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自称かみさま

 夕食を済ませて、帰路につく頃には七時を回っていた。夏と言えど、七時にもなると日も傾いて、地面に影を落とす。


 家に帰るころには八時になっているだろうと思いながら、久々の休日を振り返る。あまり充実した一日ではなかったと、今日を総括する。


 素っ頓狂な映画に始まり、変な男に絡まれ、発狂した恩師をなだめる。これと言ってしたいことがあったわけではないが、できれば変な男に絡まれたくなかったし、発狂した恩師をなだめたくなかった。


 望んだことができなかったというより、望んでいないことが降ってわいてきた一日だったなと、思いながら伊織は小さくため息をつく。


 明日は朝早くに用事を入れているので、さっさと家に帰って寝ようと伊織は考える。


 電車を降り、最寄り駅から家を目指す。七月とはいえ夜はそれほど熱くないなと思いながら街灯の少ない道を歩く。


 いつも歩いている道。


 幾度となく歩いてきた道。


 違和感がある、言葉にはできない違和感が。


 背後をつけてくる人の気配は感じない、チカチカと明滅を繰り返す切れかけの街灯もいつもと変わらない。ただ、どこか拭うことができない違和感が、焦燥感となり伊織の足を速める。


 伊織の自宅は大学の近くにある。大学に進学するタイミングで住み始めたかなり年期の入ったアパートは伊織の年収とは釣り合っているようには見いない外観だ。事実、伊織の給料ならここよりももっと良い家に住めるし、そこそこの貯金もあるのでローンを組めば戸建てだって夢ではない。


 それでも伊織がこの家に住んでいる理由は、単に興味がないからだ。伊織にとって家は物置兼寝る場所でしかない、現に伊織が家に帰るのは二週間ぶりだ。


 伊織の足取りが速くなるのには、この家も関係していた。と言うのも、中心街から離れているとはいえ大学を中心に栄えている地域のさらに駅近物件、そんな物件が家賃四万五千円。この辺りの家賃相場と照らし合わせても半分ほどの家賃だ。


 この安さにはそれ相応の理由がある。まずアパート自体が古いという点、全体的にガタがきている。もう一つは再開発で周りに高い建物が建っているため日当たりがかなり悪いという点。最後が再開発に伴ってアパートまでの動線が複雑でその上、狭い一本道という点だ。


 伊織が足を速める理由はその狭い一本道が原因だった。誰かにつけられている気配がないとはいえ、ストーキングされていた場合逃げ道がない。それに得体の知れない違和感を感じながら悠長に歩けるほどお気楽な性格ではない。


 アパートまでは後少し、距離にして四百メートル。


 やっと家に帰れるとホッと胸を撫で下ろした瞬間、月明かりが一切なくなった。月が雲に隠れたわけでもなく、さっきまで月があった場所がぽっかりと抜け落ちたように真っ暗な闇が覗いている。


 辺りが全く見えないほどの闇に包まれながら、伊織は冷静とはいいがたい脳で考える。


 (月はどこにいった? 街灯の明かりも見えない。今すぐここを離れるべきだ。どうやって? 周りが見えない。歩けるいていいのか? 歩けるのか? 情報が足りない。わからない。理解できない。怖い。怖い。怖い。怖い。)


 ブブッ、ポケットで携帯の音がなる。


 伊織は驚きなが、ポケットの携帯を取り出す。画面には着信アリ非通知の文字。


 なんだっていい、現状を少しでも変えられるのなら。好転しようが悪化しようが結果が得られるなら、タイミングよく掛かってきた怪しい電話にだって出てやろう。


 少し冷静さを取り戻し、伊織は電話に出る覚悟を決める。心の中で燻る恐怖心を抑え込みながら、発信のボタンを押す。


 「こんにちはー! 伊織ちゃん! 元気してた? ご飯ちゃんと食べてる?」


 覚悟を決めて電話を掛けた伊織の耳に入ってきたのは、あっけらかんとした女性の声だった。思いもよらない電話にフリーズしてしまう。


「どーしたの? 鳩が豆鉄砲を食らったみたいな顔をして。そんなに驚かないでよー」


 ゾクリ。伊織は背骨に沿って悪寒が走るのを感じる。


(なぜこちらの様子がわかるんだ? 見えている? この闇の中で? 鎌掛けか? いや、見られている。それは、揺るぎない事実だと本能が告げている)


 伊織はできる限りの虚勢をはって電話相手に質問を飛ばす。


「君は誰だい? なぜ私の名前を知っている? 君だけ名前を知っているのはフェアじゃないだろ。それに電話を掛けてきたのはそちらだ、君が名乗るのが筋というものじゃないかい」


 会話の主導権を握り、冷静さを取り戻そうと伊織は画策するを。


「うるさいね。伊織ちゃん。」


 恐怖。全身を引き裂かんばかりの恐怖が伊織を襲う。


 怖い。怖い。怖い。


 ただ、漠然とした恐怖。理由なき恐怖。本能に刻み込まれた原初にして最古の根源的恐怖。


「もーー、そんなに怖がらないでよ。ちょっと面倒臭くなっちゃっただけじゃん。落ち着いて、伊織ちゃん。深呼吸だよ、深呼吸。吸ってー、吐いてー」


 電話口の女の声に従って深呼吸する。すると恐怖心がふっとどこかへ飛んでいったように、なにも感じない。


「落ち着いた? 落ち着いたなか? 伊織ちゃん。ごめんね。人と関わるの久々だから加減わかんなくなっちゃった。自己紹介するから、ゆるしてねー。私かみさま!! 以上」


「は?今なん――」


 伊織が混乱しながら口をついた言葉は自称かみさまに遮られる。


「あっ、もう時間だ。後の事は《《こっちにきて》》から話すから、もう切るね。また後でね、ばいばーい」


 一方的に切られた電話を片手に伊織はただ呆然と立ち竦むしかなかった。


 背中を伝う汗の気持ち悪さで、我に返る。辺りを見渡すとさっきまでの闇はどこにもない。いつもと同じ帰り道。なんの変哲もない月。


 さっきまでが夢だったのかと疑うほど、いつも通りの風景がそこにはあった。


 いつもと同じ風景に戻り安堵したのも束の間。不意に、ドンッ、という衝撃と共に伊織は背中に熱を感じる。


 振り向くが先か、背後から絶叫が聞こえる。


「見つけたぞ!! クソアマ!! ぶち殺す!!」


 少ない語彙で罵詈雑言を吐いてくる男に対して、頭が悪いのだろうな、と伊織は考えながら、自身が刺されたことを、背中を見ずに理解した。


(なるほど、さっきの自称神の言っていたことはこういうことか。こうも、物理的に呼びつけるとは品性のないクズだな、あの神とやらは。)


「大きい声出せるじゃないか。成長だな。刑務所では小さな声でモゴモゴ話すのは通用しないからな。その調子で頑張れよ、殺人犯」


 男に嫌みを言い終わると伊織は意識を手放した。

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