御馳走 【月夜譚No.257】
食べたかったのは、鰻である。断じて穴子ではない。
「どうしたの? 美味しいよ?」
せめてもの抵抗として、皿には手をつけずに黙ったまま主人を見上げてみたが、どうやら伝わらなかったらしい。いっそのこと声を上げて訴えたいが、それはしてはならないと鉄の掟がある。
ワタシはぐっと堪え、仕方なしに皿に顔を突っ込んだ。主人が喜んでくれたようなので、今日はこれで良しとしておく。それに、思っていたよりも穴子の味も悪くない。
この世に生を受けて優に百年が経ったが、思えば穴子を口にするのは初めてのことである。
しかし、主人はその事実を知らない。伝えていないのだから、当たり前だ。第一、ワタシが猫又だなんて、言っても夢でも見ていたのだと幻にされてしまうだろう。
次こそは、真に鰻を食したいものだ。江戸の時分に食べたあの味が、今も忘れられないでいるのである。
「にゃあ」
猫撫で声で鳴いてみせると、主人は顔を綻ばせた。