表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

連載候補短編

虐げられた落ちこぼれ令嬢は、若き天才王子様に溺愛される ~才能ある姉と比べられ無能扱いされていた私ですが、前世の記憶を思い出して覚醒しました~

作者: 日之影ソラ

 産声があがる。

 元気な女の子の声が、二つ。


「見えるか? 元気な双子だぞ」

「ええ……とっても可愛いわねぇ」

「ああ、それに双子ならどちらも優秀な異能者になる。何せ私たち二人の娘だ。この子たちが成長すれば、きっとグレイン家はもっと大きくなる。今から将来が待ち遠しいよ」

「そうね」


 そんな両親の期待は裏切られることになる。

 双子誕生から十年後。

 すくすくと成長し、将来立派な貴族になるための英才教育を受ける。

 顔の形、目の色、身長や体重。

 髪の色の濃さを除けば、私たち姉妹はそっくりだった。

 双子なのだから当然かもしれない。

 だけど、私たちには決定的な違いがあった。

 その違いが、私たちを……否、私を苦しめることになった。


 十歳の誕生日……。

 私たちは両親の前で並んで座っている。


「誕生日おめでとう。エレナ」

「立派に大きくなったわね」

「ありがとうございます。お父様、お母様」

「……」


 祝ってもらえるのはいつも姉のエレナだけだった。

 私は視界に入っているようで、両親から無視されてしまっている。

 当然、誕生日は同じだ。

 双子なんだから違うはずがない。

 両親だってそのことを理解している。

 だけど、成長を祝福されるのはエレナ一人だけ……私は、この屋敷に居場所がなかった。


「エレナはもっと成長できる。将来はそうだな。この国を治める王族が求婚しに来るかもしれないぞ」

「王子様がですか?」

「ああ、なんたってエレナには才能がある。その癒しの異能は特別なんだ」

「そうよ。()()()()特別なの」


 私への当てつけだろうか。

 でも、言い返すことはできないし、私はもう諦めてしまっている。

 この世界において、異能の力は個人の価値を決める重要な要素の一つだ。

 今から千年以上昔、世界を襲った大災害によって人類は滅亡の危機に瀕した。

 そんな時、初めて誕生した異能者たちによって世界は、人類は救われた。

 以来、異能の力は神聖視され、強大な力を持つものこそ、人々を先導するに相応しいとされるようになった。

 貴族や王族であれば、特別な異能を宿していることは当たり前の現代。

 

 私には、なんの異能も宿っていなかった。

 五歳までに発現するはずの異能が、私には一向に現れなかった。

 当然のごとく両親は焦り、六歳になっても変化がない私を見て、二人は絶望した。

 それからの扱いは酷いものだった。

 顔を合わせる度に怒鳴られ、なじられた。

 どうしてお前は無能なんだ。

 双子なのに。

 これなら、エレナだけ生まれてきてくれたほうがよかったと。

 面と向かって言われたこともあった。

 実の親に、生まれてこなければよかったと言われたんだ。

 その時点で、私の涙は枯れてしまった。

 散々罵倒されて、エレナの成長が目立つようになるころには、私はいないものとして扱われるようになった。

 辛かったけど、罵倒されるよりはずっといい。

 

 

 十五歳の誕生日。

 私の人生に、大きな転機が訪れた。

 夢を見たんだ。

 その中で、声を聞いた。

 聞いたことがない声だったけど、どこか懐かしさを感じる。

 誰かが泣いている。

 誰かが嘆いている。

 悲しい声と、知らない誰かの記憶が断片的に流れ込んできた。

 目が覚めて気づいたのは、それが自分の前世の記憶であることだった。

 

 そして――


 私の身体には、異能の力が発現していた。

 今まで抑え込まれていた力が爆発するように、圧倒的で強大な力を宿していた。

 能力の特異性もさることながら、身に宿すエネルギーの総量は桁違い。

 おそらくは、今の姉を凌ぐ力を手に入れた。

 この力があれば、私は無能なんて呼ばれることはないだろう。


 ただ、私は自分の力を隠すことにした。

 断片的であいまいな記憶は感情移入こそできなかったけど、強大な力を持つことが、必ずしも幸せに繋がるとは限らないことを教えてくれた。

 何よりも、私の力を知れば両親は喜ぶだろう。

 想像ができてしまう。

 手のひらを返して、満面の笑みで祝福するだろう。


 ふざけないで。


 両親が、その周囲が。

 これまで私にしてきた仕打ちを忘れることはない。

 今さら家族のように接せられても嬉しくない。

 なら私はこれまで通り無能のまま、人生を平穏に過ごせればそれでいい。

 そう決意し、二年が経過した。


  ◇◇◇。

 

 私は十七歳になった。

 歳が増えても、私の置かれた状況はなんら変化していない。

 朝起きて、身支度はすべて自分でする。

 エレナはきっと、使用人にすべてやってもらっていることでしょう。

 私はこうなってから、一度も貴族らしい扱いを受けていない。

 それにも慣れてしまったし、案外一人のほうが気楽でいいから、今さら変えたいとも思わないけど。


 着替えを済ませ、朝食を食べるために部屋を出る。

 廊下で偶然、姉のエレナと会う。


「おはよう、エレナ」


 一応、今日初めて会うのだから挨拶くらいしてみた。

 けど当然、彼女から返事はこない。

 エレナは私の隣を通り過ぎて、ぼそっと冷たい声で言う。


「気安く私に話しかけないでよ。無能がうつるわ」

「……」


 エレナは私のことを疎ましく思っている。

 双子だから、お互いの考えがわかって仲良し、なんてものは幻想でしかない。

 むしろ双子だからこそ、彼女にとって私の存在は足かせでしかないんだ。

 いっそ一人で生まれたかったと。

 エレナも思っているに違いない。

 双子ではなくても、エレナの考えていることなんてわかる。

 それくらい私は嫌われていた。


 朝食は両親と私たち、四人でとる。

 一応、私の分の食事も用意されているのは二人の優しさなのだろうか?

 いいや、単に使用人にわざわざ命令していないだけだろう。

 五歳までは普通に接していたわけだしね。

 もっとも、同じ食卓にいても会話はない。


「エレナ。今夜は王家のパーティーだ。気を引き締めなさい」

「はい」

「王位継承権をもつお方が参加される場よ。しっかり自分をアピールして、王族の方々に気に入られるようにするのよ?」

「頑張ります。お父様とお母様の期待に応えられるように」


 当然のごとく私には何もない。

 私は何も期待されていない。

 

  ◇◇◇


「リアリス、わかってるわね? 今夜はとても大切なパーティーなの。私の足を引っ張るようなことは絶対にしないで」

「……」


 朝食後に突然エレナから声をかけられた。

 何事かと思ったら、結局そんなことかと呆れてしまう。


「聞いてるの? リアリス」

「わかってる。黙ってじっとしていればいいんでしょう?」

「ええ、そうよ。誰とも話さないで、私の影に隠れていればいいの。いつも通りにね」

「……」


 わざわざ忠告されるまでもない。

 王家のパーティーなんて派手な場で、注目されるようなことをする気はない。

 言われなくてもいつも通りにする。

 そんな今さらなことを私に言ってきたのは、今夜のパーティーがエレナにとって大きな分岐点になるからだろう。


 王家主催の交流会。

 各地から王国に仕える有権者たちが集められ、親交を深める場とされる。

 というのが表向きの目的。

 真の目的は、王族にとっては自身の支持者を見定めること。

 貴族たちにとっては、どの王族を支持すれば、自分たちの将来が安泰かを見極める場でもある。

 王位継承権を持つ者は現代では八人いる。

 そのうちの一人が国王となる。

 必然、支持していた貴族たちが優遇される。

 だからこそ見極め、取り入る必要があるんだ。

 

「私はなんとしても、王位継承者の筆頭、第一王子のエリクシール様とお近づきにならないといけないのよ。グレイン家の未来は私にかかっているわ」


 言われなくてもわかっているのに。

 よほど興奮しているみたい。

 無理もない。

 王族に取り入り、認められることは貴族に取って誉れだ。

 女性であれば王族の妻になれる可能性もある。

 そうなれば、グレイン家は王家の庇護下に入ることになり、間接的に王族と同等の権力を持つこともできてしまう。

 いつも以上に力が入っているのはそのせいでしょう。


「あまり気負い過ぎないほうがいいと思うわ」

「――なに? 私に意見する気? 出来損ないで無能なあんたが?」


 エレナの口調が荒くなる。

 余計な一言だったと、後から後悔する。


「ふざけるのも大概にしなさいよ。私はあんたとは違う。選ばれた人間なの! 無能な役立たずは黙ってなさい!」

「……」

 

 そうね。

 じゃあそうさせてもらうわ。

 私からすれば、王族に気に入られるなんて面倒この上ない。

 常に完璧な自分を演じ続け、相手が望む答えを提供しなければいけない。

 まるで他人のためにあるような人生。

 そんなの楽しいはずがない。

 進んで窮屈な世界に行こうとするエレナに、私はひそかに同情していた。

 私が無能と呼ばれているから、すべての期待はエレナに向けられる。

 見方を変えれば、彼女も被害者かもしれない。

 ただ、同情はしても手を貸すつもりは微塵もない。

 両親と同じだ。

 これまで彼女が私にしてきた事実は、この先永遠に消えはしないのだから。


  ◇◇◇


 馬車に揺られて十数分。

 グレイン家を乗せた馬車は王城へと踏み入る。

 貴族であっても、王城の中に入れる機会は多くない。

 さらに王家の血筋と交流をもてる場など、このパーティーを逃せば一年はないかもしれない。

 必然、皆気合が入っている。


「到着いたしました」

「ああ、では行こうか。エレナ」

「はい。お父様」

 

 父の隣をエレナが歩く。

 その後ろにひっそりと、隠れる様にして私も続く。

 予想はしていたけどすごい数の人たちが集まっていた。


 定刻になるパーティーが始まる。

 王城のホールに集まった貴族たちと、その中心にいる王家の人間。

 王位継承権を持つ者たちの周りに、取り入ろうとする貴族たちも集まっていた。

 興味のない私には、正直誰が誰なのかわからない。


「エレナ、あそこに見えるお方がエリクシール様だ」

「はい」


 二人の視線の先には人だかりができている。

 私の身長だと、背伸びしても中心にいる人物は見えない。

 別に興味もないから、無理して覗く気もないけど。


「なんとかして近づこう。こんな機会は二度とないんだ」

「頑張ります」


 人だかりに近づく二人。

 その後ろに続く私に、周囲の視線が集まる。


「あの方がそうなのでしょう?」

「ええ。双子なのに無能な妹……あらあら可哀そうなこと」

「見た目はとってもそっくりなのに、不憫ですわ」

「……」


 私の事情は、貴族の中でも広まっていた。

 元々グレイン家は、貴族の中でもそれなりの地位を持っている。

 それ故に次代を担う存在は注目もされていた。

 代々優秀な異能者が生まれる家系で、初の無能力者の誕生は、グレイン家の外でも衝撃的だったに違いない。


「……リアリス」


 久しぶりに父に名前を呼ばれた。

 二人が私のほうへ振り向く。

 

「お前はどこかに離れていなさい。私たちはエリクシール様の元へ行く」


 邪魔だから近くにいるなと、父は私に言った。

 悪い意味で注目されては、エリクシール様と対面した時に不利になるからだろう。

 エレナも無言で私を睨んでいる。

 邪魔をするなと。

 離れた後も余計なことはするなと訴えかけるように。


「わかりました」


 一言だけ返す。

 すると二人は正面を向き、そそくさと行ってしまう。

 私は一人になった。


「さて……」


 せっかくのパーティーだ。

 場違いだけど来てしまった以上は楽しもう。

 一人になったことで私は自由に動ける。

 さっそく近くにあるテーブルの食事に手を付ける。

 豪華な料理が用意されているのに、誰も見向きもしないのは可哀そうでしょう?

 みんなの目的は王族たちとの謁見だから、料理なんて食べもしない。

 もったいないから私が食べてしまいましょう。


「美味しっ」


 食事は好きだ。

 食べている間、幸福な感覚に満ちるから。

 食べ物は文句を言わないし、美味しさは平等に感じられる。

 さすが王家のパーティー。

 食事も一流のシェフに作らせたに違いない。

 このまま無限に食べられそうなくらい美味しい。


 周囲から聞こえてくるヒソヒソ声。

 遠くてよく聞き取れないけど、内容はよくわかる。

 どうせ私のことを憐れんでいる。

 視線を合わせるとすぐ逸らして、またヒソヒソ声で話し始める。

 料理は美味しいけど、ここはやっぱり居心地が悪い。

 チラッと父とエレナへ視線を向ける。

 二人とも人だかりに消えてから戻ってきていない。

 

「まだ時間がありそうね」


 私はこの場にいてもいなくても関係ない。

 だったら会場の外にいたって、誰も気に留めないでしょう?

 終わる時間になったら戻ればいい。

 最悪、一人で帰ったって父も文句は言わない。

 問題さえ起こさなければいいのだから。


 私はひっそりと会場を抜け出し、王城の中庭を訪れた。

 大きな噴水を囲うように植えられた木々。

 昼は木陰になっているであろう場所の椅子に座り、のんびりと夜空を見上げる。


「ふぅ……邪魔者扱いするくらいなら、最初から私を連れてこなければよかったのに」


 なんて愚痴を漏らす。

 エレナの引き立て役として連れてきたのだろうけど、逆効果だったから引き離した。

 たぶんそんなところでしょうね。

 

「エレナも大変ね」


 あの人だかりの中を思い出す。

 第一王子のエリクシール様は、現国王候補で最も王になる可能性が高い。

 貴族や国民からの支持が最も多い人物だ。

 それ故に競争率は激しい。

 あれだけの人数の中で目立ち、寵愛を受けるなんて私には無理ね。

 仮に立場が逆だったとしても……。


「そういう意味で、王族も大変そうね」


 どれだけ今の地位があろうとも、国王になれなければ意味はない。

 重圧は、貴族が抱えるものよりずっと大きいはずだ。

 どんな人が王になるのか。

 少し気になりはするけど、私には関係なさそうだ。


「しばらくここで……」

 

 じっとしていていよう。

 そう思った直後、近くからガサガサと音がする。

 複数の人の気配だ。

 私は咄嗟に立ち上がり、気配の方角へと視線を向ける。


「そこにいるのは誰?」

「――ちっ! こんなところに人が」

「気づかれたか」

「……」


 パーティーに参加している貴族じゃない。

 服装や振る舞いが明らかに違う。

 全身真っ黒で顔を隠し、武器も装備している。

 明らかに招かれざる客……。

 パーティーで王城の出入りが楽になったタイミングを狙ったのだろう。

 さしずめ、王族を殺しに来た暗殺者といったところだろうか。


 私には関係なさそうね。


「見られたからには仕方がない。貴様に恨みはないが死んでもらうぞ」

「……って、そんなわけにもいかないわね」


 見られたのなら当然、口封じのために命を奪う。

 このまま穏便に見逃すはずもない。

 暗殺者たちは剣を抜き、私に向けて明確な殺意を放つ。


「しね」

「――仕方ないわね」


 襲い掛かる暗殺者たちに、私は右手をかざす。

 振り下ろされた刃は空で止まる。

 一つとして、私の肌には届いていない。


「――! これは光の結界! 貴様も異能者か!?」

「当然でしょう? ここは王家のパーティー会場よ。集まったほとんどの人間が貴族か王族……異能者しかいないわ」

「チッ!」


 結界に阻まれた暗殺者たちは距離をとる。

 彼らは私を囲むように回り、一人の男が合図した直後、全員の姿が消える。


「消えた……?」


 なるほどね。

 これが暗殺者たちの異能というわけ?

 姿を消し、音や気配も感じられない。

 全員が同じ異能を持っている。

 暗殺者にピッタリな異能……この力があったから、私もギリギリまで気配に気づけなかった。

 ただ、私に見つかった時は異能を発動していなかったところを見ると、制限時間があるのかしら?

 少なくとも無制限に使えるわけじゃないわね。

 それに……。


「姿を消しているだけで、実体が消えるわけじゃない……よね?」


 見えないだけでいる。

 それなら、私の異能で捕えることはできる。


 ペキペキペキ。

 瞬間、私の四方から斬りかかろうとした暗殺者たちが氷に足をとられる。

 

「な、なんだこれは!」

「氷だと!」


 声を発した後で姿が見える様になる。

 制限時間なのか。

 それとも何かに触れられることで効果が切れてしまうのか。

 どちらでもいいけど、全員の姿がハッキリと見えるようになった。

 

「残念だったわね」

「くそっ! 他にも異能者がいたのか?」

「そんなわけないでしょう? ここにいるのは私一人、これも私の異能よ」

「ば、馬鹿な! ありえない! お前はさっき光の結界を使っていただろう! 異能は一人につき一つだけ! 例外は存在しない!」


 そう、異能は一人一つしかもっていない。

 炎を操る異能、水を操る異能、時間を操る異能、結界の異能。

 様々な種類が存在するけど、複数の異能を持っている例は存在しない。

 

「私もそうよ」

「だ、だったらこの力は!」

「一つよ。私が持つ異能は――」


 私は凍っていく暗殺者に触れる。


「触れた相手の異能を強化する代わりに、その異能を模倣すること」

「な、なんだ……急に力が溢れて」

「あなたの異能、とっても便利そうだから貰っていくわ。代わりに強化してあげるけど、もう使う機会はないでしょうね」

「や、やめろ!」


 ペキペキと足元から氷が全身へとめぐる。

 表面だけではない。

 足先から徐々に、体の芯を凍結する。


「さようなら。パーティーが終わる頃には、溶けてなくなっているわ」


 氷の彫刻が完成する。

 完全に氷漬けになった暗殺者たちが目覚めることはない。


「はぁ……せっかくのんびりできそうな場所だったのに」

「――面白いものを見せてもらったぞ」

「え――」


 背後から声がした。

 気配に気づけなかった。

 暗殺者の生き残り?

 咄嗟に身構え、大きく下がりながら振り向く。

 背後に立っていたのは青い瞳の男性だった。


「待て、そう警戒するな」

 

 彼は笑みを浮かべる。

 きらびやかな服装から、暗殺者でないことはわかった。

 しかし同時に、予期せぬ事態に戸惑う。


 見られた?

 どこから?

 服装からしてどこかの貴族の……違う。

 胸に輝く赤い宝石のペンダントには、この国の紋章が刻まれていた。


「その……ペンダントは……」


 さすがの私も知っている。

 あれは王族……の中でも、王位継承権を持つ者だけが身に着けることを許されたペンダント。

 つまり彼は――


 次期国王候補の一人。


 ……最悪だ。

 よりにもよって王族の、しかも王位継承権を持つ者に見られるなんて。

 いや、まだ誤魔化せるかもしれない。

 私は世間では無能扱いされている。

 

「複数の異能を操る異能か。初めて見るが、相当な力を秘めているな」

「……なんのことでしょう?」

「しらを切るか。その氷塊はお前がやったのだろう? リアリス・グレイン」

「私の名前を……」

「知っているさ。お前は有名人だからな」


 戦闘中から見られていた?

 けど、私のことを知っているならわかるはずだ。


「……ならご存じのはずです。私は無能力者。異能なんて使えません」

「ああ、俺もそう思っていた。ついさっき間違いだと気付かされるまではな」

「……」

「もう隠すのはよせ。この場にいるのは俺とお前だけだ。誰も聞いていないし、俺以外は見ていない。お前が実は、優れた異能者であることは」


 やはり誤魔化すのは無理があったみたいだ。

 この口ぶり、全部見ていたのだろう。

 私は諦めて肩の力を抜き、ため息をこぼす。


「あなたは……王家の方ですね」

「ああ。エドワード・レイバテイン。第六王子だ」

「第六王子……」


 確か、王族随一の異能者。

 次期王の候補の中で、彼より異能者として勝る者はいないと言われている大天才。

 なるほど……だったら誤魔化すのは無理だったわね。

 この人ほど、異能について精通している人物はいないでしょうから。


「……どうするおつもりですか?」

「返答しだいだな。ただ疑問だが、なぜ力を隠している? その力を見せれば周囲の対応も変わるはずだ」

「……今さらです。私は平穏に過ごせればそれでいいと思っています」

「無欲なのだな。いや、単に諦めているだけか」


 もしくはその両方、とエドワード殿下は呟く。

 見られてしまった以上、今後の身の振り方は考えないといけない。

 一番いいのは、殿下がこのことを黙ってくれることだけど……。

 王族にお願いできる立場じゃない。


「お前の異能は、他者を強化できると言っていたな?」

「はい」

「それは永続か? 上限はあるのか?」

「効果は永遠です。上限はありますけど、相手の肉体が持つかどうかです」


 私は質問に淡々と答えていく。

 見られた時点で隠すことはもうできない。

 素直に回答していった。

 彼は顎に手を当てながら考えている。


「そうか。うん、いいぞ」

「?」

「決めた。リアリス・グレイン! お前、俺の婚約者になれ」

「……え?」


 それは予想外の申し出だった。

 突然のことで私もぽかーんと口を開けて驚く。


「婚約者……? 私が、殿下の?」

「そうだ」

「どうして、ですか?」

「お前のことが気に入った。その力もそうだが、俺を相手に物怖じしない態度も面白い。俺はずっと探していたんだ。共にこの国を変えることができる存在を。きっとお前がそれだ」


 笑みを浮かべてそう言い切る殿下に、私は首を傾げる。

 私の何を評価してくれているのか。

 異能だけを必要とされるほうがまだ説得力がある。


「知っての通り、俺は王位継承権を争う立場にある。その上で、婚約者の存在は重要な要素だ。より優れた人物……立場、地位、思想……もしくは、絶対的な力を持つ者が隣にいれば、それだけ俺を支持する者が増えるだろう」


 殿下は語る。

 要するに、自分が王になるために力を貸せ、と言っているのか。

 私のことが気に入ったとか言いながら、結局力がほしいだけ。

 まぁ、わかっていたけど。


「でしたら私でなくてもいいでしょう? 私より姉のエレナのほうが、立場も力もあります」

「いいや、お前でなくてはダメだ。俺の隣に、お前以上の適任はいない」


 断固として言い切る姿勢に私は疑問を抱く。

 そこまでして私の力がほしい?

 だとしても他に方法はある。

 わざわざ目立つような婚約者に置かなくても、利用する方法なんて……。


「俺の母は無能力者だった」

「――!」


 突然語り出す。

 きっと、納得いかない私に知らせるために。

 彼は過去を、願いを語る。


「無能力者がこの国でどういう扱いを受けるのか。お前ならよく知っているだろう?」

「……」


 もちろん知っている。

 知り尽くしている。

 この身で十年以上味わってきたのだから。


「加えて母は唯一の一般女性だった。周囲の締め付けは激しく、父でさえ母のことを疎ましく思っていた。俺が異能者だったから尚更、母の存在は邪魔だったのだろう」


 まるで私たち双子の姉妹の話を聞いてるようだった。


「待遇に耐えかねた母は失踪した。俺は……優しい母が好きだった。あの人の笑っている顔が見たかった……だが、この国では、世界ではそれが叶わないと悟った。だから、俺が変える」


 彼は拳を握る。

 決意するように。

 想いを打ち明ける。


「この話を知っているのは王族と、ごく一部の貴族のみ。大半は知らないが、自然と支持率は低い。俺は八人の候補の中で一番期待されていない。俺の異能者としての資質だけでは、ついてくる者は限られている」

「……だから、私ですか?」

「ああ。お前は、持たざる者の苦しみを知り、共有できる存在だ。俺はずっと待っていた。お前のような存在が現れることを。だから、お前は俺の婚約者になれ」

「……」


 彼の思いはわかった。

 共感できる部分は多い。

 彼の願いは、異能者だけが優遇される世界を変えること。

 彼の母親が堂々と生きられる世界にすること。

 それはとても素晴らしいことだと思う。

 でも私は……。


「私は平穏に暮らしたいだけです」

「知っている。だが、断ればどうせ平穏はない。このことを俺が公表する」

「っ……」

「どうなるか想像に容易いだろう?」


 ここにきて脅し……。

 優しい人なのかと思ったけど、いい性格しているわね。


「断っても受け入れても、今まで通りの生活はできないぞ? だったら俺の婚約者になるほうが得だとは思わないか?」

「……」

「それに、俺と婚約すれば間違いなく、お前の両親や周囲の人間は驚き動揺するだろうな。なぜお前がそこにいるのかと……悔しがるかもしれない。今まで見下していた相手が自分より上にいる。さぞ気分が悪いだろう。反対にお前は――」


 気分がいい。

 想像してしまった私は、思わずニヤリと笑みを浮かべる。

 私は自分で思っていた以上にネチネチした性格なのかもしれない。

 皆が私を羨ましく思うことに、優越感を抱いてしまった。


「お前にとっても悪くない話だ。」

「……一つ、確認してもいいでしょうか」

「なんだ?」

「殿下が目指す未来で、私は平穏な暮らしができますか?」


 私の願い平穏な暮らし。

 意趣返しができようと、すっきりしようと。

 それが達成できなければ意味はない。


「俺が保証しよう。俺の目的が達成されたなら、お前は望んだ暮らしを手に入れられる」

「――わかりました」


 その一言で、私は決心した。

 どうせバレてしまったのなら、盛大にこの機会を利用しよう。

 私を見下していた人たちをギャフンと言わせて、最後には平穏な暮らしを手に入れる。

 最高の人生設計のために。


「私は、殿下の婚約者になります」

「決まりだ。ならば行くぞ」

「え、どこにですか?」

「決まっているだろう。せっかく会場にはお前の父や姉がきているんだ」


 彼は私の手を引く。

 強引だけど優しく、力強い手で握る。

 私は殿下に引っ張られてパーティー会場に戻ってきた。

 未だに多くの人たちが王族の周りに集まっている。

 金髪の、おそらくエリクシール様であろう方の隣に、父とエレナの姿がある。

 あの様子だと、上手く謁見まではできたらしい。


「リアリス、お前の父はどこにいる?」

「あそこです」

「兄上と一緒か。ちょうどいい。行くぞ」

「ちょっ!」


 彼に手を引かれて会場内を歩く。

 必然、周囲の視線を集める。

 王族であるエドワード殿下と手を握って歩いているんだ。

 誰もが疑問を抱く。

 なぜ落ちこぼれの無能力者が、と。

 父やエレナが私たちに気付き、訝しむように見る。


「兄上、グレイン公爵、少々いいか?」

「エドワードか。どうした? そちらの女性は……」


 容姿で理解したのだろう。

 私がエレナの妹だと。


「報告をしておこうと思う。俺は、彼女を婚約者に迎えることにした」

「……ほう」

「なっ……」

「え?」


 ニヤリと笑みを浮かべるエリクシール殿下。

 父とエレナは驚愕して目を大きく見開いている。

 驚いているのは私も同じだった。

 まさかこんな大勢がいる場で堂々と宣言するなんて。

 当然、周りにも聞こえている。

 ざわつきだす中で、エリクシール殿下が尋ねる。


「冗談では、なさそうだね」

「ええ、俺は本気です。兄上」


 第一王子と第六王子が視線で火花を散らす。

 その横で、エレナが私を睨んでいた。

 言わなくてもわかる。

 どうしてあなたが、と心で叫んでいる。


 私は心の中で溜息をこぼす。

 しばらく平穏とは無縁の生活が待っていそうね。

 けど、少しスッキリはした。

 

 この日を境に、私の人生は大きく変わる。

 才能ある姉に隠れていたもう一つの才能が、世界に露見したのだから。

最後まで読んでいただきありがとうございます。

こちら一応連載候補ですが、連載するかどうかは反応を見つつ考えようと思います。

素直にお願いします!

評価★、ブックマーク頂けると嬉しいです!



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
連載版始めました!
無自覚な天才付与術師は休み方を知らない
https://ncode.syosetu.com/n0219hw/

※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※
― 新着の感想 ―
[一言] 是非とも連載を!!!!
[良い点] とっても面白くて先がきになって仕方ありません! ぜひぜひ、連載をお願いします‼️
[一言] すごく面白かったです。 王位継承争いとか派閥争いとかはドロドロしそうですが異能やキャラ達は魅力的でプロローグしかないのがとても残念でした。 あまりヒロインやヒーローが辛いのは苦手なので明る…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ