくれたのだ。両手の塞がった少年は、この場にいない工場長にぺこりとお辞儀をした。

 荷物を抱え直して、四角い部屋の隅へと向かう。そこには、不良品の形見とも呼べる部品の数々が乱雑な山を作り上げていた。その山に新しく部品を追加する。金属同士がぶつかって、がちゃがちゃと騒がしい音を立てた。

 少年はその場に腰を下ろし、山の隣にたたずむ「人間」に正対した。

 胴板をつぎはぎに溶接した胴体と四肢。針金と糸を組み合わせた手指。鉄板の足。鉄球の頭。試に肘や肩を動かしてみると、赤色や青色のコードがちらほら覗いた。どこからどうみても人間だ。少年は惚れ惚れと眺めた。

 周りの人間を良く観察して、ようやくここまで近づけることが出来たのだ。背丈も少年と同じになるように設計されている。裏道で部品を集めているのも、このためだった。

 しかも、これはただの人間ではない。少年にとって特別な意味を持つ存在だ。それだけに、丁寧に、慎重に組み立てなければいけない。残るは目と口、そして神経だ。

 少年は持って帰った部品を鑑定し、使えそうなものを人間に取り付けていく。コイルを埋めて、ねじを回して。壊れかけのガラスを手入れするように少年の手が震える。丁寧に。丁寧に。ついに鉄球に豆電球が付けられ、見事な両目が出来上がった。

 ある程度進めてから、少年は布団の上にばたりと寝転がった。綿の少ない布団の上でごろごろと転がる。視界が泡を見ているかのようにぼやけ始める。ずぶずぶとオイルの海に沈んでいくような感覚だ。

 そうだ、まだ挨拶をしていない。眠る前にやることを思い出して、とろける瞼を持ち上げた。視界に造りかけの人間を映す。

 少年は疲れて重くなった手を持ち上げて、

「バイバイ、ぼくの〝友達〟」

 そう言って瞼を下ろし、またオイルの海へと沈んでいった。

 次に浮かび上がるのは、何時間後か……。

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