虐げられた落ちこぼれ令嬢は、若き天才王子様に溺愛される ~才能ある姉と比べられ無能扱いされていた私ですが、前世の記憶を思い出して覚醒しました~
産声があがる。
元気な女の子の声が、二つ。
「見えるか? 元気な双子だぞ」
「ええ……とっても可愛いわねぇ」
「ああ、それに双子ならどちらも優秀な異能者になる。何せ私たち二人の娘だ。この子たちが成長すれば、きっとグレイン家はもっと大きくなる。今から将来が待ち遠しいよ」
「そうね」
そんな両親の期待は裏切られることになる。
双子誕生から十年後。
すくすくと成長し、将来立派な貴族になるための英才教育を受ける。
顔の形、目の色、身長や体重。
髪の色の濃さを除けば、私たち姉妹はそっくりだった。
双子なのだから当然かもしれない。
だけど、私たちには決定的な違いがあった。
その違いが、私たちを……否、私を苦しめることになった。
十歳の誕生日……。
私たちは両親の前で並んで座っている。
「誕生日おめでとう。エレナ」
「立派に大きくなったわね」
「ありがとうございます。お父様、お母様」
「……」
祝ってもらえるのはいつも姉のエレナだけだった。
私は視界に入っているようで、両親から無視されてしまっている。
当然、誕生日は同じだ。
双子なんだから違うはずがない。
両親だってそのことを理解している。
だけど、成長を祝福されるのはエレナ一人だけ……私は、この屋敷に居場所がなかった。
「エレナはもっと成長できる。将来はそうだな。この国を治める王族が求婚しに来るかもしれないぞ」
「王子様がですか?」
「ああ、なんたってエレナには才能がある。その癒しの異能は特別なんだ」
「そうよ。あなたは特別なの」
私への当てつけだろうか。
でも、言い返すことはできないし、私はもう諦めてしまっている。
この世界において、異能の力は個人の価値を決める重要な要素の一つだ。
今から千年以上昔、世界を襲った大災害によって人類は滅亡の危機に瀕した。
そんな時、初めて誕生した異能者たちによって世界は、人類は救われた。
以来、異能の力は神聖視され、強大な力を持つものこそ、人々を先導するに相応しいとされるようになった。
貴族や王族であれば、特別な異能を宿していることは当たり前の現代。
私には、なんの異能も宿っていなかった。
五歳までに発現するはずの異能が、私には一向に現れなかった。
当然のごとく両親は焦り、六歳になっても変化がない私を見て、二人は絶望した。
それからの扱いは酷いものだった。
顔を合わせる度に怒鳴られ、なじられた。
どうしてお前は無能なんだ。
双子なのに。
これなら、エレナだけ生まれてきてくれたほうがよかったと。
面と向かって言われたこともあった。
実の親に、生まれてこなければよかったと言われたんだ。
その時点で、私の涙は枯れてしまった。
散々罵倒されて、エレナの成長が目立つようになるころには、私はいないものとして扱われるようになった。
辛かったけど、罵倒されるよりはずっといい。
十五歳の誕生日。
私の人生に、大きな転機が訪れた。
夢を見たんだ。
その中で、声を聞いた。
聞いたことがない声だったけど、どこか懐かしさを感じる。
誰かが泣いている。
誰かが嘆いている。
悲しい声と、知らない誰かの記憶が断片的に流れ込んできた。
目が覚めて気づいたのは、それが自分の前世の記憶であることだった。
そして――
私の身体には、異能の力が発現していた。
今まで抑え込まれていた力が爆発するように、圧倒的で強大な力を宿していた。
能力の特異性もさることながら、身に宿すエネルギーの総量は桁違い。
おそらくは、今の姉を凌ぐ力を手に入れた。
この力があれば、私は無能なんて呼ばれることはないだろう。
ただ、私は自分の力を隠すことにした。
断片的であいまいな記憶は感情移入こそできなかったけど、強大な力を持つことが、必ずしも幸せに繋がるとは限らないことを教えてくれた。
何よりも、私の力を知れば両親は喜ぶだろう。
想像ができてしまう。
手のひらを返して、満面の笑みで祝福するだろう。
ふざけないで。
両親が、その周囲が。
これまで私にしてきた仕打ちを忘れることはない。
今さら家族のように接せられても嬉しくない。
なら私はこれまで通り無能のまま、人生を平穏に過ごせればそれでいい。
そう決意し、二年が経過した。
◇◇◇。
私は十七歳になった。
歳が増えても、私の置かれた状況はなんら変化していない。
朝起きて、身支度はすべて自分でする。
エレナはきっと、使用人にすべてやってもらっていることでしょう。
私はこうなってから、一度も貴族らしい扱いを受けていない。
それにも慣れてしまったし、案外一人のほうが気楽でいいから、今さら変えたいとも思わないけど。
着替えを済ませ、朝食を食べるために部屋を出る。
廊下で偶然、姉のエレナと会う。
「おはよう、エレナ」
一応、今日初めて会うのだから挨拶くらいしてみた。
けど当然、彼女から返事はこない。
エレナは私の隣を通り過ぎて、ぼそっと冷たい声で言う。
「気安く私に話しかけないでよ。無能がうつるわ」
「……」
エレナは私のことを疎ましく思っている。
双子だから、お互いの考えがわかって仲良し、なんてものは幻想でしかない。
むしろ双子だからこそ、彼女にとって私の存在は足かせでしかないんだ。
いっそ一人で生まれたかったと。
エレナも思っているに違いない。
双子ではなくても、エレナの考えていることなんてわかる。
それくらい私は嫌われていた。
朝食は両親と私たち、四人でとる。
一応、私の分の食事も用意されているのは二人の優しさなのだろうか?
いいや、単に使用人にわざわざ命令していないだけだろう。
五歳までは普通に接していたわけだしね。
もっとも、同じ食卓にいても会話はない。
「エレナ。今夜は王家のパーティーだ。気を引き締めなさい」
「はい」
「王位継承権をもつお方が参加される場よ。しっかり自分をアピールして、王族の方々に気に入られるようにするのよ?」
「頑張ります。お父様とお母様の期待に応えられるように」
当然のごとく私には何もない。
私は何も期待されていない。
◇◇◇
「リアリス、わかってるわね? 今夜はとても大切なパーティーなの。私の足を引っ張るようなことは絶対にしないで」
「……」
朝食後に突然エレナから声をかけられた。
何事かと思ったら、結局そんなことかと呆れてしまう。
「聞いてるの? リアリス」
「わかってる。黙ってじっとしていればいいんでしょう?」
「ええ、そうよ。誰とも話さないで、私の影に隠れていればいいの。いつも通りにね」
「……」
わざわざ忠告されるまでもない。
王家のパーティーなんて派手な場で、注目されるようなことをする気はない。
言われなくてもいつも通りにする。
そんな今さらなことを私に言ってきたのは、今夜のパーティーがエレナにとって大きな分岐点になるからだろう。
王家主催の交流会。
各地から王国に仕える有権者たちが集められ、親交を深める場とされる。
というのが表向きの目的。
真の目的は、王族にとっては自身の支持者を見定めること。
貴族たちにとっては、どの王族を支持すれば、自分たちの将来が安泰かを見極める場でもある。
王位継承権を持つ者は現代では八人いる。
そのうちの一人が国王となる。
必然、支持していた貴族たちが優遇される。
だからこそ見極め、取り入る必要があるんだ。
「私はなんとしても、王位継承者の筆頭、第一王子のエリクシール様とお近づきにならないといけないのよ。グレイン家の未来は私にかかっているわ」
言われなくてもわかっているのに。
よほど興奮しているみたい。
無理もない。
王族に取り入り、認められることは貴族に取って誉れだ。
女性であれば王族の妻になれる可能性もある。
そうなれば、グレイン家は王家の庇護下に入ることになり、間接的に王族と同等の権力を持つこともできてしまう。
いつも以上に力が入っているのはそのせいでしょう。
「あまり気負い過ぎないほうがいいと思うわ」
「――なに? 私に意見する気? 出来損ないで無能なあんたが?」
エレナの口調が荒くなる。
余計な一言だったと、後から後悔する。
「ふざけるのも大概にしなさいよ。私はあんたとは違う。選ばれた人間なの! 無能な役立たずは黙ってなさい!」
「……」
そうね。
じゃあそうさせてもらうわ。
私からすれば、王族に気に入られるなんて面倒この上ない。
常に完璧な自分を演じ続け、相手が望む答えを提供しなければいけない。
まるで他人のためにあるような人生。
そんなの楽しいはずがない。
進んで窮屈な世界に行こうとするエレナに、私はひそかに同情していた。
私が無能と呼ばれているから、すべての期待はエレナに向けられる。
見方を変えれば、彼女も被害者かもしれない。
ただ、同情はしても手を貸すつもりは微塵もない。
両親と同じだ。
これまで彼女が私にしてきた事実は、この先永遠に消えはしないのだから。
◇◇◇
馬車に揺られて十数分。
グレイン家を乗せた馬車は王城へと踏み入る。
貴族であっても、王城の中に入れる機会は多くない。
さらに王家の血筋と交流をもてる場など、このパーティーを逃せば一年はないかもしれない。
必然、皆気合が入っている。
「到着いたしました」
「ああ、では行こうか。エレナ」
「はい。お父様」
父の隣をエレナが歩く。
その後ろにひっそりと、隠れる様にして私も続く。
予想はしていたけどすごい数の人たちが集まっていた。
定刻になるパーティーが始まる。
王城のホールに集まった貴族たちと、その中心にいる王家の人間。
王位継承権を持つ者たちの周りに、取り入ろうとする貴族たちも集まっていた。
興味のない私には、正直誰が誰なのかわからない。
「エレナ、あそこに見えるお方がエリクシール様だ」
「はい」
二人の視線の先には人だかりができている。
私の身長だと、背伸びしても中心にいる人物は見えない。
別に興味もないから、無理して覗く気もないけど。
「なんとかして近づこう。こんな機会は二度とないんだ」
「頑張ります」
人だかりに近づく二人。
その後ろに続く私に、周囲の視線が集まる。
「あの方がそうなのでしょう?」
「ええ。双子なのに無能な妹……あらあら可哀そうなこと」
「見た目はとってもそっくりなのに、不憫ですわ」
「……」
私の事情は、貴族の中でも広まっていた。
元々グレイン家は、貴族の中でもそれなりの地位を持っている。
それ故に次代を担う存在は注目もされていた。
代々優秀な異能者が生まれる家系で、初の無能力者の誕生は、グレイン家の外でも衝撃的だったに違いない。
「……リアリス」
久しぶりに父に名前を呼ばれた。
二人が私のほうへ振り向く。
「お前はどこかに離れていなさい。私たちはエリクシール様の元へ行く」
邪魔だから近くにいるなと、父は私に言った。
悪い意味で注目されては、エリクシール様と対面した時に不利になるからだろう。
エレナも無言で私を睨んでいる。
邪魔をするなと。
離れた後も余計なことはするなと訴えかけるように。
「わかりました」
一言だけ返す。
すると二人は正面を向き、そそくさと行ってしまう。
私は一人になった。
「さて……」
せっかくのパーティーだ。
場違いだけど来てしまった以上は楽しもう。
一人になったことで私は自由に動ける。
さっそく近くにあるテーブルの食事に手を付ける。
豪華な料理が用意されているのに、誰も見向きもしないのは可哀そうでしょう?
みんなの目的は王族たちとの謁見だから、料理なんて食べもしない。
もったいないから私が食べてしまいましょう。
「美味しっ」
食事は好きだ。
食べている間、幸福な感覚に満ちるから。
食べ物は文句を言わないし、美味しさは平等に感じられる。
さすが王家のパーティー。
食事も一流のシェフに作らせたに違いない。
このまま無限に食べられそうなくらい美味しい。
周囲から聞こえてくるヒソヒソ声。
遠くてよく聞き取れないけど、内容はよくわかる。
どうせ私のことを憐れんでいる。
視線を合わせるとすぐ逸らして、またヒソヒソ声で話し始める。
料理は美味しいけど、ここはやっぱり居心地が悪い。
チラッと父とエレナへ視線を向ける。
二人とも人だかりに消えてから戻ってきていない。
「まだ時間がありそうね」
私はこの場にいてもいなくても関係ない。
だったら会場の外にいたって、誰も気に留めないでしょう?
終わる時間になったら戻ればいい。
最悪、一人で帰ったって父も文句は言わない。
問題さえ起こさなければいいのだから。
私はひっそりと会場を抜け出し、王城の中庭を訪れた。
大きな噴水を囲うように植えられた木々。
昼は木陰になっているであろう場所の椅子に座り、のんびりと夜空を見上げる。
「ふぅ……邪魔者扱いするくらいなら、最初から私を連れてこなければよかったのに」
なんて愚痴を漏らす。
エレナの引き立て役として連れてきたのだろうけど、逆効果だったから引き離した。
たぶんそんなところでしょうね。
「エレナも大変ね」
あの人だかりの中を思い出す。
第一王子のエリクシール様は、現国王候補で最も王になる可能性が高い。
貴族や国民からの支持が最も多い人物だ。
それ故に競争率は激しい。
あれだけの人数の中で目立ち、寵愛を受けるなんて私には無理ね。
仮に立場が逆だったとしても……。
「そういう意味で、王族も大変そうね」
どれだけ今の地位があろうとも、国王になれなければ意味はない。
重圧は、貴族が抱えるものよりずっと大きいはずだ。
どんな人が王になるのか。
少し気になりはするけど、私には関係なさそうだ。
「しばらくここで……」
じっとしていていよう。
そう思った直後、近くからガサガサと音がする。
複数の人の気配だ。
私は咄嗟に立ち上がり、気配の方角へと視線を向ける。
「そこにいるのは誰?」
「――ちっ! こんなところに人が」
「気づかれたか」
「……」
パーティーに参加している貴族じゃない。
服装や振る舞いが明らかに違う。
全身真っ黒で顔を隠し、武器も装備している。
明らかに招かれざる客……。
パーティーで王城の出入りが楽になったタイミングを狙ったのだろう。
さしずめ、王族を殺しに来た暗殺者といったところだろうか。
私には関係なさそうね。
「見られたからには仕方がない。貴様に恨みはないが死んでもらうぞ」
「……って、そんなわけにもいかないわね」
見られたのなら当然、口封じのために命を奪う。
このまま穏便に見逃すはずもない。
暗殺者たちは剣を抜き、私に向けて明確な殺意を放つ。
「しね」
「――仕方ないわね」
襲い掛かる暗殺者たちに、私は右手をかざす。
振り下ろされた刃は空で止まる。
一つとして、私の肌には届いていない。
「――! これは光の結界! 貴様も異能者か!?」
「当然でしょう? ここは王家のパーティー会場よ。集まったほとんどの人間が貴族か王族……異能者しかいないわ」
「チッ!」
結界に阻まれた暗殺者たちは距離をとる。
彼らは私を囲むように回り、一人の男が合図した直後、全員の姿が消える。
「消えた……?」
なるほどね。
これが暗殺者たちの異能というわけ?
姿を消し、音や気配も感じられない。
全員が同じ異能を持っている。
暗殺者にピッタリな異能……この力があったから、私もギリギリまで気配に気づけなかった。
ただ、私に見つかった時は異能を発動していなかったところを見ると、制限時間があるのかしら?
少なくとも無制限に使えるわけじゃないわね。
それに……。
「姿を消しているだけで、実体が消えるわけじゃない……よね?」
見えないだけでいる。
それなら、私の異能で捕えることはできる。
ペキペキペキ。
瞬間、私の四方から斬りかかろうとした暗殺者たちが氷に足をとられる。
「な、なんだこれは!」
「氷だと!」
声を発した後で姿が見える様になる。
制限時間なのか。
それとも何かに触れられることで効果が切れてしまうのか。
どちらでもいいけど、全員の姿がハッキリと見えるようになった。
「残念だったわね」
「くそっ! 他にも異能者がいたのか?」
「そんなわけないでしょう? ここにいるのは私一人、これも私の異能よ」
「ば、馬鹿な! ありえない! お前はさっき光の結界を使っていただろう! 異能は一人につき一つだけ! 例外は存在しない!」
そう、異能は一人一つしかもっていない。
炎を操る異能、水を操る異能、時間を操る異能、結界の異能。
様々な種類が存在するけど、複数の異能を持っている例は存在しない。
「私もそうよ」
「だ、だったらこの力は!」
「一つよ。私が持つ異能は――」
私は凍っていく暗殺者に触れる。
「触れた相手の異能を強化する代わりに、その異能を模倣すること」
「な、なんだ……急に力が溢れて」
「あなたの異能、とっても便利そうだから貰っていくわ。代わりに強化してあげるけど、もう使う機会はないでしょうね」
「や、やめろ!」
ペキペキと足元から氷が全身へとめぐる。
表面だけではない。
足先から徐々に、体の芯を凍結する。
「さようなら。パーティーが終わる頃には、溶けてなくなっているわ」
氷の彫刻が完成する。
完全に氷漬けになった暗殺者たちが目覚めることはない。
「はぁ……せっかくのんびりできそうな場所だったのに」
「――面白いものを見せてもらったぞ」
「え――」
背後から声がした。
気配に気づけなかった。
暗殺者の生き残り?
咄嗟に身構え、大きく下がりながら振り向く。
背後に立っていたのは青い瞳の男性だった。
「待て、そう警戒するな」
彼は笑みを浮かべる。
きらびやかな服装から、暗殺者でないことはわかった。
しかし同時に、予期せぬ事態に戸惑う。
見られた?
どこから?
服装からしてどこかの貴族の……違う。
胸に輝く赤い宝石のペンダントには、この国の紋章が刻まれていた。
「その……ペンダントは……」
さすがの私も知っている。
あれは王族……の中でも、王位継承権を持つ者だけが身に着けることを許されたペンダント。
つまり彼は――
次期国王候補の一人。
……最悪だ。
よりにもよって王族の、しかも王位継承権を持つ者に見られるなんて。
いや、まだ誤魔化せるかもしれない。
私は世間では無能扱いされている。
「複数の異能を操る異能か。初めて見るが、相当な力を秘めているな」
「……なんのことでしょう?」
「しらを切るか。その氷塊はお前がやったのだろう? リアリス・グレイン」
「私の名前を……」
「知っているさ。お前は有名人だからな」
戦闘中から見られていた?
けど、私のことを知っているならわかるはずだ。
「……ならご存じのはずです。私は無能力者。異能なんて使えません」
「ああ、俺もそう思っていた。ついさっき間違いだと気付かされるまではな」
「……」
「もう隠すのはよせ。この場にいるのは俺とお前だけだ。誰も聞いていないし、俺以外は見ていない。お前が実は、優れた異能者であることは」
やはり誤魔化すのは無理があったみたいだ。
この口ぶり、全部見ていたのだろう。
私は諦めて肩の力を抜き、ため息をこぼす。
「あなたは……王家の方ですね」
「ああ。エドワード・レイバテイン。第六王子だ」
「第六王子……」
確か、王族随一の異能者。
次期王の候補の中で、彼より異能者として勝る者はいないと言われている大天才。
なるほど……だったら誤魔化すのは無理だったわね。
この人ほど、異能について精通している人物はいないでしょうから。
「……どうするおつもりですか?」
「返答しだいだな。ただ疑問だが、なぜ力を隠している? その力を見せれば周囲の対応も変わるはずだ」
「……今さらです。私は平穏に過ごせればそれでいいと思っています」
「無欲なのだな。いや、単に諦めているだけか」
もしくはその両方、とエドワード殿下は呟く。
見られてしまった以上、今後の身の振り方は考えないといけない。
一番いいのは、殿下がこのことを黙ってくれることだけど……。
王族にお願いできる立場じゃない。
「お前の異能は、他者を強化できると言っていたな?」
「はい」
「それは永続か? 上限はあるのか?」
「効果は永遠です。上限はありますけど、相手の肉体が持つかどうかです」
私は質問に淡々と答えていく。
見られた時点で隠すことはもうできない。
素直に回答していった。
彼は顎に手を当てながら考えている。
「そうか。うん、いいぞ」
「?」
「決めた。リアリス・グレイン! お前、俺の婚約者になれ」
「……え?」
それは予想外の申し出だった。
突然のことで私もぽかーんと口を開けて驚く。
「婚約者……? 私が、殿下の?」
「そうだ」
「どうして、ですか?」
「お前のことが気に入った。その力もそうだが、俺を相手に物怖じしない態度も面白い。俺はずっと探していたんだ。共にこの国を変えることができる存在を。きっとお前がそれだ」
笑みを浮かべてそう言い切る殿下に、私は首を傾げる。
私の何を評価してくれているのか。
異能だけを必要とされるほうがまだ説得力がある。
「知っての通り、俺は王位継承権を争う立場にある。その上で、婚約者の存在は重要な要素だ。より優れた人物……立場、地位、思想……もしくは、絶対的な力を持つ者が隣にいれば、それだけ俺を支持する者が増えるだろう」
殿下は語る。
要するに、自分が王になるために力を貸せ、と言っているのか。
私のことが気に入ったとか言いながら、結局力がほしいだけ。
まぁ、わかっていたけど。
「でしたら私でなくてもいいでしょう? 私より姉のエレナのほうが、立場も力もあります」
「いいや、お前でなくてはダメだ。俺の隣に、お前以上の適任はいない」
断固として言い切る姿勢に私は疑問を抱く。
そこまでして私の力がほしい?
だとしても他に方法はある。
わざわざ目立つような婚約者に置かなくても、利用する方法なんて……。
「俺の母は無能力者だった」
「――!」
突然語り出す。
きっと、納得いかない私に知らせるために。
彼は過去を、願いを語る。
「無能力者がこの国でどういう扱いを受けるのか。お前ならよく知っているだろう?」
「……」
もちろん知っている。
知り尽くしている。
この身で十年以上味わってきたのだから。
「加えて母は唯一の一般女性だった。周囲の締め付けは激しく、父でさえ母のことを疎ましく思っていた。俺が異能者だったから尚更、母の存在は邪魔だったのだろう」
まるで私たち双子の姉妹の話を聞いてるようだった。
「待遇に耐えかねた母は失踪した。俺は……優しい母が好きだった。あの人の笑っている顔が見たかった……だが、この国では、世界ではそれが叶わないと悟った。だから、俺が変える」
彼は拳を握る。
決意するように。
想いを打ち明ける。
「この話を知っているのは王族と、ごく一部の貴族のみ。大半は知らないが、自然と支持率は低い。俺は八人の候補の中で一番期待されていない。俺の異能者としての資質だけでは、ついてくる者は限られている」
「……だから、私ですか?」
「ああ。お前は、持たざる者の苦しみを知り、共有できる存在だ。俺はずっと待っていた。お前のような存在が現れることを。だから、お前は俺の婚約者になれ」
「……」
彼の思いはわかった。
共感できる部分は多い。
彼の願いは、異能者だけが優遇される世界を変えること。
彼の母親が堂々と生きられる世界にすること。
それはとても素晴らしいことだと思う。
でも私は……。
「私は平穏に暮らしたいだけです」
「知っている。だが、断ればどうせ平穏はない。このことを俺が公表する」
「っ……」
「どうなるか想像に容易いだろう?」
ここにきて脅し……。
優しい人なのかと思ったけど、いい性格しているわね。
「断っても受け入れても、今まで通りの生活はできないぞ? だったら俺の婚約者になるほうが得だとは思わないか?」
「……」
「それに、俺と婚約すれば間違いなく、お前の両親や周囲の人間は驚き動揺するだろうな。なぜお前がそこにいるのかと……悔しがるかもしれない。今まで見下していた相手が自分より上にいる。さぞ気分が悪いだろう。反対にお前は――」
気分がいい。
想像してしまった私は、思わずニヤリと笑みを浮かべる。
私は自分で思っていた以上にネチネチした性格なのかもしれない。
皆が私を羨ましく思うことに、優越感を抱いてしまった。
「お前にとっても悪くない話だ。」
「……一つ、確認してもいいでしょうか」
「なんだ?」
「殿下が目指す未来で、私は平穏な暮らしができますか?」
私の願い平穏な暮らし。
意趣返しができようと、すっきりしようと。
それが達成できなければ意味はない。
「俺が保証しよう。俺の目的が達成されたなら、お前は望んだ暮らしを手に入れられる」
「――わかりました」
その一言で、私は決心した。
どうせバレてしまったのなら、盛大にこの機会を利用しよう。
私を見下していた人たちをギャフンと言わせて、最後には平穏な暮らしを手に入れる。
最高の人生設計のために。
「私は、殿下の婚約者になります」
「決まりだ。ならば行くぞ」
「え、どこにですか?」
「決まっているだろう。せっかく会場にはお前の父や姉がきているんだ」
彼は私の手を引く。
強引だけど優しく、力強い手で握る。
私は殿下に引っ張られてパーティー会場に戻ってきた。
未だに多くの人たちが王族の周りに集まっている。
金髪の、おそらくエリクシール様であろう方の隣に、父とエレナの姿がある。
あの様子だと、上手く謁見まではできたらしい。
「リアリス、お前の父はどこにいる?」
「あそこです」
「兄上と一緒か。ちょうどいい。行くぞ」
「ちょっ!」
彼に手を引かれて会場内を歩く。
必然、周囲の視線を集める。
王族であるエドワード殿下と手を握って歩いているんだ。
誰もが疑問を抱く。
なぜ落ちこぼれの無能力者が、と。
父やエレナが私たちに気付き、訝しむように見る。
「兄上、グレイン公爵、少々いいか?」
「エドワードか。どうした? そちらの女性は……」
容姿で理解したのだろう。
私がエレナの妹だと。
「報告をしておこうと思う。俺は、彼女を婚約者に迎えることにした」
「……ほう」
「なっ……」
「え?」
ニヤリと笑みを浮かべるエリクシール殿下。
父とエレナは驚愕して目を大きく見開いている。
驚いているのは私も同じだった。
まさかこんな大勢がいる場で堂々と宣言するなんて。
当然、周りにも聞こえている。
ざわつきだす中で、エリクシール殿下が尋ねる。
「冗談では、なさそうだね」
「ええ、俺は本気です。兄上」
第一王子と第六王子が視線で火花を散らす。
その横で、エレナが私を睨んでいた。
言わなくてもわかる。
どうしてあなたが、と心で叫んでいる。
私は心の中で溜息をこぼす。
しばらく平穏とは無縁の生活が待っていそうね。
けど、少しスッキリはした。
この日を境に、私の人生は大きく変わる。
才能ある姉に隠れていたもう一つの才能が、世界に露見したのだから。
最後まで読んでいただきありがとうございます。
こちら一応連載候補ですが、連載するかどうかは反応を見つつ考えようと思います。
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