5 勇者、分裂する
「おい。どうしたんだ。動かなくなっちまったぞ」
「仕方ありません。普通は混乱するでしょう」
私は踵を返した。
「用事を思い出したので、明日また来ます」
部屋の中には私がいた。
5人の私がいた。
身長も体型も声色も、みんな私だった。
「うん。意味が分かんない」
これでは完全に頭のおかしな人である。
でも、少なくとも幻覚ではなかった。
とりあえず、彼女たちはいったん放置。
まずは賢者さまを問いただすべきなんだろうけど。
その前に確認しておきたいことがある。
この間、ギルドでやった能力診断。あれをもう一度やってみる。
名前 ステラ・レイラント
職業 勇者
攻撃 S
防御 A
素早さ A
技量 SSS
魔力 S
魅力 B
備考:やばい! 技量がやばい!
「……下がってる」
間違いない。
私は以前にこれと同じ現象をみたことがあるのだ。
『散花烈身』。
賢者さまにしか扱えないと言われる秘術の一つ。
本来は強大な魔物を弱体化させるための術で、能力の一部を使用できなくさせる。
賢者さまの話では、魂を分裂させるのだと。
そして、それが肉体にまで影響を及ぼし、一人が二人になってしまう。
要するに、あそこにいたのはみんなステラ・レイラント。
私と同じ魂を持った私本人なのだ。
「ということは、私の魂が分裂……うっ、気持ち悪い」
あまり想像したくないことだ。
とにかく、賢者さまだ。彼女になんとかしてもらわないと。
★
「先生、私の体を元に戻してください」
「ムリ! できん!」
この人、何を言ってるんだろう。
「あれが『散花烈身』だと分かったのは誉めてやろう。さすがはわしの弟子じゃ。だが、できん」
「やったのは先生でしょう」
「人間相手に使ったのは初めてなんよね。だから、解き方が分らんのよ」
「なぜ、そんな危険な術を私に使ったんですか?」
「面白そうだったから」
ダメだ、この人。早く排除しないと。
私は剣を抜いて、構えた。
「先生。私、知ってるんです。こういう場合は術者を倒せば、術が解けるものなんです」
「刃をこちらに向けるな」
「世界のためなんです。ゴミクズ賢者の先生を葬れば、世界の闇が晴れるんです」
そう言って、剣を振り回した。
「バカバカ先生のバカ! 先生なんか死んじゃえ! 死んじゃええええっ!」
「うおっ、こらやめろ、わしがやられても術は解けんぞ」
「どうせそれも嘘なんでしょ。先生はいっつも嘘ばっかり。もうイヤ! 先生なんか嫌い! 大嫌い!」
すると、後ろから声がかかった。
「あの。ステラちゃん」
私の名前に『ちゃん』を付ける人なんて、この界隈では見たことがない。
振り向くと、そこに立っていたのはステラ。
ややこしいが、部屋にいた五人のステラのうちの一人だった。
「……あの……えっと」
なにかもじもじとしていて、なかなか喋りださない。
「どうしたの?」
私が聞くと、恥ずかしそうに答えた。
「……ピ、ピンク!」
「ピンク?」
「うん。私の名前はピンクになったの」
「どういうこと?」
「みんな名前がステラだと混乱するからってブルーが」
なるほど。 レッド。ブルー。グリーン。ピンク。ブラック。
この五色が割り当てられている。
それは名前だけではなく、服の彩色まで個人で変えていくらしい。
「変かな?」
「いいと思うよ。かわいいし、似合ってる」
「……よかった」
彼女はそれを伝えるためだけにここまで来たのだろうか。
「あとね。聞こえちゃったんだけど。ステラちゃん、私たちのこと嫌い?」
「え? 嫌いっていうか」
「私はステラちゃんのこと好き。大好き」
あんまり面と向かって「好き」と言われたことないから照れるな。
「私、ステラちゃんと一緒にパーティーを組みたい。大好きな人と一緒に冒険できるって、きっと素敵なことだと思うから」
ズキズキ!
うっ、胸が痛い。
術を解くと、たぶん彼女たちも消えてしまうだろう。
私はこんな良い子を消そうなんて考えていたのか。
「ステラちゃんは私たちと冒険するのイヤ?」
よく考えてみれば、これはいい機会なのかもしれない。
私の実力に見合う私にふさわしい仲間が、同時に五人も集まったのだ。
彼女たちを仲間にすれば、私の悩みって解決できるんじゃないだろうか。
「ピンク。私もあなたと一緒に冒険したい」
「よかった」
「もちろん。あなたじゃなくて、みんなも一緒よ」
「うん。伝えとくね」
これでよし。
「おまえ、チョろくね」
「いいんです。先生はもうあっちに行ってください」