第7話 自由を求めて
そして脱獄の決行日――。
フォードとレミリアは万全の体調で挑んだ。
夜たっぷりと眠り、気力も体力も充実している。時刻は早朝、四時。見張りの番兵はいない。朝の涼しい空気を感じながら、フォードはその確認をし、隣の牢屋へ語りかける。
「今だ、レミリア。《金剛力珠》を」
「はい」
言われて、レミリアが翠色の宝玉を発動させる。
わずかな燐光。魔力が大気を揺さぶる気配が伝わってきた。
直後、金属をぎぎぎと曲げる鈍い音が響く。――レミリアが強化された腕力で鉄格子を曲げさせたのだ。
そして直後、鉄格子を開け、少女がフォードの牢屋の前にまでやってくる。
今まで牢屋越しに手だけ見たが、初めて全容を晒すことになる。
「あ……」
レミリアは美しい少女だった。
地平に沈む夕暮れのように見事な橙色の髪。瞳は蒼穹のように美しく、宝石のごとき煌めき。
肢体は細く、白く、まるで白妖精であるかのよう。可憐さの中に高貴さも宿っており、思わず目が引き付けられずにはいられない。囚人用の薄汚れたワンピースを着せられているが、かえって儚げな美しさが目立った。
予想よりもずっと麗しい少女を前に、フォードは見惚れる。
「あ、あの、フォードさん。そんなに見ないでくださいまし」
「あ、すまない……思ったより綺麗だったから」
「はう……殿方に見つめられるのは恥ずかしいですわ」
顔を俯かせ、みじろぎする彼女の様子を見ていると、俄然やる気が湧いてくる。フォードは麗しい少女を守り通すと密かに誓いながら、予定を進めた。
「レミリア、俺の方の格子も」
「わかりましたわ」
強化されたレミリアの腕力が、フォードの鉄格子も曲げていく。細い腕に似合わぬ怪力。魔導具、《金剛力珠》の力は本物だ。ややもせず、フォードの前に人一人分の隙間が出来る。
「ありがとう。――では、行こう」
「はい」
二人は手を繋ぎ合って、通路に出た。
暗い通路だ。埃っぽく、湿っぽく、鉄の錆の臭いが鼻を刺激する。床に血の染みが点在しており、時折聴こえる何かの音が、畏怖を呼び起こす。
「俺から離れるな。慌てず行こう」
「は、はい。出口はどちらでしょう?」
レミリアの問いにフォードは考えた。
「おそらくは左だ。番兵はいつもそちらから来る。きっと、待機所諸々がそちらにあるのだろう」
「では、そちらに」
フォードたちの牢屋から見て左側の通路に、彼らは向かうことにした。
お互いの手の温もりを感じつつ、二人は薄暗い通路を進む。
光源が通路脇の松明しかない通路は、とにかく歩き辛い。
番兵はランプを持っているが、フォードたちは走ることも難しい。十字をいくつも連ねたような通路は、ひどく広大だ。
他の囚人たちは死んだように眠っている。フォードたちに気づく者はいない。気づいたとしても何もできないだろう。彼らは精も魂も尽き果てている。
――見張りの番兵とは、途中、何度かすれ違った。
しかし幸いにも、通路には石像が妙に多い。隠れられる場所はいくつもあった。牢獄としては欠陥だらけだが、フォードたちとしてはありがたい。
「なぜこの牢獄、石像が多いのでしょう」
近くの蜥蜴の石像を見てレミリアが呟いた。
「ここは昔、石像崇拝があった神殿を改良したらしい。石像の悪魔の神殿――石像の魔物を信仰対象とし、廃れた後に、今の牢獄に作り直したとか」
「作り直し……確かに、魔物崇拝は、邪教ですものね」
「ああ。囚人への威圧としては役立つから、石像だけは残したのだろう」
《迷宮》には無数の魔物がいるが、中には畏怖を覚えて信仰に走ってしまう者も珍しくない。
特に竜種、巨人族、妖精種に畏敬を抱く者は古今東西多くおり、フォードのオルトレール家があるモルディア地方でも、竜信仰の伝説はあった。
その時にこれらの知識も得ていた。
「それと、魔物の石像は罠として設置されてるのもあるから注意を。まあここは完全に置物ばかりみたいだが。少しでもおかしな石像があれば、俺に報告を」
「はい。判りましたわ」
「それと、不審者を知らせる仕掛けがあるかもしれない。進む時は目の高さだけでなく、足元にも注意を」
「はい……それにしてもフォードさん、博識ですのね」
「いや、故郷で少し本を読んだだけだ。親が探索者だったから」
非道な父と母だったが、あの屋敷で得た知識が今の自分を生かしている。
そう思うと皮肉だったが、今は考えないことにした。
「そうなのですか? わたくし、フォードさんのような頼もしい殿方と会えて良かった。ふふっ」
レミリアが手を強く握り締めてくる。
向けられる好意的な声と視線に、なんだかフォードはむず痒くなった。
美少女に信頼を向けられるのは光栄――しかし油断は禁物だろう。
石像が身を隠してくれると言っても番兵の恐怖が消えることはない。もしも鉢合わせしたら厄介なことになるだろう。
雷紋剣と金剛力珠があるが、地の利は番兵たちにある。フォードは減霊凰薬で能力が弱体化している。二人は一定間隔で、安全を確認しながら進んでいった。
「あっ、番兵が三人……隠れろっ」
屈強そうな三つの影が曲がり角から近づいてくる。
フォードは近くの石像の影にレミリアを押し込み、自分もその後に続いて隠れる。
「あ、フォードさ――」
「しっ。見つかる」
幸い、番兵たちは猥談しながら歩いており、二人に気づくことなく通り過ぎていった。
しかし直後、戸惑いの声が少女の口から。
「あの、フォードさん、胸に、当たってます」
「……え、なにが?」
「フォードさんの、手が……わたくしの……」
見れば、フォードの右手がレミリアの豊かな胸に添えられていた。むにゅん、と柔らかな感触。少女は恥ずかしそうに、頬を赤らめた。
「う!? す、すまん、夢中で」
「いえ、わたくしも迂闊でしたわ。いえ、そんなこと考えてる場合ではないですわね」
「そ、そうだな」
慌てて手を引っ込める。薄闇で少女の大事な所に触れてしまった事にフォードは慌てる。
気のせいか緊張の吐息をレミリアがするだけで、フォードの心音も高まってくる。少女の匂いまで気になってきた。まずい、こんなこと考えてる場合ではないのに。
「一度周囲を見回して先へ進もう。レミリアは背後の警戒を」
「あ、は、はい」
束の間の騒動も、牢獄の静けさに潰されるかのように消えていく。
フォードが前、レミリアが後ろを警戒する形で前進する。
薄闇と静音とわずかな松明光の中で、二人の結ばれた手だけが勇気の源。
浅い呼吸と極度の緊張にまみれ、フォードは五度目の曲がり角を確認する。
番兵が一人、欠伸をしている。――よし、問題なし。雷紋剣にて先手必勝、一気に突っ込んで――。
「ん? なんだてめえ、どこから――ぐっ」
這うように忍び寄ったフォードの一撃が、番兵の意識を刈り取った。
雷紋剣の斬撃は麻痺を呼び込み、彼の自由を奪い去る。
後は簡単だ。短剣の柄を首筋に当て、フォードは相手を気絶させた。
「すごい……鮮やかですわ」
レミリアが驚嘆しているが、それで終わらない。
フォードは気絶させた番兵の腰元から短剣を抜き出すと、自分のものとする。
「短剣を? 予備ですの?」
「いや、僕は元々、双剣使いだ。それと――」
少し周囲を見渡した後、フォードの視線がレミリアの橙髪にいく。
「レミリア。髪を譲ってくれないか」
「え? ……まさか、食べるのですか?」
フォードは思わず大声を上げそうになった。
「いやいやいや。なぜだ! 俺は変態か! ――じゃなくて、投擲用に短剣を改良するんだ」
慌てて説明する。丁寧に、真摯な口調で。
「短剣の柄と柄を糸で結べば、投げても回収しやすいだろう? 僕は一刀を投擲に使い、もう一刀で斬りかかる戦法が得意なんだ」
「あ、なるほど……それで髪を糸代わりに」
勘違いにはにかんで、レミリアは自分の金髪を差し出した。
フォードがそれを雷紋剣で数十本、斬り取り、繋ぎ合わせて八メートルほどにする。
そして雷紋剣と奪った短剣の柄に巻く。これで片方を投擲しても回収が可能となる。
「ありがとう、助かった」
「わたくし、自分の髪を渡すなんて初めてですわ。とっても新鮮」
「すまないな。綺麗な金髪なのに、こんな事に使って」
「いえ。でもフォードさん、じつはわたくしの故郷では、女性の髪を貰うという事は、嫁にもらうと同義で……」
「いや。その。そんなつもりは」
すると、くすくす、と楽しそうにレミリアが笑いだした。
それで担がれたのだと、フォードは悟る。
「おい? レミリア?」
「あ、すみません。ついフォードさんをからかいたくなって」
「……勘弁してほしいな、心臓に悪い」
「……うふふ、ごめんなさい。でもわたくし、あなたでしたら本当に……」
「え?」
レミリアは顔を俯かせ、柔らかな笑みを浮かべると、フォードの体に寄り添った。
――そこからのフォードは、まさに快進撃だった。
本来の二刀使いという形に戻った彼は、二つの刃を巧みに操った。
右手に雷紋剣、左手に奪った短剣。
時に牽制に短剣を投げ、番兵が怯んだ隙に雷紋剣で斬りかかる。麻痺の効果が相手を無力化する。
逆に相手に先に発見されれば、雷紋剣を投げて無力化させる。
単純に刃が二本あるだけの強さではない。今のフォードには斬撃、投擲、牽制、罠作成――様々な戦術をとることが可能だった。
特に罠作成は便利だった。
柄と柄を結ぶ六メートルもの髪は、一種の罠としても活用でき、番兵の脚に引っ掛ける、番兵の頭上に短剣を仕掛ける、相手の手足や首に巻きつけ、動きを封じる――など、非常に応用性が高い。
今もまさに、三人の番兵が向かってきたところを、脚に髪を引っ掛け転倒させたばかりである。
まさに獅子奮迅。破竹の勢い。フォードは瞬く間に最初の階層を突破していった。
「凄いですわ、フォードさん」
レミリアの声にもはっきり尊敬がこもっていた。
「いや。運が良かっただけだ。それにまだ先は長い。油断はしないように」
そして、もちろんフォードだけが活躍していたわけではない。
レミリアも奮戦していたのだ。
彼女は《金剛力珠》による腕力増強――つまり格闘しかできないが、なかなかどうして、筋がいい。
強面の番兵にも怯えず、真っ向から立ち向かう勇気。
相手の動きについていき、的確に手を出せるほどの俊敏性。
フォードが牽制に短剣を投げたとき、呼応して連携する判断力。
彼女はまだ新米の探索者のはずだが、その容姿といい実力といい、じつに様になっていた。
「くっ、おのれ、脱獄とは……がっ」
フォードの放った短剣に脚をやられ、レミリアの拳を受けた番兵二人が沈む。
見事な連携である。レミリアが嬉しさのあまりフォードに跳びついた。柔らかい感触に思わずフォードは困る。
ここまでは上々の進撃。
すでに二層まで突破している。一層までの階段前――ガルグイユ牢獄は一層が出入り口のため、全体の九割近くにまで来たことになる。
「もうすぐだ、油断せずに!」
「ええ!」
いよいよ第一層、出入り口のある階層である。
これまでとは違って牢屋ではなく、管理室や武具置き場など、部屋が並んでいる。
明かりも採光窓によってたっぷり確保され、薄闇に乗じて先へ進むのは無理そうだ。
番兵も、精鋭なのだろう。文言の入った短槍や剣を携えている。
佇まいも強者のそれだ。フォードたちは石像の陰に潜み、しばし考えた。
「……今から番兵を一人倒す。その後、大声で叫ぶから、二人で物陰に隠れよう。他の番兵が一斉に来た隙を狙って、出入り口まで一気に走る」
「で、できますかしら……?」
「やるしかない。隠れる場所も薄闇もこの階にはない」
陽動の後、強行突破。
雷紋剣と金剛力珠の力を信じるしかない。ここまで来たらやるしかないのだ。
フォードはゆっくりと息を吸った。レミリアも同じ仕草をした。二人して手を重ね合わせ、頷き合った後、互いに抱擁を交わす。
「ありがとう、レミリア」
フォードは先に感謝の念を伝えた。
「俺だけでは脱獄なんて考えもしなかった。絶望し、ただ腐っていたかもしれない」
「わたくしだって同じですわ。フォードさんがいたからこそ行動に移せたのです。あなたはわたくしの騎士ですわ」
「ナイト……光栄な言葉だ。――さあ、行こう、自由を掴むために」
「はいっ!」
決意を固めた後、まずフォードが物陰から飛び出す。
「なんだ、おい、どこから出て……ぐっ」
近くに見回りにきた番兵を雷紋剣で麻痺させる。首筋に柄を当てて気絶。
そして、フォードはたっぷり息を吸い込み、大声を張り上げた。
「おいっ! 大変だ! 侵入者だ! 一人倒されたぞっ!」
階層中に響き渡る、大声量で叫ぶ。
次々と、武装した番兵がかけつけてくる。
「なんだ、どうした!」
「侵入者だと!?」
「ひっ捕らえろ! 逃がすな!」
たちまち多数の番兵がやってくるが、そのときにはフォードはレミリアと出入り口に走っている。
何人も番兵とすれ違った。その度にフォードは「侵入者は向こうへ行った! 挟み撃ちだ!」と叫んでいく。
番兵服を着たまま堂々としていれば、疑う者は皆無だった。
幾人もの番兵に虚言を弄し、いよいよ出口が見えてくる。
無骨な門。そこに佇む門番四人。
それを突破すれば脱獄完了である。
門へと続く中庭へ出た。落ち着いていけば番兵は突破できる。
何しろこちらは番兵に変装している。雷紋剣がある。金剛力珠もある。いける。自由はもうすぐそこだ。
理不尽な牢獄生活は終わり、やっと、探索者としての夢のある生活に舞い戻ることができる。
――そう思っていたからこそ。
レミリアがいきなり殴りつけてきた時、フォードは対処できなかった。
「え、な……!?」
門へ向かって走っていた脚がもつれる。
視界がぐらりと傾き、地面にどっと倒れる。勢いが強すぎて右腕をこすり合わせる感触。
金剛力珠の力によって殴られた衝撃により、内臓が潰れた。
口からおびただしい血が吐かれる。意識が飛びかける。
地面に無様に倒れ伏したフォードを見下ろし、レミリアは高く笑った。
「あっはっはっは! ざまあないね、フォードさん!」
フォードは、理解できなかった。
脳裏に溢れる、「なぜ?」「なぜ?」「どうして?」という疑問。
レミリアに、いきなり胴を殴られたこと。
彼女によって死にかけていること。
地面に広がる、血の海――全て理解の埒外だ。
「いつ気づかれるかヒヤヒヤしていたけれど、意外と間抜けなんだね、フォードさん」
「な、にを……」
言葉を続けようとして、口の奥から血が出る。
「脱獄しかけたところごめんねぇ。でもあたし、最後まで逃げさせはしないの」
意味が判らない。見下ろすレミリアはお淑やかの欠片もなく、あるのは悪魔じみた笑み。悪霊が取り憑いたと言えば、そのままフォードは信じるだろう。
それほど、レミリアは表情から声音まで、豹変していた。
「――戯れは終わりですか、レミリアさん」
門番の一人が、レミリアの方へ近寄ってきた。
屈強そうな禿頭の大男。なぜか彼の口調は、丁寧なものだった。
「うん。今回のお遊びは終わり。すっごく楽しかった。あはは、またやりたいねぇ」
「我々一同、今回のレミリアさんは誰を堕とすのか興味津々でした。お疲れ様です」
「あはは。協力感謝するよ。はい、これお礼」
レミリアは髪の中に隠していた金貨を門番に渡した。
深く礼をして、門番が問いかける。
「この少年はどうしますか? こちらで処理を?」
「うん。もう十分楽しんだからいいや。そっちの好きにして。あたしは次の監獄に行くから」
「了解です」
フォードは理解の欠片も得られない。目の前で交わされる会話に、その意味に、まるで意味を見いだせなかった。
「な……にを……レミリア……?」
気力を絞って語りかけると、少女が、道端の塵でも見るような目つきで見下ろす。
「まだ気づかないの? 裏切られたんだよ、あんたは」
「な……どういう、ことだ……?」
「あたしはね、新米の探索者でもなければ冤罪に遭った哀れな少女でもない。あなたを弄んだ者。嘘つきの女。それだけなの……フフ」
艶然と微笑む少女の仕草。
「投獄されたことも『嘘』ならば、協力して脱走を手助けしたのも『演技』。照れも赤面も演技。何から何まで『嘘』。貴方と交わした言葉も、何もかもが偽りだよ」
衝撃に打たれるフォードに、少女は毒を吐くように、艶やかに笑う。
あの声が、仕草が、全て幻だった。
「出会いから相談の時まで、自分を隠すのは苦労したよ。なにせあんたは必死だったからね。笑いをこらえるのは大変だった。滑稽だったなぁ、貴方の奮闘は!」
倒れるフォードの耳元に口を寄せ、甘くささやく。
「まあ、あんたの逞しさや言葉は、あたしの胸にきゅんきゅん来てたよ。出会い方が違えば抱かせていたかもね」
蠱惑的に息を吹きかけ、レミリアは身を翻す。
そして、衝撃で吹き飛んでいた短剣と、『雷紋剣』を手に取った。
「ああ、行き掛けの駄賃にこれもらっておくね。いい武器だよねぇ、これ」
「っ! ふざけるな! ――返せっ!」
妹から託された、形見の雷紋剣。
奪った短剣と、レミリアの髪で繋いだ六メートルの線。
大切な、妹とレミリアの絆――だったもの。
「電撃技と投擲ができる武器って便利よねぇ。大切に使わせてもらうわ」
言って、彼女は雷紋剣をフォードの右手の甲に突き刺した。
肉が抉れ、狂おしい程の激痛がフォードを貫く。
「あ、ぐうああああああああああああああああっ!」
「使い心地もいい。ありがとね、フォードさん。色々くれて」
そして、もう用はないとばかりにレミリアは行ってしまう。
門の外へ。本来なら出られないはずの外へ。
フォードは、出血多量と雷紋剣の麻痺の効果で動けない。
門番がことさら嘲るように笑って、かがみ込む。
「クク。なんだ兄ちゃん、知らなかったのか? あの女、脱獄の手引きばかりして裏切りを繰り返す、『詐欺師』だぜ?」
「……な、ん、だと……」
「《偽淑女レミリア》っていやー、俺たちの間じゃ有名なんだがね。今度はどんな奴が獲物なのか、見ものだったな」
男は言う――にたにたと、悪意ある笑みを浮かべる。
「あの女は自分の快楽のために各地の監獄を転々としてる。そこで目をつけた囚人に脱獄の話を持ちかけ、スリルと快感を楽しむのさ。そして俺たちはそれに協力し、見返りに金貨を得る。楽しい娯楽だったぜ」
言って肩をすくめる。
「あんたとレミリアのお嬢が監獄を駆け回る姿は滑稽だったなぁ。ま、下級の番兵には気の毒だったが……あんたも運が無かったな、兄ちゃん」
嘘だ、そんな、馬鹿な、という声がフォードの頭で木霊する。
しかし思い返せばあの脱走劇、事の始まりは、レミリアからの誘いではなかったか。
――脱走しませんか?
そのためにフォードへかける言葉。態度。声音。全て計算して操っていたのだ。
――凄いですわ、フォードさんっ
彼女と交わした談笑も、繋いだ手の温かさも、恥ずかしがる姿も、何もかもが偽り。
――わたくし、あなたとなら……
嘘、嘘、嘘。偽りの羅列。全ては彼女の手のひらの中。
レミリアは美しい少女ではなく、醜い心の詐欺師だった。
門番が、悔やむフォードに《治療》の魔術をかけていく。
しかし、それは救済ではない。
「さて兄ちゃん。哀しみのところ悪いが来てもらおう。くく、詐欺に遭おうが何だろうが、脱獄は脱獄だ。罪は償わなくちゃならねえ。番兵の多数を倒したろ? お前さんの罪状はどうなるかなぁ、楽しみだなぁ、くくくくくっ!」
そうしてフォードは再度、投獄の憂き目に遭った。
罪状は追加され極刑――つまり死刑と宣告された。
お読み頂き、ありがとうございます。