↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

52/71

第51話  悪女、悪女、悪女、悪女

「――た、頼む! 見逃してくれっ!」


 フォードたちが住まう大陸より遥か東方、リビラ地方。

 豪奢な屋敷の一角にて。絶叫にも似た懇願が響いた。


 平和な時間や、人物がいれば反対に非業に見舞われる者がいる。

 世界は暖かく、優しい空間ばかりとは限らない。

 その日、その部屋では、非業にも至る光景が繰り広げられていた。


「もうあと五日もあれば金は用意出来る! だから! どうか私にもう一度機会を与えてくれ!」

「駄目ですわ、もう貴方には十分時間を差し上げました」


 妖艶にそうささやいて、懇願する男のあごを優しく上げていくのは麗しき少女だ。

 紫のドレスに身を包み、容姿も声も可憐な淑女。赤々と緋色に光る髪はまるでルビーの如く。

 身にまとう衣装は壮麗ならがも清楚で、じつに楚々としている。深窓の令嬢と言われれば誰もが納得出来るだろう。

 しかしその目は蛇のように光っている。捕らえた獲物を決して逃さない狩人の瞳。人を人とも思わぬ、魔性を秘めた毒婦の禍々しさがある。


「もう貴方はそうやって。六度もあたくしに猶予を乞い願った。けれど貴方が用意出来たのははした金にも劣るわずかなお金のみ」

「そこを! そこを何とか! あと五日だ! それだけ猶予してくれれば、必ず用意するから!」


 それは、遠目には美しい少女と精悍な青年が逢瀬しているかのように見えるだろう。

 少女は紫のドレスに身を包み、容姿も声も可憐な淑女。

 片や、背も高く丹精で健康的な体躯の青年。


 けれどこの場で交わされるのは、無慈悲な言葉と懇願の金切り声だ。

 決して甘酢っまい天界などない。

 あるのは『高利貸し』と『困窮者』という絶対的な地位の言葉、その応酬に他ならない。


「もはやあたくしは待てませんわ。貴方は、あたくしに多額の負債がある。それを反故にし、なかった事にするのは愚かな事ですわ」

「利子なら払う! 残りの額も、全て用意するから! だから! どうか猶予を! 金策は、あと五日で成立する! だからどうか――ヴィーラお嬢様!」


 ヴィーラと呼ばれた少女は不快に顔を歪めた。


「勝手に名前を呼ばないでくださる? 虫けらに同類にんげん扱いされると虫唾が走りますわ。――でも、ふふ。金銭というものは人間の命脈。『時は金なり』と申しますでしょう? 貴方とこうして不毛な時間を過ごすほど、あたくしにとって無駄の時間は増えますわ」

「も、もしかして金以外の物を所望か な、なら男娼でも何でも渡す! 宝石など、必ず貴方に見合うものを寄越すから! だから! 五日だけ待っ――」

「くどいですわ」


 少女が汚物を見るかのように男を突き飛ばす。

 そうして細い指をパチンッと打ち鳴らしなら、傍ら、豪奢な絨毯の上に老年の紳士が降り立った。

 老練にして熟練の戦士を思わせる男性だ。

 髭か髪に白いものが混じっているが、未だ筋骨は粒々、高級な執事服の上から判るほどのその卓越した筋肉は誰の目にも明らかだった。


 その、老練かつ勇猛そうな従者を、少女は軽くを眺めると、


「ロンベールβ、このあわれな男を始末なさい」

「御意。しばしお待ち下さい、この者を適切な姿へ変えます、ヴィーラお嬢様」


 ここでもしロンベールという男を知る者がこの場にいたならば、困惑をすることになるだろう。

 なぜならロンベールという男はかつてバザリーという少女が連れていた従者であり、フォードと戦って敗れた。

 今は枯れに捕らえられ手駒の一つとなっているにも関わらず、この場にいるのはおかしい。

 

 そしてその容姿も、声も瓜二つであり、何から何まで『同じ』姿に彼を知る者は思うだろう。

 ――あり得ない、と。


 そして瞬間。

 青年の体に異変が起きた。

 金を借りた彼は何が起こったのか、何をなされたのか、最後までまるで分からなかっただろう。


 なぜなら青年に行われたのは一流の絶技。常人には視ることも知覚する事も叶わない戦技だから。


 唯一、青年に判った事は、自分の視界がいきなり『ずれた』ということ。

 あるべきはずの位置から、不自然に斜めにずれていった事、それのみだ。


 それは、青年の首が、老人従者の『手刀』で斬り落とされた音。自らの首と胴体が永遠に分かれたと理解するには、青年の力はあまりに小さすぎた。

 遅れて届く――ことん、という軽い音。


「よくやりましたわ、さすが、バザリーお姉さまの従者、そのレプリカね」

「お褒めに頂き光栄にございます」

「ふふ、でももう少し血が出る量は調整した方が良いわ、絨毯が勿体ない。次は気をつけなさい」

「はっ、御意に」


 顔色も変えず死体を始末する老従者。


 その光景を仮に見ている者がいれば、たとえフォードでも驚愕していただろう。

 なぜならその老人は外見のみならず技までも以前フォードが倒した者と同じだったから。


 少女の言葉の中、レプリカというものを聞いて、不穏なものを感じない者などいない。


「さて、この塵はもう終わりましたわ」


 一つの死が訪れたというのに全くそれに動じない少女は。

 未だ自分の境遇が理解出来ず、目を見開いたままの青年の生首を眺めた後、少女は嘆息する。


「ああまったく、つまらない顛末ですわ。有象無象の首を切り落としても何の面白みもない」

「そうですな。ヴィーラお嬢様は繊細なお方。このような下衆と戯れては不快にもなりましょう。――ただ、彼は地元ではそれなりに名の通った慈善家です。磔にして送り返せば楽しい騒ぎの一つも起こるかと」

「あら、そうかしら?」


 ヴィーラは可憐そうに首をかしげてみせる。


「あたくしは、慈善事情に身を費やして、それで自分の家が没落してしまう貴族など興味ないわ。自分の財産も管理できないぼんくら貴族に、あたくしに何の楽しみを覚えられるの?」

「――そうですな。これは失言でした、お忘れくださいお嬢様」


 折り目正しく、完璧な礼をするロンベールβと呼ばれた老人。

 下級とは言え、貴族の首を跳ね、その上生首を傍らにしても動揺の一つもない少女。その胆力に畏怖を覚え、けれど隠してみせる。


 血塗られた部屋の只中で、美しき少女は、不意に「ふあ……」と可憐な欠伸をしてみせる。


「……あらいけない。あたくしとしたものが、殿方の前で欠伸をしてしまったわ、まあ――殿方はもう、死んでいるのだけれど」


 ふふ、と蠱惑的な笑みをこぼし少女はささやく。


 彼女の名は、ヴィーラ・レイゲルズ。

 ルザと呼ばれる悪逆探索者の、『妹』だ。


 正確には、その『二人目の妹』。


 その悪名は、屋敷内では知らぬ者はおらず、非道、非情、無情――その三拍子でもって恐れられる女怪。

 失敗した家令がいれば即座に磔にして悦に入り、傲岸にも忠言をした召使いがいればその家族ごと火炙りにする。

 拷問、処刑、粛清……その他、あらゆる残虐が大好きな非情なる冷酷姫。


 屋敷外こそ貞淑な乙女として振る舞っているため、外ではその蛮行を知る者はほとんどいないが、けれど屋敷内でその名を聞けば誰もが恐怖に怯えている。


「ヴィーラお嬢様。この青年の処遇ですが、庭でオブジェとして飾るのは如何ですか?」

「そうね……それはいまいち美しくないですわ」

「それならば剥製にし、礼の美術館の中にでも貯蔵しておくのが宜しいでしょうか?」

「それね! 『剥製』! ええ、ええ! それは良いことだわ! 見た目だけはそれなりの青年の顔! それが、永遠にあたくしの物となる! ああ……っ、美男の鑑賞具の一つとしては、それなりに冴えた方法ね」


 うっとりとまるで夢見る乙女のようにヴィーラは両手を組んで溜息をもらす。

 けれどそれは常人には理解し難い所業だ。

 しかし従者の老人はそれが当然と言うように少女の言葉に頷きを返す。


「はい。では私めは早速準備に取り掛かりましょう。保存液や、職人の手配をせねばなりません。しばしお待ちを」

「ええ! お願いね! ――ああ、楽しみだわ! 金に困窮し生を剥奪された哀れな青年! それがずっとあたしの『剥製美術館』に加わるなんて!


 ヴィーラ・レイゲルズ。

 彼女は外見こそ、可憐な少女だ。けれど人には理解されない性癖を持っている。


 それは、『死体』をこよなく愛すること。

 命が果て、物言わぬ置物になった人間を、心の底から愛するのだ。

 これまで愛でてきた人間は数しれず。幼児から美男、美女、美少年、美少女、美幼女、美幼男……それら全てを問わず、ヴィーラは愛でてきた。


 精悍なる青年、無垢なる童女、美しい少女、たくましい少年……剥製にした美男美女らの数は数しれず。

 その数は百を超え、未だその勢いは衰えない。


 この前も、敬虔な聖女と評判のシスターをさらって、剥製にしたばかり。

 その前は、有名な幼い少女をさらって剥製に仕上げた。

 そして今日は、貧乏貴族の青年が首を撥ねられ『剥製美術館』の仲間入り。


 剥製好きの拷問姫。

 あるいは死体愛好の狂嬢。

 様々な名で語られる、ルザの妹――その二人目の少女。


「――ああ、まったく姉貴は悪趣味だねえ。剥製を作っては飾るだなんて、ああ恐ろしい」


 その時、呆れ声と共にやってきた新たな少女がいた。


 嘆息しながら部屋に入ったのは赤髪の少女だ。

 まるで燃えるような、赤く艶めく緩い髪が目を引く。

 金属の鎧に包まれた四肢はまるで野生の女豹のようで、滑らかで、完成された美術品。

 その肩に羽織るのは華麗なマント。鷲に大きな剣模様をあしらったそれは壮麗の一言だ。

 けれど、彼女を見た者は思うだろう。

 手に携えた巨大な『金属槌メイス』――それが、あまりに不釣り合い過ぎる。


 メイスとは、鎧越しにダメージをを与える打撃武具の事だ。

 重量と突起物により鎧を打撃――その衝撃で相手の骨を粉砕する破壊武具である。


 そんな物騒な武器を彼女のメイスは、規格外の巨大なサイズ。

 全長二五〇センチにも及ぶ巨大な撲殺武器だ。

 成人男子でもまともに持てないそれを、くるくるとまるで木の棒のように回転させる恐るべき怪力。


 イザベル・レイゲルズ――ルザの、『三人目』の妹である。


「あらイザベル。そんな差別を言ってはいけないわ。『剥製』というものは淑女の嗜み、可憐な乙女の崇高な趣味よ。人は、死した麗人こそを大事にする。この世における究極の美――それが判らないなんて困った妹ね」

「おいおい、だから姉貴は十六になっても結婚の『け』の字もねえんだよ。いい加減恋人の一人や二人でも作ったら? 近づいた美女も美男も片っ端から『剥製』にしたら、きりがない。さっさと伴侶を作って子を生み、育てるのが淑女の嗜みだぜ?」

「あら、まあ……困った妹ね。結婚なんて人生の終着地じゃない」

「かもしれないけどよ」


 ヴィーラは妹イザベルの諫言に軽く微笑を返す。


「伴侶たる夫を剥製にするなんて出来ないわ。何故なら夫とは永遠に愛するもの。それを剥製にして愛でるなんてとんでもない」

「いや、なんで剥製するのが前提なんだよ? 結婚したら子作りとか子育てが普通じゃねえのか? どこの世に自分の夫を殺して剥製にする殺人鬼がいるんだ」

「何を言っているの? 夫は剥製にする。これが世の真理であり世界の常識よ?」


 呆れて肩をすくめるイザベルだが、これもいつもの光景、予定調和の会話だ。


 姉がイザベルの言葉を聞き入れ更生する事などない。

 逆に、イザベルがヴィーラの言葉を受けて変わる事もない。

 彼女らは剥製魔にして破壊の権化。普通とは対極に位置する者たちだから。


「そう言うイザベルはどうなのかしら? ――毎日、《迷宮》に潜っては魔物狩りに夢中。血と殺戮と戦いの日々では、色恋沙汰の一つも生まれないでしょう?」

「いやー、あたしは駄目だよ。だって女っ気がゼロだぜ? この前だって、一緒に戦った探索者と喧嘩して、頭を『かち割った』んだ。脳漿がぶっ飛んで、骨ごと砕け散りやがった。仲間は逃げたね。そんな女っ気に惚れる男が、この世のどこにいるんだよ?

「そうね。そうかもしれない。でも、判らないじゃない? 世の中には頭を割られても貴方を愛してくれる素敵な殿方がいるかもしれないわ」

「どうかねー、それは姉貴みたいなキ○ガイしかいないと思うがねー」


 次女ヴィーラがおしとやかにくすくすと笑いをこぼした 

 イザベルは呆れつつも唇の端を緩める。


「まあね、そういうタフな男がいたらいいなーとは思うけどよ。でもなー、普通は頭を割ったら死ぬじゃん? それが男ってもんじゃん? そんな不死身がどこにいるってんだよ」

「無ければ作る。それがあたくしたちレイゲルズ家の家訓。罪人がほしければ冤罪を、鑑賞品がほしければ剥製を。それがあたくしたちの流儀ですわ」

「そんなもんかねー」


 姉の言葉に赤髪をつまらなそうに揺らし、イザベルが大きく肩をすくめる。


 イザベルを評するのに、最も相応しい言葉は、『狂戦士バーサーカー』という言葉を置いて他にない。

 彼女はとても気前が良い。誰に対しても気さくで、気に入った相手にはキスやハグを躊躇いなく行う。

 そして、ベッドの上で心ゆくまで愛し合う事も少なくない。親愛を隠さないタイプなのだ。


 けれど、その一方で、一度機嫌を損ねた場合、手にしたメイスで相手の頭をかち割る『癖』がある。

 彼女のメイスは『グレイトエルダージャイアント』と呼ばれる、一級魔物の素材で出来た代物だ。その威力は一級品の兜すら容易く粉砕する。

 つい先程も、友好的だった少年探索者を皆殺しにしたばかり。

 笑顔で話していた彼女が、ほんの些細なことで機嫌を損ねる――巨大なメイスで殺しにかかってくる。

 そんな彼女を人は恐れるのは当然だ。

 まるで化け物。

 ゆえに、つけられたあだ名は、『狂戦士バーサーカー』。彼女を魔にした者は、たった一つの油断で命取りとなる。


「どうして人間って頭割られただけで死ぬんだろな? もう少し神様は頑丈にしてくれても良かったと思うぜ」


 退屈そうに、不満そうにメイスを振り回しイザベルは独りごちる。


「たまにはさー、首を失っても会話出来る奴がいてもいいじゃん? あたし、一回夢見たことがあるんだよ。頭割った後、格好いいお兄さんがあたしと交わる夢を。あれは楽しかったなー。血まみれになった美丈夫が、あたしをずっと愛してくれる。抱いて撫でて、「好きだよ、好きだよ」とささやいてくれる。あれは最高だった。あのくらい出来る奴がいれば人生は楽しいのにな」

「まったく、イザベルったらまるで小さな子供のような我儘を」


 ヴィーラはくすくすと可憐に笑う。


「人は夢を抱くものだわ。けれど頭を失っても行きている殿方を望んではいけないわ。普通は死ねば死んでしまうのが人間というもの。だから兜を作り、魔術を磨き、死なないように頑張るんじゃない。――まあ、あたくしも人の脆弱さには同感よ。だから剥製が好きなのかもしれないわね」

「だからって自前で『美術館』作ってまで愛するかね? やりすぎだわー。引くわー。……姉貴さぁ、やっぱ男は生きてる方がいいよ。とっかえひっかえ、迷宮の仲間として連れて行ってナンボだ。そうさ、美少年、美青年……細マチュからデカマッチョまで、様々な男と探索してこそ闘いの醍醐味だ。何かあればキスして、ハグして、セックスする――それこそ生物として女としての本望だろう? それが、剥製にしちまうとか勿体なくて引くわー」

「もう、否定しないの。誰かの趣味は誰かの嫌悪、それは言ってはいけない言葉だわ」


 その時新たな声が部屋に響いた。


「……どっちも、どっち。似た者同士……さすが姉妹……」


 新たに部屋へと現れたのは、黒髪長髪の美少女だ。

 その衣は全て黒で統一されており、スカートも、袖も、靴も全てが漆黒。

 違うのはわずかに見える鎖骨や顔くらいなもの。手すら黒い手袋で覆っている。

 その声はまるで天上の女神。わずか一節で他人の心を魅了する、かすれた、音量としては小鳥のさえずりのように小さなものでありながら、それだけで魔性の化身であるかのように誰かの心を虜にする。


 彼女の名は『ベータレラ・レイゲルズ』。


 ルザの――『四人目』の妹である。


「剥製も殺人も論外……人間とは共存してこそ美しい……至高の美……」

「あっ! ベータレラ! お前、あたしの徒弟を勝手につれていくなよな! 一緒に探索しようと思ったら、バラバラに解体されてて引いたわ!」


 三女イザベルは途端に文句を言う。


「そう……? それは……ごめんなさい。姉さんには迷惑かけた……不覚」


 可憐な声質はそのままに、少ししょげた声音でベータレラは謝る。

 見かねた次女ヴィーラが、くすくすと笑いながら救いの手を出した。


「まあまあ。――ベータレラは、今日も研究熱心ですわね。だからこそあたくしたちの未来は安泰ですわ。あたくしやイザベルが粗相をしても、すぐに取り戻してくれる」

「……うん……私、自分の力量はわきまえてるから……無理なことはしない……全部、姉さん達に、協力するから……」


 美しき黒髪の淑女、ベータレラ。

 彼女は剥製趣味などない。殺戮趣味もない。至って普通の娘である。人が恐れる凶行などしていないし、物騒な事はもってのほか。

 長い前髪のせい少し根暗に見えるのが玉に瑕だが、本質は至って普通のお嬢様。


 ――と、本人だけはそう思っている。

 ベータレラのその本質は、『研究狂』だ。

 その内容は狂気の域に辿り着いている。常人が聞けば驚愕――思わず怖気を呼び起こすだろう。


 ベータレラは、人を切り刻む事を日常としている。

 おれも、『完璧な人間』を創るという理由から。


 ここでいう完璧な人間とは、『殺しても死なず、戦おうとも負けず、決して自分の言葉に反論せず、純粋に、正義を全うする』という人間である。

 つまりは不死身かつ、常勝で、自分に忠実であり、正義感もある『聖人』、その完成を目指している。


 その手段は狂気的だ。『天才』と呼ばれる人間の体を切り刻み、『使える』部分だけを繋ぎ合わせるというもの。

 まるで分解した人形を繋ぎ合わせるように、彼女は『天才』たちを一つにまとめる。

 そうして繋いだ肉体を魔術で縫合し、命ある人間として再生させる。


 それこそが彼女、ベータレラのやり口だ。


 『料理』の天才がいればその腕だけを切り取り、

 『舞踊』の天才がいればその足や顔を切り取り、

 『治療』の天才がいればその手や頭脳を切り取り、

 『戦闘』の天才がいればその胴体や顔、時には脳を切り出して素材とする。

 そして集めた『天才のパーツ』を繋げ、最高の人間を創るのだ。


 ベータレラの中に、殺人の自覚はない。あるのは『完璧な人間』創りと、その『パーツ集め』をする矜持だけ。そのために、どんな犠牲もいとわない。

 噂を聞きつければ、すぎさま従者を使って『天才』をさらい――あるいは誘惑し、自分の『研究室』に閉じこめ、実験を行う。その繰り返しだ。


 彼女の中で『天才』とは憧れであり、自分がとても及ばない偉人。

 ベータレラは突出した能力を持たなかった。幼少は病弱で、自分ではほとんど何も出来なかった。だから彼らのようになりたい、『超人』になりたい。『天才』を超えた『超天才』を創りたい。真の天才を生み出す事、それ以外に余念がない。


 それを成す手段は選ばない。

 詐欺や誘惑、政略……あらゆる手段で天才たちを集め、切り刻み、『完璧な人間』を創るため日々を費やす。

 それを、次女のヴィーラは『研究狂』と呼んでいる。

 三女のイザベルは『夢見る根暗女』と呼び、兄ルザは『異端者』と冷笑する。


 けれど、その過程で生まれた『天才人間』たちは優秀だ。

 各種の闇ルートで『天才人間』は高く売れる。そのためヴィーラとイザベルは、ベータレラを『金策を生む優良な妹』として、高く評価していた。


「ベータレラ。そういや一昨日作った『ナンバー49』は、なかなかの値段で売れたみたいだぜ? 料理に裁縫、炊事に完璧な人間だったから、強欲貴族に高く評価されてた」

「それは……良かった……でもあれは……私としては失敗作……『戦闘』をまかせられる力量がなかった……だから、それさえあれば……かなりの出来、だった……」


 ベータレラにとって『全ての技能』が超絶なのは前提だ。だから一つでも劣った技能の天才が出来上がると残念がる。

 次女ヴィーラが笑顔で首を振る。


「いいえベータレラ、あなたの『天才』は素晴らしいわ。この前の天才……『ナンバー62』もかなりの評判だったと聞いているわ。何しろ、一日85時間働かせても、全く不満も言わず完璧な仕事をする……迷宮探索においてこれほど心強い戦士はいない、そう、各探索者から評判でしたわ」

「あれも……完成度としては中の上の未完成品。……戦闘はともかく……料理、芸術が今ひとつだった……。名だたる天才を繋ぎ合わせたにしては……物足りない性能……」

「それでも、あなたの『発明品』は素晴らしいですわ」


 ヴィーラが甘くさえずるように言う。

 ベータレラこそが最高の妹だと。最高の家族だと言うように。


「何しろあなたの『天才人間』は、どれもが偉人、達人の集合体。生半可な人間では太刀打ちできませんわ。軍事、探索、政治……その他あらゆる分野で有能な人材が完成しているのですわ。あたくしたちは、貴方の『天才人間』がもたらす財源で支えられている」

「それは……過剰な評価……私はまだまだ……満足いく『作品』を生み出せていない……」


 ベータレラは悲観する。

 例え、三日三晩寝ないで闘い続ける戦士がいても。

 例え、情婦を超えた情婦を生み出しても。

 賢人を唸らせる大賢人を作り出しても、それでもベータレラの研究欲は満たされない。


 ――もっと、強く。

 ――もっと優しく。

 ――もっと完璧な。


 正しく、頑強で、完璧な人間を!

 それだけがベータレラの望みだ。


「――ヴィーラお姉ちゃん! イザベルお姉ちゃん! ベータレラお姉ちゃん! ただいま!」


 その時、無邪気な声が屋敷内に響き部屋へ現れた。

 入ってきたのは、灰色の長い髪をした幼女だ。

 その髪は灰でも被ったかのようにくすんだ色。

 その体躯は華奢で、この場のどの姉妹よりも弱々しい。手足は細く、大人が握ればそれだけで折れてしまいそう。


 けれど、その瞳は爛々と輝いていて、その背中にはいくつもの『魔剣』。

 人の手を、いくつも繋ぎ合わせたかのような血塗られた長剣。蜘蛛の足を幾重にも束ねたかのような細剣が背負われている。

 人の顔を模して貼り付け、いくつもの苦悶の表情が彫られた大剣。

 様々な邪悪の剣が、その小さな背中に備えられていた。


 彼女の名はブラミー・レイゲルズ。


 ――ルザの、『五人目』の妹だ。

 年齢は、今年で十歳。


「お姉ちゃんたち! 今日も迷宮でいっぱい人を殺したよ! 悪い事をする人も! ずるい事をする人も! 生意気な事言う人も! いっぱい、いっぱい殺してきたよ! 褒めて!」


 血塗られた魔剣をいくつも携え、無邪気な瞳を輝かせブラミーは言う。

 彼女を評する上で、語る言葉は一つしかないだろう。

 『殺戮者』。

 人も、魔物も、関係ない。気に入らない者は全て殺す。それがたとえ善人だろうが悪人だろうが関係ない。自分に益を成したか、そうでないか、それすら無関係。

 ブラミーの基準で、『悪』だと断定したものは全て殺す。邪魔者などいらない。その背中に携えた八本の『魔剣』で、ひたすら『悪』を滅する。

 それが五女、ブラミーの性質。


「階層主、《ラージラミア》の群れがうっとうかった! だから仲間の探索者ごと斬って捨てた! 悪は邪魔! 悪は死すべし!」


 三女イザベルが驚いて目を見張る。


「え、マジで? 《ラージラミア》? それってあたしも挑戦した奴じゃん! 今日、同じ《迷宮》潜ったんだけど、お前の噂は聞かなかったぜブラミー」

「ブラミー、迷宮六十階層に潜ってたもん! 他に人、あんまりいなかったよ! お姉ちゃん、だから知らなかったのかも!」

「マジで?」


 幼き妹の返答にイザベルは感心する。


「へえ、すげえな、同じ迷宮に入ったと思ったらそんな下の階層かよ! ブラミー、お前、本当に相変わらず殺すのだけは速えーな!」

「えへへ! 嬉しい!」


 まるで宝石でも渡されたかのように、愛くるしい笑みを浮かべる五女ブラミー。

 けれどその手には、真っ赤に血塗られた魔剣の束だ。

 いったいどれほどの命を狩ってきたのだろう、その手には人間の血や、魔物の血、赤も緑も青も様々な色彩の血液が付着していた。

 そしてもちろん、その顔にも。


 人は言う。

 ブラミーは、人の顔を被った化け物だと。

 常人なら一本でも、制御不能な『魔剣』――それを、八本も携え平然と使いこなす。

 拷問という分かりやすい殺人者のヴィーラとは違う。気分次第で人を殺すイザベルとも違う。目的があって殺人も辞さないベータレラとも違う。

 ブラミーの殺人に目的などない。理由などない。

 ただ殺したいから。『悪』だから。自分にとって悪者だから――ただそれだけの理由で、善人も悪人も全てを殺し尽くす。


 視界に入っただけで殺すことも日常茶飯事。

 一度不快に思えば、たとえ恩人だろうと殺さずにはいられない殺戮者、それがブラミーという幼女だ。


「明日はもっと殺したいのです! まだ肉を! 骨を断つ感覚を! もっともっと味わいたい! ……あれ? 悪を倒すために殺すのです? 殺すために悪を倒すのです? ――まあ何でもいいのです。殺すのです! もっと殺したいのです! 命を摘みたい! お姉ちゃん! もっと、いい狩場はないのです?」

「いやいやお前。人は殺めるためにあるんじゃねえよ?」


 三女イザベルが苦笑する。


「もっと加減しろよ。そして人生を謳歌しろよ。あたしのように食って、寝て、戦って、抱いて。それで万事楽しむのが人生だろう?」


 三女ベータレラがうつむきながら語る。


「そんな事より……次の『天才』がほしい……。もうストックがない……イザベル姉さん、ブラミー、どっちでもいいから、新鮮な『天才』の死体、持ってきて……」


 次女ヴィーラがたしなめるように語る。


「まあ、みんな。はしたないですわ。殺しだの実験だの。そんなものは野蛮、人間とは剥製にしてこそ美しく価値があるのですわ。――目的なき殺戮などあり得ない。でもまあ、楽しければそれでいいかもしれないですわね」


 四人のルザの妹たちは言う。

 人生は楽しいと。

 もっと、もっと自分の目的のために、楽しみのために誰かを利用したいと。

 そう言って、彼女たちは笑う。悪魔の宴のように。



†   †


 

 そうして、そんな会話がなされた日から十日後。


「そう言えば知ってっか? バザリーの姉貴が探索者の一人に捕まったそうだ」


 三女イザベルが、いつものように仲間の探索者を『かち割って』、帰宅した後のこと。


「なんでも、潰したい探索者がいたってことで、策を巡らせて挑んだらしいんだよな。でも対応されて返り討ちにあって、今は行方不明らしい」

「ええ!? うそ! 大変! バザリーお姉ちゃん! どこ行ったの!?」


 五女ブラミーが驚愕を隠せずに叫ぶ。


「そればかりじゃねえ。ルザの兄貴や、グレス父さんまで捕まったらしいぜ。同じ探索者によ」


 その瞬間、姉妹たちの間で電撃的な衝撃が走った。

 まるで落雷にでも遭ったかのように、身震いし、驚嘆の声をこぼす。


「兄様や父様――お二人までもが、行方不明?」

「そうそう。ルザの兄貴とグレス父さんは最初、その探索者に捕まってさ。行方知れずだったんだって。それをバザリーの姉貴が突き止めて……でも返り討ちにあって捕らえられたみたいだぜ。おっかねー話」


 黒い髪に天上の女神のような声を持つ四女ベータレラが、静かだが怒りをにじませた声を紡ぐ。


「私の……情報網でも同じ結果……ええと、相手の探索者は……フォード……『フォード・オルトレール』」

「フォードですって!?」


 次女ヴィーラが驚きを表情に貼り付け叫ぶ。


「その探索者、聞いたことがありますわ。かつて『双星』とも言われた名うての探索者。数々の『特進種』を倒し、ギルドでも一目置かれている、新鋭の戦士らしいですわね」

「そう! そいつだよ、下手人は! 『フォード』! フォード・オルトレール! それが、ルザの兄貴や、グレス父さん、バザリーの姉貴をさらった張本人だ!」


 三女イザベルが焚きつけるように語ると、五女ブラミーが魔剣を床に叩きつける。


「ルザお兄ちゃん達を捕まえたフォード! 許さないのです! 殺す、殺すのです! 場所はどこですか? ブラミーが行って、斬ってくるのです!」

「まあ待て。そいつ、フォードってのはかなりの腕利きらしい。それに策略にも秀でてるってよ。あたしらがのこのこ行って、勝てる見込みは薄いぜ」


 逸る五女の憤激を三女イザベルは笑って抑える。


「そうですわね……ルザお兄様やグレスお父様はともかく……バザリーお姉様はそれなりの切れ者。それが敗れたとなっては慎重にならざるを得ませんわね」


 愛用の扇子を口元に寄せ、思案に身を任せる次女ヴィーラ。


「……フォード……考えうる限り最高の素材……強靭な体……冷静な頭脳……ああ……私の『天才』の材料に……『欲しい』……」


 ぶつぶつと、この世あらざるものへ語りかけるかのようにつぶやく四女ベータレラ。


 人々は、知らない。

 バザリー・レイゲルズ、ルザの妹たる彼女は確かに凶悪な少女だった。


 けれど、彼女すらあくまで『四姉妹』の下位互換品。

 『毒姫』と呼ばれていたバザリーは、まだ人の皮を被っていた。人間らしい失敗も心も存在していた。

 けれど真に恐ろしいのは、その下の四人の妹。


 次女ヴィーラ――拷問好きの、剥製を愛する殺人鬼。

 三女イザベル――戦闘好きで、人生気分次第の狂戦士。

 四女ベータレラ――実験好きで天才を愛する研究狂。

 五女ブラミー ――魔剣好きの、狩りを愛する幼き殺戮者。


 ヴィーラ達四姉妹こそが真なる異端者。外道中の外道。

 フォードにとって、ルザの妹との闘いは――まだ終わらない。

 殺人鬼と、狂戦士と、研究狂と、殺戮者――恐ろしき妹たちとの闘いは、まだ始まってすらいない。

 さらなる激闘と悲劇。それが幕を開ける。英雄に眠る事は許されない。彼女ら四姉妹と、フォードの闘いの時は、刻一刻と迫っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 あとがき

 さて何やら物騒な終わり方です。

 元々、バザリーを登場させた時は、彼女は噛ませ犬的扱いでした。

 映画などでもあると思いますが、真の強敵相手の前の、前哨戦みたいな敵。本当の闘いはこれから、そのような立ち位置でバザリーは登場させました。

 ですから今後、彼女を上回る敵が暴れます。ルザの妹ですから、外道とも言える四姉妹です。

 それを撃破するのがフォードの活躍ですが――どのように彼が動くのが、楽しんでいただければ幸いです。

 

お読みいただき、ありがとうございます。

次回の更新は3月15日、20時の予定になります。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。