1 勇者、追放される
「ステラ。もう全部おまえ一人でいいんじゃないかな」
「……え? ちょっと待って。それってどういう意味?」
パーティーの魔法使いであるロイドの言葉に、私はひどく驚いた。
難しいクエストから帰って、町の宿屋に泊まって。
『大事な話がある』と言われたから、彼の個室までやってきたのだ。
ロイド・ランベール。眼鏡をかけた優男で、このパーティー『聖なる牙』では参謀の役割を担っている。
とても頭がよくて、周りの気配りもできる。
頼りになるし、ときには冗談を言って、私たちを和ませてくれる。
でも、今日の彼は真剣な顔で、なんだか怖かった。
「そのままの意味だ。もう全部おまえがやればいい」
そう言われても、私には意味が分からない。
「私、何かした? 気を悪くしたなら謝るよ。だから」
「違う。そうじゃない。しいて言うなら、おまえに悪いところが一つもない。完璧すぎることが問題なんだ」
私とロイドが話していると、『聖なる牙』の他のメンバーがやってきた。
みんな私と同じで、この部屋に来るように言われたようだ。
「みんな。ちょうど良かった。勇者ステラに対しての率直な意見を聞かせて欲しい。今日のクエストで……いや、これまでの冒険の中でステラにどんな感想を抱いた?」
小柄な女の子が前に出てきた。
パーティーではサポート役を担当している治癒術師のエリーだ。
「……えっと、凄い人です。前衛なのに全体回復もしてくれるし、回復量も凄い。状態異常も即死以外なら全て治せるし、能力アップできる付与術も大量に覚えてます。私なんか相手にならない……」
「そんな。エリーちゃんだって凄いよ。蘇生できるし」
「それは私のメインのジョブが治癒術師だから。そもそも魔力が少ないから、全体回復すら数回しかできないです」
言われてみれば、戦闘中は私がほとんど回復してた気がする。
「俺は重戦士。役割はタンクでパーティーの盾としてみんなを守らないといけないんだが。正直に言うと、俺の方に攻撃が来たことがないんだよな。俺なんか眼中にないというか。一応、盾は構えてるんだが、基本は立ってるだけで戦闘が終わるよ」
「あたしは盗賊で、アイテムを盗んだり、先制で状態異常を入れるのが仕事なんだけど。勇者はあたしの三倍ぐらい速くて、あたしの攻撃は先制攻撃になってない。というか、前から思ってたんだけど、勇者の方が盗みの成功率は高いよね? あたしが盗みをする必要ってあるの?」
重戦士のリックと盗賊のティアが、それぞれ意見を述べる。
ロイドが私の方を見た。
「そうだな。最後に僕の意見も言っておこうか。知っての通り、僕は魔法使い。前に話したことあったかもしれないけど、『聖なる牙』を結成する前は魔法学校に通っていた。そこでの僕はいつも成績トップ。魔法においては誰にも負けたことがなかった。はっきり言うと、自分のことを天才だと思ってた。この世界のどんな奴にも負けないと本気で思っていたんだ」
ロイドは自嘲気味に話を続ける。
「初めてステラの魔法を見たとき、笑っちゃったよ。自分の馬鹿さ加減に。何から何まで全く違うんだもの。僕のやってきたことは子供のごっこ遊びだったんだって、気づかされた」
「……ごめん」
「誤解しないでくれ。責めてるんじゃない。ステラのことは尊敬してるんだよ。おまえは何をやらせても完璧。さすがは勇者さま。ほれぼれするほどの才能を持ってる。だからこそ、こんな場所にいて欲しくない。なあ。みんなもそう思うだろ?」
パーティーのメンバーはみんなウンウンと頷いた。
誰も首を横に振るものはいない。
それを確認すると、ロイドは部屋のドアを開けた。
そして、私に言った。
「ステラ。おまえはこのパーティーを出て行け」
出て行け?
つまり、私を追放するってこと?
「じょ、冗談だよね?」
「本気だよ。おまえはここから出て行って、本当の仲間を探すんだ。こんな足手まといの雑魚じゃなくて、自分の実力に見合った自分にふさわしい仲間をな」
酷い。
私はずっと彼らのことを仲間だと思っていた。
真面目で優しい人たちで、それぞれに良いところがあって、純粋に好きなパーティーだった。
エリー、リック、ティア、それから、ロイド。
みんな大好きだったのに。
「ロイド君。間違ってるよ。私は足手まといなんて思ったことない。このパーティーに入ったときから、ロイドくんのことを心の底から信頼していた。他のみんなだって」
「ハハハッ! 信頼だって? 面白いこと言うなあ。信頼ときたかあ」
ロイドは私に掴みかかった。
いつもの穏やかな表情とは全然違って、私への敵意を剥き出しにしている。
私は怖くて泣きそうになった。
「……い、いたいよ。ロイド君」
「ステラ。いいことを教えてやる。おまえの言ってる信頼ってのはな。同情のことなんだよ」
「違う。同情なんかじゃ……」
「わかったら、さっさと出て行け。ここはもうおまえの居場所じゃないんだよ」
もうこれは何を言っても無駄なんだろう。
私は諦めて、荷物をまとめることにした。
「……装備は置いてった方がいいかな」
このパーティーで手に入れたものは、できるだけ置いて行くことにする。
「ロイド君。みんな。今までありがとう」
すでに誰も聞いてなかったけど、感謝の気持ちを述べて、宿屋から出ていく。
――こうして勇者ステラは『聖なる牙』から追放されたのだった。